mononoke2 | ナノ
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返ってきたメールを見て、夢香はまたケータイと向き合い指を動かした。
一度躊躇いを捨ててしまえば普通のメールのやりとりだ。落ち着いた夢香を見て薬売りは何も言わず、その隣に腰を下ろした。


カチカチと小さな音が響き、それが終わったかと思えばまた小さな機械が振動する。


薬売りの長い髪が完全に乾いたが、何度も繰り返されるその行為。機械的な音が耳に付き、薬売りはふと視線を夢香へ向けた。
夢香を見た薬売りの目が、若干細まる。


「夢香さん、そろそろ、風呂に入っては」
「うんー……」


まるで聞いていない、気のない返事に、更に薬売りの短眉が小さく動く。
ひとつ間を置き、薬売りはまた口を開いた。


「今日は、少し、冷えますね」
「うんー…」
「夢香さんも、寒いので?」
「うん……」
「ならば、今宵は……添い寝でもしましょうか」
「うん……は!?いいい今!何て言った!?」


ようやく全意識を薬売りに向けた夢香が顔を真っ赤にさせて慌てる。どうやら気は抜けていたがぼんやりと耳は傾けていたらしい。


「……風呂に、入ってはいかがです」


薬売りは本気で言ったわけではなかったため夢香の質問には答えず、壁に掛けられている時計を指差した。すると夢香の顔から火照りが引いていく。


「ああ、もうこんな時間かぁ。じゃあお風呂に入ってくるってメールして……」


そのまま再び指を動かし始めた夢香の手から、薬売りはケータイをするりと取り上げた。


「えっ、何?」
「夢香さん、それは、よくない」
「え?」


意味が分からないと目を丸くする夢香に、薬売りは小さくため息を吐いた。


「風呂へ行くと伝えて、想像しない、訳が無い」
「……!」
「用事ができた、とでも、言いようがあります‥よ」
「あ、ああ。そうだよね…!」


風呂に行くと伝えるだけでは問題など無いように思えるが、その考え自体は女だからだろうか。知り合って間もない人に、こちらの行動を事細かに言うのは確かに気が引ける。ましてや相手は男の人だ。ある程度の壁をつくっておかなければいけないだろう。
納得した夢香は返してもらったケータイへ、『ごめんね、用事ができたから今日はこの辺で』と急いで打ち込み、終わるとテーブルの上に置いた。


「いってきます」


お風呂場へ向かった夢香の後ろ姿を薬売りは静かに見送る。すると直後、けたたましい音が鳴り響いた。薬売りが思わずテーブルの上から音の根源であるケータイを手に取る。
手にとってみれば小さな振動に思えたが、テーブルの上では小刻みに本体と台がぶつかり、とてもじゃないが煩い。振動は一定の短い時間で消えるが、それを知らない薬売りは夢香と同じようにして振動を消そうと、先程ちらりと押さえるのを目にした、一番目に付くボタンを押した。
すると思惑通りに振動は止まり、息を吐く。だが画面に現れた文字に釘付けになった。


『わかった。今日はメールくれてありがとう。楽しかった。
また明日本屋に行くから。おやすみ。』



薬売りの目がみるみるうちに細くなる。するとぶっと吹き出すような音が耳に付いた。


『お前、今怒っているだろう』
「何を……怒ることが」


片割れの指摘を聞き、心外だと更に口元を歪めた薬売りは否定をもって返す。


「これが、子を持つ親の気持ちなのかと、思っただけですよ。変な虫が、付いたようで心配だ」
『へぇ、子を持つ親、か』


くくく、とこれまた耳障りになる笑い声を上げる相手に、薬売りは何も言わずに憤りで返す。その感情が伝わることで、笑い声はますます上がり、どうしようもない。


『何をそんなに、アレを気にする』
「その言葉、そっくりそのまま、貴方に返しますよ」


こんなに滅多に話しかけてくることは無かったはず。それなのに夢香と出逢い、薬売りがひとりになれば殆どこうして言葉を交わしている。それもモノノ怪以外のことでだ。つまり、今まさに興味を惹かれているということ。


『ふむ、そうだな。俺は興味を持っている。斬る直前、夢香が笑ったからかもしれん』
「…………」


モノノ怪を斬るのは片割れの役目であるため、剣を解き放つ時に立場を逆にする。よってその光景を、薬売りも片割れの意識を通して見ていた。今までモノノ怪を斬る時は、大抵が抵抗されるため力で伏せて浄化する。恨み辛み、全ての形を無に返す。
しかし稀に覚悟を決め、斬ってくれと言うものもいる。それでも自分の命の最後かもしれない時を目前に、心から微笑む者はこれまで居なかった。単純に珍しかった。しかし。


「笑ったからといって、特にどうという、訳でもない」
『……ひねくれ者め』


そこで会話が終わる。しかし最後、薬売りは違うことを考えていた。むしろ、最後の言葉は無意識に、自分に言い聞かせていた。
先程ずっとケータイに向かっていた夢香。その姿を伺い見ると、彼女は楽しそうに僅かに微笑んでいたのだ。あれほどメールするのを渋っていたのに、だ。何故だか良い気分がせず、しかし全く気にすることでは無いことは頭では分かっている。
どうしてしまったというのか。不可解な気分で薬売りは手にしていたケータイをもとのテーブルへと置きなおした。

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