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「もしもし」
「おはよ〜夢香。ねえ、薬売りさんそこに居る?」
「え、うん……いるけど?」
「ちょっと変わってくれる?」
薬売りに何の用なのだろう、と首を傾げながら薬売りにケータイを差し出した。
「実希が何か話あるみたいだよ」
薬売りは疑問に思ったのか思っていないのか、いつもの変わらぬ表情のままケータイを受け取る。
「変わりました」
「…………」
「……ほう。……そう、ですか」
何を話しているのか、薬売りの短い相づちだけでは伺い知ることができない。そのうえ直ぐにケータイは夢香の手に戻されてしまい、きょとんとしながら再び耳に当てる。
「どうしたの?」
「ちょっとね!それよりさ、今日買い物付き合ってよ!もちろん薬売りさん抜きで!』
「もちろん抜きなんだ」
思わず笑えば、実希は「あたり前じゃない」と言って笑う。
「デートを邪魔されたくないしね、いい?」
「うん、何時からにする?」
「12時に桜花広場の噴水前で。昼食も一緒に食べよ」
うん、と返事をして電話を切った。薬売りに会話の内容をそれとなく聞こうと思ったが、その前に薬売りが口を開く。
「実希さんとお出かけ、ですか」
「うん」
「私も、出かける用が、ありますので。家を空けます」
「そうなの?どこに?」
「生業をしながら……この辺りを」
「そっか」
この辺り、ということに夢香は内心ほっとする。
「じゃあ、私が先に出るから戸締まりよろしくね」
「わかりました」
夢香が待ち合わせ場所まで行くと、すでに実希はベンチに腰を下ろして待っていた。実希は夢香に気付くと短い髪を靡かせながら駆け寄って来る。
「よし、じゃあまずベアズに行こう!」
「ベアズ?」
「虹高の近くに出来たカフェ」
「ああ!前に言ってた」
実希が以前会社帰りに誘ってくれたところだ。言ってみたかった夢香は快く頷いた。
ベアズに着いてみれば、実希は店員に名を言って通してもらう。予約しないと入る事ができないほど人気なのだろうか、と夢香はきょろきょろと店内を眺めた。オフホワイトとブラウンを基調とした、オシャレで落ち着いた雰囲気で印象は良い。
席に着くなり、目の前に可愛く盛りつけられた創作料理が置かれた。メニューをまだ選んでいないため戸惑いながらその様子を見ていれば、テーブルの中央に12cmほどの小振りな丸いケーキが置かれた。そのケーキには“Happy Birthday”の文字。
目を見開いて実希を見ると、笑顔で返される。
「誕生日おめでと!」
今日は4月26日。夢香の22歳の誕生日だった。
「わ!わ…!ありがとう!」
すっかり忘れていた自分に、そしてこんなサプライズがあるなんて思ってもいなくて、驚きやら嬉しいやらで慌てふためいた。完全に誕生日を忘れていたのは初めてだ。それもそうだろう、最近非現実的なことが起こり、数えるのは薬売りが帰ってしまう日数ばかり。今日が何月何日か、それは重要視していなかった。
「やっぱり忘れてたね。ま、あたしとしてはサプライズしたかったから良かったけど!」
「うん、凄くビックリした」
「あはは、じゃあこれはあたしからのプレゼント」
そう言って取り出したのは、包装された手のひらサイズの袋。嬉しさで我慢できず、了承をもらいその場で開けてみると、3種類の髪留めが入っていた。フリル使いのあるシュシュや、髪を挟むだけで楽に留められるアンティークな装飾のダッカール、和柄の大きな花の髪飾り。
「どうどう?夢香に似合いそうなの選んだんだよ。あ、その花飾りは普段使いってわけにはいかないだろうけど」
「ありがとう!全部好き!これなんて成人式の時に付けたかったなぁ」
和柄の豪華な花飾りを夢香が眺めると、実希は含みのある笑顔を向ける。
「それは今後どっかで役に立ってくれるんじゃないかな、って思ってる。じゃあ、そろそろ食べよう!お腹鳴って来たから」
「だね!いただきます」