THE LAST BALLAD | ナノ

#77 虚構

 礼拝堂の地下。ロッド・レイスの指示を受け、信聖なる儀式の邪魔だと儀式の間から追い出されるようにケニーはその場を離れながら1人幾重にも天井に伸びた石柱の下に居た。
 自分の手に握られているのは幾多もの視線を潜り抜けてきた大事な相棒であるナイフが。先端にかけて細く尖ったそれは自分の異名通りに鋭く相手を切り裂く形をしている。相棒に映る自分の顔に未だ若かりしあの頃、「切り裂きケニー」と恐れられていた頃のまま、今も何ひとつ変わっていないのは気持ちだけ、気が付いた時にはもう何十年も経ち、歳ばかり重ね、もうあの頃の自分には戻れない事を噛み締めていた。



――「話せよ。じいさん。あんた……もう死ぬんだろ?」

 未だ若かったあの頃。地下街を生き延びていたケニーは自分達「アッカーマン家」について調べ回りながらなぜか自分達を目の敵にする憲兵達を自らの手にしたナイフで次々と返り討ちにしていた。
 病床に伏した自分の祖父の元へ、見舞いとは名目で自分達の身体に流れる「アッカーマン」についての迫害の真実を知るために面会に来ていた。そのロングコートには幾多もの人間を殺した血の匂いが香る。今はアッカーマンとしての力も既に弱り果て、明日にも散り行く運命である彼の育ての祖父の鼻にも届いていた。

「……ケニー……お前……また憲兵を殺したのか?」

 彼から匂う血の匂いに気付かないわけがない、自分達は自らの力でこの手を血に染めながら生きていく宿命を背負っている。咎めるような祖父の言葉にケニーはあっけらかんとした態度でさも当たり前のように相変わらずお得意のジョークを交えながら答える。

「あぁ、この辺を嗅ぎまわってた連中なら畑の肥やしに生まれ変わったぜ。あとあんたが気にしてた分家の方だが……南のシガンシナ区の辺りに移ったそうだ……。ただ、そこにも商売の邪魔をする奴らが現れて……どうにも……貧しいままのようだ。一体どうなってる? かつてのアッカーマン家は王側近の武家だったそうじゃねぇか……それがなぜだ……もう俺達数人程度にまで減らされ一族根絶やし寸前だ。一体何をやればここまで王政に恨まれる?なぁ言えよじいさん……孫がかわいくねぇのか?」

 近くの椅子にどっかり腰掛け詰め寄るケニーの姿に祖父は彼の姿に自分達一族の暗い過去をそのままなぞってきたようだと思った。血まみれのコートが彼の流す血でなければそれは彼が殺した人間が流した血が跳ね返ったものだと知る。地下街で生きるかつての自分の姿をそこに重ねながらも、ケニーは自らの手にしたナイフで立ち塞がる障害を退こうとする孫の変わり果てた姿に自嘲した。

「ふっ……あの可愛かった孫が……今じゃ都の化け物「切り裂きケニー」か」

 ゴホゴホと、苦し気に咳をしながら病で衰弱した体を弱々しくゆっくり起き上がらせるとベッドボードに頭を傾けながらケニーに今まで秘めていた忌まわしきアッカーマンの歴史を語り始めた。

「ワシは先代の秘密を墓まで持って行くことでお前達を王政から守るつもりじゃったが……こうなってしまってはすべては無意味だったようじゃな……。アッカーマン家は王政に恨まれてはおらん……ただ恐れられておる。王がアッカーマン家を操ることができなかったからだ」
「操る??」
「ワシとて全てを知るわけではない。人類が壁に移り住んだ後に生まれた世代だからな。だが、確かなのは我々の一族が王政の懐刀(ふとごろがたな)であり、人類存続の担い手である王政中枢の一つであったということだ。そして……その中枢を務める家々以外にあたる大半の人類は、一つの血族からなる単一の民族である。つまりこの壁の中には、大多数の単一民族と、ごく少数にそれぞれ独立した血族が存在するのだ。中には東洋人といった我々とはかけ離れた人種の家もある。そして問題は……そのようにルーツの異なる血族が王の理想とする統治方法の障害となったことだ。王の理想とは……人類すべての記憶を塗り替え、過去の歴史を根絶し……一糸乱れぬ平和を実現することにあった」
「……は? 人類すべての記憶が……何だって?」

 突然祖父から明かされたこの壁内人類の世界での王が目指す理想、何故を祖父はそれを今まで黙っていたのか、ケニーはその事実があまりにも衝撃的で脳内で情報処理しきれずに混乱したまま再度質問を投げかけた。

「巨人の力だ……王は巨人の力を代々受け継ぎ保持しておる」
「んん?」
「その力は強大で……人類を巨人から守る巨大な壁を築き上げ……現に人類は壁の外の歴史を喪失しておる。ただし…我々アッカーマン家を含む「少数派の血族」は記憶に王の影響を受けていない……。王が記憶を改竄し過去を忘れさせることができるのはその「大多数の民族に限られるからだ。つまり…王が過去の歴史を根絶やしにするという理想を叶えるためには、巨人の力の影響下にない我々と同じ「少数派の血族」が自らの意志で黙秘しなければならない」
「まさか……」
「そう……殆どの血族がそれに従う中……その王の思想に異を唱え、その地位を捨て王政に背を向けた家が二つあった。それが、東洋の一族とアッカーマン家だ」

 古き時代から虐げられて不遇を受けてきた、自分はこんな泥水を啜りながら暗い地下で命を狙われながら生きてきた、中で知ったのはあまりにもあまりにも残酷な事実だった。何もしていないのにどうして自分達は迫害をされるのか、同じ血を持つ少女は悲しみに暮れ、そして男は約束した。なぜ自分達は「アッカーマン」という姓の所為でこんなに冷遇されるのかと。そうして祖父から聞いたのは何代にも渡るアッカーマン家が王に背いたと言う歴史そのものが全ての因果だと知るのだった。
 だから自分達は。ケニーは驚愕に目を見開いた。仕方ない、もう遥か昔から迫害という名の民族浄化は歴史として繰り返されてきたのだ。ボロボロの姿で泣いている同族の少女の気持ちを思うと、その根っこに聳えているそもそもの自分達一族のルーツを知り言葉を失った。

「だから……迫害を……そういうわけだったのか……」
「もっとも……ワシの親の代は子供に失われた歴史を伝えることなどはしなかったがな…子を粛清の対象から逃がすためだ……。結局ワシらの頭首は、自らの命を条件にアッカーマン家の存続を求め処刑されたが……その懸命な願いも今となっては反故にされてしまった……」

 同じ姓を持つ彼女に約束した言葉はどうやら果たせそうにない、しかし、自分達一族が迫害されるそもそもの原因がわかればこれまでの現実を受け取め、どうすれば今後自分達が陽の下で生きていけるのか…。ケニーは真実を重く受け止めた上である決意を固め、そして今の地位に上り詰めた過去を記憶の中で張り巡らしていた。彼女がこの事実を知ったとき彼女はきっとすべての生い立ち、自身の生でさえも悔い、そしてこの身体に絶え間なく流れる血を尚の事憎むだろう、根絶やしにしようとするだろう。

「じいさん。冥土の土産にゃ……ならん話かもしれんが……やっと妹を見つけたよ。クシェルなんだがな、そんで、もう一人……とっくに潰えたと思ってたもうひとつの分家の生き残りの人間と行動を共にしてやがったとは……二人は地下街の娼館で働いてた。クシェルは客の子を身籠もってな…。それを産むっつって聞かねぇんだよ……ったく、こんなクソみてぇな世界に生まれたところで、一体どんな夢が見れるってンだろうな……」

 そうして生まれ落ちた命がある。かつて見守った命。しかし、今度はその命を自らの手で摘み取らねばならない。最愛の妹が遺した忘れ形見。そしてその忘れ形見は自分と同じ道を辿るように女と恋に落ちた。この血が流れる限り終わらない営みを自分達は死ぬまで繰り返すのだろうか。



 囚われの身となったウォール・マリア奪還作戦において重要であるエレンとヒストリア奪還に向け、避けては通れないこれから待ち受ける激しい戦いの前に、知っておかなければならない自分達が対峙する敵の事。
 しかし、それ以上に普段涙を見せたり弱い姿を押し隠して生きてきたつもりのウミが突然今まで抱え込み処理しきれなくなり藁にも縋る思いで悲痛に漏らしたのはあまりにも非現実的で残酷なこの世界の未来さえ示唆するような事実だった。
 月が再び立ち込めた雲により影を落とし隠れてしまう。リヴァイの表情も見えない。馬車を走らせてからもう数時間が経過し、既にレイス家領地内で礼拝堂はもう目前だ。避けられない激しい戦闘がもうじき始まる。人 対 人の生き残りをかけた最後の戦いに意識を集中しなければならないのにこのタイミングで、いや、このタイミングであるからこそウミが告げた事実に誰もが言葉を失っていた。
 これから戦う相手である自分達より上手の手練れたち、その隊を束ねる長であり、無力だった幼い自分に、強さだけが全ての世界で生き抜く手段を施し与えたケニーは自分の父親ではないのかというリヴァイの疑惑はあった。しかし、まさかその男が自分を生んだ母親以外の人間との間にまた新たな命を残し、それがウミだとは全く想像すらつかなかった。
 何故ならばウミにはちゃんと両親が居たから。それに、彼女によく似た父親の死に際に自分は立ち会い、そしてウミを託されたのだ。彼女がケニーとそんな彼と知り合いだったらしいウミの母親の間から生まれた人間だとは思わなかった。言葉に詰まる前にリヴァイは素直に尋ねる。

「なぁ、ウミよ。お前は俺が兄貴に見えるか?」
「それは違う」「いや、絶対違う……!」

 しかし、リヴァイはウミの言葉を否定するように涙ぐむウミを宥める為にそっと小さな頭に手を置くと首を横に振り、そう尋ねた。いつもどんなに過酷な状況でも気丈に努める彼女らしからぬ今にも消え入りそうな儚げな表情で今も泣いてるあの日の少女はぐずぐずに泣き乱れ、脆くて後ろ向きな姿を露わにしている。
 しかし、それは巨人対人との戦いから人対人への戦いに移り変わり、これまで過酷な逃亡生活で悲観的になり精神的に弱気になっているウミのただの思い過ごしだと、築かれた確かな絆と同じ志を持った仲間達が取り囲むように彼女を鼓舞し、リヴァイの言葉にウミが返事するよりも先にミカサとハンジが即座に否定した。

「いいかいウミ、まずは落ち着いて深呼吸するんだ」

 ハンジも泣き崩れそうなウミを励ますよう、向かい側からのぞき込むように膝に顔を埋めてどうしようもない現実に打ちひしがれて泣いているウミの華奢な肩を抱いた。こんなに華奢で折れそうな肢体で全身筋肉の鎧のようで背丈の割に重みがあるリヴァイと同じ血が流れてるとは俄に信じ難かった。
 「彼の前以外では泣かない」そう小さな約束を頑なに守り続けていたウミが初めて人前で我慢出来なくなるほどに思い詰めて吐露した不安。しかし、新兵も誰もが敢えて口にはしないが正直言ってこの二人は見た目からしてもどう見ても生き別れた腹違いの兄妹だと、誰も想像すらしたことがないので、ウミの想定外の発言にはただ純粋に驚いているようだった。
 ミカサとハンジの否定の言葉に、サシャも、コニーも、ジャンも、アルミンも、それぞれが首を縦に振る。エレンがもしここにいたら彼もきっと同じ気持ちだろう。どちらかといえば、それならミカサの方がリヴァイに近いものを感じる。それに、忘れていないだろうがそれならミカサもウミとリヴァイと同じファミリーネームである。
 普段エレンの事以外では何を考えているのかわからない口下手のミカサが珍しく発言したかと思えば、ミカサは医学の知識がなくてもウミのその不安は単なる疲労から来た妄想だとバッサリと言い切った。

「ウミ……落ち着いて。あなたは酷く疲れている。もしリヴァイ兵士長と同じ血が流れてると思うなら、それはウミの勘違い。とてもじゃないがこの人があなたの兄だとは想像だとしても思えないし、私は想像したくもない…二人が生き別れた兄妹だなんて…」
「確かに…いきなり二人が同じ姓だからってそれが兄妹とは…」
「それに、ウミと兵長例え母親が違くてもそもそも全然似てねぇし…」
「うん、それに、もしリヴァイ兵長もアッカーマンならミカサとも兄妹って事にもなるよ」
「それはありえない」

 口々にウミとリヴァイの血縁関係を否定する言葉達、この時代には血縁かどうかを調べる技術はまだ発展していないが、二人の見た目からして十分否定材料になる。それにミカサはどうあっても姉のようにいつも傍に居てくれた彼女がリヴァイの血縁者だと否定したいらしい。

「そうまでしてお前は否定してぇのか」
「はい、」

 リヴァイは幼少から地下街で生きてきたからこそ相手がどんな人間か信頼に足る人間かを見抜くことは得意だ。そうじゃなければ地下では騙されて搾取されるだけだ。前々からミカサには自分に対する負の感情をひしひしと感じていた。改めて自分の審議所での行動はミカサに並々ならぬ怒りを植え付けたらしい。
 仕方ない、ミカサは自分の命以上にエレンが何よりも大切で、そしてそんな自分は幾ら演技とは言え審議所でミカサの家族以上に大切なエレンをサンドバッグのように激しく暴行したのだから。姉のような存在のウミとミカサにとってしかるべき報いの対象である自分に同じ血が流れてるなど考えたくもない、と真っ向から否定してくれた。普段物静かなミカサの力強い言葉はどこか説得力がある。

「見えてきました、礼拝堂です」

 気まずい空気を変えるように道案内役としてマルロが示す先に見えたのは長く伸びた森の中にある礼拝堂だった。そうだ、忘れてはいけない、いつまでもこんな今考えても分からない会話で話を中断してはいけない。

「いいかい。これから敵の本陣に向かう。もう、これ以上考えてもここで分からないことを考えるのは止そう。今はエレンとヒストリアをレイス家から奪還することが最優先だ。エレンが食われてその力が奪われてしまえばそもそもウォール・マリアの壁の穴を塞ぐ目的がなくなる。そうなればどちらにしろこの世界は本当に終わってしまう…それに、君たちが本当に兄妹かどうか…確かめたいのならそのケニー・アッカーマン本人に直接会って会話出来るかは分からないけれど…そうだろう、ウミ」
「…うん…」

 そうだ、向こうには向こうの目的があるこそこうして殺し合いをしている途中なのだ。本気で戦わなければまた仲間が死ぬ、もうこれ以上誰も失いたくはない。ハンジの悲痛な思いは切実だ。迷いは刃に現れる。迷っている場合ではないのだ。

 ケニーが自分達とどういう関係なのかわからないが、相手は再会した時から既に自分達の命を狙っていた。自分達を殺すつもりでかかってくるだろう。ならばこちらも本気で立ち向かわねば殺される。殺されたハンジの部下の三人の二の舞になる。たとえどんな事情はあれどケニーは自分達の仲間を既に手にかけたのだ。

 ウミが抱いた不安のカギを握るのはケニーだけ。フレーゲルから聞けばウミはフレーゲルを逃がしてからリヴァイと合流するまでの間に山の中を半日以上憲兵から逃げ回っていた。他の班員よりも心身共に激しく疲弊している筈だ。ましてウミはずっと体調が優れていないのだ。

「それに、ミカサの言う通りだ。ウミ、君はきっと今まで休みなく戦いっぱなしでかなり疲れているんじゃないかい?君は人より無駄に先読みする性格だし。疲れて、抱え込んで……それじゃあ長生きできないよ。これからはエレン達を取り戻す為の厳しい戦いがさらに待ってる。今まで1人でずっと抱えてたのなら、この先の戦いで余計な考えは捨てるべきだ。だからこそ言うよ、君の両親は紛れもなくあの二人で間違いない。君の両親が君を産んだその瞬間に私が直接立ち会ったわけじゃないけど、恋に落ちた相手がまさかの腹違いの兄妹とか、姉弟とか、そういうお芝居も確かにあるけど。でも、結論から言うとそれはありえないよ。実際に君の母親やリヴァイの過去やケニー・アッカーマンの間に何が起きたかどうかはわからないけど、そしたら君の事をあんなに溺愛していた君のお父さんは?ライナー達と君の父親は同じで、君は壁外から来た彼の子供なんだろう?」
「そ、れは……」
「自分の生まれに、君はもっと自信を持って。君のお父さんは最後まで君を誰よりも思っていたのは調査兵団の人間ならみんな知っている。どれだけ君がお父さんに愛されていたのか、シャーディス団長に聞いてみればいい。それに、君の容姿はどっからどう見ても副団長そのままの姿だよ。どちらかというと君のお母さん……君とは全然似てなかった……」

 ウミの母親を知るアルミンやミカサもうんうんと頷くほどウミは母親に似ていないのだろう。近所でも怖いと評判だったウミの母親に会った事はないが、サシャやジャン達にはウミの雰囲気とは真逆の人間だと簡単に想像がついた。

「それならミカサとリヴァイの方が見た目の雰囲気的にも戦闘能力的にも同じ姓だし、いろんな共通点を感じるけどね……」
「ハンジさん、私はちゃんと両親が居ますし、その2人の間から生まれました」
「ああ、大丈夫大丈夫。それはちゃんとわかってるから」

 皆の言葉に不安を抱えていたウミも少しだけ落ち着きを取り戻したようだった。野戦糧食と水を飲み少し皆から離れた荷台で静かに思考を整理した。

 その中でアルミンは礼拝堂の恐らく地下にある広大な敷地内での戦いに有利な作戦を思いついたらしくその提案をすると、もう近くまで迫る戦いの舞台でありエレンとヒストリア奪還に向けた準備に取り掛かるのだった。
 向こうは対人相手に訓練をしている精鋭たちで編成され、自分達よりも性能のいい立体機動装置を持っている。それにケニーが率いる隊であればリヴァイ以上に手ごわい相手となるのは間違いないし、真っ向から挑んでは負ける可能性が高い、自分達は少人数であの精鋭を突破してエレンとヒストリア奪還しなければならないのだから。
 樽に燃料が入った袋を縄で巻きつけながらそれをいくつか用意し、その燃料を特製の爆弾となる為の導火線は狩猟を生業に生活してきた上で弓矢が得意なサシャが火矢を作り、それを使う。

「ウミ……」
「はい……」

 それぞれが準備をする中、一人膝を抱えていたウミの前にリヴァイがしゃがみ込む。月明かりに照らされた自分の芽を見つめるリヴァイの瞳は夜の闇の中普段の獰猛さは鳴りを潜めているように感じていた。

「落ち着いたか」
「うん……もう、平気……落ち着いた」
「そうか。急にガキみてぇに取り乱して…腹が減ってイライラしてたんじゃねぇのか」
「もう……違うったら……!」
「いつもの顔に戻ったな。エレンが食われちまう前にそろそろ行くぞ。いいか、俺とミカサとお前で特攻を仕掛ける。もう余計な事は考えるな、いいか、俺の目の前で死ぬことは許さねぇ。ひとまずは身体を動かせ、お前は無駄に考えすぎるからもう何も考えるな。エレンとヒストリアを取り戻せ。それで…全てが終わって生きていたら考えろ」
「はい、」

 今はお互いに副官と班長として、恋人としての関係はここでは出さない。しかし、それでも二人の間に漂う空気は紛れもなくお互いがお互いを信頼し、深く思う気持ちで溢れ、其処だけはまるで緊迫した今の空気からかけ離れたものだった。

「最後に聞くが、もし俺とお前が本当に血が繋がっていたとして、お前は俺が兄貴かもしれないと感じた時、どう感じた」

 率直なリヴァイからの問いかけにウミは伏せていた顔を上げた。リヴァイもきっとウミが見せた問いかけに不安を隠し切れないようだった。

「嫌だと思ったか」
「っ、違う……そんなこと、思わなかった…もし、例え血が繋がっていても、兄妹が居ない私には、もう家族が居ない私には、リヴァイがもし生き別れたお兄ちゃんだったら、って知って嬉しかった気持ちもある…地下街で出会った時もリヴァイの事、最初は私もお兄ちゃんが居たらこんな感じなのかなって…思ってたし、リヴァイの事純粋に慕ってたから、」
「……ウミ……」
「私、もし本当にリヴァイと兄妹でこの先リヴァイと結婚できなくても、「夫婦」にはなれなくても、好きな人と「家族」であることは変わらない……まして、本当に血が繋がってるからこそ、一緒に家族としていられるなら……もうそれ以上何もいらない」

 馬車の荷台から次々と降り立ち、草を踏む感触を確かめる。もう敵であるレイス家の領地内だ。罠が無いかどうか確認は怠らない方がいい。礼拝堂の周囲を窺うマルコとヒッチの2人が安全確認を終えて礼拝堂内へ突入する中で突然手招かれるようにウミはリヴァイの腕の中に引き寄せられ、耳元で低い声がそう尋ねると、ウミは即座に首を横に振った。
 誰も居ない荷台の傍で抱き合う2人は滑稽だろうか、しかし、もう二人は選べない道まで来たのだ、離れ離れの長い空白の果てにお互いでなければもう生きていけない、この世界があまりにも残酷で寂しすぎるから、だから今更別々の人生を歩むくらいなら、いっそこの残酷な世界を恨み最後の一人になるまで翼を散らして戦いに身を投じようか。

「確信もない無駄な、この話は終わりだ」
「うん……」
「たとえ相手が俺達の親だろうが何だろうが、確かなことがある。ヒストリアを即位させるという作戦は頓挫したが、この世界にはエレンが必要だ」
「分かってる……エレンもヒストリアもこの世界には必要。「人類最強」のあなただってこの世界には必要、要らない人間なんかこの世界には居ない」
「お前もそうだ、俺の半身のようなモンだ。勝手に離れる事は許さねぇからな。例え、この先お前と血が繋がっていようが、それでも俺の気持ちはこの先揺らいだりしない」

 私以外、そう言いかけた言葉はまた彼を悲しませるだけなら言わない方がいい。口を噤みウミは誰もがこの世界には必要だとリヴァイに打ち明けた。エレンを何としても救うのだ、その為にこの数カ月の間にたくさんの命が失われてきた。しかし、多くの犠牲を出してもこの世界の希望を失うわけにはいかない。彼の一つの命は兵士何百人の命よりも代えがたいものである。たとえ、この先さらに過酷な運命が待っていたとしても、どんなことが起きても、きっとどんな彼もどんな姿だって受け止め愛せる事を彼に誓う。
 彼を厭う気持ちなど無い。今回のクーデタ−で彼の押し隠してきた地下街での彼の面影を目の当たりにしても揺るがない思いがある。もし、リヴァイが自分の実の兄だとしても、こうして出会えた縁を、過去をなかったことにはもうしたく無いし、出来ない。
 この世界で彼以上に彼を愛せる人など現れるのだろうか。いや、彼を愛した自分を否定する事はもう出来ない。
 リヴァイに続いてウミも荷馬車からぴょんと降り立ち、先程の涙を流して苦し気な表情を消して即座に気持ちを切り替え、彼を愛する一人の女から兵士への顔つきに戻る。自分とリヴァイが兄妹、もしそれを肯定するのなら、自分をあんなにも愛し育ててくれた父の思いが全て虚構となる。それに、もしそれが事実であれば自分の母親は父親以外の人間との間に授かった事実を伏せて自分を生んだことになる。
 誰に対しても厳しくも毅然とした態度でいつも正しくあろうとしていたあの母が自分の父以外の男と密かに関係を持つような母だとは思いたくなかったのが本音だ。
 そうなれば壁外から来た父親の娘だとなぜか自分以上に自分達を知るライナー達の言葉も嘘になる、冷静になればわかる事だ。

「あった……隠し扉だ」

 周囲に見張りをマルロとヒッチに託し、リヴァイ班達は先行してエレンとヒストリア奪還作戦を敢行する。礼拝堂内のいかにも何かを隠しているような赤い高級な絨毯の下にひっそりと隠されていた床下扉を発見したハンジ。その冷たいレンガ造りから見えた木製の扉に触れる。

「エレンも敵もこの奥だ。私が予想した通りの地形だといいんだが…」
「わざわざ寄り道して手土産用意した甲斐があればな…」
「開けるね」

 ゆっくりとウミがその扉を開けると、その床下の扉の先は何処までも続く螺旋階段となっていた。確かに聞こえた吹き抜ける風の音。その先にエレンとヒストリア達が囚われているに違いない、その道へ続いている事を知らせている。

「よし、準備整いました!」

 樽に燃料の入った袋と立体機動のガスの交換用のカードリッジを縄でギュッと強く、くくりつけたアルミンがリヴァイにいつでも突入できると合図した。その入り口にしゃがみ込んだリヴァイがゆっくりと沈黙とこれから始まる戦いに緊張した面持ちでいる自分が選抜した班員に尋ねる。

「そうか……。それでお前ら、手を汚す覚悟の方はどうだ?」

 準備は整った、後は未だ若き彼らの覚悟の方だ。エレンとヒストリア奪還作戦の為少数精鋭で戦闘の達人たちに戦いを挑む、相手と自分達の意志が異なるからこそ始まる戦い、リヴァイからの問いかけに全員が覚悟を決めたような面持ちで無言で彼の問いかけに応えた。

「……良さそうだな」

 切り込み隊長だとウミが先行し、次々と扉から階段を降りて地下へ向かう中でリヴァイはこれから対決する人物の事を思いそして戦場へと踏み出す。両扉に手をかけ、そして一同は顔を見合わせ戦いの舞台へと踏み出した。

To be continue…

2020.03.31
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