★ある朝の悲劇(2/4)

「とにかく僕から離れたくなかったみたい。酔うと本性が出るっていうし、君って僕のこと好きなのかもね」

ぐるりと反転させられ、千鶴は総司と再び向かい合う形で掻い摘んだ説明を受けていた。
緊張と動揺のし過ぎで未だに布団をぐるぐる巻いた裸の状態で。

「えっ、そ、そそ、そんな、こと……!」

「ないって言いきれる?」

「わ、わかん、ない…です」

総司のことをどう思ってるかなんて考えた事もなかったが、こうなってしまった相手が総司で良かったとは思っていた。
……もしかしたら心のどこかで総司のことを、そうなのかもしれない。

常日頃から千鶴は総司にからかわれ、追い詰められ、遊ばれている。半べそをかきながら逃げ回り、誰かに助けてもらうことも多々ある。
だけど一緒にいることが楽しいと思えるし、何度ひどい目に遭わされてもその背中を追いかけてしまう。
それが好きという感情なのかは、よくわからない。

目の前にいる総司をそっと見つめる。立て肘をついて寝っ転がる総司に、ほんのりドキドキして頬を赤くする。
好き……なのかな。好きだから酔って本性が出て、この部屋に来てしまったのかな。
千鶴はまだ目覚めぬ想いに呼びかけるように心の中で自問する。しかし総司が次に言った言葉は、千鶴の淡い想像を見事に打ち砕いた。

「まあ、好きっていう生易しいものじゃなかったけどね。なんて言うか……オスとして見られていたって感じで」

「お、おす……?」

「離しても突っぱねてもくっついてくるし、布団の中に入ってくるし、上に乗ってくるし」

迷惑そうな顔で並べ立てる総司。千鶴はその言葉の光景を想像する。
――離しても突っぱねても総司にくっつく千鶴。
ぶんぶんと首を振って、想像したものを振り払う。離しても突っぱねてもくっついてくるのは本来なら総司のほうだ。それが逆転するなんて信じられない。
――総司の布団に侵入して、総司の上に乗る千鶴。
ぼんっ、と顔を真っ赤にさせて、千鶴は悶絶するように両手で顔を覆って震えた。自分がそんなことするなんて、有り得ない。
覚えていないからからかわれているだけだ、と結論付け、千鶴は反抗する。

「うっ、嘘を吐かないでください! いくら酔っててもそんなことしません!!」

「したんだって。だからこういう状況になってるんだよ」

「絶対違います! よ、酔ってるのをいいことに沖田さんが勝手に……!」

「あのねえ、人聞き悪いこと言わないでよ」

疑いの言葉に総司は口に弧を描いて歪ませながら、ぶにっと千鶴の頬を引っ張った。

「あれを見てみなよ、襲われたのは僕の方」

障子を指差す総司。
千鶴がおずおずとその指の先を見ると、遠くてはっきりとは見えないが、小さな穴が二つ並んで開いている。さらにその横には、グサッとした切れ目が入っていた。
総司はそのまま指先を部屋の隅へと向ける。千鶴がそれを視線で追うと、雪村家に伝わる大事な小太刀が刀身を剥き出しにしたまま無造作に転がっていた。

「千鶴ちゃんに突然あれで襲われた」

千鶴は開いた口が塞がらなかった。あの小太刀は千鶴がいつも持ち歩いている大事なもの。護身用に携帯しているがそれを抜くことは滅多にない。なのに昨晩、抜いたのか。しかも総司に向かって…………
しかしそこで疑問が湧く。千鶴程度の腕前、総司ならば簡単に返り討ちにできるだろう。仮に、もし仮に千鶴が総司に襲いかかったとしても、危ういのは総司ではなく千鶴のほうだ。それをそのまま総司に伝えてみる。

「あのね、こっちは丸腰で背中を向けてて。しかも君にそんなことされるとは思ってないんだよ。まあ、刀は簡単に奪えたけど」

深い溜息をつかれてしまった。ついでに障子に空いた穴は本日中に直すことを命じられてしまった。



総司に刀で襲いかかるなんて恐ろしいこと、一体どうして……。
千鶴は一度頭まですっぽり布団をかぶり、考える。こんな芋虫みたいなことをしていても現状を打開できる気はしないが、自分自身を落ち着かせるためには入ってくる情報を最低限に抑えておきたかった。

――さっき沖田さんは酔うと本性が出るって言ってた。つまり、こう言うことになる。常日頃から沖田さんを刀で襲撃してグサッとやってしまいたいと思っていたんだ。それが本性……?
気付かなかった、そんなふうに思っていたなんて。でも確かにいつもいつも沖田さんのせいで困ってばかりいる。さっき“好きかも”と思い違いをしそうになってたけど、きっと本当は、沖田さんのことグサッとやりたいほど“大嫌い”だったんだ!

「ちょっとちょっと千鶴ちゃん、思考回路おかしすぎるって」

心の声が駄々漏れだったらしく、総司が布団の上から千鶴の頭をぽかぽか叩いた。

「止めてくださいっ、そういう意地悪の積み重ねできっと……!」

「君は嫌いな男の前で着物脱いじゃうようなはしたない子なわけ?」

「え……?」

また爆弾を投下され、千鶴は硬直する。
脱いだ……脱がされたじゃなくて、脱いだ…………!?

「君が勝手に裸になったんだよ。一度寝間着を着て貰ったんだけど、それもすぐ脱いじゃってさ。僕のこの恰好も君のせいだし」

女の子の露出癖はシャレにならないから止めた方がいいよ、と同情的に言われ、千鶴は狼狽する。
脱いで、着せてもらって、また脱いで、総司のことを脱がして…………!?

「う、嘘です! そんな事……!」

「本当だって、僕は止めたんだけどさ」



昨晩、最終的に千鶴は寝間着を着て総司の布団の中に潜り込んだ。そうして二人で眠りに就こうとしたのだが――――
しばらくすると総司の腕の中で千鶴がもぞもぞと動き出した。総司には大体何をしているのかの想像がついて、しばらくして肌に触れた感触を持って、あ〜やっぱり、と呟いた。

「あのさ、千鶴ちゃん。さすがに二人とも脱いだらまずいんじゃない? 密着してるし」

「でも身体がぽかぽかして熱くて……」

脱ぎたてほやほやの寝間着を千鶴はぺいっ!と部屋の隅に投げ、総司にまた擦り寄った。
明日目覚めた千鶴のためにもここは寝間着を拾って千鶴に無理やりにでも着せるべきだと総司は思ったが。

「……ま、いっか」

肌触りが良くて気持ちが良いし、なによりこれ以上どうにかして更なる問題を招くのは面倒なので嫌だった。

「千鶴ちゃんってすべすべしてて柔らかいね」

「沖田さんはがっちりしてて、抱き締めたくなっちゃいます」

「いいよ、抱き締めても」

総司が腕に力を込めると、千鶴も総司の背中に腕を回してぎゅっとしがみついた。
どうせ一線を犯すわけないし、と総司はそのまま目を閉じて千鶴の首筋に顔を埋めてすやすやと眠りについたのだった。


――――なんてやりとりが昨晩あったことを総司は思い出しながら、口には出さない。
なにせ「事細か」に説明する必要はないのだから。










----------
2011.09.25

[前へ][次へ]

[続き物TOP]

[top]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -