★あこがれの人(1/5)

「……そ、その、えっと、っっ……!」

どうしても言葉が出てこない。
千鶴は自分のこういう緊張しいなところが好きではなかった。
そもそも緊張というものがこんなふうに表に出る性質ではなかっただけに、自分の抱える気持ちの大きさが窺える。

「なに? まだ何か用?」
「……あの、わた…私、…じゃなくって、あ、と……」

定型化された挨拶はきちんとできる。
誰かに言付けを頼まれたとしても、正確に伝えることはできる。
でもそこから先、会話を続けさせようとか、個人的に色々と聞きたいとか、そんな気持ちが前に出てくると途端に言葉に詰まってしまう。

「用がないなら行くけど、いい?」
「…………は、はい」

結局無駄に引き止めて、不審がられて終わるだけだ。
千鶴は去っていく総司の後姿を見つめながら、しょんぼりと肩を落とした。
どうせ彼はこれからあの人のところに行くのだろう――それを考えるだけで千鶴の気分は薄闇色に染まっていく。


千鶴にはどうしても負けられない相手がいた。
『好敵手』などと言えないほど脅威的な存在だが、『宿敵』と言うわけではない。
一番近い言い回しは恐らく『恋敵』であろう。

その相手は千鶴よりも断然、総司のことを知っている。
恐らく千鶴が知る人物の中では一番、総司のことをよく知り、理解しているだろう。
過ごしてきた年月が違うのだ、仕方ない。とはいえ悔しい。悔しいというよりは羨ましい。
総司のことを理解しているだけではなく、総司からの信頼も厚い。
その人を前にすると総司はどこか子供っぽくなって、楽しげな笑みを浮かべる。
あんな笑顔を引き出せるなんて純粋にすごいと思えた。

あの人のようになれたなら、総司はあの無邪気な笑顔を向けてくれるのだろうか。
悔しさや羨ましさは次第に尊敬の念を芽生えさせる。
もはや『恋敵』という概念すら失礼に当たる気がして、千鶴は考えを改めることにした。
そう、彼は手本にすべき『師匠』なのだ、と。






「どうしたら土方さんみたいになれると思う?」

あまりにも唐突な質問に平助は目を丸くした。
つまり土方のようになりたい、ということなのだろうか。
平助は顔を顰めなながら、彼女が土方のように敵や隊規を乱す者に厳しく、手段を選ばない鬼のように振舞っている姿を想像した。

もし寝坊しようものならば、きっと怒鳴り声と同時に部屋へと割って入るだろう。
眉間に皺を刻み、さっさと起きねぇと飯抜きだという忠告付きのはずだ。
そこで選択肢を間違えようものなら簀巻きにされて外に放り出される、確実に。

そんな扱いを千鶴から受けるのは嫌だ。有り得ない。
平助は自らの想像を掻き消すように頭をぶんぶんと振った。
千鶴はよく寝坊をしたときに部屋まで呼びに来てくれる。
朝から鈴が鳴るような声で遠慮がちに起こされたとあればその日一日いい気分で過ごせるのだが、土方のようになった千鶴ではどんより気分も必至だろう。

「千鶴には無理だって。つーか千鶴はそのままが一番だよ」
「そ、そんなこと……私、変わりたいの」
「なんで? よりによって何で土方さん?」
「えっと、それは……」

千鶴は薄っすらと頬を赤く染めた。
“沖田さんともっと仲良くなりたいから”などと言ってしまえばこの気持ちがばれてしまう。
大体、千鶴にとっては平助だって羨望の対象だ。
稽古のとき、弾き飛ばされても繰り返し総司へと挑んでいく平助の姿を、千鶴はこれまで何度も見てきた。
見るたびに羨ましくて仕様がなかった。
あんなふうに自分も何度だって総司に向かって飛び込んでいきたい。
でもそんな勇気がないし、一度振り払われたら確実にめげてしまうだろう。
それに総司は千鶴に稽古の相手にはなってくれない、興味すら持ってくれない。
自分に剣術の腕前と勇気さえあれば、と千鶴はいつも思っていた。

「千鶴?」

黙り込んだままの千鶴に平助が声をかけると、千鶴は弾かれたように顔をあげた。
こんなことを稽古の見学中に考えていたなんて知られたくない。
みんなが真剣にやっている中でふざけていると呆れられてしまうだろうし、何よりこの総司中心に回る思考回路は自分でもおかしいと思っている。
千鶴は誤魔化すように慌てて両手を振って否定した。

「べ、別に……ただ、なんとなく、ひ、土方さんってすごいなって思っただけなの」
「……まあ土方さんは確かにすごいけどさ、何で顔赤くなってんの?」

指摘されると余計に意識が向いてしまう。
赤くなった理由など総司のことを考えているからただ一択しかない。

「あ、赤く、なんて……っ」
「真っ赤じゃん、ほら」

どんどんと熱を帯びていく千鶴の頬に、平助がなんとなく手の甲で触れようとする。
が、千鶴は過剰とも言えるほど仰け反ってその手を避け、自分の両手で頬を押さえて隠した。
手にはじんわりとぬくもりが伝わり、頬には手の冷たさが広がる。
その不審な行動に平助は眉を寄せた。

「えっ、千鶴? おまえもしかして……」
「ち、違うの、べ、別に、本当になんでもないの!」

勘付かれた!? と冷や汗をかきながら千鶴は必死で否定した。
まだ“土方みたいになる方法”を聞き出していないが、これ以上ここにいるとボロが出てしまうだろう。
もし総司を好きだということがばれてしまったら…………総司どころか平助にもどんな顔で接していいのかわからなくなってしまう。
千鶴は短く断りの言葉を入れて、そのまま足早に立ち去っていく。
そしてその場に取り残された平助は――――

「もしかしてあいつ、土方さんを……?」

なにやら違う方向へと盛大な勘違いをしてしまったのだった。




つづく
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2012.04.21

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