★記憶めぐり〜ふたりで二次会〜(2/2)

総司は大学の近くのアパートに一人暮らしをしている。
実家はそう遠くはなく一年生のときは実家通いだったのだが、翌年から自由気ままな一人暮らしを始めた。その理由も、なんとなく、という実に総司らしいものだ。
大学とバイトに明け暮れて、それでも空いた時間は近藤のところにいくかサークルに顔を出して埋めた。総司にとってアパートは寝るだけに戻るような場所で、必要最低限のものしかない空間だ。まあ、呼んでもいないのに度々やってきては散らかしていく平助たちのせいで賑やかになることもあるのだが、そこら辺は生真面目な斎藤が全部片付けてくれていた。

「本当になにも……ないですね」

あらかじめ部屋の状態について説明を聞いていた千鶴だが、実際に総司の部屋に入ると本当にそうとしか言いようがなかった。ベッドとソファとテレビ。テーブルはアパート付属の折りたたみ式のものが壁に付いているだけで、他は……。無地の単一色で統一されているため、シンプルさが余計に強調された。

「これから増えていくよ」
「え…?」
「水玉でも花柄でもキャラクターグッズでも何でも……千鶴の好きなもので埋め尽くして」

その言葉の意味を頭が理解するより先に、千鶴は総司に抱き締められる。ゴトン、と重たいものが床を打つ音がした。総司の持っていたレジ袋だろう。総司はそのままずるずると歩き出し、千鶴も後ろ足におずおずと進んでいく。ちらり、と千鶴が後ろを向くとベッドがあって、総司がそこへ向かっていることがすぐにわかった。

「そ、そそそっ総司さん、アイスが……アイスが溶けてしまいます」

軌道修正しようと千鶴が自分の手に持つレジ袋を主張する。わしゃわしゃとビニールの擦れる音がして、総司は少しだけ千鶴から体を離し、千鶴の瞳を覗き込んだ。

「僕も溶けそう」

手から伝わるよりもずっと総司の身体は熱く、それに引っ張られるように千鶴も自分の体温が上昇するのがわかった。総司は千鶴の艶やかな髪をなぞり、頬へ、首筋へと手や唇を滑らせる。まるで千鶴の形を確かめるように何度も往復し、彷徨わせた。

「ふふっ……くすぐったいです」

千鶴が仰け反るように身体を離して笑い出すと、総司もクスクス笑いながら追いかける。記憶の中よりも甘え方が過剰――というより、何の順序も踏まずに唐突に甘えてくるので、千鶴は少し戸惑った。

「まだ…酔ってます?」
「酔ってる、のかな……いつもよりフワフワしてる」

酔うとフワフワして気持ちがいい、と昔よく平助たちが話していたような覚えがある。かつての千鶴も今の千鶴も酒を飲めないのでどんなふうに気持ちがいいのかわからないが、総司が今良い気分で楽しいのなら嬉しい。
前世でも総司が酒を呑む姿は何度か見てきたはずだが、恋仲になる頃には彼は病を抱えて酒を断ち、酒を呑めるような環境からも遠ざかっていた。
居酒屋でのことも含め、酔うと甘えたがりになるのかな…と千鶴は解釈すると同時に、酔って甘えモードになるなんて可愛いと思ってしまった。なのに――

「でも酒のせいじゃなくて、千鶴のせい」

「私……?」

酒に酔ったせいではないと否定され、千鶴は首を傾げる。

「そう、…………君に酔った」

総司は無表情に、だけど熱っぽい口調で呟いて千鶴の額にそっと口づけを落とす。千鶴の手からレジ袋が滑り落ち、床を打つ。だけどその音も振動も、心臓の煩さのせいで全く伝わらなかった。
それが“この先に進む”という合図のように感じ取った千鶴は、総司の腕の中で慌てる。確かに前世で二人は夫婦だった。何度もこういう夜を過ごしてきた。だけど記憶と言うものはおぼろげで、千鶴には行為自体の記憶はない。だからいきなりこういうことになるのは今の千鶴にとっては早急すぎて――

「さ、さっき土方さんが…車の中で、昔の総司さんが私に『殺す殺す言ってた』と仰ってましたけど」

千鶴は雰囲気を変えるための話題を必死で探し出し、先程気になっていた車内での会話を持ち出した。
途端、総司はぎくり、と肩を震わせ、動きを止める。総司にとってそれは触れられると痛い過去で、掘り返してほしくはないことだった。

近藤や土方は最初から始末するつもりはなかったようだが、かつて出会ったばかりの千鶴は、幹部のほとんどが口封じもやむなしと判断するほど危うい状況に置かれていた。総司は、近藤と土方が保護という名目の甘い決断をくだした分、余計千鶴へきつい言葉をかけ続けた。それが新選組のためでもあって、当時の千鶴のためでもあった。そういう歴とした言い訳――もとい理由もあるのだが。
夫婦になってから千鶴に、あの頃は本気で怖かった、怯えていた、とカミングアウトされたことを総司はよく覚えていた。そりゃあそうだろうと思う反面、色んな偶然が重ならなければ千鶴はずっと怖がったままで、自分のことなんて愛してくれなかったはずだと、ゾッとした。

かつての千鶴は総司のきつい言葉の数々を仕方ないことだったと言ってくれたが、前世を全て覚えているわけではない今の千鶴は、そのことをどう思っているのだろうか。失望、しているのだろうか。わざわざ話題を掘り返したのだ、思うところがあるのだろう。総司は千鶴の目を見るのが怖くて目を伏せ、千鶴の言葉を待った。

「昔の総司さんはそんなこと言ったんですか? 私、よく覚えてなくて……」
「えっ」

思わぬ言葉に総司は顔を上げ、千鶴の目を見た。きょとん、とする千鶴からは嘘や駆け引きといったものは感じられず、総司は心の中でしめた!とガッツポーズを作った。

「言うわけないよ」
「そうですよね。総司さんはいつも私のこと助けてくれたのに」

満面の笑みで偽る総司に、千鶴はただ嬉しそうに微笑み返した。後半はかつてのことを思い出したのか、頬を赤らめてしまう。
千鶴の記憶の中の総司は、いつも千鶴を助けてくれた。本人の血なのか返り血なのかは今はもう定かではないが、血にまみれた危険な中を、いつもいつも守ってくれて、己の命よりも大事にしてくれた。そのことだけはいつまで経っても千鶴の中に色濃く残っていた。

「初めて会ったときも確か…浪士に殺されそうな私を総司さんが助けて保護してくれて……」

あ、あれ? 千鶴、羅刹のこと忘れてるのかな。
浪士を倒したのは奴らで、奴らを斬ったのは一君で、屯所で保護するって決めたのは土方さん。僕は千鶴を始末すべきだと言ったり、呆然とするこの子を引き摺って歩いたり……だったような。
…………あ、たぶん僕の記憶違いだ。千鶴の言う通りだった気がする。うん、きっとそうだ、うんうん。そっちの方が都合がいいし。

総司はおぼろげな記憶に感謝しながら、二人の出会いは千鶴の記憶のほうを採用することに決めた。少し騙しているような気分だが仕方あるまい。しかし。

「あ、そういえば斎藤さんと土方さんも一緒でしたよね。それで……」

千鶴が頭を捻りながら考え込む。

「土方さんに逃げるなって言われて、その前に斎藤さんが」
「え、千鶴……?」
「ちょっと待っていてください。総司さんと話してると今まで忘れてたことが思い出せそうです」

駄目!絶対思い出したら駄目!!
思い出は綺麗なままであってほしい総司は、千鶴の思考を邪魔するように慌てて話題をそらす。

「そ、そんなことより今のことが知りたいな。今日まで君がどこでどう生きていたのか聞きたい」

僕はずっと君に会いたくて焦がれていたよ……、と総司が言うと、千鶴はうっとりしたように総司を見つめ、頬を赤くしながら、私も、と答えた。

「私も知りたいです。総司さんの今までを全部」

話題転換に成功した総司はホッと胸を撫で下ろし、下手に過去のことを突っつくのは危険だということを教訓として心に刻んだ。





こうして二人は夜通しお互いのことを語り尽くし、近藤の言うような健全な一夜を過ごしたのだった。














END.
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2011.08.12

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