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書店に着いた夢香は更衣室で制服に着替え、急いで持ち場のレジに立った。
いっとき忙しかったが、直ぐに流れは変わるもので客足が減り袋を捌く。
いつも通りの光景。しかし今はどこかふわふわと夢見心地な感じがしていた。
そんな時、コミックス担当で本棚のところにいた実希が夢香へと近寄った。何故か、にや、と意味深な笑顔。
「今日の夢香の遅刻、悲しんだ人がいたんだな〜これが」
突然のことに、夢香は疑問符を浮かべる。私に用事があった人がいたのだろうか。
「誰?」
「誰だと思う?」
教えてくれないのだろうか。うーんと思い当たる人がいないかと記憶を辿る。
しかし約束事もしていないし、別段お客さんの中で悲しまれる程仲良くなった人がいるわけでもない。
「わかんない」
「あ、やっぱり?じゃあいいや」
「え、何それ!教えてよー」
「私の口からは言えないからさ〜残念!」
どういうことだろう。笑顔でまた持ち場へ戻っていく実希に唇を尖らせながら、再び記憶を辿る。
すると何故か薬売りの顔が思い浮かび、軽く溜息を吐いた。
今頃何をしているだろうか。まるで一方通行の恋心。先程別れたばかりなのに、できれば仕事を放り投げて帰ってしまいたいくらい気になっていた。
そんな風に気にされているとは露知らず、薬売りも普段の派手な着物の格好で荷を背負い、鍵を手にしていた。
鍵には無くさないようにするため、お菓子のキーホルダーがついている。
しかし薬売りにはお菓子とは検討もつかないだろう。淡いピンクのマカロンが鍵を閉める際に揺れた。
「あら!こんにちは、薬売りさん」
嬉しそうに通路で出逢った薬売りに声をかけたのは、大家の花井。
薬売りも口元に笑みを浮かべた。
「花井さん、こんにちは」
「さくらんぼ、食べていただけたかしら?」
「それが、今日の夜、いただこうと」
「あら、じゃあ今日もお泊りってこと?若いふたりは良いわね〜」
ちゃかすような言葉の途中、薬売りは早速話をきりだした。
「良い、薬が、あるんですが……お時間いただけませんかね」
「あら!もちろんよ!」
花井は薬売りを招き、薬売りはゆっくりとその後ろを付いて行った。