★ひとひら舞う 第8話(2/2)

四時間目が終了してそろそろ10分が過ぎようとしている。時計を見つめ、私は溜息をついた。

今朝、先輩のケータイが繋がらなかったのは、充電をし忘れたことによる電池切れだと教えてもらった。お弁当の件を直接言う勇気がなくてメールを使おうとしていた私は、足元が崩れた気分だった。
やはり直接言うのは恥ずかしくて、それを間接的に伝えたのは三時間目と四時間目の間の休み時間。返事はまだ貰えていない。

引かれたのかも。
勝手にお弁当を作ってきて、一緒に食べたいだなんて、うざい子だと思われたのかもしれない。

「千鶴どうするのー?だから直接誘えば良かったのに」

「も、もうちょっとだけ待ってみようかな・・・。みんなは気にしないで先に食べて」

うう・・・、もう食欲なんてなくなっちゃった。下校のとき、気まずくならないといいなぁ。

浮かない気持ちで再度時計に目を向けると、廊下からキャーという黄色いざわめきが聞こえ、

「千鶴ちゃん、待たせてごめんね」

沖田先輩が教室を覗いた。学校の有名人でもある沖田先輩はやはり目立っていて、だけど本人は気にする素振りもせずに教室に入り、私の横にやってくる。

「購買でこれ買ってたら遅くなっちゃって」

先輩は手にぶら下げているビニール袋を持ち上げる素振りをする。購買で何か買ったんだ。やっぱり断られるんだ。袋を眺めながら私が何も言えないでいると、先輩はにっこり笑った。

「デザート。僕と千鶴ちゃんの分を買ってきたんだ。今日はお誘いありがとう。じゃあ行こうか」

あ、え、と慌てて席を立つと、沖田先輩は「これ?」と言ってお弁当の入ったバックを手にする。私が自分で持ちますと言っても、いいのいいのと笑っていて、思い出したように私の友人たちへ振り返り・・・。

「千鶴ちゃんは借りていくね」

沖田先輩が営業スマイルを貼り付けてそう言えば、教室内外から悲鳴のような声が響いた。
廊下に出た瞬間、教室を覗いていた隣のクラスの女子が、大きな声で叫ぶように言った。

「お、沖田先輩と雪村さんは付き合ってるんですか!?」

ピシッという音が本当にしたんじゃないかってくらい私は固まる。その女子の大きな声が届いた範囲の生徒たちがみんな、しーんと静まり返り、沖田先輩に注目しているのがわかった。
こんな注目された中で付き合ってないという事実を言われてしまうかと思うと少し寂しかった。・・・本当のことなのにそう思ってしまう私は、なんて贅沢なのだろう。

「君たちにはナイショ」

だけど先輩の口から出たのは、肯定でも否定でもない言葉。

「そういうこと千鶴ちゃんに聞いて困らせないで?この子をからかっていいのは僕だけだから」

ちょっと・・・いや、かなり大きな声だったと思う。先輩はそう言って硬直していた私の手を取り、すごく上機嫌に歩き出した。問題発言な気がしなくもないけど、先輩の特別だと皆の前で言われた気がして、嬉し・・・恥ずかしい。
少しの沈黙の後、後ろから大きなどよめきが聞こえてきて、私はそれに振り向くことも出来ず、先輩の後姿だけを見つめた。





ここは屋上。今は私と先輩の2人きり。
誰もいない場所で良かった。沖田先輩は本当に人気があってどこにいても注目を浴びているから、もし人目につく場所だったらこんなにリラックスできなかったと思う。
お世辞かもしれないけど、お弁当は好評で、また作ってきてという嬉しい言葉までもらえた。

「ほら、睡眠不足だからさ。眠くなったときに寝とかないと♪」

食べ終わった先輩は、私の肩に寄りかかり、もたれかかり、徐々に崩れてきて、今は私の太ももを占領してゴロゴロと寝っ転がっている。つまり、膝枕中。批難の言葉も飄々とした態度でかわされてしまった。

・・・全く眠そうに見えなくて納得がいかない。授業開始のチャイムはとっくに鳴り止んでしまい、私は人生で初めて授業をサボってしまっている。いや、今行けばまだ十分間に合う。

「あの、先輩、ふざけてるなら私本当に・・・」

「今日はこうしてて。お願い」

ずるい。
私が先輩のお願いは全部叶えて上げようって決意したことを知ってるみたい。

「今日だけですよ」

私が不貞腐れたようにそう言えば、沖田先輩は楽しそうに笑った。
悔しいからここぞとばかりに、先輩の柔らかい髪の毛に指を通して、梳いた。横の跳ねてるところも、目にかかりそうな前髪も、梳いて、撫でて、弄んだ。されるがままに目を閉じる先輩が可愛く見えるなんて、私は少し重症かもしれない。



ヴーヴーヴー



スカートのポケットから響いた機械音に私はビクッとする。
先輩が不機嫌になる原因はコレなのに、なんで私は今日も電源をオフにするのを忘れてしまったんだろう。チラリと先輩を見ると目を閉じたまま。一応、小さな声で「ちょっとすみません」と断りを入れてケータイを開いた。

「ダメ。見ないで」

パカッという開閉音と同時に、沖田先輩が私の腰に腕を回してぎゅうぎゅうと締め付けてくる。
これまでは先輩から「大事な用だと困るでしょ」と確認するよう促されていたので、真逆の反応をされて戸惑った。

「たぶんクラスの子です。戻ってこないから心配してるんだと思います」

たとえそうじゃなくても、クラスメイトに授業に出ない旨を伝えなくちゃ。先輩に構わずケータイを操作して、受信メールを開く。


『授業サボリ?沖田先輩とイチャイチャしすぎてチャイム聞こえなかったの〜?』


――ッ!!
いつものからかいメールだった。こんなもの沖田先輩に見られたら、恥ずかしいどころじゃ済まない。私は電源ボタンを連打して待ち受け画面に戻し、パチンッとケータイを閉じる。ポケットに戻そうとしたとき、それはスルリと伸びた先輩の手に奪われてしまい、驚きの声をあげた。

「お、沖田先輩、何するんですか!止めてくださいっ」

「友達からなら見られても平気でしょ?」

へ、平気なんかじゃないっ!何で?どうして!?

「や、やだぁ!返してっ」

必死でケータイを取り返そうとするけど、先輩はスクッと立ち上がってしまう。沖田先輩は背が高くて、腕を上に伸ばされたら私が届くはずもない。それでもどうにかしようと、ジャンプしたり、先輩の腕を引っ張ったりしたのに、何の効果もなくて。先輩は私の遥か頭上でケータイを操作し、私の見られたくないものを暴いていく。


「なに、これ」

終わった・・・絶対引かれた、ドン引かれた・・・・・・。

「・・・・・・友達からの・・・メールです」

こうなった以上、下手なことを言っても先輩に敵うはずがない・・・と私はこの数ヶ月で学習していた。だから、正直に答えた。もう、泣きそう。

「どういう・・・?」

「・・・あの、いつも・・・メールで・・・沖田先輩とのこと・・・からかわれていて・・・・・・・」

「いつも?」

「せ、先輩と一緒にいるときに、いつも、こういうメールを送ってきて・・・」

「・・・じゃあ今までのメールって、全部・・・?」

コクン、と頷いた私は、そのまま顔を上げることができなくなった。
沖田先輩の顔、見れない・・・さっき、驚いたような顔をしてた。きっと、今軽蔑するような顔をしているのかもしれない。下を向いたせいで瞳に涙が集まってきて、視界がぼやけた。できればずっと隠しておきたいことだったのに・・・。

すんっ、と鼻を啜ると同時に、突然起きた先輩が噴出した。

「・・・ぷっ、ははは!バカみたい」

大笑い。我慢できなかったように笑い出す。お腹を抱えて、実におかしそうに。その姿を最初は呆然と眺め、そしてハッと我に返る。

「なっ!わ、笑わないでくださいっ!」

メールの内容自体は周りからそう見られてると思うと嬉しくてしかたなかった。だから、それを沖田先輩に「バカみたい」だと笑われるのはショックを通り越して、ムッとした。

「ごめんごめん。君の事を笑ってるわけじゃなくて。あ、勝手にケータイ見ちゃったのもごめんね」

一通り笑い終わった先輩はそう言い訳して、私の目元を指で擦った。もしかして涙が出てた!?と目を見開くと、先輩は優しく笑って、両手で私の頬を包み込んだ。

「君をからかっていいのは僕だけだから、今度こんなメールがきたら僕に言ってね」

「・・・私は先輩にもからかわれたくありません」

にやりと意地悪に笑う先輩に小さな反抗をしながら、メールのことを先輩が引いたり呆れたりしていないことにホッとする。

「そんなの無理だよ。千鶴ちゃんは、」

私と先輩のオデコがこつんとくっつく。私は昨日と今日で随分スキンシップに慣れてしまったみたい。それでもきっと、顔は耳まで真っ赤になってると思うけど。至近距離で見る先輩の薄緑色の瞳はすごく綺麗で、吸い込まれてしまいそう。


ちゅっ


見惚れている隙に、鼻の頭に一瞬触れた、先輩の唇。

「―――っ!!」

私が叫ぶ寸前にギュッと抱き締められ、声は先輩の胸元で塞がれる。

「千鶴ちゃんは、僕のだから」

そんな言葉が降ってきたことすら気づかないくらい、私の心臓はバクバクと煩く騒いでいた。







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2011.04.27

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