薬売りが遊廓に来た理由――。
やはりモノノ怪を斬りに来たのだろうか。
思えば薬売りが動く理由といったらそれ以外に無いだろう。
この遊廓にモノノ怪が……。
じゃあ何で私が指名されたのだろう。
はっきりいって、今日トリップして遊廓に入れられたばかりだ。
此処のことは何も知らない。
(私からは真も理も聞けないよ…?)
第一声が出ないから、話すことも出来ないのに。
その時、障子がスー…と開いた。
雪埜さんかと思えば、そこにいたのは綾織さんで。
ぎょっと体を強張らせる。
綾織さんは私なんかには視線もくれず、薬売りさんにうっとりと視線を送った。
「薬売りはん、声の出ぬ新入りじゃ楽しめんでありんしょう。
今ならわっちと変えることも可能なんでありんすが」
「おや……確かあなたは、先程の」
「綾織でありんす」
薬売りが興味を示したように取れ、綾織が艶っぽい笑みを見せる。
薬売りは情報収集のために今度は綾織さんを選ぶのだろうか。
私はこれからどうなるのかと思い不安げにふたりを見れば、綾織さんが口を開く。
「わっちなら、そこの椿より……ッッ」
(……?)
此処に来て初めて綾織さんから視線を送られたのだが、互いの目が合う訳では無く
綾織さんは座った私の足元を見て言葉を失っていた。
「つつ椿…!あんた…!!漏らしたの!?」
(は!!?)
その言葉に耳を疑い、足元を見る。
すると私の足元から畳に広がる水溜り。
(うそ…っ!!なんで!!失禁!?)
いつ漏らしてしまったのだろうか。
青ざめると同時に、薬売りが立ち上がりこちらに近寄る。
(やだ…!来ないでよ!!)
こんな見っとも無いところを薬売りに見られたうえ、逃げようの無い現状。
泣きたいぐらい惨めな気持ちなのに、片付けるのを手伝ってくれるなんていうのはごめんだ。
「薬売りはん!汚いからわっちに任せて…っ」
綾織さんの言葉に、ズキリと心が痛む。
しかし薬売りは私の近くでしゃがみ、手を伸ばした。
つう……とその水溜りに人差し指で触れる。
「……海水」
(……へ!?
……そ、そういえば、潮の香りがするような)
驚いて改めて水溜りを見る。
別に漏らしてしまった訳ではないのだろうか。
動揺しつつも少しだけほっとすれば、
薬売りは私の着物の裾を掴んだ。
――バッ!
「―――ッッ!?」
勢いよく足元の着物を捲られ、声にならない叫びが上がる。
しかし、着物が剥がされたからといって足が露になる訳ではなく
そこには得たいのしれないものがあった。
それはまるで……魚の尾びれ。
信じられない光景に目を見開き、息が止まる。
「ヒィィィィィィ!!」
綾織さんから悲鳴が上がった。
するとドタドタと廊下の方から慌てたような足音がふたつ。
そしてすぐにこの部屋に着く。
「何事だい!?」
「どうなさったので…ッ!?」
現れたのはお酒を持って現れた雪埜さんと、
近くの部屋にいたのだろうか……悲鳴を聞きつけてやって来たひの依さんだった。
ひの依さんは私を見て口を押さえる。
薬売りは私から生える魚の尾を見つめたまま、
ゆっくりと口をひらいた。
「こいつは……人魚だ」
――カチン
四の幕へ
08.08.07 tokika