★君と僕。で、犬。(1)
「犬、飼いたいの?」
ペットショップのウインドウに貼りつきながらいつも以上に瞳を輝かす千鶴に、総司は首を傾げる。
いつもは見ているだけで十分だと言って好みのケースを行ったり来たりしているだけなのだが、今日はやけに値札を気にしている。
まあ、高校生である二人のお小遣いでは易々とは手を出せない値段だ。
「昨日テレビで動物番組がやってて、薫も一緒に見てたんです」
そのテレビ番組なら総司も見た。
沢山の動物が登場して一芸を披露するといった内容で、千鶴がこういうの好きそうだから話の種になると思って最後まで見てしまったのだが……。
「薫が……? あいつ動物嫌いじゃなかったっけ」
「最近ワンちゃんならいいなって言い始めたんです!」
「へえ、あいつが?」
千鶴は嬉しそうに頷きながらショーケースに手を当てた。
彼女の父は仕事柄家を空けることが多いため、もし飼うのならば面倒をみるのは千鶴と薫の二人。
二人が協力するのなら好きにしていい、と父は言ってくれたのだが、薫が大反対をしていたのだ。
夜に吠えられたら煩いしご近所迷惑、餌やフンで部屋に匂いが付くのは考えられないし、家具や服に毛が付くのも嫌だ、と。
躾けはしっかりするつもりだが、千鶴自身、部活で朝早かったり帰りが遅かったりする。
自分一人では面倒見切れる気がしないし、何より薫の反対を押し切ってまで……という気持ちはない。
今もまだ完全に賛成というわけではないが、少しずつ薫の気持ちを向けていけるといいな、と千鶴は思っていた。
薫との出来事を振り返りつつ、千鶴は目の前で寝転んでいるポメラニアンに顔を緩めた。
そんな千鶴を見つめる総司は、子犬と戯れる千鶴を想像して……楽しい気分になっていた。
――青い空、広がる芝生、眩しい笑顔の千鶴ちゃん、その隣に僕。で、犬。
可愛いもの同士、相性は抜群だろう。
総司は一人頷き、ショーケースを食い入るように見つめる千鶴の頬を突いた。
「ねえ、飼うならどういうのがいいの?」
「私はほわほわした毛並みの小型犬がいいんですが、でも薫はたぶん駄目なので――」
後半の言葉は総司の耳には届いていない。
ほわほわの小型犬、と言われて総司はまず目の前にいるポメラニアンを見る。
そして他にもプードルやボロニーズなどのほわほわした子犬を思い浮かべ、千鶴と戯れる姿を想像する。
――青い海、白い砂浜、一直線の水平線、裸足で走る千鶴ちゃんと、それを追いかける僕。で、犬。
うん、絶対可愛い。
総司は大きく頷いて再び隣にいる千鶴へと視線を向ける。
すると先ほどまではポテっと寝転んでいたポメラニアンがきょろきょろしながら起き上がり、小さなケースの中、よたよたと千鶴の方へと歩いてきた。
千鶴が嬉しそうに顔をウインドウへと近づけると、ポメラニアンはガラス越しに千鶴の手を舐めた。あくまでガラス越しに。
だがその瞬間、総司の中に言い知れぬ絶望が広がる。
即座にガラスから千鶴を引き剥がし、そのまま店の外に千鶴を引っ張っていった。
「お、沖田先輩? どうかしましたか?」
突然の行動に千鶴は驚きながらも、後ろ髪を引かれるようにチラチラと店へと視線を移す。
その行動に総司は頬を膨らませた。
「……犬って舐めるよね」
「え? ええ、そうですね」
「どう思う?」
「可愛いですよね、愛情表現なんでしょうか」
微笑ましそうに言う千鶴に総司はうんざりしたように溜息を吐く。
「あのさ、君は僕以外にそういうことさせていいと思ってるの? 犬、反対」
思いも寄らぬ場所からの反対に、千鶴はわけがわからず目をぱちぱちと瞬かせたのだった。
★つづく★
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2012.01.28
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