THE LAST BALLAD | ナノ

#78 Kenny the ripper

「俺が先に扉を開ける。開けた瞬間全部転がせ」
「はい、」

 リヴァイがアルミン達へ合図をし、振り上げた得意の蹴りでバアン!と、勢いよく木製の扉を蹴破ると、リヴァイから繰り出された強烈な蹴りはその両扉を勢いよく開け放った。扉をけ破る轟音は広い地下内に反響し、隠れて待機していた対人制圧部隊の耳にも届いた。

「(入ってきたか……まずは敵をできる限り内部へ……)」

 柱の死角に設置された足場で待機していたトラウテ達。トラウテは直接見なくても確認できるよう即座に枝に縛り付けた鏡を取り出し確かめる。しかし、音を立てて入って来たのはリヴァイ達ではなく立体機動のガス管や油袋を縄でぎっちり巻きつけた樽だった。
 なぜあんなものが、それは複数個あり、ガラガラと音を立てて階段を転がり落ちててんでばらばらに転がった。リヴァイ達が入ってきたところを狙い撃ちにするはずが先に入ってきた複数の樽に面食らって硬直したトラウテ。一体あれは何の為に。訝し気に眉を寄せ、警戒心を強めて様子を窺っていた。

「(あれは……!? 樽に燃料を括り付けてある……いったい何を……?)」

 階段から樽が全て転げ落ちたのを見計らい、扉から先陣を切って飛び出したのはリヴァイとミカサだった。
 その後を続くように後からウミとハンジ、ジャン、コニーが次々と駆け出し、最後に姿を見せたアルミンが手にしていたのは松明だった。
 一体そんなものこんな明るい空間で何に使うのかと思えばサシャはその松明に持っていた矢を近づけると、弓を引き絞り、そのまま縦に直立している樽に向かってたいまつの火を灯した矢を放った。

「(火矢!?)」

 その矢で一体何をするつもりだ!?トラウテの鏡にはサシャの放った火矢は隠れている自分達を狙う者ではないと気付いた、その瞬間、ガスや火薬が巻き付いた樽に矢が命中し、樽の中にある油が入った袋が大きな轟音を立てて爆発した。立ち上る大きな火柱と共に爆発音をあげ周囲に油の焼ける不快な臭いと共に黒煙を上げた。
 次々とその矢たちが樽に命中し、その火矢から一瞬にして引火したガスと燃料が勢いよく爆発する光景が鏡に映った時には嵐の静けさのように静まり返っていた青の世界は一瞬にして戦場と化した。

「な!?(火薬……!! そしてあの燃え方……油の入った袋が飛散している……この煙では敵の位置が……)これはまずい……!」

 トラウテがその樽の意味を知った時にはもう戦闘は開始していた。静寂を引き裂き辺り一面が黒煙が蔓延していく中から飛び出してきたのは二対の剣を構えたリヴァイとミカサ。先ほど話していた要注意人物の襲撃に一同も二対の銃を構え狙い撃つ。

「突破されるぞ!! 撃ち落とせ!!!」

 階段を駆け下りながらこちらに向かってくる要注意人物たち。即残に警戒を強め、ここは何としても死守しなければならないと銃を構える。敵のスキを突き奥へと向かう二人は対人制圧部隊からすれば格好の的だ。一斉に照準をリヴァイとミカサに狙い定めた対人制圧部隊達の大型経口が向けられたその瞬間、リヴァイとミカサを守るように次々と緑の軌跡を描いて放たれたのは緑の信煙弾。

「は!? 何だ!?」
「信煙弾!?」

 用意した棚に隠れながら2人が攻撃されないように、次々と信煙弾を撃ってミカサとリヴァイを隠して銃が武器である彼らを攪乱させた。そしてその2人が飛び出し信煙弾が放たれたのを合図に撃ち尽くした信煙弾を投げ捨て、ウミがダッシュで階段を駆け下り、地を蹴って飛び出した。
 この作戦を企てたアルミンの読み通りに事は進む。この少人数であの対人制圧部隊とまともに戦うのは明らかにこちらが不利。自分達よりも性能のいい立体機動装置を操る精鋭たちと真っ向からやみくもに突っ込んでも地形的にも把握できていない自分達では自由の翼は狙い撃ちにされるだけ。
 信煙弾と爆発した煙幕を利用して、じっくりと狙い定めなければ当たらない銃弾から自分達の姿をくらましながら戦う作戦は成功だ。信煙弾でサポートしながらアルミンの読み通りに奴らは煙に遮られ、銃で機敏に動き回るリヴァイとミカサを狙いを定めることが出来ない。

「チッ、煙が邪魔で的が絞れない……」

 予想だにしない攻撃に敵を囲んで狙い撃つはずが作戦は大きく崩れ、彼の的を絞れずトラウテの顔に焦りと苛立ちが浮かぶ。
 狙い定められずにいる奴らの隙をリヴァイが逃すはずもない、大きく弧を描くようにリヴァイは煙に巧くまぎれながらその鋭い目が流し見るように銃を構え、煙に覆われた視界の中でどうすることも出来ず煙が晴れる隙をついて攻撃するしかない対人制圧部隊の背後に回り隠れている人数を一人残らず目ざとくあぶり出し、そして探し出す。
 ナイフのように鋭い眼差しは隠れている人間たちを一人残らずあぶり出した。

「24……28……32……敵数35!! 手前の柱に固まっている! 作戦続行!! すべての敵を! ここで叩く!!」

 リヴァイの声により人間同士の戦いが幕を開けた。爆音の中でリヴァイの張り上げた声があたりに反響し、再びリヴァイは黒煙から飛び出しミカサとウミが飛び出し、襲い掛かる。

「総員散開!! 複数で一人ずつ囲め!!!」

 リヴァイの声に動き出した調査兵団に即座に迎え撃つようにトラウテが兵士たちに呼びかけ、それぞれが地を蹴り空中戦へと突入する。煙が上手く自分達の姿を隠してくれる。死角に紛れ、隠れている奴らを探す前にこっちが隠れてしまえばいい、これなら多勢に無勢でも勝ち目がある。煙に隠れながらの戦いが始まった。
 リヴァイの声を合図に対抗しトラウテも指示を飛ばす中で遠距離で信煙弾と弓矢による援護射撃をアルミンとサシャに任せてそれぞれが地を蹴り、立体機動で戦闘へ突入するコニー、ジャン、ハンジ。再びサシャが火矢を放ち、樽に見事命中させ再び爆炎が立ち上る。その黒煙の中へと果敢に飛び込む。

「(ハンジさんが予想した通りだけど、とんでもない広さだ……)」

 戦闘が得意ではないアルミンも信煙弾でサポートしつつ想像以上に広く、そしてどんな成分で出来ているのかわからない幻想的なその空間にはとても似つかわしくない戦いの中で自分の想像をはるかに上回る世界に驚きを隠せずにいる。地下にこんな場所があるなど…、まるで硬質化して眠るアニを覆う棺のようにも感じられる。

「(これも人が造ったもんじゃないな…壁が光ってるし、これはどこまで続いているんだ? だが、やはり対人制圧部隊が奥に引っ込んだのは立体起動を生かす空間がそこにあるから、そしてそれは数で劣るこちらにとって好都合……)」

 ガスを撒きつけた樽を狙い次々と火矢で爆発させるサシャの周囲を黒煙が立ち込め、思い切りその黒煙を吸い込んだ兵士が苦し気にせき込む。

「また煙だ!! クソッ俺らを燻製にするつもりかよ!?」
「敵はどこだ!!」

 煙に紛れ探し回る敵兵の背後にジャンが近づく。ジャンの脳裏にはアルミンが話していた作戦の内容が浮かぶ。そしてその手に握る刃は今は人の命を奪うために抜かれている。相手は無慈悲な巨人ではない、人間だ。
 ジャンは脳裏に兵士として旅立つ自分を元気に送り出してくれて母親の顔を思い浮かべていた。憲兵団に入って安全な暮らしで死ぬまで暮らす、そんな彼の考えを変えた今は亡き親友の顔が浮かぶ。自分が想像する未来とは真逆の方へ来た。そして今自分は大嫌いだった人間が世界を救うカギだと、覚悟を決め手を汚す。

「対人立体起動装置の弱点の一つはアンカー射出機と散弾の射線が同じ方向を向いていることにある。つまり……敵の背面側は……完全に射程外だ」

 僅かの時間、あの混戦状態の中で敵の弱点を見抜いたアルミンの作戦に従いジャンは煙に紛れて何処に自分達が居るかわからない状態で探し回る対人制圧部隊の兵士の背後から飛び出し、そのまま不意を突くように頸動脈を斬りつけたのだ。それはジャンが初めてこの手を汚した瞬間だった。
 巨人を駆逐する武器で初めて人を殺した。この手がもう元には戻らない道を自ら選んだのだ。ジャンが覚悟を決め戦いへと挑んでいく中、隊員たちは銃口に着けられたワイヤーで飛び回り煙の中に紛れながら自分達を背後から狙うリヴァイ班達を探していた。

「あそこだ!! 撃て!!」
「コニー!」

 信煙弾を抜け姿を見せたコニーが瞬く間に狙い撃ちにされる。しかし、応援に駆け付けようとしたウミが助けに行く前にコニーは即座にアルミンが放った信煙弾の煙に助けられるように隠れ、放たれた弾丸は信煙弾を引き裂くだけ。

「クソ!! 外した!!」
「どこだ!?」

 ここで死ぬわけにはいかない、たとえ巨人化したとしても自分の母親はまだ生きている。自分の故郷を奪ったやつらを突き止めるためにも唯一の村の生き残りの母が待つ元へ何としても帰るのだ。コニーの決意は固い。
 煙に紛れそのまま天上の柱へ向かってガスを蒸かして着地すると、そのまま硬いその壁を蹴って真下できょろきょろと自分を探す兵士の無防備なうなじに向かって刃を振りかざし、一気に斬り裂いてそのまま止めを刺したのだった。

「こいつ――!!」

 一瞬の間に何が起きたのか。コニーの手により絶命した敵兵がそのまま真っ逆さまに深い煙の中へと落ちていく。
 攻撃の後で無防備な状態のコニーに女兵士が仲間を殺された怒りの銃口をコニーへ向けた。とっさの攻撃にコニーは反応できない、ヤバい、やられる、コニーが覚悟したその時、女兵士の左胸へ迷いなく弓矢を放ったのは遠距離から自分達を援護するサシャだった。心臓を撃ちぬかれ、女は絶命し、そのまま黒鉛へと吸い込まれて消えた。

「サシャ……!!」
「コニー!! 煙に隠れながら戦うんだ!!」

 アルミンも信煙弾を撃ちながら指示を飛ばす。サシャの顔つきは普段の食いしん坊の彼女ではなく、覚悟を決めた険しい顔をしていた。

「あの信煙弾と矢は厄介だね……」

 トラウテが狙いを遠距離で支援する2人に向け、他の兵士が狙い撃とうとしたのをウミがすかさず信煙弾から飛び出してそのまま切り裂く。しかし、軽くかすっただけで命までは奪えない。

「やりやがったなこの女……!」
「っ……!(クッソ、外した……)」

 そのまま撃たれた銃弾が向かってきたタイミングでとっさに後方に向かってアンカーを射出する。何とかギリギリで回転しながら避けると今度こそと勢いよく手にした剣を逆手に持ち替え再び体制を変えると真下から上へ駆けあがるガスの噴射力を生かしてそのまま貫き、銃を構えたもう一人を横に剣を振りぬくと真っ赤な鮮血が噴出しウミの手を血に染め、上半身と下半身を引き裂いて命を奪った。

「ウミ!ありがとう、」
「二人も気を付けて……!」

 しかし、もう悲痛な表情は無い、いや、ここで悲観していては命とり。敵は強大なのだから。一瞬の隙さえも許されないままウミはアルミンとサシャから離れて再び敵のせん滅に向かう。

「(必ずいる……あの人と何としても話さなきゃ……ケニーおじさん……)」

 ウミはこの近くに隠れているであろう帽子かぶり口元に弧を描き挑戦的な笑みを浮かべたあの男の面影を探していた。

「くらえ!!」

 アルミンの作戦を実行しつつ、散弾を撃ち放つ敵兵の弾丸をアルミンが撃った信煙弾に隠れて何とかわしながらハンジも戦う。若き参謀が皆に知らせた対人立体機動の弱点の隙を見つめる。

「クソッ……」

「何よりの弱点は……2発撃たせてしまえば次の装填まで時間が掛かること」

 ハンジ目掛けて撃った弾丸は外れ、敵兵が空になった銃身を捨て再度装填するその隙をハンジは見逃さずに狙いを定めると柱に隠れながらガスを蒸かし、その勢いで左胸目掛けて剣を突き上げた。刃は深く沈み、人間の温もりを伝い身体を貫いて、引き抜いた刃から溢れた温かな敵の血潮がハンジの右側の顔を汚した。
 戦局は一気に調査兵団側が有利になる、完全に分散され、反撃する前にサシャの弓矢が樽を破壊して地下の封鎖された空間は黒煙とアルミンの信煙弾である鮮やかな緑に包まれる。

「(まずいね、これは…煙に分断されて距離を確保できない…ここまで接近させてしまったら……)」
「うああああ!!!!! 何だこの女!?」

 何とかして反撃しなければ、逃げ回りつつ突破口を探すトラウテの背後で仲間の悲鳴が次々と上がる、振り向けばミカサが襲い来る銃弾も撥ね退け、まるで黒い影を纏う鳥のように目にも止まらぬ驚異的な身体能力で次々と敵兵を切り裂き深淵へと突き落としていく。

「(ここまで接近されたら……白刃戦の方が有利!!)」
「このバケモン――!」

 柱へ飛び込んだミカサの背後から狙い撃つも、それに気付いたミカサがワイヤーを支点にしてくるりと一回転をすると、そのまま重力に逆い敵兵へ長い脚から繰り出した強烈な蹴りを顔面へ見舞ったのだった。

「(奴を止めなければ!!)」

 まさかマークしていたリヴァイと同等の、三人殺されたウミ以上に気を付けなければならない要注意人物がいたなんて、しかも相手はスラリとした体躯の美しいまだ幼さが除き見えた美少女。
 このままでは全滅する。しかし、その背後で一瞬で三人が赤い血を散らして地面へ落ちていく。振り返ればそこに居たのはミカサ以上の脅威、紛れもない敵側の親玉でありケニーに育てられたリヴァイが逃がさない。次々と向かい来る敵を蹴散らしものすごいスピードで迫っていた。

「うあああああああ!!」

 リヴァイの手によって次々と倒されていく仲間達にトラウテは逃げるがその背後からまたもう一つの影が彼女を狙う!

「(もう逃がさない……!!)」

 リヴァイに追いつきトラウテを挟み込むようにウミが最大出力でガスを蒸かして彼女を迎え撃つ。

「逃がさない!!」

 ウミとリヴァイの間に挟まれ、トラウテのいつも変わらない表情が悔しげに歪んだ。もう逃げ場が完全になくなった。

「(……これでは全滅する……!)」

 ウミとリヴァイが同時に彼女を貫こうとしたその瞬間、

「ひやっほおおおい!!」

 高らかに声を上げ、リヴァイが険しい顔つきで探していた奴は突如として現れた。
 ガウン!!と撃たれた銃弾があわやリヴァイの身体を撃ち抜く寸前でリヴァイはとっさに石柱に隠れ、頑丈な作りの石柱の美しい破片が砕け散った。そして、もう一つの弾丸はウミを狙う。

「っ――!(ケニ−……やっぱり! 隠れてた!)」

 ぐるぐると回転しながらトレードマークである帽子を落とさぬように押さえつつ姿を見せたのはケニーだった。

「相変わらず……不意打ちとは卑怯ね!」
「おう! 良く避けたな! ウミ! 合格だ!! 今泣いて謝るなら、お前も歓迎するぜ??」
「何よ? 最初から私に当てる気なんか、これっぽっちもないくせに!!」

 放たれた弾丸を振り回した剣で弾き飛ばし、ウミは振り向き様にケニーを睨みつけ大きな声で叫んだ。すると、そのウミの顔つきにケニーはニタリとほくそ笑む。
 こんな時にまで舐められたもんだ。肩で息をするウミ、これはお互いの全てを賭けた命のやり取りなのに、どこか嬉しそうな表情のケニーはゆっくりとリヴァイに向けて銃を構える。

「本当はお前らぇに構ってる暇なんざねぇんだが……ここを突破されちゃあ元も子もないんでなぁ……仕方ねぇ、遊んでやるよ……!」

 向こうからの挑発にリヴァイが真っ向から受けて立つ。ウミもすかさず助太刀しようとしたのをリヴァイの剣が止める。

「リヴァイ……!」
「ウミ、お前を巻き込まねぇ保証は出来ない、あいつは俺がやる。お前はあの女をやれ、いいな、」
「わかった……。お願いよ、絶対に死なないで……」
「(こんなわけもわからねぇ場所でお前残して死ねるか……)」

 出来れば真実を知る彼を殺すまではしないで欲しいと思ったが今この状況でそんな呑気なことなど言っていられない、半端な気持ちで迎え撃てばこちらがやられる。
 死ぬわけなどあるか、ここで尽きる命ではない。これは男同士の戦い。リヴァイは一人でかつての師と戦う覚悟だ。自分はトラウテを追いかけるべきだと判断し、ウミは激化する戦いの中巻き込まれないように急ぎその場を離れる。同じアッカーマンという血を流れる男同士の戦いが今始まった。

「おら!! べろべろばぁ〜!!!」

 銃身を捨て、装填したケニーはふざけながらまるで親が子供を鬼ごっこで遊ぶ時にからかうように柱に隠れたリヴァイの背後を突くようにワイヤーを操り姿を見せたが、柱の陰にもうリヴァイの姿は無い、気づけば彼は柱の下で逆さになり隠れていたのだ。不意を突かれてケニーに向かって勢いよく剣を振りかざし、真上から襲い掛かる。すかさずリヴァイの振り上げた刃をその銃身で火花を散らして受け止めたが、ケニーの腕にジン……と痺れるような衝撃が走る。

「元気だなぁ……オイ、」

 腕力で振り抜きもその衝撃誤と受け止められて振りぬくもケニーに捌かれ、リヴァイは舌打ちと共に離れるが、ケニーの銃撃が彼を襲う、しかし、ガスを蒸かして常人では追えない速さで全てを綺麗に鮮やかに避けた。

「チッ!」

 弾丸を全て避けられ、空を引き裂いた弾丸はただ柱に埋め込まれるだけ、舌打ちをしたケニーに対しリヴァイは冷静だ。静かな獣は反撃の機会を待つ。その時、黒煙が晴れた舌へふと目を向ければ、自分が仲間に手を汚すことを強要し、そして倒された敵兵の遺体と、サシャの火矢の爆発で巻き込まれなかった燃料が入った袋が地面に転がっていた。

「何だ、未だ遊び足りねぇのかよ……ったく、」

 リヴァイが執拗にケニーを追いかける。激しい空中戦の中でケニーは何処までも追い掛けてくるリヴァイにそう告げる。しかし、そうは言いながらもかつて自分の全てを叩きこんだ幼かったリヴァイがここまで上り詰め、そして成長したことをこの場に似つかわしくない穏やかで嬉しそうに見つめる眼差しがあった。まるで息子の成長を喜ぶ親であるかのように。
 リヴァイ自身もかつて共に暮らし、幼くて弱く、何もできない幼い自分に対してこの世を渡り歩く為の様々な処世術を施し、ここまで生き延びてきたのは紛れもなくケニーが与えてくれた様々な恩恵のお陰、かつて共に暮らした相手との死闘に対する葛藤、そして様々な思いがぐるぐると渦を巻いている。
 しかし、次に柱を抜けた先にケニーの姿はもうそこにはなかった。

「教えてやったなぁ? 敵を追う時は……前ばかり見るなってよ!!」

 いつの間にか自分がケニーに背後を取られ、回り込まれていることに気付いた時にはケニーはもう銃弾を放っていた。しかし、それはリヴァイではなく彼の手から撃ち放たれた弾丸はリヴァイの進行方向にあった木で出来た足場に命中し、それがリヴァイの上空から雨のように降り注ぎケニーを追いかけていたリヴァイの追跡の進行を塞いだのだ。

「こっちだウスノロ!!」

 急ぎ別の柱に避難するが槍のように自分の双眼よりも鋭利に尖った鋭いナイフを手にしたケニーが目にも止まらぬ本気の速さで突っ込んできたのだ!心臓を貫かれる寸前に避けるも、その切っ先はリヴァイの左の頬を切り裂き、彼の頬を血が伝った。

「リヴァイ!」

 トラウテをミカサと追い詰めながらその声と金属音に気付き、振り向いた時に居た兵士を回転しながら切り裂いて仕留めたウミが即座にケニーと激闘を繰り広げていたリヴァイの元へ駆け寄ろうとしたのを必死の剣幕で怒鳴り止めた。

「馬鹿野郎! てめぇは来るんじゃねぇ!!」

 これは俺自身の問題だ、といわんばかりの剣幕でリヴァイはかつての師である男に真っ向からの戦いを挑んだ。まして、最愛であるあの頃から変わらずに少女のままのウミを巻き込むわけにはいかない。

「へッ、色男が。そんなにそいつが大事かよ」

 ニヤリと挑戦的に笑ったケニーが再びリヴァイに銃口を向け弾丸を放つ直前、リヴァイは先ほど拾って隠し持っていた油が入った袋をケニーに向かって放り投げたのだ。それと同時に放たれた弾丸によって撃ちぬかれ、火薬から引火して二人の間で激しく火花を散らし轟音と共に派手に爆発したのだ。
 その爆発の中をリヴァイが両腕を交差して火炎の中を彼の衣服に火が燃え移るよりも目にも止まらぬ速さで勢いよく飛び出すとその爆発の衝撃から逃れようと後退したケニーへ剣を振りかざしたのだ!

「くうっ……!」

 手にしたナイフで寸前にリヴァイの刃を受け止めたが、ギイイン!!とリヴァイの渾身の力の前にケニーの刃がリヴァイの勢いに負けてすり抜けるとそのままの勢いでケニーの脇腹をリヴァイの銀色が切り裂き鮮血を散らしてリヴァイが獣のような唸り声をあげてケニーを切り抜けたのだ。

「ばっか野郎……いってぇ……じゃねぇか……」

 リヴァイの容赦ない一撃によってケニーは敗走を余儀なくされた。有り余る力さえも全てを奪い去っていくようなリヴァイが見せた激しさ、底力、その刃が師であるケニーを切り裂いたのだった。重い一撃が堪えた様だ。だらだらと流れる傷口から溢れる血に痛むわき腹を押さえ、ケニーはその場を離れていくのを、リヴァイが追いかける。ヤツを捕まえて、面と向かって確かめなければならない事実がある。



 最終防衛地点を突破されては儀式の邪魔となる。奥へと逃げるトラウテをウミとミカサの猛追が付け狙う。その追撃か逃れることは出来ない。怒涛の勢いでミカサが切りかかるとトラウテは体勢を変えて荒削りなミカサの刃を交わして冷静に逃避を続けていた。

「(せめて一人……敵に穴が空けば!!)」

 その時、ウミとミカサの下から煙幕に紛れ込みながら立体機動装置を駆使してハンジが飛び出してきた。

「ハンジ!」

 ウミが嬉しそうにハンジを見て呼んだ声、その隙をトラウテは見逃さなかった。ミカサとウミからターゲットを変えてハンジに向かい回転しつつ2対の銃から散弾を撃ち放つトラウテ。しかし、それはハンジでは無い別の方向へ飛んでいき石柱を砕いただけだった。

「えぇ!? 2発共大ハズレだが!?  君も生き急ぐタイプかな!?」

 アルミンの読み通りに2発を撃ち、今のトラウテは弾がない状態だ。即座に装填しなければ散弾は使えない。つまり今彼女は2発の弾丸を撃ちつくして無防備な状態、トラウテの方へしなやか刃を振り構えるハンジ。石柱に着地しハンジに対し行動に出ぬままのトラウテの罠だとハンジが気付いた時にはもう遅い、

「あ……」

 太ももに括り付けられた散弾のカードリッジを装填もせず、柱で待ち構えていたトラウテは銃を構え、発射したのは自分たちの立体機動装置と違い、銃の上に備わっている立体起動のアンカー。
 それを直接ハンジの右肩目掛けて発射したのだ!

「ハンジ!!」
「ううっ!! 痛ッ!!」

 ウミが叫んだ時には時すでに遅し、両手で自身を守るようにガードしたが、虚しくもハンジの肩を鋭利なアンカーが貫通し、溢れ出た鮮血、まるで燃え盛るような赤い花が咲いた。

「クッ……! ッあぁああああああ!!」

 トラウテは片腕でアンカーに突き刺さったハンジを大きく遠心力を掛けて腕を振り回し、ハンジの重みをその右腕全てで受止め、その負荷が全て右腕に集まるりミシミシと筋が痛む。
 そして、アンカーが突き刺さった状態のハンジをそのまま勢いよくアンカーを巻きとる勢いで吹き飛ばし、ハンジはそのまま硬い石柱に背中から叩きつけられ、そのまま幾多に流れた血の筋を残して、うつ伏せのまま地面へとずり落ちて行きその場で動かなくなった。もう身動きひとつしない。ハンジがやられた。ウミはその光景に思わず口を手で覆った。

「ハ――! ……ハンジさん!!」

 トラウテの読み通り、仲間意識の強い調査兵団。その中の一員であるハンジがやられた事で全員の動きが一瞬にして止まった。ケニーを追跡していたリヴァイもハンジの負傷に気付き近くの柱に着地した。
 ハンジが負ったその怪我の重さを知らせるようにハンジがぶつかった柱にはハンジが流した血が付着しており、その傷の深刻さを物語っている。ましてあんな硬い謎の鉱石に思い切り背中を打ち付けたのだ。早く助け出さねば狙い撃ちにされる。旧知の仲間が倒れた事に仲間たちは攻撃の手を止め、動揺が走る。

「ハンジ!!」
「ウミ!」

 これは誘い出すための罠だ! 普段なら気付くはずのウミだが、彼女もハンジが負傷したことでショックを受け心配で早く、急いで助けなければと冷静な判断が失われている。

「マズイ……! 罠だ!逃げろ!」
「え?」

 リヴァイが普段の冷静さを捨て、ウミに向かってそう叫んだ瞬間、その隙に弾丸を装填したトラウテの散弾がウミに向かって襲いかかったー…。

――ガウン! ガウン!!



 場所は変わって両手両足を鎖で繋がれたままのエレンは儀式の間で拘束されたままかつて父親が罪の重さに力なく項垂れている。
 その下では、フリーダを思い出したが、その命を摘み取ったエレンを父に似た大きな青い瞳に涙を浮かべてヒストリアは睨みつけている。

「ようやく誰もいなくなったようだ」

 その背後からは黒いなめし革出できた鞄を手にヒストリアの元へロッドがやってきた。

「お父さん……!」
「待たせて悪かったなヒストリア」

 過去のわだかまりを消し、ロッドにすっかり心を許したヒストリアは父親に対して警戒心を解き放ちまるで昔から本当の親子であったようにきちんと父の言うことを聞いている。ロッドは同じ目をしたヒストリアの肩に手を置いた。

「いいかい、ヒストリア。おかしな話に聞こえるだろうが、フリーダはまだ死んでいないんだ」
「……え?」
「フリーダの記憶はまだ彼の中で生きている……。お前は、姉さんに会いたいか?」
「うん……」

 大きな瞳を涙で潤ませながら、ヒストリアは素直にそう答えた。ずっと生まれた事さえも疎まれ続けてきた自分。孤独じゃないと自分の記憶を改竄して隠してまで会いに来てくれた姉の存在に、どうしても会って、きちんと抱き合いお礼を伝えたかった。
 そうして、ロッドが慎重に運んできた医者が持ち歩くような黒い手提げ鞄から取り出した長方形の箱。そこから出てきたのは何やら薬液が入った普通のものよりも大きく太い針の注射器だった。
 その注射器を見たエレンの脳裏に浮かんだのは… その注射器にはエレンは見覚えがあった。あのシガンシナ区が陥落した日のこと、その当時の記憶をヒストリアとロッドに重ねたエレン。その注射器を実の娘に見せるロッドがヒストリアに何をしようとしてるのか、過去の幼い自分にグリシャがしたように、ロッドは自分を捕食させ、フリーダのように、ヒストリアさえも巨人にするつもりだと蒼ざめた。

――「エレン!! 母さんの仇は、お前が討つんだ!!」
「んんんんんんんんん――!!!」

 あの時と同じように今度はヒストリアが巨人にされてしまう!!全力で叫ぶエレンだが、口は猿轡を噛まされ、両手両足は布で巻かれて鎖で固定され手身じろぎ出来ない。このままじゃ……!
 エレンの塞がれた口から漏れた慟哭だけが響いていた。

To be continue…

2020.04.03

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