★ある夜の悲劇(1/4)

煩い。
新八さんたちが広間で夜酒でもしてるのかな。
今日は疲れてるんだから勘弁してほしい。


耳を澄ませばいくつかの笑い声や茶碗か何かを叩くような音がする。
総司は布団を頭までかぶり、寝ることに集中しようとする。しかしこういうことは集中しようとすればするほどドツボに嵌っていく。
何度も寝返りを打ってみたり、耳を塞いでみたり……どれも効果はない。眠れない、声が気になる、と次第に苛立っていく。
すると、ペタ、ペタタ……と覚束ない足音が部屋へと近づいてきた。

(誰だろう。随分呑んでるみたいだけど)

ふらふらとした足取りで、数歩に一度は止まったり、壁づたいに歩いているような様子だった。
気配に敏い総司はもちろんそれが気になって、足音の主が通り過ぎてくれるまで目を閉じることすらできそうにない。
この分の進み具合では過ぎ去るまでに一体どれくらいの時間がかかるのか、それを考えるだけで溜息が漏れた。

(はあ、最悪)

ペタペタ、ヨタヨタと聞こえる足音はようやく総司の部屋の前までくる。
あと半分の辛抱だと総司が自分に言い聞かせたとき、なぜかその足音はぴたりと止まった。


まさか具合が悪くなって動けなくなった?人の部屋の前で吐くとか止めてよ……


最悪の事態を想像して、総司は握り拳をする。こんな場所で立ち往生されたら総司はきっと朝まで眠れないだろう。
こうなってしまってはコイツがどこかへ行くのを待つより、引きずって部屋まで運んでやったほうが短時間で事態は収拾するんじゃないだろうか、いや、しかし…――総司は自分のこの先の行動について考えを巡らせる。
赤の他人の世話をする気にはなれない、どちらかといえば蹴り飛ばして中庭にでも放置してやれば気が晴れる。

うん、そうしようかな。

決めかけたとき、襖に手のかかる気配がして総司は身構えた。
直後、迷いなく勢いよく、襖がスッパーン開かれ、それと同時、総司は枕元の刀を掴んだ――が。
ドサッ!と何かが布団の上に降ってきて、お腹を圧迫されてぐえっと声が漏れた。
思わず刀を手から離してしまった総司だが、もう一度握ろうとはしなかった。その襲撃者からは殺気を感じなかったから、だ。

「な、何なの……」

けほけほっ、と圧迫の苦しさから咽た総司は、苛立たしげに降ってきたものの正体を確かめる。するとそこには…………。

「すぅ…、すぅ……」

「千鶴、ちゃん!?」

桃色の着物が目に入り、見慣れた犬の尻尾のように結ばれた髪。
このような粗相を犯すはずのない彼女が、なぜか総司の上に威風堂々と大の字でうつ伏せになっていた。しかも、寝ていやがる。

「ちょっと千鶴ちゃん、何してるの」

あの足音の正体を知ってしまえば、余計に苛立ちが募る。
立派な勤めを果たし、その気晴らしとして呑みすぎてしまった隊士ならばまだ許せた。
だけど厄介者で邪魔者のこの子が、よりによって何で……。こんなことなら通りすぎるのを待とうとせずにさっさと首根っこ掴んで捕まえて、部屋に放り込んでやれば良かった。
こんな子に睡眠時間を奪われたなんて、と総司は苛立たしげに千鶴の肩を揺さぶった。

「千鶴ちゃん、起きて」

それでも起きないのでペチペチと軽く頬を叩くと、千鶴はようやく目を開けた。

「…沖田しゃん、どうしてここにいるんれすか?」

しかしその瞳は何というか…、ひどく虚ろだ。
あの足取りといい、この目といい、呂律の回っていない口調、そして匂い。千鶴がこのような失態を晒している理由など一つしかない。

「誰に呑まされたの。君、お酒は駄目なんじゃなかった?」

「呑んれまへん。お酌をひていたんれす」

どこをどう見ても酔っ払いなのだが、こういうときに当の本人が否定するのはお約束なのだろうか。
千鶴は布団を挟んで総司の上に乗ったまま、頭をふるふると振った。

「……じゃあ、誰に酌をしてたの」

明日にでも苦情を言ってやろうと思い、千鶴に呑ませた相手をさぐる。

「ええっと、平助君と原田しゃん、永倉しゃん、」

やっぱり…、と予想通りの名前を挙げられ、総司は項垂れた。
本来ならばこういうとき、原田あたりが止め役に入る。なのに千鶴がこんな状態になったのは、きっと彼が相当いい気分で酔いに酔ってしまったのだろう。
総司は千鶴の右手の指先が僅かに黒ずんでいるのに気づいた。恐らくそれは墨で、たぶん腹芸をした彼に触れたじゃないかと想像がついた。

「あとですねー」

指折り名前を挙げていっていた千鶴は、四本目の指を曲げたり立てたりして次の名前を言おうとしていた。

「まだいるの?」

他に誰かいるのだとしたら、その人が止め役になったんじゃなかろうか。総司は不思議そうに尋ねた。

「斎藤しゃんです!」

……一君がいて何でこんなことになってるのさ。
驚きで目を瞬かせるが、すぐにそれは疑問に変わった。なんせ千鶴は今、ただの酔っ払いだ。夢や幻でも見たんじゃないか。

「本当に一君が一緒だったの?」

いちおう念押ししてみると、

「斎藤しゃんは、壁に向かって話しかけてまひた」

総司は頭を抱えた。



事情はよくわかった。いや、わかったことにしておこう。とりあえず明日土方さんに全部話して、五人まとめて説教でも何でも受けてもらおうじゃなか。
そう結論付けて、総司は千鶴を自分の上から振り落とした。

「はうっ…!」

「もういいから寝るなら部屋に戻って」

ごろんと畳に転がった千鶴を尻目に、布団をかぶる総司。すると千鶴はどういうわけか、もぞもぞと布団に潜り込もうとしてきた。

「ちょ、千鶴ちゃん。何してるの」

「私のことは気にひないでくらはい」

総司が手で押し退けようとしても千鶴は構おうともせず、器用に空いている場所へと身体を滑り込ませてくる。
酔っ払い相手に本気で怒りたくないので、総司はうんざりしながらも、穏便に、なるべく宥めるような優しい口調で声をかける。

「あのね、千鶴ちゃん。僕はもう寝たいんだけど」

「寝たい……。私と、れすか?」

総司を真っ直ぐ見つめながら、千鶴はなぜか頬を赤らめた。
男ならば、千鶴が男ならば、この酔っ払いがー! と平手打ちをかましていただろう。いや、男だったらそれ以前に布団になど潜り込ませないが。
握り拳をわなわなと震わしながら、総司は千鶴に背を向けて布団の中で丸くうずくまった。












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2011.07.25
というわけで千鶴悪酔いネタです。
エスカレートしていくので苦手な方はこの先ご注意ください。

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