mononoke2 | ナノ
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差し込む光の色彩が増す頃。仕事を終えた夢香は古本屋の扉を開いていた。相変わらず埃っぽい店内にひとつ咳をして、カウンターへ目を向ける。しかしそこに居るはずのおばあさんの姿は無かった。


(あれ、出かけてるのかな?)


レジがあるのに、店内を空けているなんて無用心じゃないだろうか。しかしちょっと席を外しているだけなのかもしれない。ならば戻ってくるまで待っていようと、レジを気にかけ近くの本棚を見た。この辺りは文学書で見知ったものもある。そこまで古くはないのだろう。知らないものをひとつ手に取り、読み進めていく。


どのくらい時間が経っただろうか。半分程読み終えたところで気になって顔を上げた。
この間だれも入ってくることはなかった。毎日こんな感じなのだろうか。そういえば自分以外の客が入っているのを、夢香はまだ見たことが無い。


(うーん……あんまり遅く帰るのもなぁ)


よし、と本を元の場所に返し、カウンターに向かう。
近くに置いてあるメモ用紙に“夢香です。また来ますね”と書いた。













「今日は、遅かったですね」
「うん、古本屋に寄ってきたんだ」
「古本屋……ですか」
「帰り道をちょっとそれた所にあるんだけどね。
あ、しまった!今日卵が安い日だった。まだあるかな……ちょっと買ってくる」


帰って間もないのに、夢香は家を出て行ってしまった。残された薬売りは、思案するように顎へ手を当てる。


『今のは不自然だ』


思うところを当て、耳に響いた同じ声。それに薬売りは頷いた。


「今のは呪の仕業でしょう。
古本屋……そこが関係、しているのか。しかし……」


別段怪しい古本屋は、この付近には存在していなかった。
薬売りはだいたいこの辺りを調べ歩いたのだが、見つけられなかったのだ。


「容易には‥いかないようで」


見つけるには、気付かれないよう夢香の後をつける必要があるだろう。


暫くして帰宅した夢香は、晩御飯を用意し、風呂の準備と掃除をする。薬売りが度々手伝います、と声をかけるのだが、頑なに夢香は断っていた。ここにいる間は、ちょっとでも良い思いをしていてもらいたいからだ。ただの一方的な自己満足にすぎないのだが。


薬売りが風呂場へ向かい、夢香はやっと力が抜けるようにだらりとソファへもたれかかった。
やはりあたりまえにしようとしても、薬売りがいるという現状は気を張ってしまうようだ。
うーん、と伸びをしたその時、あることを思い出した。


(メール……しないとかな)


近くに置いていたバッグへ手を伸ばし、ケータイとアドレスが書かれた紙を取り出す。
とりあえずアドレスを打ち込み、登録してみた。しかしそこで手が止まる。


(なんてメールすればいいんだろ……こんばんは?アドレスありがとうございました。これでいいのかなぁ)


実希の話によって、少なからず自分に好意を寄せてくれているということが分かり、なんとも送りづらい。
うーん、と暫くの間ケータイとにらめっこしていると、既に風呂から上がり浴衣に着替えた薬売りが不思議そうに視線を向けた。


「何を、唸っておいでで」
「あー……うん」


近くまで来た薬売りを見て、口を引き結ぶ。
こういう時の相談相手が欲しいが、薬売りでは違う気がする。でもふと伺いたくなり、アドレスが書かれた紙片を持っていた手をちょい、と動かした。


「今日、男の人に連絡先貰ったんだ」
「……」
「このケータイで、メールっていう、まぁ文通みたいに文字のやりとりができるんだけど……どうしようか迷ってて」

薬売りがふむ、とひと置きし、濡れた髪の間から覗く瞳で夢香を見つめた。


「何故、迷っていらっしゃるのです?」
「え?えっと……」
「相手の方はいわゆる……嫌な奴、でしたか」
「いやいや!実希の幼なじみだから絶対そんなことないよ!
ただ……こういうの初めてで、落ち着かなくて」
「拒否する意志は無い‥と。
ならば早くすべきですね。相手の方は、夢香さんの便りを、今か今かと、待っているのでは」
「……そうだ。待たせたら失礼だもんね」


薬売りの客観的な意見を聞き、夢香は踏ん切りがついたようにケータイのボタンをせかせかと打ちこむ。
挨拶と、名前と、実希と幼なじみだったんですね、という文を添えて勢いのままに送信した。

肩の荷が下りたように一息つき、薬売りの方をちらりと見やる。
今のやりとりで、寂しい気持ちになったのは、何故だろう。
無意識にそう考え、ああ、と納得した。


自分はまた期待していたのだ。薬売りに前よりも近づけているんじゃないか、と。
だがその結果分かってしまったのは、ひとつ屋根の下に住んでいようと、やはり一線引かれているのだということだった。


(……単純に色々聞いてくれてもいいのになぁ)


薬売りは質問でうまく夢香自身の気持ちを引き出し、整理した。これは夢香にとって大変助かる行為だ。しかし、気になるから質問する、というのは完全に無かったと言っていいだろう。
踏み込んで来ないのは、興味事態持っていないから。結局、自分達はそれだけの関係なのだ。
自分で考えてしまったことに夢香は落ち込み肩を落とす。すると同時に手の中にあったケータイが振動した。

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