★泣いて縋って(2/2)





男所帯だからと男装は続けることになった。そこからが大忙しだった。
まず、顔見知りの幹部たちに江戸のお土産を配って、これから暫くよろしくお願いしますと挨拶をした。使っていない布団を干して、平助の部屋を綺麗に片付けた。
午後は非番の原田に街へ連れ出してもらった。もともとすぐに帰るつもりで最低限のものしか持っていなかった千鶴は、そんなに長居するつもりもないのでとりあえず必要なものだけを買った。原田に着物だ簪だと勧められたものをやんわり断ることに大半の時間を費やした気がしなくもない。
……そして千鶴は何故か、ピカピカにした平助の部屋ではなく、総司の部屋を使うことになる。

「だって君が何度も何度も、勝手に使ったら平助に悪いとか言うからさ」

「でも、これでは総司さんに悪いです……」

「僕たちそんなの気にする仲でもないでしょ?」

幼なじみなんだし、と一応付け加えようとした総司だったが、

「……っ、はいっ」

みるみる頬を赤くして頷く千鶴が可愛かったので止めた。
朝は驚きの方が勝って千鶴に振り回されてしまったが、やはり本来の形――千鶴をからかって翻弄したくなってくる。久しぶりに会うのだから、尚更。

「それとも僕の部屋なんて、嫌?」

しおらしく、さも傷つきましたという表情で聞いてみれば、千鶴は慌てて手や頭をブンブン横に振る。

「いっ、嫌じゃないです。総司さんの部屋 で いいです」

高く結った髪も、馬の尻尾のように横に振られて総司は笑みを深めるのだが、ひとつ納得がいかない。

「・・・何その妥協しましたってかんじの言い方」

今度は本当にちょっぴり傷ついて、真顔になってしまう。こういうときの総司は、少なからず負の感情を抱いていることを千鶴は幼なじみという間柄、十分過ぎるほどわかっているので、これまた大慌てで言い直す。

「総司さんの部屋 が いいです!」

「素直な子は好きだよ。いい子にしてたら毎日遊びに来てあげるからね」

望み通りの返答に(自分で言わせたくせに)満足した総司は、千鶴の頭をいい子いい子して撫で回し、千鶴は「子供扱いしないでくださいっ!」と頬っぺたを膨らませた。



仕事に必要なものを平助の部屋に持っていこうと纏めていた総司は、思い出したように呟いた。

「そういえば手紙……、気にしてたんだね」

江戸を出てからというもの、2人の、いや千鶴と皆との交流手段は文だけだった。
最初こそ内部抗争やらのドタバタで余裕がなかったし、泣いてくれなかった寂しさから総司は少し不貞腐れていた。不貞腐れ続けていれば、近藤や土方のもとに道場から手紙が届いて、たまに千鶴のことも書かれていた。それを読ませてもらってるうちに不貞腐れてることが馬鹿らしくなって、筆を取った。つまり、我慢できなかったわけだ。
幼なじみでいつでも会えるという間柄だったせいで千鶴に文など出したことがなかった総司は、初めの一通を送ったときは返事が返ってくるまでソワソワして、返事が返ってくれば嬉しくてすぐにまた書いて送った。それを繰り返しているうちに気づけば、暇があれば千鶴に文を書くようになっていた。

「気にして、ました」

ぎくり、と言う音が聞こえてきそうなふうに肩を揺らした千鶴に、総司は口を尖らせながら言った。

「返事、全然くれなかったくせに」

最初のうちはお互いとにかく送り合っていた。返事を送る前に次の文が届くといった具合に。だけど、千鶴の返事は五通に一通とか、十通に一通とか、徐々に減ってきて。好きな男でもできたのかとか、遠い自分よりも身近なそいつのほうがいいんだろうかとか、気にし出すと止まらなくて。
嫌だ、僕を必要としてほしい、と言いたくても、だからといって近藤のために京から離れることは考えられなかったし、千鶴を京に呼びたくても答えは二年前に既に出ている。
そのうち手紙の量が気持ちの大きさを表しているように思え、総司は自分の気持ちが一方通行な想いなんだと悲しくなった。悲しくなって拗ねた。その頃に丁度、捕り物で慌ただしくなり、すっかり拗ねて捻くれていた総司はそれを言い訳に文を書くのを止めたのだった。

でも、今回のことでそれも違うのかもしれないと思い始めた。総司は返事が来なくなると見えぬ相手に嫉妬して寂しくなって拗ねて、書くのを止めた。
千鶴はというと返事が来なくなるや、慣れぬ袴姿でたった一人、こんなところまでやってきてしまったのだ。そこは女性の行動力というか何なのか。手紙の量だけでは気持ちの大きさは測れないのだと思い知らされた。まあ、でもやっぱり自分の気持ちのほうが圧倒的だという自信はある。

「だって総司さんが、いつも京でのことを楽しそうに書くから」

「・・・? そりゃあそういう話題の方がいいでしょ?」

総司はお茶屋や甘味、花見や紅葉狩り、みんなで呑んで騒いで……そういう明るい内容ばかりをいつも書いていた。年下の可愛い幼なじみにわざわざ、今日は人を斬っただの誰かが切腹しただののここでは日常であるような出来事を報告できるはずがない。

「総司さんが楽しそうにしているのは、嬉しいです」

千鶴は寂しそうな顔で総司の着物の袖を掴んだ。

「嬉しいけど、どんどん、読めなくなっちゃって……」

着物がクシャッと皺になるほど、千鶴の手に力が込められる。総司はその指先をじっと見つめた。

「私は総司さんがいないと何をしても楽しくないのに、総司さんは、違うから……」

「……まあ僕は皆と一緒だったし。でも、」

千鶴の言葉は、ほんの少しでもいいからと望んだものだったため、総司は今まで不貞腐れたり拗ねていたことも忘れて素直になった。ずっと言いたくて、吐き出したくてたまらなかった言葉を、口にした。

「僕も、千鶴ちゃんがいなくて……寂しかったよ」

千鶴は顔を上げて目を瞬かせた。いつの間にか震えていた手に、総司の大きな手が重なると、蜂蜜色の瞳がゆらゆらと揺らめき、潤んだ。
そして堰を切ったように……

「私も、寂しかったです。っ、会いたかったです。総司さんと、一緒に・・・いたくて、来たんですっ・・・!」

泣き出した。
今度は総司は目を剥いて驚いた。自分に泣いて縋り付いてくる千鶴はしゃくり上げて苦しそうなのに、嬉しくて、愛しくて、ずっと見ていたくなった。だけど見ているだけでは我慢できなくなって、頬に張り付いた髪の毛をそっと梳いた後、引き寄せて、抱き締めた。
すると今度は千鶴が我慢できないといった具合に、総司の体に腕を回してぎゅうっと抱き着き、甘えるみたいに頬を胸に擦り寄らせた。

「本当は、行かないでっ…連れて行って、ほしかったんです。でもっ、でも、迷惑かけたくなくて……」

「・・・ああ、もうっ……やっと言ってくれた」

迷惑なはずが、あるわけない。
二年越しに通じた想いに総司は驚喜して、自分のせいで流れた涙に優しく口付けた。千鶴は顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに、だけど幸せそうに総司の目を真っ直ぐに見つめ、呟いた。

「・・・やっと、言えました」




泣かれたらきっと二度と離れられない。だから泣いて縋ってほしかった。ずっとずっと、手放せない理由を与えてほしかった。
こうして、千鶴と総司の新しい関係が始まる。











END.
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2011.04.25
アンケより『千鶴と総司が幼なじみの本編パロ』。幼なじみというより押しかけ女房?沖田さんが女々しくなっちゃいました。反省。でもやってて楽しかったー♪

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