★約束、おぼえてる?(2/2)

千鶴と再会したのは、二ヶ月前。
ひとごみの向こうに彼女の後姿を確認したときはこの目を疑った。
愛してやまない人を見間違えるなんて有りえないのに、それほどまでに唐突だった。
すぐに追いかけた。名前を何度も呼び、叫んで、人波に逆らって走る。
だけど彼女は振り向くことなどなく、どこかへと消えてしまった。

総司の中に押し寄せたのは複雑な感情だ。
会えた悦び。無事な姿への安堵感。そして気づいてもらえなかったことへの焦燥感。
声が届かなかったのだろうか――それでも直感めいたもので通じ合えると思っていた。
もしかして過去の記憶がないのだろうか――何もかも忘れ、別の誰かと幸せになっていたら……?
そんなこと絶対に許さない。
約束をやぶるなど有り得ない。
生まれ変わった程度で忘れさせやしないし、逃がすはずもないだろう。

不安を強い執着で揉み消した総司は、その日から行動に出た。
……と言っても手がかりなどないし、時間も限られている。
この街で彼女の足跡を探すことくらいしかできることはないが、もし例えば、遠い場所に住んでいて観光でたまたま訪れただけだとしたら?
ここで待っている意味などなくなってしまう。
だけど、もし生まれ変わったことや、記憶を持っていること、この街で会えたことが運命だと言うのなら、それに賭けたい。

一日、二日、一週間、半月、一ヶ月、二ヶ月。
仕事の合間を縫い、休日は一日中ここで過ごした。
早く会いたい、会いたい会いたい。会えないのはこの気持ちが、想いがきっと足りないからだ。
次こそは絶対に見失わない。あの手を掴んで、抱き締めて、離さない。
でもそんなことをいきなりしたら驚くかな。驚いた後、笑ってくれるかな。笑ってほしい。笑顔が見たい。






なのに何これ。
この際、千鶴が追いかけてきたことに気づかなかったなんて失態はどうでもいい。
問題はこの子のそのあとの言動だ。

「…………あ、えっと、すみません、間違え…ました」

間違えたとか意味がわからない。
どこが間違えなんだ、正真正銘の僕なのに。

「好きな人と、です。間違えてしまってごめんなさい」

好きな人って誰? どうして僕以外にそんな奴を作るわけ?
仕舞いには笑顔どころか泣き顔だ。
離せって言われるし、逃げ出そうとするし、ホント何なの。泣きたいのはこっちだって。







甲高く鳴り響いたコール音に、総司はしぶしぶ立ち上がって受話器を取った。
あと10分で時間がくることを店員に伝えられてどうしようかと僅かに考えた後、「延長で」と告げる。
電話を切った後に元いた場所を振り返れば、やはり千鶴がまだ両手で顔を覆って俯いたまま。
その真横に座って彼女の背中に腕を回すと、千鶴がそっと体重を預けてきた。
薄暗いこの部屋でもわかるほど耳は赤く、身体はがちがちに緊張している。

可愛い……。

拗ねた気持ちも不貞腐れた気分もどこかに吹っ飛んでしまった。
我ながら単純としか言いようがないが、何もかもを洗い流してくれるのが千鶴の魅力のひとつだろう。

「いい加減、顔あげてよ」
「……………………は、はい」

あの後、まず誤解を解くことにお互い必死だった。
千鶴は浮気を疑われて唖然として、同じく浮気を疑われた総司は愕然とした。
他の人と幸せになっているのなら……と総司の横にいた女性へ千鶴が視線を向ければ、この人はただの顔見知りだと総司が慌てて説明をする。

総司はこの街に二ヶ月も通っているうちに何人かの顔見知りができた。
街頭でポケットティッシュを配っているカラオケ店のアルバイト。
週末の夜に出没するストリートミュージシャン。
いつも酔っ払っているサラリーマンや、手作りのアクセサリーを売っているお兄さん。
宝くじ売り場の女性に、駅ビルの警備員。その他色々。
事情を打ち明けて協力をしてもらっていた人も中にはいる。
千鶴が勘違いしたのもそのうちの一人で、総司は至って潔白だ。

「早とちりしてすみませんでした」

千鶴が顔から手を離し、膝元で小さく握りこぶしをつくった。
総司が思っていた通り頬は赤く、目は潤んでいる。
“人前で異性に抱きついて泣く”など彼女にとってはあるまじき行為だったのだろう、我に返ってからの動揺っぷりは総司の嗜虐心をくすぐった。

「僕も大人げなかったよね。だけど……あのとき一瞬で僕のこと諦めようとしたでしょ。信じられないな」
「へ? あっ、それは……そのっ」

にやけてしまっているであろう顔は見せないように、総司は千鶴とは反対側へ顔を背けながら言った。
案の定、千鶴はワタフタと落ち着かない様子で手を伸ばして、許しを請うように総司の片手を両手で握り締める。
すぐにでも握り返したくなるのを堪えて、総司は我慢我慢と自分に言い聞かせた。
まあ、あのときの千鶴の気持ちは総司にもわかるっちゃあわかる。
自分に置き換えてみれば明白だ。
千鶴がもし他の男と幸せになっていて、昔の記憶もなかったとしたら――確かに自分も一歩後ろへ引いてしまうかもしれない。そんな現実から逃れるように、一刻も早くその場から離れたかもしれない。
でも行動には移さない。
不安に囚われることは一瞬くらいならあるだろうが、次の瞬間には奪還することしか考えてないだろう。

逆に千鶴は……そのまま引いて、どこかへ行ってしまうタイプだと思っていた。
思っていたけれど、でも、だけど、もし仮にあの女性が総司の現恋人だとしよう。
そうだとしたら――――

「あの場面で僕に抱きついて泣きじゃくるってさ、完全に破局させるつもりだったよね」
「……え?」
「嬉しいな、君のその執着心。誰にも僕を渡したくなかったんでしょ」

ってことになる。
そういう答えに行き着いた総司は、満面の笑みを浮かべて千鶴の額に口付けを落とす。
慌てふためく千鶴を想像していたのだが、総司のそれとは逆に千鶴は落ち着いた口調でたどたどしく自分の想いを零した。

「は、破局は…頭になかったです、けど……」
「けど?」
「総司さんは、私のものです!」

これだけは譲れないと主張した千鶴は、総司の片手にそっと指を這わした。
そしてゆっくりとした手つきで小指に触れて自分の小指を絡めると、総司へと微笑み返した。




「……約束、おぼえてますか?」





END.
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2012.04.13

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