土方side

電話が、鳴る。こんな朝早くに珍しい。一瞬アラームかと錯覚して切りそうになったが、名前を見てハッとした。…相手はナマエだった。

「…もしもし、どうした?」

この3日間、ナマエとは全く連絡を取っていなかった。今まで毎日のようにしていた電話も、メールも。…連絡がない理由は、なんとなくだが気付いていた。だけど気付かないふりをする。このまま、何も気付かないふり。

…じゃないと何かが壊れそうだったんだ。そう、何かが。

《…あのね、トシ》
「あぁ」
《あの、ね…》
「…ナマエ?どうした?何かあったか?」

電話の向こう側。聞こえたナマエの声は震えていた。…この違和感は、なんだ?手から全身へと駆け巡る嫌な音。彼女の声よりも携帯を持つ自分の手が震えているのは、何故なのか。

問いかけた声に答えはない。ただ続く沈黙の中で俺は声を出せずにいた。じっと息を潜めて彼女の次の言葉を待つ。

すると次の瞬間、とんでもない言葉が聞こえてきて。

《…私、トシに飽きたみたい》
「え、」

言われた言葉を、イマイチ理解出来なくて。落としかけた携帯を持ち直し、もう一度同じ事を聞き返す。

…どういう、ことなんだ。俺に、飽きた?それは一体どういう意味?五月蝿く脈打つ心臓を無理矢理落ち着かせて。

すると至極面倒くさそうに吐かれた溜め息。それから、聞こえなかった?と続いた冷たい声にふるりと震えた肩。

だからトシのこと好きじゃなくなったの、と聞こえたその言葉に言いたいことは嫌でも理解した。それは…つまり、終わりを告げる一言で。

そこまで迫ってきていた何かが今、激しく壊れる音がした。

「ナマエ…どうしてだ、?」
《…どうして、と言われても》
「俺が…嫌いになっちまったのか?」
《……》
「…なんで、何も言わねェ」

ぎゅう、と力いっぱい握りしめた携帯からは、やはり何も聞こえなくて。

ハッキリ言ってくれたらいい。お前なんか嫌いだと。自分勝手で身勝手で、女に縋りつく情けない俺が嫌いになったんだと。そしたら俺も言ってやる。…お前なんか、嫌いだと。

ふわりと笑うその顔も、頭一つ分小さい身長も、簡単に包み込める柔らかい手も。トシ、と俺の名を呼ぶその声も。…ナマエが。ナマエの、全てが。

…嫌いになれたら、どんなに楽か。

「…俺はっ、嫌いになんかなれねーよ!」

想いと同時に溢れた涙は頬を伝って落ちていく。ぽつぽつと幾つもの小さな染みが広がってゆく中、耳元で聞こえたのは震える彼女の涙声。

…ごめんね、トシ。ごめん…大好きだったよ。

その言葉を最後に、ナマエの声は聞こえなくなる。真っ暗になったディスプレイ。静かな部屋に通話終了の合図音が響く中、らしくもなく枕に顔を埋めて泣いた。

…手放したくなんかなかった。いつまでも隣にいてほしかった。

だけど、本当はずっと気付いていたんだ。ナマエの心の中にいるのは、俺じゃないってこと。アイツが見ている男は今も昔もただ一人だけ。

そんなの最初から…知っていたつもりだったんだけどな。

(今までありがとう、それからごめん)

end




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