★続・茶番狂言(前編)

あらぬ誤解を受けた総司は、なぜか新八と平助に詰め寄られた。
それはまぁ仕方ない。受け入れよう。
だけどどう考えても受け入れられないことが一つだけあった。
それは、彼ら二人の後ろに守られるようにして控えている千鶴の件だ。

「総司、なんで千鶴を閉じ込めたんだよ」

何がどうなってこうなるのかはわからないが……。
先日千鶴が屯所裏手の蔵に閉じ込められたことが、総司の仕業だと勘違いされているらしい。

「閉じ込めてません。一体誰がそんな嘘を吹き込んだのかなぁ」

頬を膨らましながら誤解を解きつつ、千鶴をギロリと睨んだ。
すると千鶴は目を見張りながら一歩分だけ横に動き、新八の後ろへ隠れた。
その態度がますます気に食わない。

「千鶴ちゃん。こっちにおいで」

睨み付けたまま千鶴を呼んでみると、なぜか「ひぃっ」とビクつく声が聴こえてくる。
当然彼女は新八の影から出てこようとしない。
それどころか、彼女を庇うように新八と平助がさらに前に出てきた。

「だぁから! そうやって千鶴を脅すなよ!」
「そうだそうだ。千鶴ちゃんが可哀想だろ」

一体なんなんだとさらに膨れっ面を浮かべると、新八と平助が競うように眉を釣り上げてくる。
勘違いにも程がある。
脅してもいないし、可哀想なことだってしていない。

「いい加減にしないと怒るよ、千鶴ちゃん。もう二度と優しくしてあげないよ」

もう一度、忠告めかして名を呼んだ。
千鶴にお似合いの場所は、そんなところよりも総司のすぐ傍だ。
一時の気の迷いだとしても許せない。
すると忠告が効果絶大だったのか、千鶴がびくびくしながら顔を覗かせてくれた。
だけど、眉間を寄せながら恨みがましい表情を向けてくる。
そんな可愛くない表情に、総司も対抗すべく眉に皺をつくった。

「なに。言いたいことがあるならハッキリ言って」

千鶴はチラリと平助に目配せをすると、平助が安心を与えるようにコクンと頷く。
さらに彼女は新八にも視線を送って、二人で頷き合った。
それらの動作に苛立ちを募らせながらも、総司がグッと堪えて彼女の言葉を待ったのだが……。
出てきたのは、意味不明な主張だった。

「冷静になってみたら、おかしいと思ったんです……っ!」
「は?」
「最初は私が悪いと思ってました。でも、あれくらいであんなに怒るなんておかしいです!」

総司がますます顔を歪めていくも、千鶴は賛同してくれる平助と新八を盾に、卑怯な主張を続けた。
つまるところ彼女の言い分は、こんなことだった。

――確かに屯所から勝手に出てしまったのは、千鶴の非だ。
千鶴は与えられている自由が、自分で思っていたよりも僅かだったことを自覚していなかった。
だけどそれを含めたとしても、総司の仕置きは行き過ぎた行為だ。
ほんの少ししか出ていない。
出ていく意思なんてなかった。
ただ綺麗に掃除して、新選組のみんなにも近所の人たちにも、気持ち良く過ごしてもらいたかっただけなのだ。
もしもあのとき千鶴を見つけた相手が土方ならば、余計なことはするなと、やっぱり咎められたかもしれない。
でも、総司のように真っ暗な蔵に朝まで閉じ込めるなんて仕置きはしなかったはずだ。
もしもあのとき千鶴を見つけたのが斎藤だったなら、屯所より外に出るなと忠告されたに違いない。
でも、総司のように真っ暗な蔵に朝まで閉じ込めるなんて仕置きはしなかったはずだ。
もしもあのとき千鶴を見つけたのが平助だったなら、「オレも手伝ってやるよ!」とニカッと笑顔を向けてくれたに決まっている。
総司のように真っ暗な蔵に朝まで閉じ込めるなんて仕置きはしなかったはずだ。
もしもあのとき千鶴を見つけたのが左之助ならば、「ご苦労さん」と優しく頭をポンポンしてくれただろう。
総司のように真っ暗な蔵に朝まで閉じ込めるなんて仕置きはしなかったはずだ。
もしもあのとき千鶴を見つけたのが新八ならば――

「あ〜、もう! 何が言いたいわけ?」

千鶴の恨みがましい小言に限界を感じた総司は、彼女の訴えを中断させた。
好きな子に他の男と比べられたら、面白いはずもない。詰まらない。腹が立つ。
それに、行動をここまで非難されることにもムカついた。

「本当に怖かったんです。すっごく!」

あの恐怖の一夜を思い出しているのか、千鶴は瞳を潤ませている。
そんな千鶴を労わるように、平助と新八が眉を下げている。
その中で総司一人だけが膨れっ面を浮かべていた。
どう見たって三対一。分が悪い。
だけど形勢逆転する切り札が総司にはあった。

「知ってるよ。でも、そこから助けてあげたのは誰だっけ?」

そう。千鶴を暗黒世界から救い出してやったのは、他でもない総司だ。
千鶴にとって総司とは、暗闇の中に差した一筋の光そのものなのだ。
今の総司に掲げられる誇りなんて、それくらいしかない。
だけど、それなのに……。

「お、沖田さんです。でも……閉じ込めたのも、沖田さんです」

総司の功績を認めた上で、総司のことを責めてきた。
なんて生意気なことを言い出すのかと、さめざめする。
確かに閉じ込めた。
しかもうっかり忘れて朝まで放置した。
でも、助けてあげたんだからそれで帳消しになるはずなのに。

「……なに? じゃあどうしろって言うわけ?」

逆切れ気味に不満を露わにする。
すると千鶴は戸惑ったように目を瞬かせて、視線をうろうろさせた。

「べっ、べつに……どうしてほしいわけでは、なくて……」

そんなわけがない。
本当にそう思っているのなら、わざわざ不満を総司へぶつけてこないはずだ。
つまり千鶴には何らかの目的があるってことだ。

「だったら僕はどうもしないよ。話はそれだけ?」

わざと素っ気なく言ってみれば、千鶴がグッと唇を噛む。
そして、そんな千鶴を遮るように、平助が口を開いた。

「そうやって千鶴を脅すなよ。総司ってそういうところが最悪だよな」
「全くその通りだ。どうやったらそんなに性格が捻じ曲がるんだ?」

しかも、新八まで便乗してくる。
向こうから絡んできたくせに、さり気なく悪口を言ってきた。
なんなんだこの展開は。
千鶴の前で批判するなんて、単純な彼女がそれを真に受けてしまったらどう責任を取るつもりなのか。

「二人は僕に何を求めてるのさ?」

総司が両肩を竦めて面倒臭げに問いかけると、それが火に油を注いでしまったのだろうか。
さらに怒り眼になった両名に罵倒されて――――。
その晩、総司はあの蔵に閉じ込められることになったのだ。

 ***

それで三人に気が済むならとあっさり承諾した総司だが、一番嬉しそうに笑っていた千鶴の表情が頭からこびり付いて離れない。
まあ、だが仕方ない。
たった一晩で千鶴の気が晴れるのなら安いことだ。
それに……きっと、一種の共有願望なのだろう。
女の子には好きな男に共感を求めると言う。
千鶴が体験した恐ろしい一夜を総司にも体験してほしい、ってことなのだ。
総司自身は真っ暗な蔵の中も、作られた怪談話も怖くはない。
だから千鶴と恐怖の共有はできないと思うけれど、でも、それを千鶴が望むのなら叶えてあげてもいい。

……それくらいに思っていたのだが、計算外のことが起きた。
夕餉を終えて寝支度を整えた総司は、素直に蔵へと連行された。
だけどなぜか千鶴まで着いてくる。
着いてきて、総司が中へ入った蔵を施錠した後も扉の向こうに居座ったのだ。

「沖田さん、沖田さん。まだいますか? あっ、喋ったら連れ去られてしまうので、聞こえてたら静かにコンコンってしてください」

真っ暗な中で音を出したら亡霊に連れ去られてしまう……という与太話をまだ信じているらしい。
彼女が何をしたいのかわからないが、総司は言われるままに土壁をコンコンと鳴らした。

「真っ暗で怖いですよね。でも私がここに居ますから、何かあればすぐに言ってください」

自分が心細い思いをしたからこそ、総司のために傍に居続けてくれると言うのか。
最早それは愛としか思えない。

「……千鶴ちゃん、朝までそうしてるつもり?」

念のため、問う。
この季節ならばまだ風邪をひく心配はないかもしれないけれど、か弱い女の子が無防備に外で一晩を過ごすなんて、許したくはない。
しかし……。

「しーっ! 静かにしないと危ないですよ!」

千鶴が気にしているのは総司ではなく、亡霊のことだけらしい。
言葉を発しようとするとこうやって注意されて、強くコンコンしすぎても危険だと注意される。
総司に報復はしたいけれど亡霊に連れ去られては困るから見張っている……の、だろうか?
どうせ傍にいてくれるなら、蔵の外側じゃなくて内側にいてくれたらいいのに。
そうしたら退屈な夜が、楽しい夜にあっという間に変わる。

「…………沖田さん? 聞いてますか?」

しばらく黙りこくっていたら、千鶴が心配げな声をあげた。
でも返事をしたら怒られるし、コンコンするのも飽きたし、手の届かない場所に千鶴がいるっていうのも拷問に近くて、反応してあげる気にもならなくなった。

「沖田さん? コンコンしてくださいっ」

そんな怠惰な事情を知らない千鶴が、ますます心配そうに呼び掛けてくる。
彼女の震える声に耳を澄ませて過ごすのも、いい退屈しのぎになりそうだ。
が、総司の呑気な考えとは裏腹に、扉の向こう側から千鶴がコンコンコンコンと叩いてきた。
もしかして亡霊に攫われかけているとでも思っているのだろうか。
いい歳の人間がそんな子供染みた話を信じていて……可愛い。
このまま放っておいたらどうなるんだろうかと悪戯心が芽生えて、総司はこっそり蔵の奥へと移動し、息を潜める。
それとほぼ同時に、扉がババンと勢いよく開いた。





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