12月。師走、ともいう。師が走るとはよく言ったもんだ。
それくらい毎日があっという間に過ぎていく。
…私は、あれから銀ちゃんとは会っていない。
「ナマエ、どうした?」
隣を歩くトシが心配そうに顔を覗きこんで来てハッとした。…今日は、ようやく纏まった休みがとれたトシと付き合って初めてのお泊まりデートの日。私のアパートに招いて夕飯は私が手料理を振る舞う。予定である。
「なんでもない!ちょっとボーッとしてただけ!」
「そうか?ならいいけどよ」
銀ちゃんと会ったこと、トシには言ってない。下手に誤解されるのも嫌だし、何よりトシを不安にさせたくないから。…でもそれは、ズルいことだっていうのも分かってる。本当は、私がトシに嫌われたくないだけなんだ。
見たかった映画を二人で観て、お昼はファミレスで簡単に食べる。初めての1日デート。寒いからってずっと手を繋いでた。時々会話しながら身を寄せ合って温め合ったりして。その度にバカップルみたいって、笑い合ったりして。
「そろそろ帰る?」
「あァ、そうだな」
いい具合にお腹も空いてきたし、外はだいぶ暗い。我が家への帰り道もトシと手を繋いで歩いた。いつも見ているはずの景色が、何故か違うものに見えたのはどうしてなんだろう。
「ごっそさん、旨かった」
「ほんと?良かった!」
現在、晩御飯を食べ終わったとこ。トシにお茶を出せば、彼はそれを飲みながらテレビを見る。私はというと食べ終わったばかりのお皿たちをさっさか洗っている。溜めるのは好きじゃないからね。
ちなまに今晩のメニューは肉じゃがと鯖の味噌煮。あ、あとほうれん草の胡麻和えも作ったっけ。和食が好きそうなイメージあるからね、トシは。あ、でも彼、何よりもマヨネーズが好きじゃなかったっけ?…そういえば今日は持ってきてなかったな。
「悪ィな、後片付けやらしちまって…手伝うことあるか?」
そう言って隣へやって来たトシ。そんなに気を使わなくてもいいのに…とは思う。でも、その気遣いが嬉しくもあって。
「ありがと!じゃあこのお皿たち拭いてくれる?」
「了解」
フキンを渡せば、私が洗い終わった皿を一枚一枚丁寧に拭きあげていく。性格が出るもんなぁ、こういうのって。それに目を奪われていたせいか、気付かなかった。私の目の前に洗い立ての皿があったなんて。
「っあ!やばっ!」
案の定、手が当たって。…なんとベタな。しかし割りたくないお皿だったのもあって、くるくると落ちていく皿を本気で取りにかかった。そしたらトシも反射神経が働いたらしい。二人で皿の救出に乗り出したのである。
「っセーフ!」
「…大丈夫か?」
「うん!お皿は無、事…」
なんとか空中で皿をキャッチした私はそのまま固まった。目の前にはトシの顔。まるで私が彼を押し倒したみたいな、気付けばそんな態勢になっていた事にどっと押し寄せる熱。
真っ赤であろうその顔を見られたくなくて、慌ててその体から離れようとして。咄嗟に伸びてきた手に掴まれた腕。見下ろす先にいるトシが熱を孕んだ瞳で私を見ていた。あつい、アツイ、その目で見られたら…もう、身動き一つ出来ない。
「ナマエ…いいか、?」
熱っぽい視線。その言葉にただ頷くことしか出来ない私。
トシの手が輪郭をなぞってするすると下りてくる。唇を舌でなぞられて目を開ければ、瞼に落ちてくる優しい口付け。
着物の襟口から忍び込んできた手はまるで這うように私の胸を撫で回し、時折その中心を小さく摘まんで弾く。その刺激に声を押し殺し耐えていたら彼の手が更に下に伸びてくるから。
「っあ、!や、そこはっ…!」
「…すげェ、ここ」
「っ、」
耳元に掛かる息にゾクゾクする。
きゅうんと疼きだす私の中に、ゆっくりと沈んでいく骨ばった指。厭らしい音を立てて入り込んでくる感触にぶるりと震えた。
行ったり来たり、中で暴れるその指に痛くはないのに涙が出た。自分が自分じゃなくなりそう。おかしくなりそう。このままじゃ、私…
「っは、あぁ!…おねが、っ!トシ来て…っ」
「ナマエ…っ!っは、悪ィ。優しく、出来そうにねェ…!」
「…っああ!はっ、ぁあっ!と、しっ…としぃっ!」
音を立てて消えた質量。無くなったと思ったら、途端に比べ物にならないものが入ってきた。先程以上に私の中を掻き回すそれに意識を保っているだけで精一杯。苦しい、でも…気持ちいい。
揺れる視界の中で、腰を打ち付けるトシの顔を見た。切なそうな顔をして、熱っぽい瞳で私を見て。ナマエって名前を呼んで、好きだって何度も囁いて。…嬉しくてたまらないはずなのに、好きでたまらないはずなのに…どうして?何故か頭を占めるのは、あの時の銀ちゃんの言葉と涙。
忘れたくて、目を閉じたけど忘れられなくて。苦しくて、苦しくて…。銀ちゃんの姿を頭から消すように何度も何度もトシの名前を呼んだ。好きって言って、大好きだよって言って。
もっと壊れるくらい、メチャクチャにしてほしい。何も考えられないくらい。この行為に溺れていられるくらい。トシのことだけを考えていたいの。トシが好きなの。私には…トシだけだから。まるで自分に言い聞かせるようにそう言って。
…そしたら、こんな思いしなくて済むよね?
溢れ出てくる涙は、誰を思ってなのか。
(…トシ、トシ、ト…シ、大好きだよ)
end
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