★1.想いの正体(3/3)


沖田の言うことに千鶴は素直に頷いた。気を良くした沖田は頷くたびに「いい子だね」と頭を撫でてやる。初めは斬り捨てられそうな恐怖と緊張の瞳をしていた千鶴だったが、沖田に撫でられるたびに安心したような惚けたような顔に変わっていく。


――僕のことを拒絶していたはずの千鶴ちゃんが、今は僕の言うことを何でも受け入れてくれる。


それは沖田に不思議なほどの満足感を与えた。その満足感から生まれた心のゆとりは、これまで冷たく凍てついていた千鶴に対する態度をとろとろと融かしていった。

「もう二度と帰りたいなんて言っちゃ駄目だよ」

もし一度でもそれを言えば、今の幹部たちは本気で彼女を屯所の外へ開放してしまう。それだけは阻止したかった。

「言いません」

千鶴が答えれば、沖田は笑顔を作る。沖田が優しく撫でれば、千鶴は素直に甘える。それを繰り返すうちに心地よくなっていくのは、沖田なのか千鶴なのか……。

「嫌い、って二度と言わないで」

先ほどまではただ撫でるだけだったその手を、千鶴の後頭部に回して自分の胸へと引き寄せた。片腕で千鶴の頭を抱いたまま髪を撫でてやれば、千鶴は沖田の胸にそっと体重を寄せる。

「言わないです」

優しくすれば優しくするほど、甘やかせば甘やかすほど、千鶴の力は抜けて沖田に身を委ねる。
そうやって二人は次々と決め事を作っていった。沖田が好き放題言い終わる頃には、頬を擦り寄せ隙間もないくらいに両腕で抱き込んでいて、甘やかすどころの状態ではなかった。


――あんなに怖がってたくせに優しくされた途端これだなんて、千鶴ちゃんも節操がないなぁ。


他の幹部たちと千鶴がこんなことをしている様子を想像するだけで何故か千鶴が憎たらしくなってこのまま捻り潰したくなってくるが、その節操なしのおかげで今こうやってまどろんでいられると思うと複雑な気持ちになった。それに、さっきまで冷たくしたくてたまらなかったくせに掌を返したように甘やかしている自分自身も、ある意味節操がないと思えた。

「……沖田、さん…………」

千鶴の白い手が、沖田の着物をキュッと掴む。

誰にでも伸ばすこの小さな小さな手を斬り落として、誰にも触れさせないように隠してしまいたくなる。しかしそんな特殊な嗜好を持ち合わせているわけではないから、斬り落とした時点でその手に対する興味はなくなるだろう。自分だけのものにしたいのは白く小さな手ではなく、彼女自身なのだから…………。
ふと、沖田の思考が一瞬停止する。そして引っかかった部分を心の中で繰り返した。


――千鶴ちゃんを、僕だけのものにしたい……?


沖田には特定のものを手に入れたいという気持ちが薄かった。何に対してでも希薄で淡白なのは自他共に認める。
唯一熱く燈るのは近藤に対する誰にも譲れぬ思いだが、それは近藤をどうこうしたいというものではない。ただ近藤のためになりたい、尽くしたい、命を懸けたい……どちらかというと近藤のために何かをしたいという気持ちであって、千鶴に対するものとは全く逆の思いだ。

ならば千鶴へのこの思いは何なのか。彼女が他者へ向ける笑顔や優しさ――いや、きっと他者へ向けるもの全てが嫌いだ。それは沖田の心を苛立たせ、掻き乱し、憎悪させる。
そして今ようやく気づいたのは、それらは全て自分に向けられるべきだということ。自分にさえ向けられていれば、苛立ちも何もかもが昇華される。これを独占欲と呼ぶのか、執着心と呼ぶのか。


――いいや、これは支配欲だ。


これ以上ない程どろどろに甘やかしてやりたくなるのは、そうすることで彼女の心を支配できるからだ。沖田は自身の中に芽生えた想いを、そう結論付けた。








触れて触れられて、抱き締めて締め返されて、その瞳に映し出されるものは自分だけで……こうしている今、沖田の気分はとても高揚している。
この気持ちの正体を知ってしまえば、沖田にとっては後はすごく簡単なことだった。



きゅるるるるるっ

「――っ!」

ドンッドガゴン!!



突然部屋に可愛らしい音が鳴り響くと同時、千鶴が沖田を突き飛ばされた。沖田はそれに一瞬眉を顰めるが、突き飛ばした本人は既に部屋の角に追いやられていたことも忘れ、お腹を押さえながら後ろに飛び退いて襖に肩をガツンと強打した。さらに反動で後頭部までゴツンと打ち付けた。

「うぅ………っ!」

打った箇所を押さえながら悶絶する千鶴の、あまりに酷いまぬけっぷりを沖田は声をあげて笑い飛ばした。

「はっはは!千鶴ちゃんドジだね、おっかし……っ!」

「ひ、ひど・・・笑わないでくださいっ!」

「だって、今のは・・・笑うしか、ないよ・・・っ」

口元を手で隠しながら肩を揺らす沖田を見て、千鶴は穴があったら入りたい……いや、この際穴がないなら自ら掘ってしまいたい気分になった。

「ぶつけたのは襖だからコブもできないでしょ。気分は悪くない?」

「……大丈夫です」

それでも後頭部を優しくさすられたので、千鶴はなんとか地上に留まった。

「だけど……、随分大きくて可愛い音だったね、お腹」

「っ!」

そこは触れないでほしかった・・・。千鶴は恥ずかしさと沖田の無神経さにわなわなと振るえ、さっき地上に留まったことを激しく後悔した。




「食欲があるならご飯、ちゃんと食べようか」

笑いの収まった沖田は千鶴の手を引き、先ほど持ってきたお膳の前に座らせた。自分もその横に腰を下ろして、箸を持って、まずは魚を食べやすい大きさに器用にほぐして一掴み………

「はい、あ〜ん」

それを極当然のように口元に差し出された千鶴は、目を見開いた。

沖田とのことを気にして何も喉を通りそうになく、千鶴は丸一日何も食べていない。しかし何故かはよくわからないが、原因にもなった沖田の態度は一転、これでもかというほど優しく甘いものになった。不安の原因が解消された今、確かにお腹はペコペコだ。だけど、だからといって・・・!

「ああああの、じ、自分で、できますっ!!」

胸の前で両手を必死に振って沖田に箸を下ろさせようとするが、沖田は無言でさらに箸を突き出す。千鶴はキュッと唇をつぐんで首をフルフル横に振ったが・・・

「はい、あ〜ん!」

にっこり笑顔・・・のようで、眉間にはしっかり皺が刻まれていた。そんな顔と少し強い口調で唇にブスッと箸を押し当てられた千鶴は、力なく降参する。

「…………あ、あーん……」

なぜか千鶴までそう言って、引き攣る口を無理やり開いた。遣る瀬無い気持ちになりながら咀嚼してゴクンっと飲み込めば、にっこり笑顔の沖田が次の分を用意してまっていた。


鳥の気持ちがわかるようだ、と沖田は思った。


雛のために必死で探し回った餌を巣へ持ち帰り、ピーピーと鳴くそれに口移ししてやる親鳥。あれは母性だとか父性だとかではない、自分によってこの子は生かされているんだという支配欲を得るための行為だ。口を開いて餌を放り込まれる千鶴が雛そのものに思え、優越感に浸る。

彼がそんなことを考えているとは露知らず、千鶴は笑顔を絶やさない沖田を何がそんなに面白いのか、からかわれているのだろうか、などと思いつつも遭えて触れないようにした。
千鶴はそうやって次々と口の中へ運び込まれた食物を、頬袋をぱんぱんに膨らませながら少しずつ少しずつ喉へと流し込んでいった。せめてもう少しゆっくり・・・と訴えたかったのだが、物が沢山入った口では喋ることもままならず、千鶴は口元を手で覆い隠してやっと、全てのものを飲み込みきった。


半分ほど食べ終えた頃、満足したのか飽きたのか、沖田は「はい、あとは自分で食べて」と箸を千鶴に渡した。頭に疑問符を大量に浮かべながら、千鶴はせっかく持ってきてくれたんだし・・・と残りを少しずつ口に運んだ。
とっくに冷めて所々硬くなってしまっていて、正直全部を食べるのは辛かった。だけど完食したら沖田が「いい子だね」と頭を撫でて褒めてくれるような気がして、黙々と口に運んだ。そしてようやく全部食べきったとき、沖田の手が伸びてきて、千鶴は期待と緊張でドキリとした。

その手は、指先は、千鶴の唇と頬の間に触れ、千鶴は息を飲んだ。指の腹がすぅっと滑って・・・。

「ついてたよ」

沖田がクスクス笑いながら突き出された指先には米粒がついていて、千鶴は恥ずかしさから顔を赤らめる。沖田はそのまま「はい」と指先を千鶴の口元に突き出し、待った。

「あの、えっと……」

沖田が何を待っているのか、何をさせようとしているのか理解した千鶴は、ますます顔を赤らめる。

「ほら、早く。全部食べきったら褒めてあげるから」



苛立ちの理由に気づいた沖田は千鶴への態度を軟化させ、千鶴は二度と帰りたいなどと言わなくなり、幹部たちは胸を撫で下ろしはした。
指先と舌がゆっくりと触れた瞬間、身体を電流のようなものが駆け巡ったのは果たして千鶴なのか沖田なのか、それとも二人ともなのか……。






壱「想いの正体」END.
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2011.05.06

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