★泣いて縋って(1/2)


雀の鳴き声がする。障子から漏れる眩しい光を避けるように、総司は寝返りを打った。
昨日は夜番。何事もなければすぐに終わりなのだが、不逞浪士とのちょっとした斬り合いになり、監察方の山崎を呼んで後処理を頼んだり土方に詳細を報告せねばならなかった。何だかんだで布団に入ったのが遅く、そろそろ朝餉の時刻だというのに起きる気になれなかった。

そこへ男のものとは思えない、屯所に似つかわしくない足音がパタパタと聞こえてくる。
総司はまだ江戸にいた頃にいつも一緒にいたあの子のことを思い出しながら、またゴロリと寝返りを打った。まさかなぁ〜と夢現でいると、足音は総司の部屋の前で止まり、襖がスッパーンと勢いよく開いた。

「起きてくださーい!」

高くて可愛い声が響いた。ガバッと体を起こした総司は目の前にいる、いるはずのない少女の名を驚きながら呼んだ。

「・・・ち、千鶴ちゃん!?何でここに」

「皆さん広間で待ってますよ。早くしないとご飯が冷めちゃいます」

ズカズカと部屋に入り、総司の布団を捲る。総司はポカーンとそれを見上げた。
まあ、かつてはこういうことはよくあったのだが、それは江戸にいた頃のことで。京ではまず有り得ない。なのにさも当然のように振舞う千鶴に、総司は思考が追いつかない。

「その格好は……」

桃色の着物に白灰の袴、高く一つに括った髪の毛。千鶴であることには変わりないのだが、それは江戸でよく見慣れた彼女の姿とは一致しない。なぜそんな男のような格好を――

「あ、私、男装してるんです。男の子に見えますか?」

くるん、と一周回ってみせた千鶴のしぐさは説得力の欠片もない、年頃の女の子そのものだった。しかし本人は気にする素振りもなく混乱する総司の腕を、ほら行きましょうと引っ張る。総司はそれを制して、グルグルと回る頭を整理しようと努めた。

「ちょっと、ちゃんと説明してくれるかな。なんで君、京にいるの!?」







千鶴は総司の幼なじみだ。
江戸にいた頃、試衛館にもよく顔を見せていたため、幹部の大半とも旧知の仲。特に近藤や井上は無条件に千鶴を妹や娘のように可愛がっていて、いちばん年頃の近い平助とは特に仲が良かった。
小さな頭を大きく振りながら切腹話に耳を傾けてくれる千鶴が、原田は大のお気に入りだった。まあ、千鶴は単に腹踊りが好きなだけで切腹云々についてはいまいち理解していないのだが。

剣の稽古をして、仲間と笑い、千鶴と遊ぶ。それが江戸での総司の日々だった。

近藤のために皆と一緒に京へ行く。
約二年前。そう告げたとき、総司は辛かった。千鶴は泣くだろうし、泣かれたらきっと連れて行ってしまう。京が危険な場所であることも、保障のない生活であることも、千鶴を不幸にしてしまうかもしれないことも十分理解していたが、それでもきっと、二度と手を放してやれない。そう思っていた。なのに・・・

「皆さんの功名が江戸まで届くのを楽しみにしていますね!」

千鶴は泣かなかった。にっこり笑って言ってのけ、芯の強さを見せた。
一人にしないでと寂しがられ、置いてかないでと泣かれ、連れて行ってと縋ってほしかった。総司は心のどこかでガッカリして、気づいた。千鶴にとって自分たちの関係はどこまでいっても幼なじみでしかないことを。
結局出発の日まで千鶴が泣くことはなく、最後まで笑顔で見送られて、泣きたくなったのは総司のほうだった。







布団の上で向かい合うように正座をさせられた千鶴は、素直に説明をしていた。

「みつさんに相談したところ女の一人旅は危険だと猛反対をされたので、だったら男装をすれば問題がないと思いまして。剣術なら試衛館で少し教えていただいてましたし、こうやって小太刀を差していれば、私お侍さんに見えますよね♪」

姉さん、反対するならトコトン反対してよ・・・。いや、きっと伝わってなかったんだろうな。変なところで頑固な子だし。だいたい千鶴ちゃんがやってたのは剣術じゃなくてチャンバラ遊びじゃないか。それにお侍さんって……

小太刀をさすりながら暢気な説明をする千鶴に総司はうな垂れた。

「実は昨日のうちに到着していたのですが宿をとって、それで今朝一番にここまで来たんです。なんの連絡もしていなかったので危うく門前払いされかけちゃいました。たまたま斎藤さんが通りかかってくださって、私の見事な男装に驚いてらっしゃいましたよ」

一君が驚いたのはそこじゃないよ、千鶴ちゃん……

総司は頭を抱えた。次第に暢気すぎるとか無事だから良かったものをとか、ふつふつと怒りが沸き始め、これは一度しっかり言い聞かせないといけない、と顔を上げて千鶴を睨む。

「あのさぁ、千鶴ちゃん!」

怒りを孕んだ声で名を呼ぶと、千鶴は戸惑った顔をする。

「あ、あの。お説教ならもう土方さんにされたので、お説教以外がいいです!」

聞けば千鶴は一刻ほど前に屯所を訪れ、斎藤に中へと招かれ、朝稽古中の原田や新八と和気藹々とお喋りをして。斎藤の報告を受けた土方にとっ捕まって嫌というほどの説教を受け、そして何故か先程まで食事当番の手伝いをさせられていたらしい。

「……うん、もういいよ。なんか呆れた。たぶん土方さんのほうが的確なこと言ってるだろうし」

盛大な溜息を吐きながら立ち上がった総司は、まだ座ったままの千鶴に手を差し伸べる。千鶴はエヘヘッと笑いながらその手を取り、総司に引かれながら立ち上がった。

「・・・千鶴ちゃん、久しぶり」

総司が顔を綻ばせて言うと、千鶴はあの日と変わらぬ、だけどあの頃よりはずっと成長した笑顔で「はいっ!」と答えた。








味噌汁を一口すすると、懐かしい味がした。江戸にいた頃、千鶴の手料理など滅多に食べたことなどないが、千鶴の作ったものは江戸出身の総司にはすごく馴染む、故郷の味だった。

「んで、どうしたってんだよ、千鶴ちゃん」

ご飯を掻き込みながら、新八が言った。千鶴がどうやってここに来たかも、なぜ男装してるのかも聞いた。しかし、なぜここに来たのかはまだ聞いていなかったのだ。
千鶴は箸を置いて、少しマゴマゴしてから答えた。

「あの、総司さんが一ヶ月も文を寄越さなかったので、何かあったのかと心配で心配で……」

京まで来ちゃいました。
思わぬ理由に幹部たちは目をぱちくりさせ、総司はゴホゴホと咽た。もし何かあったとしたら近藤さんちやみつさんのところの真っ先に連絡が行くだろ、とツッコミを入れられ、千鶴は「焦っていて思いつきませんでした」と顔を赤くした。

「へぇ〜、総司が毎日のように文をねぇ」

「……なんですか左之さん、その言い方」

「いや、意外だったもんでな」

原田がにやにやと総司を視線を送れば、総司は罰の悪そうな顔をする。

毎日のように送っていた文は、確かに最近途絶えていた。大きな理由としては近頃、捕り物のために総司自身が日々を追われていて、屯所に帰れぬ日が多く、近藤のためにも失敗できぬ任務だったので緊張状態を保っていたかったからだ。
別に千鶴のことがどうでも良くなったとか、書くのが面倒になったとか、そんな理由ではない。まあ、少しだけ拗ねた子供のような理由もあるにはあるのだが、それについてを今ここで言う気にはなれなかった。

そんなことを掻い摘んで話してやれば、千鶴はホッとしたように笑う。それを見て幹部たちがニヤニヤ笑う。そんな幹部たちに総司は人を殺さんばかりの鋭い笑みを向けた。



「失礼します。副長、お持ち致しました」

スッと襖が開き、山崎が入ってきた。土方がご苦労だったそこに置いとけと短く言うと、山崎は桃色の風呂敷を置いて出て行く。見覚えのあるそれに千鶴が首を傾げた。

「あれ?え?それ私の……宿に置いてきたのに・・・?」

その風呂敷は確かに千鶴のもの。可愛く桜の刺繍が施されているお気に入りだった。ちなみに千鶴は道中ずっとこれを持ち歩いて男装だと言い張っていた。本当によく無事だったと幹部たちは嘆息が止まらない。

「俺が持ってこさせた。あんな安宿に今夜も泊まらせるわけにはいかねぇからな」

土方は朝一番で説教したとき、千鶴が昨晩どこの宿に泊まったのかを聞いて溜息を五、六回ついた。京の情報に明るくない千鶴は仕方ないのかもしれないが、その宿は、女が一人で行くには少々治安の悪い場所にあった。説教を終えた土方はすぐ山崎に、宿を引き払わせるように指示を出したのだった。

千鶴はもちろん驚いた。彼らが京の治安を維持する大切な仕事をしていることは知っているし、それを邪魔するわけにはいかない。だから迷惑をかけないように宿をしっかり取ったのだ。

「いえ、でも・・・それに私、すぐに江戸に戻るつもりで・・・」

長居をするつもりはなかった。当初の目的でもある総司の無事も確認できたのだから、食事を終えたらこのまま出発しようとも考えていたくらいだ。

「何言ってるのかな。千鶴ちゃん一人で帰らせるわけないでしょ、危ない」

「危ないと言われても、ここまで一人で来れたので帰りも大丈――」

「「「大丈夫じゃねえよ!」」」

憮然としつつも、方々から総ツッコミされた千鶴は黙り込んだ。
幹部たちは、江戸方面に行く用のある信頼できるツテでも捜して同行させるのが一番だな、とか何とか口々に言い合ってい、そして土方が結論を出した。

「お前はしばらくここで暮らせ。向こうには俺から文を送っておくから安心しろ」

「って、おいおい屯所に置くつもりか?いくらなんでもそりゃ……」

原田が少しばかり慌てた。ここは男所帯。それに、乗り込んでくる馬鹿はいないだろうが新選組は敵も多いのだ。女の千鶴に……と思いつつも、いや、まあ目の見える場所にいてくれた方が安心っちゃ安心だよなぁと考え直した。

「しかし副長、空き部屋はありませんが」

「部屋なら平助のを使えばいいさ。しばらく留守なんだからよ」

トントン拍子で話が勝手に進んでいく。ここまできたら彼らに逆らうことは無理だし、と千鶴は早々に諦めて決定に従おうと決めた。

「そういえば平助君はどうしていないんですか?」

たまたま今日はいないのかと思ったけど「しばらく留守」だと言われ、千鶴は少しキョロキョロしながら窺った。

「平助は江戸に新規隊士の募集に向かった。あんたと擦れ違いだ」

一同は、ひっさびさに千鶴に会えるぜ〜♪と皆に自慢しながら京の土産を目一杯持って出発した平助を思い浮かべ、少々哀れになったのだった。






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