★ある夜の悲劇(2/4)

勝手にすればいい。
相手をするのも馬鹿らしくなった総司は、千鶴をその辺に転がってる石ころだと思って眠ることにした。
今は酔っているから少し不安があるが、基本的に千鶴は人に危害を加えるようなことはしない娘だ、寝首をかかれることなどないだろう。
それに千鶴みたいに気配の殺し方もわからないような人間が相手ならば、何かされそうになったらすぐに気づくことができる、という新選組一番組組長としての自負もあった。


そう思って眠りにつこうとしたとき、千鶴が小さく呻いた。

「う……気持ち悪いです……うぅ、っ…」

「――っ、吐く? ここで吐くつもり!?」

ガバッと起き上がり、総司は慌てて布団を剥いで、千鶴の背中をさする。
うぅ〜っ、と辛そうにしている姿を見て、これだけきっちり着込んでいたら苦しいだろうと思い、一応緩めるだけだからと一言添えて、千鶴の袷と袴を少しだけ緩めた。

「楽になった?」

「……はい」

引っ張り出した団扇でぱたぱたと千鶴を扇いでやる。
なぜ呑んでいない、呑ませてもいない自分が千鶴の介抱をしなければいけないんだ。考えれば考えるほどにうんざりしていた。
しかし、千鶴の話では斎藤も相当酔っているらしい。斎藤の悪酔いは相当のもので、原田たちは今頃きっと手酷く付き合わされているのではなかろうか。酔ったままいなくなった千鶴を探しにすら来ないのだ、恐らくそうなのだろう。

「この部屋汚したらホント、斬るからね」

千鶴はさっきより楽になったようで、総司が毒づいてもぼけーと天井を見つめたままだった。
そんな様子だったので、総司はこんなふうに介抱している自分が馬鹿らしくなり、愚痴を零す。

「ていうかさ、千鶴ちゃん一日中その格好でしょ。それで掃き掃除してたり、外を出歩いたり。よくそんな格好のまま人の布団に入れるよね、どういう神経してるのさ」

べつにそんなことは気にしていないのだが、この苛立ちを吐き出したくて、総司は言った。
普段の彼女ならば恐縮して謝り倒して、暫くはずっと縮こまってしまいそうだが…。
今の千鶴はどういう反応をするのか、少し興味があった。それを見たくて、こんな言い方をしてしまったのかもしれない。


すると千鶴はむくりと起き上がり、ごめんにゃさいとおでこが床につくほど深々と頭を下げた。
なんだ、普段と変わりないな…と総司が思っていると、顔をあげた千鶴は腰紐に手をかけ、一気に解いた。

「は……?」

そして恥じらいもなく豪快に袷を開いて、白い柔肌を露出させる。それよりも一瞬早く、総司は千鶴に布団を投げつけ、かぶせた。

「千鶴ちゃん、君、ホント何やってるの」

苛立ちはすっ飛び、動揺が芽生える。

「らって沖田しゃんが脱げって言ったから……」

言ってない、断じて言っていない…と布団を千鶴に巻きつけながら見えないようにする総司だが、千鶴はその中でさらにもぞもぞと脱いでいるようだった。

「ちょ、脱がなくていいから! ……着よう、ね?」

「嫌れす。もうこれは着ましぇん!」

脱ぎ捨てた着物を千鶴は部屋のすみに「てぃ!」と掛け声付きで投げ捨てた。布団一枚剥いでしまえばすっぽんぽんの千鶴……。もう頭を抱えるしかなかった。

仕方がないので使っていない寝間着を引っ張りだし、頼むからこれを着てくれと頭を下げた。千鶴がそれを素直に受け取って着たので、総司は心底ホッとしたのだった。

寝間着は普通の着物よりも裾が短めのため、総司が着るとすねが丸見えになる。だがそれも、千鶴が着るとなると足首まですっぽり隠れ、畳を引き摺ってしまう。
肩も総司とは違い薄く幅がないため、袖も長く、千鶴の身体から有り余っている。だぼついた袖から小さく覗く白い手を見て、ああ、女の子なんだな、と総司は改めて強く感じた。

まあ寝るだけなら大きさの合わないものでも問題ない。
裾を踏んで転ばないようにね、と優しく言いながら、総司は襖を開いて千鶴を追い出しにかかる。だがしかし。

「今日は優しーれすね、……嬉しぃ」

千鶴は総司の背中にぴったりくっついて離れず、ちょっとうっとりした声色で呟いた。千鶴が何かするたび、言うたびに総司は少しずつ引いていく。
いや、正直すでにドン引き状態で、如何に被害が少なく事態を回収できるかしか頭にない。そのためなら優しい男にだって何だってなってやる。

「そ、そんなことないよ。ほら、いい子だから部屋に戻ろうね」

「沖田しゃん、実は……」

千鶴の指先が総司の身体を滑り、後ろから抱きつくような形で総司の腰や腹を彷徨った。
その動きは手馴れたものではなく、千鶴らしいたどたどしさが残っていて、まるで落ち着く場所を探しているように動き回った。
総司は男であるにも関わらず身の危険を感じ、とりあえず寝間着の袷と帯を掴んで握り締めた。

「千鶴ちゃん、いいから部屋に」

「聞いてくらさい。私、実は…………」

手の動きを止めて、腕に力を込める千鶴。
何を言うつもりなんだと不安を覚えながらも、総司は耳を傾けた。








「実は私、悪い子なんれす」

迷うことなく千鶴の腕を引き剥がした総司は、千鶴の首根っこを掴んで部屋の外に放り投げた。








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2011.07.26

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