★続・茶番狂言(後編)

「……っ、沖田さん、無事ですか!?」

月明かりとともに千鶴が蔵の中へ駆け込んでくる。
そして総司が見当たらないことに驚愕し、切羽詰まった様子であたりをキョロキョロ見回した。
そんな千鶴を、物陰に隠れながらクスクスと笑う。
笑いながら、千鶴に見つからないように入り口のほうへと移動し、そのまま静かに蔵の外へ出た。

「……ど、どうしよう……沖田さんが連れ去られちゃった……!」

あわあわと動揺して馬鹿げたことを呟く千鶴を尻目に、総司はバタンと扉を閉め、施錠する。
その途端、蔵の中から声にならない悲鳴が聞こえ、駆け寄ってきた千鶴によって扉が内側からドンドンバンバンされた。
千鶴の必死さがその音の大きさから伝わってきて、声をあげて笑いたくなってくる。
でも、まだ我慢だ。
もっともっと恐怖に慄いて、縋り付かずにはいられなくなるまで、待たなくちゃいけない。

(……そんなに大きな音を立てたら、亡霊が寄ってくるかもしれないのに)

設定を忘れてしまったのだろうか。
壁に寄り掛かって、蔵の中へ耳を傾ける。
千鶴が意気消沈した頃に開けてあげようかと、口角上げて夜空を見上げた。
だけど千鶴は静かになるどころか、蔵の外側まで聞こえるくらいの声でなぜか総司の名を呼び続けたのだ。

「沖田さんっ、沖田さん……っ、どこですか? 沖田さぁーん……ぅう……」

……もしかして、蔵の中で総司を探している?
なんて間抜け……もとい、なんて健気なんだろうか。
そこまで愛しげに名前を連呼されたとあらば、作戦を変更してでも求めに応じてあげたくなるじゃないか。
そっと扉を開いて、こっそり中へ戻ろうとする。
だけど開いた戸の隙間から差し込んだ光に千鶴が敏感に反応をし、すぐに気づかれてしまった。

「…………沖田さん、ですか? 本物ですか?」
「本物じゃなかったらなんだって言うのさ」

千鶴の意味不明な問いかけに、総司はさして困ってもいないながらも、眉を垂れ下げて苦笑いを浮かべる。
その直後、千鶴がえずき声をあげながら飛びついてきた。

「わっ……と」

それをごく当たり前のように受け止めた総司は、さっさと千鶴の背中に両腕を回し、優しく抱き締める。
ぐりぐりと胸元に顔を押し付けてくる千鶴を、撫で回して可愛がった。
……すごく、楽しい。
楽しくて堪らない。
堪らないけれど、こんな中途半端な場所でいちゃいちゃしていたら、いくら夜とはいえ通りがかった誰かに見られてしまうかもしれない。
事情を知る幹部ならまだしも、それ以外の人間に見られたら不審がられるだろう。
総司は扉を開けたまま、ひとまず蔵の中へと避難した。
そんな総司にしがみ付きながら、千鶴も離れまいと必死に着いてくる。

「もう大丈夫だよ。僕から離れなければ怖いことなんてないでしょ?」
「…………はい」

ビクビクする千鶴を落ち着かせて、ひとまず置いてある樽に腰を下ろした。
こうなってしまったときの千鶴は無防備で、甘やかしたいだけ甘やかさせてくれる。

「ふふ。千鶴ちゃん、すっかり僕のこと大好きになっちゃったね」

からかうように言うと、千鶴が驚いたように顔をあげ、頬を染めながら「そういうわけではありません」と否定した。
照れてる。
すっごく照れてる。
恥かしくて正直になれないのだろう。
総司にはすべてわかっている。

「だったら、どういうわけなの?」

千鶴の顔を覗き込んでみれば、千鶴が視線を逸らした。
だから、赤くなった頬をふにっと摘まんでこちらを向かせ、答えを強要する。

「最近、優しくしてくれて……嬉しいです」
「……いつも優しいけど?」
「いつまで優しくしてくれるんですか? いつか終わると考えると、寂しくなるんです」
「……………………」

つまりずっとずっと好きでいてくれなきゃ嫌ってことか。
ハッキリそう言えばいいのに遠回しすぎる。
遠回しのくせに要求は図々しいものだ。
ずっと千鶴を好きでいれるかどうかなんて、所詮は千鶴の態度次第なのに。

「……今回のこと、ごめんなさい」

総司が黙ったままでいると、不安になったらしい千鶴が謝ってきた。

「……なにが?」
「平助君たちに告げ口するみたいになっちゃって」

ああ、そのことか。
総司は、気にしていないと言う代わりに、千鶴の頬を撫でた。
きっと平助と新八が千鶴から強引に言わせたのだろう。
千鶴からポロリと零してしまうことなど有り得ない。
と、思っていたのだが。

「話の流れで、ついうっかり口を滑らせてしまったんです。そしたら二人が私のために怒ってくれて……」

……ポロリと零してしまっていたらしい。
総司はコホンと咳払いをしてから、千鶴のうっかりを寛大な心で許した。

「まあ、そういうときもあるよね。仕方ないよ」
「蔵に一晩閉じ込めるというのも、私は反対だったんです」

そりゃそうだろう。
他の誰が賛同しようとも千鶴だけは猛反対するに決まっている。
だからこそ、総司が消えたと思い込んであんなに取り乱したんだ。
と、思っていたのだが。

「でも面白そうだなって思っちゃって、つい……」

千鶴がえへへと、申し訳程度に笑った。
……暴露にも程がある。
総司はあまりにもあんまりな千鶴の言葉にわなわなと震え出しそうになった。
だけど千鶴が、総司の怒りを鎮めるかのように、袖をつんつんと引っ張りながら言ってくる。

「沖田さんが連れ去られなくて良かったです。自分の馬鹿な行動を後悔しました」
「………………」

そこまで言われてしまうと、怒るに怒れなくなるじゃないか。
総司は複雑な気持ちを抱えながら、千鶴の頬をふにっと摘まむ。
このまま伸びる限り引っ張って、引き千切ってしまいたい。
でも、後悔とか反省をしてくれているのなら、まあ、以前よりは進展しているんだから許してあげたくもなる。

「本当に反省してる? もう僕のこと、蔑ろにしない?」
「しません。ふざけてしまってすみませんでした」

彼女のせいで随分と丸くなってしまったみたいだ。
総司は、その言葉だけで今日の散々な扱いを全て帳消しにしてあげられるような気持ちになった。
なったのだけれど、タダで許してしまったら教育上良くないんじゃないかという気持ちにもなった。
だけど許してあげないのも大人気ないし、だったら間を取るくらいが丁度良いんじゃないかという結論に至る。

「……じゃあ、僕のほっぺにチュってして」
「えっ……ええっ!? な、なな、なんで、ですか?」

これが間を取った結果だ。
総司が自分の頬を指差して口付けを要求すると、なぜか千鶴は目を見開いて驚いている。
まあ、確かに初めてが千鶴からでは戸惑いが大きいのだろう。
でも総司が深く傷つけられた心は、それくらいのことをしてもらわなきゃ癒されない。

「千鶴ちゃんからしてくれないなら僕からする。唇に」

千鶴からすれば頬で済む。
総司からすれば唇になる。
そのどちらかを千鶴自身に選ばせてやるなんて、総司の親切心は計り知れないものであろう。

「どっちにする? 僕はどっちでもいいよ」
「ど……どちらと言われても…………」

自分から口付けをする光景。総司からしてもらう光景。
それらを思い浮かべているのだろうか、千鶴の顔が瞬く間に赤く染まっていく。
する前からそんなふうに照れられてしまったら、楽しみが膨れ上がって我慢できなくなってしまいそうじゃないか。

「どちらも、無理です……できません」

千鶴がぶんぶん首を振る。
でも、彼女の手は総司の袖をぎゅっと握り締めたままだ。

「そんなの僕の方が無理。してくれないなら、するよ」

こつんと額を合わせて、口角を上げる。
息がかかる距離。
夜の闇に目も慣れて、千鶴の一挙一動も見逃さない。
瞬きの数も、彷徨う視線の先も、覚悟を決めたように歯を食いしばる様も。
絶対に見逃さない。
…………って思っていたのに。
総司は第三者の気配が近づいてきていることに気付いた。

「あれ? なんで扉が開いてんだ」
「千鶴ちゃんが開けて総司を出してやったんじゃないか?」

蔵の入り口の方から聞こえてきたのは、平助と新八の話声。
どうやら閉じ込められた総司の様子を見に来てくれたらしい。
折角いいところだったのに、と総司が溜息を吐いて二人に応じようとしたのだが。
なぜか千鶴がびくんと揺れて、総司の腕の中に慌てて隠れてきた。

彼女にはやましい気持ちがあったのだろう。
だからこそ、この現場を二人には見せられないと判断したのだろう。
総司は彼女の意を酌んで、千鶴をぎゅぎゅっと抱き締める。
そして、総司と千鶴がいることに気づいていない二人に背を向けて、さっきの続きをこっそり再開しようとした。
だけど……。

「千鶴のやつ、優しいから開けちゃったのかな」
「あの子が一番ノリノリで総司をコテンパンにしてやろうって言ってたのにな」

信じられない会話が聞こえてきて、総司は腕の中の千鶴を睨み付ける。
千鶴も千鶴で、バレた! という顔つきで総司を見上げていた。
平助や新八が主導で話を進め、千鶴はついうっかり賛同してしまったというような言い訳をしていたくせに。
いや、そんな気もしていたけれど。たぶん確実にそうだと思っていたけれど。
それでもノリノリって酷いじゃないか。

「え、えと……あのっ…………!」

小声でごにょごにょしている千鶴を、ぎゅうぎゅうに押し潰して黙らせる。

言い訳なんてさせて堪るものか。
口付けで済ませてやろうと思っていたのに、そんなものじゃ腹の虫が収まらない。
もっと怖くて痛い目を見せてやりたくなってくる。

そんなことを企んでいる間も、平助と新八が入り口付近で会話を続けていた。
その会話にも耳を澄ませながら千鶴をもぎゅもぎゅにしていると、二人が「扉を閉めて帰るか」と話しているのが聞こえる。
千鶴には聞こえていないだろうそれを総司は聞き流し、重い扉が音を立てて閉まるのを黙認した。

そのことに千鶴が気づいたのは扉が閉まった後。
僅かに差し込んでいた月明かりが消えてしまってからだ。
腕の中でもぞもぞと暗くなった原因を探ろうと身じろぎだしたので、冗談めかした口調で教えてあげた。

「あ〜あ。また閉じ込められちゃったね」
「う、嘘……そんなっ、開けてもらわなきゃ」

慌てて扉へと向かおうとする千鶴を制止させて、耳元で怖々しく囁く。

「静かにしないと、“お迎え”がきちゃうよ」
「――……っ!!」

途端に千鶴の目の色が変わって、総司の腕の中にススッと戻ってきた。
あまりにもチョロい彼女に内心苦笑いを浮かべつつ、総司はまた千鶴を抱きすくめる。

扉の閉まる音はしたけれど、施錠される音はしなかった。
千鶴がそれに気づいている気配はない。
総司はそれに気づいているが、敢えて教えてあげる必要もない。
ネタばらしは朝日が昇った頃で十分だ。

「大丈夫だよ、僕がずっと傍にいるから。二人で夜が明けるまで黙々と楽しもうね♪」

もう一度千鶴に額をこつんと合わせる。
彼女が頬を染めながらギュッと目を閉じたのを合図に、二人の唇はようやく触れ合うのだった。






END.
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2014.12.26
続きは全く考えていなかったんだけどファイル整理中に発掘したのを読んでいたら書きたくなってしまいました。
茶番狂言は「我侭総司に振り回される哀れな千鶴ちゃん」がテーマです(笑)
千鶴→総司 に恋愛感情はなかったんだけど、総司が優しく構ってくれるようになってからは流されるようにコロッと総司を受け入れちゃう。そんな感じの関係です。

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