THE LAST BALLAD | ナノ

#68 呪われた血を持つ二人の男

「いよっと……。どうもこの店から……薄汚ぇネズミの匂いがするな。どチビのネズミのよぉ。ついでに、もう一人……全くしぶといメスガキだ」

 聞こえた声にとっさにウミがリヴァイの腕を掴む。

「リヴァイ!」

 負傷したリヴァイは床に押し倒される勢いウミに引っ張られる。そのまま2人はカウンター裏へとそのまま身を潜めた。そのタイミングでケニーがダイナミック入店してくるのは同時だった。
 当たり前だがあんなに目立つように入店してドアも破壊したのだ、奴らから逃げて隠れるのは無理だ。

「みぃーつけ、たーっ!! 憲兵様が悪党を殺しに来たぜ!! バン!! バン!!」

 自分達がカウンター裏に隠れたのと同じタイミングで自分達が壊したドアの無い酒場に向かってケニーが両手の銃を構えたまま長い足をおっぴろげガニ股の大股開きでリヴァイに続いて滑り込むようにダイナミックに入店してきたのだった。

「ひッ!!」

 誰もが唖然とする中、誰からのリアクションも得られず呆然とする店内の空気にケニーは冗談交じりで声を張り上げた。

「何だ? いねぇのかよ!?」
「ここだ、ケニー。久しぶりだな。まだ生きてるとは思わなかったぜ。憲兵を殺しまくったあんたが……憲兵やってんのか」

 カウンターの裏側に身を潜めているリヴァイとケニーが懐かしむように久しぶりの再会、とは行かない。正直今ここでのんきに積もり積もった長年の身の上話をしている場合ではない。

「おう、懐かしいじゃねぇか。ちょっと面を見せろよ」
「ふざけんじゃねぇ、てめぇさっきから俺の顔に散弾ぶっ放して来てんじゃねぇか」
「まぁな……今日はお前の脳みその色を見に来たんだ」
「ハッ……、あんたの冗談で笑ったのは正直これが初めてだ」
「ガキには大人の事情なんてわかんねぇもんさ……おっとすまねぇ、お前はチビなだけで歳はそれなりに取ってたなぁ……お前の活躍を楽しみにしてたよ。俺が教えた処世術がこんな形で役に立ったとはな。しかし……」
「(馬鹿野郎! 行くんじゃねぇ!!)」

 ケニーはリヴァイとの再会を噛み締めながら話しているその隙にリヴァイは反撃の機会を窺っていたのだが、それよりも先に待てないウミがその制止を無視しリヴァイとケニーが会話しているその隙にそろりそろりとそのままケニーの背後を取った。

「お?」

 背後から剣を振り上げたウミが来ることをケニーは全て見越していた。当たり前だ、かつて愛した女の娘だ、見た目も体格も似ていないが端々に彼女の面影を見つける。その性格がどのようなものかなどすぐ分かる。その香りに懐かしささえ覚えた。
 立体機動装置の剣を振りかざしたウミの剣を容易くその銃身で難なく受け止めると、そのまま、弾かれ、虚しくもその剣は床に転がる。

「久々の会話の途中で背後から狙うなんて卑怯じゃねぇか」
「よくもハンジ班のみんなを……!!」
「そうか、残念だ……」

 ケニーが自分達母娘を助けてくれた恩人だとしても。彼は仲間に手を掛け、そしてディモを殺害した張本人なのにその濡れ衣を自分達に押し付けそしてリヴァイを筆頭に自分達に殺害容疑を抱かせ調査兵団解体の危機に追い込んだのだ。
 許せぬものは許せない。ハンジ班の仲間を殺された怒りのままに掴みかかったウミの華奢な腕をケニーは小枝を持つかのように思いきり掴むと、ウミはぐらつきながらも小柄な体躯を生かしてケニーの足元に向かって勢いよく足払いをかけた。

「うーん……惜しい、やっぱお前はこっちにスカウトしとくべきだった……かもな。成長したらそこそこ悪くねぇし……お前の母親程の美人とかでは……ねぇが」
「ぐううっ!!」

 ケニーの見た目以上に重量のあるその体格を転ばせることなんかできる訳がない、その強靭な腕力と2メートル近くもあるガタイに右腕をひねり上げられ、そのまま羽交い絞めに右ひじを掴まれたまま骨が軋むまで捻り上げられウミは激痛に叫んだ。
 離せとじたばたと暴れるがその足を蹴ろうともびくともしない。化け物並みに強いリヴァイ以上だ。リヴァイが化け物ならこいつは底なしの…このまま右腕の骨が粉砕される。自分なんて簡単にあしらわれ、大人と子供位の体格差があるその男の力の前でウミは屈し、リヴァイの前で簡単に首に腕が回り締め付けられる。
 そのこめかみに45経口は優に超える銃口が押し付けられそのまま宙に持ち上げられてしまう。足をばたつかせ必死にもがくウミもその銃口から放たれた散弾の威力を知るからこそ黙り込むしか出来なかった。
 冷たい経口の感触に頬を冷汗がつたう。ハァ、ハァ、と肩で息を切らしながらもケニーに羽交い絞めにされたままのウミは怒りに燃える眼差しでケニーを睨んでいた。

「せっかく二回も助けてやったのに……鍛えるならお前の母親に頼めばよかったんだよ……あいつ似のいい目してんのに勿体ねぇ……あのバカ男につかなきゃよかったのに」
「っ……うるさい……私のお父さんを侮辱するな……!!! 離せ……離してよっ!!! エロジジイが触るな!!」
「おおっと……口が悪いのは良くねぇな、チビでも淑女らしくしねぇとな。レディ?」

 ウミを囚われ、どうすることも出来ないまま静かに動こうとしたリヴァイを見越してケニーが生死の言葉を投げかける。

「随分ワケありじゃねぇか……お前らが知り合いとは知らなかったな……」
「そうだな、お前には言えねぇような関係だ」
「…っ! ぶざけるな!!! 誤解を招くようなことを!!!」
「おっと、動くんじゃねぇぞリヴァイ……。少しでも動けばお前の大事な大事な可愛い女の頭がドカンだ。潰れた汚ぇトマトみてぇになっちまうぜ……」

 訳アリの関係とリヴァイに誤解されてしまい、ウミは猛抗議に出る、リヴァイに誤解を与えるようなケニーの発言に眉を寄せ必死に首を振る。
 リヴァイはウミまでも人質に取られ万事休すだ。

「だから言っただろ、女に惚れんじゃねぇと……まして、何でよりにもよってなァ……」
「お前には関係ないだろう……俺の女の趣味にまで口出しに来たのか」
「いいや、あるね。まして、お前の選んだ相手が…しかし、お前も血は争えねぇなぁ。お前の知名度なら喜んで股開く女ばかりで困らなかった筈だが、まさか選んだのがよりにもよってあの女のガキとは……つくづくお前の女の趣味を疑うぜ……」
「母親とこいつは違う、」

 しかし、この二人がまさか知り合いで、その事実を今の今までウミが伏せてい居たことに対してもリヴァイはより一層の不信感を覚えた。詳しくウミに語らなかった過去、しかし、ウミは今の自身を形成した男と逢瀬を果たしていたのだ。自分が知らぬ間に何度も、何度も。
 しかし、その関係はどうやらウミの母親との方が深い、らしい。
だが、ウミはこの男と全く似ていない、しかし、この男は紛れもなく自分と同じ血縁者、そして。

「どうだ、ウミ。せっかく生かしたのにお前を殺したくはねぇんだが……そうだ、いっそ俺の女にでもなるか?? そうすりゃ一生安泰暮らしで命は見逃してやってもいいぜ」
「……っ……こんな、時に……っ、何歳差だと思ってるのよ……あんたみたいな枯れたジジイと??? 冗談じゃ……ない……!!」
「ジジイ、ジジイうるせぇなぁ……まだ俺はまだ現役だぜ?? そうか……あ〜残念だ、母娘に振られちまった」

 吐き捨てるようにウミはケニーに羽交い絞めにされたまま悪態づくと自由が利く足でその脛を何度も蹴る。しかしこの男には痛くもかゆくもない。

「なぁ、リヴァイよ……袋のネズミって言葉を俺は教えなかったか? 俺はこんな狭い場所に逃げろとぁ教えてねぇぞ……これじゃあお前らがどっから逃げようと上からドカンだぜ?」

 ウミはケニーに未だに囚われたままで、逃げ場はない、ストヘス酒場の周囲を取り囲む対人立体機動部隊に自分達の逃げ場はない。万事休すだ。
 しかし、リヴァイはそれでも活路を見出そうと決して激情に駆られることなく姿をひそめたまま因縁の再会を噛み締める。

「お前が惚れた女の趣味の話はさておき、愛の逃避行としゃれこむには悲劇しかねぇぞ……なぁリヴァイ」

 何時までも出てこない彼へ、威嚇のつもりか近くの椅子をそのままカウンターに投げつけるケニーに店主が泣き叫んだ。カウンターの棚に並んだ上質な酒の入ったボトルは命中した椅子により粉々に破壊されてその破片が雨のように散る。その雨の中平然と佇むリヴァイの傍らで酒場の主人が恐ろしさから震えとうとう泣き出してしまう。
 関係ない人物まで巻き込み緊迫した空気の中でケニーは話を続ける。

「どうしてお前が調査兵になったか……俺にはわかる気がするよ。俺らはゴミ溜めの中で生きるしかなった……。その日を生きるのに精一杯でよ、世界はどうやら広いらしいって知った日は……そりゃ深く傷ついたもんだ。ちんけな自分とそのちんけな人生には何の意味もねぇってことを知っちまった……だが、救いはあった・やりたいことが見つかったんだ。単純だろ、単純だが、実際人生を豊かにしてくれるのは「趣味」…だな」
「……趣味か……俺の部下の頭をふっ飛ばしたのもあんたの趣味か?」

 ケニーに見つからぬようゴトリと静かに音を立て酒瓶を鏡代わりにする。

 そこに映るケニーと彼に羽交い絞めにされたままのウミの姿を目で確認し、自分を隠すカウンター裏でケニーまでの距離感を測るリヴァイ。カウンター下で酒場で防犯の名目で銃の所持を許可されていることを見越したリヴァイが近くのライフル銃を構え弾丸を確認する。

「ひっ!」

 自身がこの世界て生きていく為に大事な命でもある神聖な酒場でこれから何をするのかと銃を手にした人類最強の姿に怯える店主をこれ以上怖がらせないように、リヴァイは口元に指を当て、声を出さないようにと怖がらせないように優しく目配せする。

「あぁ……大いなる目的のためなら殺しまくりだ。お前だっててめぇのために殺すだろ?」
「あぁ……」

 打ち合わせもなしにリヴァイが突然カウンターの上にライフルをゴトンと、置くとそのままウミが居るにも拘らずケニーと羽交い絞めにされたままのウミに向かってドオン!と音を立ててその引き金を引き放ち銃撃したのだ。もろにライフル射撃を喰らい、ケニーはそのまま酒場の外に吹き飛んだ!

「ッ!!」

 カウンターに身を隠したままケニーにライフルを向け打ち放つリヴァイ、とっさにウミを突き飛ばし、強制的にウミは自由を手にする。
 リヴァイの突如撃った弾丸は寸分の狂いもなくケニーの身体のド真ん中に命中し、その衝撃でケニーはそのまま店の外へふっ飛ばされた。

「待て!!」

 酒場の入り口から飛び出して来た人物に銃口を向けたほかの対人制圧部隊の隊員を他の隊員が制止する。

「リヴァイじゃない、隊長だ!」
「アッカーマン隊長が!? 撃たれた!?」

 まさかのダイナミック入店からのダイナミック退店をしたケニーが調査兵団にやられたのかと思えば隊員たちに隙が生まれる、この機を逃すなとリヴァイが動く、アドレナリンが出ているのか痛みは感じない、本能が危機を知らせる、導かれるがままにリヴァイはすぐ次の反撃へ踏み出した。

「助かったよ、じいさん」
「ひぃぃぃぃぃぃぃ〜!!」

 火薬の強い匂いが立ち込める銃をぽいっと軽々と酒場の主人に返すリヴァイに店主はもう涙が止まらない。安全といわれる内地だからこそ自身の店を破壊され、尚更そのショックは大きいだろう。

「大丈夫か、」
「ごめん……」

 それは何に対しての謝罪なのか、しかしこの状況でリヴァイはウミを責めたりはしなかった。
 そっと柔らかな色彩のその髪に触れ、そしてその手はそのまま愛し気に頬に触れリヴァイはウミの済んだ眼を見つめる。静かに、まるで幼子に話しかけるようにそっと語り掛ける。

「俺が囮になって突破口を作る……だからお前は隙を見て逃げろ、」
「リヴァイ……?」
「お前は何としても生き延びろ、俺の班を頼んだぞ、」
「リヴァイ!! 待って、いかないで……!!!!! リヴァイ――!!!!!」

 しかし、引き留めようとして伸ばしたウミの手はもうリヴァイには届かない、窓枠に膝を着きリヴァイはこちらに向かって優しく微笑んだ。
 ウミの口から零れた静止の言葉、昨晩見つめ合い約束した指切りは、抱擁を残して彼は自分を残して逝ってしまう。
 次に窓越しに外を見た彼の目は再び戦う兵士であり愛する者を守るただの男の目に戻っていた。
 酒場の窓ガラスを破り飛び出した物陰に今度こそリヴァイ達だと待ち構えていた敵兵が一斉に打ち抜く。しかし、それは――……。

「なっ!? ……椅子!?」

 リヴァイがフェイントをかけて投げて寄越したのは酒場の椅子だった。その椅子を囮に敵をひきつけ、散弾を放つもそれは椅子を破壊して終わった。
 そのまま割れた窓から飛び出たリヴァイは一気にアンカーを射出し、立体機動装置のアンカーで敵の喉元を刺して、反撃を開始した。

「ごッ……!?」
「デュランが殺られた!?」
「こっちに来る!!!」

 デュランと呼ばれた男がリヴァイの手で殺され、すぐさま反応した兵士二人がすぐリヴァイに銃口を向ける。しかし、その距離までまだ遠い。

「まだ撃つな!! 有効射程距離まで待て!!!!」

 どうやら有効な射程距離があるらしい。アンカーで撃ち抜いた敵の物言わぬ亡骸を再び巻き取る力でこちらに引き寄せるリヴァイは、死体さえも利用して立ち向かう。
 そのまま死んだ敵の隊員の首元を掴むとそのまま兵士に向かってその遺体を盾に特攻をしかけそのまま駆け出したのだ!

「なっ!?」
「今だ!! 撃て!!!」

 敵の亡骸を盾に素早い動きで近づくリヴァイに誰も止められるものはいない。自身が、ウミが危機に追い込まれれば追い込まれるほどリヴァイはその血に宿る本能を覚醒させていた。
 刃で敵兵2人の首を駆け抜け他勢いでそのまま一閃し、リヴァイは再び屋根の上を飛び回り酒場を離脱した。せめて、ウミだけは……。もうこれ以上彼女の手を穢させたくはなかった。しかし、だからと言って彼女を守って自分が死ぬつもりは無い、しかし、

「(10人以上いるか)クソッ……」

 敵の兵数を見極めながら立体起動で逃げるリヴァイ

「逃げるぞ!!」

 敵兵に追撃を受けながらリヴァイは飛んだ。そして過去の記憶が鮮明に蘇っていく。あの時、幼いリヴァイの前から去っていったケニー。
 彼が何を思ってリヴァイを置いて去って行ってしまったのか……。それは幼いリヴァイにも分らないままそして今も分からないままだ。
 それきり彼は自分がケニーにとって不出来な人間だから見捨てられたのだ。と、そう思う様になり、失う事に対して酷く恐れを抱くようになった。そして強くなりたいと、そう思うようになった。
 この世は力が全て、強い奴が偉い、生きる事は勝つことだ、死んでいった者達は敗者。この地下街では強い奴だけがこの世で生きていけるのだと。
 それは地上に出てからも同じ、巨人の世界で今も生きている、こうして自分が生きながらえているのは紛れもなくケニーのお陰であり、この身体に流れる血と彼にリヴァイは感謝さえもした。
 だが、あまりにも小さな彼がこうして生き抜く為に汚して来たその手を誰が握り返したりする事もないままに、冷えたままのその手を握り返した温度など知らないままで居ればこんな感情を抱く事もなかったのかもしれない。
 そうすれば終わりがある事を知らずに済んだ。いつか終わる命、しかし、それならばこの喪失の悲しみはいつ消えるのだろうか。
 問いかけても答えは還らない。しかし、この悲しみもいつかは終わるのだろう。生きている限り。
 そうして共に生きていきたいと願う少女がリヴァイの心を癒したのだ。
 しかし、それは銃声と共に引き裂かれる事となる。
 憲兵100人の喉を裂いたあの男は何故か憲兵の姿でリヴァイの前に突然として現れたのだ。目の前で調査兵団に入団して得た信頼できる仲間たちの頭をぶち抜いて。
 地下街で生き延びる術を教えた男は今、リヴァイの敵として対峙したのだ。この美しく残酷な世界で誰が、何が正しいのか。それはリヴァイにもウミにも、誰にも分らない。
 だが、この時から巨人だけじゃなく、人間と戦う事を自分以外の部下にも強いる事になる。しかし、リヴァイはケニーの教えの通りにかつて暮らした男との戦いに身を投じていくのだ。教えの通りに武器を振るうだけ。それは同じ、ウミも。
 最初の出会い、彼女は自分と同じ赤に染まって、そしてすべてに絶望した眼差しで自分を見つめて震えていた。そんな彼女に出会い、そして自分の心を癒した笑顔は今も傍に居る、離れながらも不確かにその手を握りそして寄り添い合えばそれでよかった。ようやく一緒に居られる、そう思ったのに。
 現実がこの世界の理が無情にも再び彼女をこの世界に引き戻した。一緒に居たいが為に、しかし、その代償がこれなのだと、深く重く男に圧し掛かる。
 しかし、それでも自分はここで死ぬわけにはいかない。そうでなければエレンは食われ、その力は永遠に失われてしまう。
 そうなればウォール・マリア奪還作戦は打ち切られ人類はこのまま内側から破滅する。
 ならばもう一度この手を汚すしかない。それがウミとの約束を破るとしても。
 こんな手で最愛の人間を抱き締める事が許されるのだろうか、だが、もう離れることは出来ない。彼女を失う未来など、とても抱けない、そして描けない。
 エレンとヒストリアを奪還するべく霊柩馬車を追跡していたリヴァイ班達は突如としてリヴァイのかつての師である切り裂きケニー率いる対人立体機動部隊に強襲され追い込まれていた。
 エレンとヒストリアを狙う大きな力が静かにしかし確実に自分たちの息の根を止めるべく動き出している。
 その強大な力はとうとう自分達に牙を剥けたのだ。エレンとヒストリアは作戦を見抜かれ呆気なく囚われてしまった。このままでは完全に2人は失われる。リヴァイ班が必死にエレンとヒストリア乗せた馬車を追いかける。
 囚われの棺の中でエレンは終わらない夢を見ていた。かつての懐かしい記憶、狭い壁は不自由だと嘆く声、そして。



「リヴァイが……っ、何で、どうして、……!」

 自分を置き去りにあっという間に行ってしまったリヴァイの背中を追いかけるようにウミが悲痛な声で叫んでいた。そのウミの震える声には彼に裏切られた憎しみやどうしようもない怒りが含まれていた。彼に置いて行かれたこの命が叫んでいた。昨日の約束さえも掻き消えてしまいそうだ。
 やがて、理解するのはリヴァイは自分を生かす為に強制的に自らをこの戦いから切り離した事。
 自分の力ではこの強襲から生き残れないと、人を殺せないとでもリヴァイは思ったのだろうか。死ぬときは一緒だと、最期に終わるときはお互いの手で、そう願ったのに彼は自分を置いて逝くのかとウミは声なき声で叫んでいた。
 もう人は殺したくない、恐怖に震える昨夜のウミのそんな不安で壊れてしまいそうな思いを彼は見抜いていた。
 あの山小屋の中でひそやかに抱き合い合いを確かめたその時、自分が迷いを見せたせいで彼は。愛する者が人を殺さずに微笑んでいて欲しいなど、それは彼の思いであり、一方的な願望だ。
 同じ兵士を殺すのを躊躇いはした、しかし、自分は彼と居られる未来の為なら、それに同じ調査兵団の仲間であるハンジの部下たちが殺されたのだ。もう迷いなど捨て、もう一度この手を汚すことなど躊躇わないのに。

「リヴァイの馬鹿、大馬鹿だよ……」

 とっくの昔に人間なら、同じ人下をを自分は自分を守る、その為に一度殺した、この手はもう汚れている。
 まして、巨人の正体は人間だ。それならば幼い頃より例え巨人でも、人間を殺して飛び回っていた自分は大量殺人鬼と何ら変わりない。
 この手を汚して人を殺すのは、今更そんなことを躊躇ったりなんかしないのに。
 誰にも見せない優しい笑顔を無防備に見せるのは反則だ。
 彼に出会った時から既にこの心は何度も彼に奪われていると言うのに。
 最期の最期まで彼に奪われたままだ。
 ウミは呆然と去っていく背中を割れた窓から眺めると、突然の出来事に震えて泣いている店主にすぐ頭を下げた。

「あの……突然、すみませんでした…。私たちの事は見なかったことにして忘れて下さい。そして、危険ですので騒ぎが収まるまでは店を閉めてそのままで居てください」
「ひっ……!」
「大丈夫です、危害を加えるつもりはありません」

 はきはきとそう告げるとウミは裏口から急いで飛び出し周囲にもう奴らが居ないことを確認するとすぐに嵐のように去っていったリヴァイを探した。
 彼は自ら囮になり自分を置いて去っていってしまったのだ。そして、目の前で彼が起こした惨劇がこの目にはっきりとウミの視界に映る。
 ウミは酒場の裏口から飛び出し去っていったリヴァイの痕跡を辿るように彼を追いかける中で煉瓦造りの地面に点々と垂れた赤黒いそれを発見した。

「リヴァイ……私は守られるだけの存在じゃない……」

 指先で拭い確かめたそれは紛れもなく。自分の身体からも同じように流れる血だ。彼の身を案じるように。ウミは思わず口元を手で覆う。強さを誇示する傷ひとつない彼の身体、そんなリヴァイの額から流れた血、そしてリヴァイの手により彼は襲撃してきた三人をあっという間に自分の前で仕留めると急ぎ霊柩馬車を追いかけ行ってしまった。
 地面には全身蜂の巣のように穴だらけになって血を流す中央憲兵の無残な遺体を見つけた。見た事もない武器、自分達と同じ立体機動装置しかし、軽量化がされており刃の代わりに二対の大型経口の二対の銃。
 彼はこの人間を盾にして逃げたのか。自分達を追い詰めるべく戦う彼にも守る者信じる者がありそしてこの武器を手にしたのだろう。

「どうして、皆、私を置いて先に行くの……?」

 彼は私に置いて逝かれるのが恐ろしいと言うけれど、そういうあなたこそ危険からわざと私を遠ざけようとしてこの有様だ。
 ウミは今にも泣きそうになりながらも気を持ち直すと立体機動を展開して屋根の上に軽々と着地した。
 見渡せども周囲に人はいない、自分達の存在がすぐ奴らに浮き彫りになったのだろう、普通の一般人は屋根の上などは走らない、そう、奴等は自分達と同じ立体機動装置で屋根を駆けるがすぐに自分達の尾行はバレた。
 自分ならまだしも、ミカサやアルミン達、あの子たちはたとえ巨人の正体が元は人間だとしても本当の人間との戦いなど、して欲しくはない。
 この手を汚した者達が人生を先に生まれただけの自分達がこの手を汚して守るのだ。もう既にリヴァイは自身の目の前で三体の人間を殺した。
 見てしまった、彼が人を殺す瞬間を。自分を慈しむかのように触れる彼の手はもう、血に染まっている、最初からそうだった。
 彼は機械のように造作もなく人の命を奪うことが出来る人間だ、自分とは生まれた環境も育った環境も違う、凄惨な過去など持ち合わせていない、彼はナイフが無ければ生きていけなかった、こうして自分と出会い命を育む喜びも手を取り愛し合う事もきっと無いままあのくらい地下の隅でとっくに消えてしまう儚い命だった。
 二度と観たくはないその光景を目の当たりにし、ウミは溢れる涙が頬を伝うのを抑えることが出来なかった。
 去っていくリヴァイの背中はもう見えない、今聞こえる銃声は彼を狙った者達の音、そして、店の入り口では帽子で顔を隠し、大の字で横たわるリヴァイと浅からぬ因縁を持つケニーの長い脚が見えた。
 リヴァイはケニーの身体の中心目掛けて発砲してきた。しかし、ケニーはとっさに自分をそのまま囮にすればよかったのに彼はそれをせず、ましてウミを突き飛ばしそのライフルの衝撃から引き離した。
 リヴァイが発砲するのは読めていた、酒瓶に微かに映る彼がライフルを手に静かにと人差し指を口に当てて合図していたから。
 今生きているのかわからない状態の男を見つめウミは静かに沈黙した。

「(あの人と、リヴァイは……知り合いなの? どういう関係? 親子なの? でも、それならどうしてリヴァイは自分のファミリーネームを知らないの? 私もお母さんもリヴァイもミカサも同じファミリーネームなの??)」

 上空を立体機動で駆けながらウミは思わず黙り込んだ。そんな恐ろしいこと、これ以上は考えてはいけない気がした。
 それはつまり、自分達は遠からず同じ血が流れているのだと言う事だ。たまたまで同じファミリーネーム持つ人間がそう同時に集まるわけなど無い。
 確かに自分は母親に似ても似つかない、しかし、ケニーが自分を見つめるその目は確かに自分に母親を重ねているようだった。母はケニーを恩人だとはっきり言った。
 父亡き後の行き場のない自分達にもよくしてくれた、そして両足のない母親を気遣い抱き締めていた光景もちゃんと見た、
 大人になった今思うのは、2人はただの知り合いではないと言う事。自分を生み育てた母親のそんな生々しい姿など考えたくはない、まして父親以外の男との関係があったのか、信じたくはない。
 たとえ恩人でもあの長身の帽子男はモブリットとハンジを除くハンジ班のみんなを殺した。
 五年ぶりに調査兵団に戻って来た時のやり取りを思い出す、リヴァイ班に引き入れられなかったら自分はハンジ班の一員だった。
 ニファもケイジもアーベルも殺されてしまった、一番惨い死に方で、彼らを弔う暇もなく自分達は戦場に堕とされた。
 ケニーは死んでしまったのだろうか、いや、リヴァイに生きる術を教えた男なら簡単には死なない筈だ。
 しかし、そうだとすれば厄介だ。

「向こうにもリヴァイと同じ強い人間が居る……って事か、」

 今までどんな過酷な状況でもリヴァイが居るから大丈夫、それは地下街での話だった。今はもうそれが通用しない状況にまで追い詰められている。
 負けなしのリヴァイがこうして負傷したのだ、それに今は彼の安否をもう気にしている間柄ではない、母親の恩人でもある男とは完全に今敵対関係にある。
 この隙を逃さず逃げなければ。彼が作り出した道を。なぞる様に。

「いたぞ! 生き残りだ」
「っ……! 来た……」

 そうして気付けばウミは追っ手に見つかってしまい、そのまま襲撃を受けた。
 急ぎ転がるように屋根の上から滑り落ち、路地裏で降参だと両手を挙げた。彼の言う通りだった、この手を汚すことが…その勇気が今の自分にはない。震える足が彼を呼ぶ。

「待って、」
「覚悟しろ!」
「待ってください……私は……危害を加えるつもりはありません……降参します……」
「降参だと?」

 しかし、ウミの突然の降参宣言に対人制圧部隊の者達が訝し気に顔を歪め彼女を見る。絞り出すような声に彼女を追い詰めていた対人制圧部隊たちはウミを殺そうとその手を伸ばしてきた。

「(駄目だ…! 私には……やっぱり、出来ない……っ、例え巨人が元人間でも、同じ壁の中の人を殺すなんて……私には出来ないよ……リヴァイ……っ、ごめんなさい、私、それでも。あの子には誇れる母親でいたい……人殺しなんて…あの子に顔向けできない…臆病な私を……どうか、許して……)」

 仲間を殺され、憎いと、そう思う感情があるのに、それでも…手にした剣が揺らぐ。やっぱり駄目だ。自分には出来ない、自分のお腹の中であの日絶えた命、我が子を抱けなかったこの手を汚すなど、例え今自分がこの命を狩られ取ろうとしていたとしても。

To be continue…

2020.02.23
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