朝からパチンコ行って、負けて、フラフラ向かうのはいつだって恋人の家。…いや、元、だけど。
しばらくアパートを見上げて、結局いつも何も出来ずにその場を後にする。
そう、いつも。あいつと別れてからこの数ヶ月間、ずっとである。
それから滅多に自分の家にも帰らず、朝まで飲む。時たま酔った勢いで声をかけた女と一夜を共にすることもある。
でも、何度したってスッキリしない。どんなに魅力的な女を見ても興奮しない。そういう気持ちにならない。
…溢れるような、あの温かい気持ちは誰を見ても浮かばない。浮かぶ、はずなんてないのに。
「…バカだよな、」
フラフラと、二十数年間生きてきた。けど俺にだって夢はあった。いつか、愛した女と一緒になって家族を作る。
小さい夢だと笑われてもいい。だが家族を知らない俺にとっちゃ、とんでもなく大きな夢だった。
家族になりたい。そう思える女がいた。人の趣味にケチつけるし、食って掛かってくるし、喧嘩っぱやいし。…でも、優しい奴だった。よく笑う奴だった。駄目な俺を叱って、奮い立たせてくれるすげェ奴だった。
…どうしていつも、大切なものは無くしてから気付くのか。
人は無くなって初めてその大切さを思い知る。思い知って、後悔する。どうして後悔するような事態に陥るのか…それを言い出しちまったら終ェだが。
「…嘘だろ、」
俺は信じられないものを見た。…いや、本音を言えば信じたくないものを見た。
…あいつが働く大江戸スーパー。行き付けだったのにパッタリと行かなくなったのには理由がある。
いや…単に、行きづらかっただけ。怒らせて、逆ギレして、フラれた手前顔なんて見せらんなくて。
でもそれでも顔を見たくて、前を通ったり、髪も伸びてないのにわざとスーパーの向かいの美容室に通ったり。遠回りなことをやったりして。
一目でも彼女を見ようとしてた。自分のことをまだ好きでいてくれるかもしれない彼女を、探していたくて。
…そうだ。もしかしたらこれは、そんなことしか出来ずに引きずってる俺に対する罰なのかもしれない。
スーパーから出てきた彼女。隣には、俺の大嫌いなあの男。二人は幸せそうに笑い合って、手を繋いで。身を寄せ合いながら歩いていく。信じられなかった。付き合ってるだなんて思いもしなかった。
そこで気が付いた。あァ、俺、もういらないんだって。
そう思ったら途端に襲う脱力感。…何してたんだ、俺は。今までずっと。何だったんだ、この数ヶ月。俺、毎日毎日なにしてた?酒飲んで、パチンコして、気まぐれに女抱いて。
「…なんだよ、それ」
そんな自分を、もしかしたら好きでいてくれるかもしれないなんて…その考え事態が間違っていた。バカだ、俺は本当のバカだ。
「…ナマエ、」
ごめん…本当にごめん。謝るの遅くてごめん。自分勝手なこと言ってごめん。…あの日、お前のこと泣かせてごめん。
後悔してる。お前を手放したこと。さよならを残して出ていったお前を追いかけなかったこと。
…たかをくくってたんだ。2、3日したら、けろっとした顔して帰ってくるだろって。
悪かった。俺が本当に悪かった。謝る。いや、謝ります。土下座でもなんでもします。
いや、それでもすまないよな…分かった、言うことちゃんと聞く。仕事だってサボらずちゃんとする。
ジャンプ溜まったら捨てても良いよ。いや、自分で捨てに行きます。…夜、飲みにも行かない。ナマエ以外の女と飲まないから。だから、だからさ。
帰ってきて。俺んとこに帰ってきてよ。そんな奴の前で笑わないで俺の前でだけ笑ってよ。
銀ちゃん、てお前の声で呼んで。じゃないと、じゃないとさァ…
「…ヤベェ、雨降ってきた」
このどしゃ降りは、止みそうにねェよ。
(…まっしろな着物に染みた、黒い雨)
end
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