9月も過ぎて、10月がやって来た。早いもので銀ちゃんと別れてから半年以上過ぎたらしい。

…時間が経つのは、本当に早い。

「いらっしゃいませ」

私はというと今日も今日とてレジに立っている。…というか、裏でパソコンとにらめっこするのが本来の仕事なのだが。

でも今日の分のノルマはとっくにクリアしてるので、レジに立つことに文句は言わせない。

「いらっしゃ…あ、久しぶり。神楽ちゃん」

レジに並ぶお客さんに頭を下げて、商品を確認する前に目に入ったのは久しぶりに会うよく知った女の子だった。

ここ最近このスーパーに来ないし、姿を見ることもなかったから避けられてると思ってたけど…

「以上で300円になります。…今日は酢昆布買わないの?」

12ロール入りのトイレットペーパー。…彼の家はいつも、このトイレットペーパーだったっけ。そうやって過去を、銀ちゃんを、思い出して単純に懐かしいと思えるのはもう吹っ切れた証拠なんだろうか。

「…ナマエ、うちにはもう来ないアルか?」
「…うん」
「なんで?銀ちゃんのこと嫌いになってしまったアルか?銀ちゃんも反省してるヨ。ちゃんと謝らせるから…」

泣きそうになりながら必死でそう言う神楽ちゃんを見ると、ぎゅっと心臓を掴まれたみたいに苦しくなる。そうだ、私に懐いてくれていた彼女は何も悪くない。悪いのは、私。

「ごめん、神楽ちゃん。…私もう銀ちゃんとはいられない。嫌いに、なっちゃったの…」
「…あんなに、仲良かったアル」

嫌い、神楽ちゃんに理解してもらえるように放った言葉。なのに、どうしてだろう。自分で言ったくせにその言葉に傷付いてる私がいる。銀ちゃんが嫌い。銀ちゃんが、嫌い。…銀ちゃんが、

嫌いに…なれるはずがないじゃない。

「ごめん、」

それは、何に対してなのか。

頭を垂れてしばらくして、神楽ちゃんはシールのみが貼られたトイレットペーパーを静かに抱える。小さな声で銀ちゃん…毎日朝帰りアル、と呟いて。その声に顔を上げた時には既に彼女は出入口へ向かって歩いていた。その背中が妙に寂しそうで。

…気になったの。今どんな生活してるのか。ちゃんとご飯食べてるのかな、とか甘いもの摂りすぎてないかな、とか。毎日朝帰りって…どういうこと?とか。

気になり出したら、もうどうしようもなくて。

夕方を過ぎて、仕事帰り。自分の家とは反対方向の万事屋へ足を向ける。最初は抵抗があったけど、しばらく歩けば慣れているせいか。あっという間に目の前に着いてしまう。

久しぶりに来た。少し年期の入った看板が酷く懐かしくて笑みが浮かんだ。…変わって、ないなぁ。その変化の無さが妙に私を落ち着かせる。

しばらくボーッとその建物を見上げて、ハッとした。今更だけど私何してるんだろ…って。わざわざここまで来て、まるで銀ちゃんに会いに来たみたいじゃないか。

トシに対する罪悪感が募る。早く帰ろうと踵を返して、すぐ。

ドン、と誰かの胸にぶつかった。固い胸や体格からして相手は男の人だろう。やば、後ろ見てなかった!慌てて謝って距離を取ろうとして、気が付いた。…漂う甘い匂い。懐かしい、この匂いは。

「、ナマエ…っ?」
「…っ銀、ちゃん」

見上げた先には、赤い目をこれでもかと開いて立ち尽くす銀ちゃんがいた。その手に持っていたビニール袋。中身は、いちご牛乳だろうか。…相変わらず甘党。糖尿病になるからあんまり飲んじゃダメだって言ったのになぁ。

「ど、して…お前…」
「…毎日、朝帰りらしいね」
「な、え…なんで?」
「神楽ちゃんが、心配してたから」
「…そ、か」

そう言ったきり黙ってしまった銀ちゃん。気まずそうに、目を逸らして。…あぁ、変わってない。都合が悪くなったら目を逸らして黙りこむ癖。全然、変わってない。

それが嬉しくもあり、悲しくもあり。…辛くも、あり。

「…でも、よかった。元気そうで安心した。神楽ちゃんが心配するから毎日朝帰りはやめときなよ。それじゃあ」

スッと銀ちゃんから顔を逸らして元来た道を歩き出す。…顔を、見るだけで。いろんな感情がぶつかり合って、苦しくて、泣きそうだった。ぎゅっと握り締めた通勤カバン。

ダメだ、やばい。もう泣きそう。

その時だった。ぐ、と引かれた右手。バランスを崩して後ろによろけた私の体は力強い腕に包まれる。…懐かしい。ふわりと香る彼独特の甘い匂いと、お腹に回るその両手。

「、待って…頼む、から」
「…銀ちゃん、ちょっ」
「ナマエ、ごめん…ごめんな、ごめ…っ」

私の肩に埋まる銀ちゃんのふわふわの髪の毛。その口から紡がれる震えたか細い声が耳に届く頃には私の涙腺はもう崩壊していた。どうして今更謝るの?どうしてそんな震えた声で私の名前を呼ぶの。

どうして…銀ちゃんが泣いてるの?

私は彼のその震える体を、腕を、振り払うことが出来なかった。ただ、自身の溢れて流れてく涙を拭うことで精一杯で。

ぎゅう、としがみつくようにして首元に埋まった彼の顔。小さな嗚咽が聞こえる中、私はお腹に回った彼の手をそっと握り締める。

半年前から変わらない、ずっと変わらない大きくて温かい手。大好きだったこの手を、離せないのは…どうしてですか。

(いろんな感情が混ざり合う、)

end




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