★ある朝の悲劇(1/4)

※注意:「ある夜の悲劇」のその後の話です。千鶴があの夜、酔った勢いで総司とやっちまったと勘違いしています。そういう系が苦手な方は回避願います。










朝日が眩しい。それ以上にまばゆく、にっこりと微笑む総司が目の前にいる。
千鶴は自分の置かれている理解しがたい状況にただただ硬直するだけだった。
いや、これは現実のはずがない。たぶん夢なのだろう。そう思い込もうとして目を閉じると、くすりと笑いの零れる気配が間近でした。

「おはよ、千鶴ちゃん」

総司は千鶴の前髪を親しげに触れる。その手つきは優しく柔らかく、温かい。夢ではないと物語っている。
千鶴は緊張を抑えながら再び目を開け、ぎこちなく挨拶した。

「お、おはようございます」

「よく眠れた?」

「はい……えっと、あの、どうして沖田さんが私の部屋に」

千鶴はこのわけのわからない状況を確かめるべく、総司に訊ねた。
状況、というのは、朝、目を開けると同じ布団の中に総司がいて……至近距離で向かい合っていて、千鶴の頭の下にはまるで枕みたいに総司の腕があって、これじゃあまるで――。
しかし千鶴は「どうして同じ布団に?」なんて聞けるはずがなく、いや、認められるはずもなく、「どうして私の部屋に」と聞いた。

部屋、だけならこれまでにも経験がある。
以前千鶴が朝餉当番のときに寝坊して、それを総司が起こしにきたことがあった。
目を開けると布団の横で総司が微笑んで寝顔を覗き込んでいて、そして嫌味を吐いて……。

また寝坊してしまったのだろうか。
いや、だとしたらどうして布団の中にまで入ってくるんだ。新手の嫌がらせなのだろうか。千鶴は覚醒しきらない頭で必死に考える。
しかし、総司の答えは予想もしていないものだった。

「僕の部屋」

「え?」

「ここ、僕の部屋だよ」

そんなまさか、という思いで千鶴は視線だけ動かし恐る恐る確かめてみる。が、その通り自分の部屋ではないことにすぐに気づいた。部屋のつくりや置いてあるものが明らかに違う。
朝目覚めると総司の部屋でひとつの布団の中に、腕枕されて向かい合って…………
さらにわけがわからなくなった千鶴は、それを振り払うかのようにガバッと身を起こす。

「千鶴ちゃん。今更だけど嫁入り前だし、隠したほうがいいんじゃない?」

総司が手で自分の目元を隠すような素振りをしながら、鼻で笑う。
千鶴は何のことだかわからずに訝しげにしながら総司に目を向けると――――逞しい上半身が飛び込んできた。

「えっ、え……っ!?」

総司は面倒臭がりで着こなしがだらしなく、よく胸元をはだけさせている。
それすら直視できずにいつもドキドキさせていた千鶴にとって、今の状況はどこか狂っている。
上半身になにも身に付けていない総司。下半身は……布団で隠れているのでわからないが、追求してはならない気がした。

「なっ、なんで裸なんですか!?」

千鶴は総司を隠すように掛け布団をばさっと押し付ける。しかし……

「それは君もおなじでしょ」

「え――…………っ!!!」

指摘されてようやく自分に目を向けた千鶴は、声にならない叫びを上げて、総司に押し付けた布団を奪ってその中にうずくまる。
脳内は一気に覚醒した。覚醒を通り越してなにやら普段は有り得ない物質が漏れ出てきそうだ。
布団に潜りながら千鶴は恐る恐る状況確認をする。ペタペタと身体を触ってみると、素っ裸だった。何も身に付けてはいなかった。

総司の部屋の布団の中で、お互いに一糸纏わぬ姿で…………

千鶴は血の気が引くのを感じた。きっと今、顔は青白いだろう。
こんなときこそ人間は冷静にならねばならない。千鶴は小刻みに震えながら自らに言い聞かすようにして、昨晩、何があったのかを思い出そうとする。



夜、勝手場で永倉がなにかゴソゴソと漁っている場面に遭遇した。
お腹が空いたのだろうかと声をかけると、これから原田の部屋で一杯やるらしく、つまみになるものを探していたのだという。
有り合せの簡単なものでよければつくると申し出ると、永倉は感激したように喜んだ。
それを嬉しく思いながら、千鶴は残っていた野菜やキノコを使って和え物などを二、三品つくったのだった。
原田の部屋に持っていくと既に出来上がっているのか、上機嫌な原田に手招きされる。永倉と藤堂がつまみの奪い合いを始めて、笑って騒いで、たまたま部屋の前を通りかかった斎藤も勧められるままに呑み始めて。
千鶴は皆のお酌をしていて、それで、その後…………


「昨日の夜は楽しかったね」

千鶴の思考を遮るように総司がにやりと笑いながら話しかける。
総司に背を向けて布団に包まっていた千鶴は、肩をびくりと揺らす。

「よ、夜……楽し…………かった……!?」

「千鶴ちゃん、もしかして覚えてないの?」

「え、えええっと、その……」

「忘れたとは言わせないよ」

からかうような声を一転させ、総司は最後の言葉に甘い響きを含ませた。


忘れてしまった、というより何も覚えていなかった。
千鶴は布団の中で身を硬くしながら昨晩なにがあったのかを想像する。――――そして思い浮かぶことなんて一つしかなかった。
だって布団の中で裸ですることなんて…………さすがの千鶴だってそれくらいは、ほんのちょびっとくらい知識はある。
いや、しかし。もしかして、もしかすると、ただ素っ裸で寝ていただけかもしれない。
まだ肌寒い時期ではあるが、ひょっとして昨晩は灼熱地獄のように暑かったのかもしれない。それできっと二人して寝苦しくて脱いでしまって…………その可能性だって十分にある。

千鶴はうんうんと唸りながら僅かな可能性に縋るように、異常気象についての考察をした。
その一方で、なぜ総司の部屋にいるのかを考える。

たぶん昨晩原田の部屋で酒を飲んでしまったのだ。きっと千鶴の使っていた湯呑の中に、お茶ではなくお酒が注がれてしまっていて、気付かずに飲んで酔って昏倒してしまったのだろう。
頭がズキズキする。心なしかお酒臭い気もする。あと、鼻骨と手首も痛い。
頭が痛かったり吐き気がするというのはよく聞いたけど、手首や顔面が痛くなるとは知らなかった、これが二日酔いという症状なのか……。
千鶴は現実から目をそむけるように、鼻の頭をこすりながら初めての二日酔いについて考え込む。

「どうしたの、痛い?」

「い、いえ。大丈夫です」

千鶴の仕草を気にして労わっているのだろうか。総司は上から覗き込むようにして千鶴に声をかけ、千鶴の手をどかして鼻筋をなぞった。いつもより優しい手つきのような気がする。
や、やっ、やっぱりそういうことがあった翌朝だから優しいのかな。
勝手な妄想に千鶴は頬を赤くする。しかしそこでふと考え付く。

千鶴が覚えている限り、昨晩あの現場に総司はいなかった。いたのは永倉、原田、藤堂、そして斎藤だ。
ならばなぜ総司の部屋に……? あのあと千鶴が覚えていないだけで、彼も原田の部屋に来たのだろうか。
そして酔って昏倒した千鶴を…………

「さ、最低ですっ!」

撫でる総司の手を千鶴はパンッという音を立てて振り払った。総司はぽかんとして千鶴を見る。

「よ、酔っぱらった女性を部屋に連れ込むなんて……!」

優しく撫でられたからって誤魔化されてなるものか。千鶴は目をくりくりさせながら精一杯睨む。すると総司はむっとしながら素っ気なく言う。

「連れ込んでなんていないよ」

「へっ!?」

「君が勝手にこの部屋に来たんだ」

「えっ、わ、私が……どうしてですか!?」

「知らないよ、勝手に入ってきたんだもん。何も覚えてないんだね」

疑いの眼差しを向ける千鶴。総司は千鶴に払われた手を掴んで、睨み返す。

「だったら昨日飲んでた人たちに聞けば。僕はあの場にいなかったし、君が一人で退室したって答えるはずだよ」

「は、はあ」

確かに昨晩のことを知りたければそれが一番だと千鶴は思った。あとで誰かに会ったら真っ先に聞こう。
一人頷いてみたものの肝心な問題を先送りにしていることに気付かされた、総司の黒い笑みによって。

「それより本当に覚えてないんだ。昨日のこと。ひどいなあ、あれだけのことをしたのに忘れちゃうなんて。酔った君ってすごく凶暴だったよ」

「きょ、凶暴!? わ、私、なにをしたんですか?」

「知りたい?」

「……知り、たいです」

「事細かに?」

歌うように笑みを浮かべ、首を傾げて訊ねる総司。千鶴は引き攣り笑いをしながら、視線を逸らす。
事細か……とは事細かに何をどうしたのか説明されるのだろう。総司のことだから千鶴が嫌がるほどねちっこく詳細を並べ立てそうだ。
いくら昨日経験したこととはいえ、綺麗さっぱり忘れてしまった千鶴には刺激が強すぎる。いや、覚えていたとしてもきっと無理だ。

「事細か…じゃなくていいです。その、掻い摘んで説明お願いします」

千鶴は小さく頭を下げた。まさかこの場合の最善の選択が“事細かに説明してもらう”ほうだったとは思いもよらずに。










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2011.09.14

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