THE LAST BALLAD | ナノ

#41 勝負は今ここで

 突然打ち明けられたライナーの衝撃の告白はあっという間に新たに壁の中に出現した巨人の発生源、壊されていない壁。疑問を抱いていた一同の不安さえも一気に奪い去った。
 黙り込んだままのミカサとウミ。唖然として同期の思いもよらぬその告白になんと反応したらいいのか、そもそもかける言葉が見つからずにいた。
 とんでもない告白をしているのは分かるも、こちらの状況を窺えないままアルミン達はいつまでも動こうとしないエレン達に対して「早く行こうよ」と呼び掛けているも、誰も反応を示さない。
 ただ、流れるこの沈黙が痛い。
 この世界のすべての鍵を握る存在のエレンへと視線が注がれている。全てはエレンが巨人化として暴れたあのトロスト区での事件が始まりだった。
 目的は変わった。
 その巨人の奪還の任務を何としても果たさなければ…故郷は遠ざかるばかり、そして、その中でようやく掴んだ故郷への大事な手土産。
 自分達の前に姿を見せた「獣の巨人」
 ライナーの言葉に、ベルトルトは言葉を発することもどうすることも出来ずにいる。
 5年前の因縁の相手が今こうして目の前に居る事実に誰もが固まった。
 5年前のあの日。
 壁を破壊し、故郷も母もすべてを奪った根源、憎き因縁の相手、それが3年間寝食を共にしてきた自分達をその持ち前の頼もしさでいつも引っ張ってきてくれた兄貴分だったなんて。

「急な話ですまんが、今からだ。ウミもいいか? 紹介したい人がいるんだ」
「え??」

 ライナーはいったい自分達をどこへ、そして誰に紹介していたいと言うのか。ウミの名前に今度はエレンがウミとライナーの間に立ち塞がった。

「はぁ?? ウミまで連れてどこに行くんだよ??」
「そりゃ言えん……。確認したいだけで、もし違うなら違うで申し訳ないと思うが、その時はまぁウミに死んでもらう必要があるんだ。時間はかからない、まぁ、「俺達の故郷」ってやつに関してな。で、エレン、お前はどうなんだ? 一緒に着いてきてくれるか?」

 あっさり言い切るもんだから本当なのか冗談なのか、俄に信じがたいと思ってしまう、しかし、あの時ハンジが言った言葉は、ハンジの読みは当たっていたことになる。やはりアニと同郷の2人への疑惑は紛れもなく確信へと一瞬で変化したのだった。

「え?」
「悪い話じゃないだろう? ひとまず壁の破壊を目論む奴らが、この壁の人類たちの危機が去るんだからな、」
「う〜〜んどうだろうな(まいったな……昨日からとっくに頭が限界なんだが)」
「ねぇ! ライナー。ちょっと待って、話が突然すぎる!もっと詳しく説明して、とにかく場所を変えて……ね?」
「そうだ、ライナー落ち着けよ」

 ウミ達が戸惑うのも構わず置き去りにして、エレンはライナーの告白、言い放ったその言葉に昨日からの戦いで疲れ切って疲弊した体は未だに反応が出来ずにいた。何せ昨日からもうずっと走りっぱなしで頭も体もとっくに限界を迎えているのだ。巨人の力もやっとコントロール出来るようになりつつあるが、エレンの理性は巨人を憎む本能に支配され未だ本当の意味での実用には至っていないのだ。
 第57回壁外調査から休みなく行われた女型の巨人捕獲作戦で理性を失いながらも何とか勝利して、それから休む間もなく夜通し救出作戦の為に馬で走り続け、そんな中でいきなり憎むべき復讐対象の正体がずっと訓練に耐え抜いてきて、みんなの兄貴分だったライナーが実は5年前の因縁の存在でした。そんなまさか。
 さっきからより大人しいベルトルトがあの壁を破壊したというのか?見た目ばかり大きくてそれなのに臆病で非力で、ユミルに言いくるめられ、存在感も薄いいつもライナーの腰巾着になってるようなベルトルトが。
 トロスト区の壁も含めてトロスト区の壁上固定砲を整備した中で立ち会ったエレンと2度も対峙したと言うのか……。
 二人は何も口にしない。ただ、ただ、罪の意識に押しつぶされそうになりながら子供のようにその瞳はまるで縋りつくようだった。
 いや、彼らは5年前も今も、まだ帰り道のわからない迷子の子供だった、ただこの壁の人類は悪魔の末裔、そう教えられて生きてきたのだ、無理もない。あまりにもこの壁の人類について知らなかったのだ。
 ただ、12時間前にハンジたちと交わした作戦の内容と、言い聞かせられていた内容を思い出していた。

 ――「ようやくアニの身辺調査の結果が届いたんだが……104期に2名ほどアニと同じ地域の出身者がいるようなんだ。その2人は……、
 ライナー・ブラウン
 と
 ベルトルト・フーバー」

 第57回壁外調査にて誤った作戦企画書によってエレンが右翼側に居ると知らされていたグループに所属していた。女型の巨人も右翼側から現れたのだ。
 アニと同じ故郷出身でそれなのに、3人の間には会話が無かった。だが、ライナーとアニは教科書や資料の貸し借りをよくしていた。
 ベルトルトは見て明らかな程、好意を寄せているのが丸わかりなほど、いつもアニを見つめていた。
 ライナーたちが女型の巨人と交戦した時、その手に捕まれて、握りつぶされかけたのにも関わらず、無傷で辛くも窮地を脱して生き残っていた。

 ――「ライナーとベルトルトを見つけても、こちらの疑いを悟られぬように振舞え」
「お前さぁ……疲れてんだよ。なぁ? ベルトルト。こうなってもおかしくねぇくらい大変だったんだろ?」

 ライナーの言葉が冗談であってほしいと言わんばかりのエレンにベルトルトも冷汗を流しながら、エレンの言葉に同調して話題を反らそうとしている。

「……あ……あぁ、ライナーは疲れてるんだ!」
「大体なぁ、お前が人類を殺しまくった「鎧の巨人」なら何でそんな相談をオレにしなくちゃなんねぇんだ? そんなこと言われて……オレが「はい行きます」って頷くわけがねぇだろ」

 エレンの言葉に先ほどとは打って変わってライナーは驚愕の表情を浮かべていた。先ほどの自分の発言で一同は緊迫した雰囲気にどうしたらいいのか戸惑っていると言うのに、今は覚えていないとでも言わんばかりの表情を浮かべている。
 ……そして、ベルトルトもそんなライナーの突然の発言に今にも泣きそうな、困惑の表情を見せていて、ウミはどうしたらいいのか、もう言葉に出来ずにいる…、いや、それよりも早くこの髪の毛を何とかしなければ今後の活動に支障が…自分は兵士だ。巨人を抹殺して、そして、早く故郷を取り戻して、エレンが壁を塞ぐのを見届け早く、シガンシナ区に帰るのだ。
 未だ行方不明の母親を見つけなければ。ウミは現実逃避を脳内で繰り広げていた。真面目にこの会話に合わせていたら自分がマトモな思考ではいられなくなりそうだ。そのくらいに目の前のライナーの瞳はまるで違うどこかを見ているようで。精神的に不安定な彼の発言がまともじゃないのは明らかだ。だからこれは悪い冗談でライナーのただの独り言であってほしいと願っていた。

「とにかく行くぞ、」
「そうか…その通りだよな……何を…考えているんだ俺は…本当におかしくなっちまったのか?」

 とにかく今の話が単なる戯言で、妄想だと、…信じたい。
 ライナーとベルトルトを促してその場を離れ、立ち去ろうとするエレン。風が吹いて雨雲が流れていく。
 すると、強い突風が一瞬駆け抜けて、その中で壁に向かって伸びている一本煽られた風に竿ごと旗がそのままふっ飛んでいく中で不気味な静寂が周囲を包み込んでいく…、戸惑う一同に、ミカサはアニの時と同じ、3年間過ごした同期へいつでも切り込めるように。それでもエレンを守るべく。
 驚愕の事実に震える手を叱咤しつつも彼女の本能がエレンを守るべくミカサの手は剣のグリップへと伸びていた、アニの時とは違う、今度こそ正体を明かす前に。仕留める。

「そうか……。きっと……ここに長く居すぎてしまったんだな。
 バカな奴らに囲まれて3年も暮らしたせいだ。俺達はガキで……何一つ知らなかったんだよ…こんな奴らがいるなんて知らずにいれば……俺は……っ、こんな半端な……クソ野郎にならずにすんだのに…!!」

 それはライナーの心の底からの魂の叫びであった。
 ライナーの瞳から流れる涙がそれを物語り、そして……。そう、それは…嘘偽りのないライナーの本心。もっと早く行動していればよかったと、城が芽生える前に、行動してしまえばこの壁の住人たちと心を通わせてしまったばかりにまだ幼かった彼の心は耐えきれずそして彼の人格は別れてしまった。壁の人類に未来が無いと知りながら、情が芽生えてしまったのだ。
 アニのように、最初から誰ともつるまずに孤独であり続ければ、そんなアニでさえも共に過ごしてきた仲間であるマルコの死に後悔して、そして仲間達の死に謝罪し、そして後悔の涙を流していたのに。
 自分達はこの壁の世界に、人に、すっかり慣れすぎてしまった。
 壁内の人類はずっと悪魔の化身だと幼少期より洗脳される形で教え込まれてきたのに、彼らも自分達と全く同じ人間で普通に暮らしていた存在だと、かけがえのない仲間達にも出会って淡い恋心もしたりしてしまった。
 兵士として居られれば戦士としての辛い役目など故郷のことなど考えられずに居られたのに。
 罪の意識に押しつぶされ心が別れてしまった。
 戦士の俺と
 兵士の俺
 どっちが本当の自分でどっちが偽り自分なのか。
 彼らは悪魔なんかじゃない、自分達と同じ、それなのに自分達はもう彼らと絆を深めるより前にもう取り返しがつかない事をしてしまっているのだ。

「もう俺には……何が正しいことなのかわからん……!!」

 兵士として、
 戦士として、
 どちらの自分が正しいか罪の意識に押しつぶされたライナーはもうマトモな精神ではなかった。

「ライナー!」

 泣いている。ひとまず彼を宥めようとウミが駆け寄りそっとその背中に触れると、ライナーは触れてくれたそれでも優しくいつも微笑んでいたウミを一瞬見た。その優しい瞳が余計に罪悪感を抱かせた。いつも癒してくれた。
 まるで故郷に置き去りにしてきた母親のような暖かな存在だったウミが、今泣きそうに顔を歪めてこちらを見ていて…、正直その眼差しに、揺らいだ。

「ねぇ! ライナー! 嘘、だよね……嘘でしょ? 嘘っ、嘘だって言ってよっ!!」
「嘘じゃねぇ……ウミ、あの時、よくも邪魔してくれたな」
「らい、な……」
「ニコニコ愛想振りまいて誰にでも優しくて……いい姉ちゃんだなって思っていたが……本当は……本当のお前は兵士で、巨人殺しの達人だ。俺達が。敵だと、生き埋めのままの母親の仇だと知れば躊躇わずに殺せるんだろう?」
「っ…」
「ライナー!」

 ウミは無言でその場に呆然と立ち尽くした。
「あの時」ウミはあらゆる怨念を秘めた恐ろしい顔つきでウォール・マリアの開閉扉を破壊しようとした自分に追いつき妨害した。普段優しく虫も殺さぬような笑みを浮かべたウミは、いざ兵士となればウミの顔つきは普段の優しさなど微塵も感じさせない鬼になる。
 巨人の血にまみれ、そして蒸発してゆく血の中で、見せる双眼、あらゆる増悪に取り憑かれた紛れもない巨人を屠る化け物だった。
 あの時見せたウミの顔つきは、まるで羽が生えたような動きで俊敏に飛び回る彼女はとても本人だとは思えなかった。
 ウミの手を振り払うように。巨人からコニーを庇い、負傷した右腕を甲斐甲斐しく自らのスカートの裾を切り裂き吊り上げて処置してくれていたクリスタの優しさを外す。もう身に着けていても意味が無いから。

「ただ……俺がすべきことは自分のした行いや選択に対し、戦士として…最後まで責任を果たすことだ!!」

 巨人に噛まれ吊っていたライナーの腕から立ち上る蒸気はまさしく巨人化の人間が持つ回復能力、それに気が付いたモブリットがすぐにハンジにそれを促す、そして、その蒸気に包まれていた巨人に噛み砕かれかけたライナーの筋肉に覆われた逞しいその腕は蒸気と共にあっという間に元通りの皮膚になっていくではないかー…!
 ベルトルトが叫んだ。彼は本気だと。

「ライナー……!! やるんだな!? 今……! ここで!」
「あぁ!! 勝負は今!! ここで決める!! アニを連れて故郷に帰るぞ!! ベルトルト!!」

 何としても自分達の家族が帰りを待っている故郷に帰る。
 その為には失われた9つの巨人の残りの力を、マーレに持ち帰る。
 エレンが驚愕に大きな瞳をさらに見開き、そしてー…ウミの手を振り切るように、ライナーがエレンに向かって駆けだし手を伸ばした。故郷に帰る条件である知性巨人の力を持つエレンを連れて行くために。

 それと同時に突然、エレンの背後から姿を見せたのはミカサだった。

「ミカサ!?」

 一瞬のスキを突いたミカサがどんな獰猛な生き物よりも早く危機を察知し、間合いを詰めると回転した勢いでライナーの右腕の肘から先を切断した。
 ボドリ。落ちたそれはライナーの手首から先。
 そのままトリガーを引き、ミカサはグリップから刃を切り離し射出した。その射出される刃の凄まじい勢いのまま首を切断しようと頸動脈へ突き立てれば切断されていない空いた手で押さえ込もうとしたライナーの左手の薬指と小指の間を貫通したまま肘まで埋め込まれながらも止まる。
 そして今度は刃を返してまだどうすることも出来ずに佇んでいたベルトルトへと続け様にもう一つ装備していた巨人を殺すための超硬質ブレードで一瞬にして翳したベルトルトの手首をも切断する勢いで首の頸動脈を刃が滑るように駆け抜けた。

「あぁ? あああうあああああああああああああ!!」
「ウミ!! エレンを連れて早く!! 逃げて!!」

 対巨人殺しの道具は当たり前だが人間を殺すことも出来るのだ。今はかつての同期へと向けられるその刃。巨人化する前にその頸を。しかし、ミカサは一瞬、二人の今にも泣きそうな顔を見て殺すのを躊躇ってしまった。
 その躊躇いが致命傷を与えるには至らず、ベルトルトは突然の痛みに絶叫しながら太い血管を斬られて血をビュクビュクあたりに吹き散らしながら首を抑えもんどりうった。

「ああぁっ!?」

 ミカサはやった、エレンを守るためにかつての同期を、三年間苦楽を共にしてきた仲間を……トロスト区奪還作戦で生き残った、仲間。違う、もう彼らは仲間なんかじゃない。
 この世界を破壊した。
 倒れ込んだベルトルトの肩をブーツで押さえつけ、刃を返して今度こそ刺し殺そうと同期を血に染めたミカサがあらん限りの声でウミへエレンと共に逃走を促す。しかし、もう間に合わない。痛みの前に、ベルトルトが巨人化する前に息の根を止めるべく身体を貫通させようとした瞬間。

「ベルトルト!」

 致命傷を免れたライナーがそのまま掲げた刃でベルトルトを突き刺そうとしていたミカサにタックルをしてその場から突き刺そうとしていたミカサをそのままはるか下の壁の下へと突き落としたのだ。

「ミカサ……っ!」

 ミカサを救出しようとするが間に合わない、それよりも。「エレン」叫んだミカサの声に、ミカサの誰よりも大切な、今人類がウォール・マリア奪還の為に欠かせない鍵を握る存在のエレンを守るべく、突然の攻撃に驚いたエレンをライナー達から強制的に引き離すように突き飛ばしたウミが今度は屈強な体格のライナーに飛び蹴りを食らわせる番だった。そのまま首を足で挟み込みそのまま地面に押し倒して三角締めを決め拘束する。過酷な現状を生き抜くために…父親直伝の処世術で相手の力を利用してウミは本能でライナーの巨体をねじ伏せていた。

「離せ!」
「嘘つき……! 嘘つき嘘つき……嘘つき! よくも、よくも……っ!! 何で私たちが、あなた達に何をしたというの!?」

 ライナーに飛びつきながら首を極めようとするウミのその瞳からは大粒の涙が溢れていた。ライナーは初めて見せたウミの涙に呆然としていた。
 リヴァイと交わした約束。
 彼と出会ったばかりの自分はあまりにもまだ若く未熟だった。それはこの世界に比べればあまりにも小さな約束だったが、それでも、自らの意志ではなく地下街へと堕とされたウミには彼が支えで、全てだった。
 今も離れてからも律儀に健気に守り続けて、「彼の前でしか泣かない」と決め、今まで泣きたくても泣かずに必死に耐えるのは過酷な人生だった。
 唇に赤が滲むまで堪えていた涙は驚愕の事実に打ちのめされ、もう抑えることが出来なかった。
 何度も何度も、ライナーに馬乗りになりながらウミはライナーが切り付けられた個所から流れる血で自身の着ていた白いリブニットが汚れるのも構わずスラリと双方の剣を引き抜くとそのままライナーをめった刺しにする。
 ――この5年間、故郷を追われた自分達がどれだけ凄惨な目に遭ってきたか知らないだろう。
 ――王政が自分達が生き抜くために人類の活動領域が後退してそして溢れた食い扶持を減らす為に多くの犠牲者を出したウォール・マリア奪還作戦でどんな地獄を見てきたのか……。
 ――エレンとミカサとアルミンを食わせるために朝も夜もがむしゃらに働いたことを。
 ――夜な夜な巨人に襲われる悪夢に幾度晒されたか。

 もう声にならなかった。馬乗りになりライナーを刺し殺す勢いで叫ぶウミの姿にエレンは言葉を失い、ミカサもそれを悲しげに見ていた。
 ウミが苦しんでいたのを本当は知っていた。自分たちの為に今すぐにでも愛する彼の元に帰りたいと、泣いていたのを知っていた。
 今も安否がわからない母親と死んでしまった最愛の父親の面影に縋り枕を濡らしていたことも分かるから、「鎧の巨人」と「超大型巨人」の本体を前にウミが見せた本当の姿を止めることが出来なかった。
 残酷な事実を告げた、今まで黙ってそれでも自分達の話を聞いていた彼らはウミの姿を見てどんな気分でいたのだろうか。死よりも過酷な5年間の悪夢を閉じ込めて…。
 正体を露わにしたライナーの言葉があまりにも残酷で、俄に信じ難くて…それでも、でも、許せない。彼らが、まさか…ずっと血なまこになって探していた…忌みの象徴だったなんて。

 ――「ウミ、あなたは私の子供。大切な私の宝物…愛しているわ。あなたはお母さんが、守るからもう悲しまないでいいのよ、」
 ――「エレン! ミカサ! 生き延びるのよ!!」
 ――「ありがとう…ウミ、」

 死んでいった者たち、奪われた故郷、亡くしたもの。あの日敗北した雪辱、恥辱に塗れて慟哭に変えた悪夢の日。
 突き飛ばされ壁上から落ちたミカサがそのまま地面から落ちる事はなくしっかり立体機動装置を展開しアンカーを壁に突き刺し落下を免れ自分の甘さで仕留めそこなった同期を悔し気に睨みつける中でミカサにより深手を負った2人の間に電が迸る。

「エレン! ウミ! 逃げろ!!」

 馬乗りになっていたライナーから放たれる蒸気はあの時、正体を露見したアニが巨人化して多くの人間を吹き飛ばした衝撃と全く同じ。
 2人から放たれるその光は紛れもなくアニが、エレンが、ユミルが巨人化するときと同じ黄金の光。
 こちらに向かって駆け寄ってきたアルミンがもう無駄だと逃走を促し叫んだ瞬間、大きな雷が迸り落雷しやがて爆風が巻き上がる。
 黄金のような眩い光の中に包まれていくベルトルトとライナー。二人は一斉に巨人化し、その爆風によって壁上に居た一同が激しく吹き飛ばされ、間近に居たウミとエレン、そして、担架に乗せられたまま眠るユミルをも吹き飛ばしていく…。立ち上る鎧のような固い鋼鉄の皮膚、そして、筋組織が剥き出しのままの、そして激しい蒸気が何もかもをさらう。

 ――「ウミ……必ず、戻ってこい、俺の傍に……」
「(ああ…何で、もっと早く…気が付かなかったんだろう……3年前からだ、どうして私はいつも!!)」

 この甘さがいつか齎すもの。自分の幸せに浸って、彼との再会は本当にうれしかった。そしてまた彼と絆を深めることが出来た。その感情に浮かれてしまい、本当の目的すら見失っていた。
 もう、このまま風に飛ばされてしまえば…楽になるのだろうか。
 深く沈んだ記憶の淵の中、吹き飛んでいく身体に激しい熱風が吹き荒れる。踊るように乱れる髪がちぎれたように流されていく…。
 意識の中でウミは昨晩共に過ごして彼との約束を交わした幸せだった、何も知らなかった、巨人さえも、故郷を奪われる恐怖もなくただ幸せだったささやかな日々。あの当時の記憶のままでいられれば幸せだったあの頃がもう遠く、永遠の夢のように感じられた。
 伸びてきたベルトルトの本当の姿、それはあの日の恐怖をウミに呼び起こし、まるで凧のように舞い上がる身体。待ち受けていた何とも受け入れ難い現実から逃れ彼の腕の中そっと目を閉じたのだった。

「ウミ!」

 壁に吹き飛ばされしがみつきながら必死に踏んばる中でエレンは一瞬で吹き飛ばされたウミに手を伸ばしてきた。

「エレン!」

 腕を引き、初めて自分を抱き締めた存在のリヴァイとはまた違う、見かけよりも広くて細身だがたくましい腕に抱き留め、エレンはそのまま吹き飛ばされないようにしっかりと庇うように覆い被さる。
 しかし、その手はライナーいや、もう彼ではない。あの時内門を破壊した「鎧の巨人」によって遮られ、引き裂かれてしまう。
 そのまま身軽な身体は2人の巨人化により、抗うも崩れ落ち舞い上がる身体は暴力にも似た風に吹き飛ばされていく。リヴァイと交わした「生きて戻る」約束さえもが揺らいでゆく。ウミの眼前には、あの時自分たちを覗き込んでいたベルトルト。否、「超大型巨人」の本体の姿があった。

 鎧の巨人が伸ばした手はそのままエレンをさらおうとウミを引き寄せたエレンごと掴んでそのままエレンを引きずってさらなる壁の方へと誘う。

 ――「俺は……帰れなくなった故郷に帰る。俺の中にあるのはこれだけだ……」
 ――「僕は……安全な内地に勤務できる憲兵団狙いで兵士を選んだ。君は…何で兵士に?」
 ――「俺は……殺さなきゃならねぇと思った。この手で巨人共を皆殺しにしなきゃならねぇって。そう、思ったんだ」
 ――「巨人と遭遇した後もその考えは変わらなかったって事か……。お前ならやれるはずだ。エレン・イェーガーだったっけ?
「ウミ、お前もいつか故郷に帰れると良いな、応援するぜ」

「ベルトルト……ライナー」

 エレンの脳裏には出会ったばかりの2人と交わしたやり取りが浮かんでいた。
 そして――……。

「このッ……裏切りもんがああああああ!!!!!!!!!!」

 エレンの大きな瞳から次々と浮かんでは流れ溢れる涙の粒が落ちていく。そして、エレンを掴み壁を滑り降りる鎧の巨人(ライナー)の手の中で巨人化したエレンが怒りを露わに巨人化すると、そのまま巨人は体積のわりに軽い体重だが、その腕力でそのまま鎧の顔面へ拳を振り下ろせばそのまま壁に叩きつけるように鎧の巨人をエレン巨人が殴り飛ばし、そのまま2つの巨人は壁の下に大きな音を立てて落下したのだった。

「エレン!!」

 落下したエレンに視線を落とすミカサはそのまま壁上にいる超大型巨人を忌々し気に見上げ先ほどの自分を悔いた。

「(あの時……二人の首を…刎ね落としていれば……最大のチャンスを……。私ならできたはず。……なぜ)」

 無理もない、3年間寝食を共にした苦楽を共にした仲間が故郷を破壊した因縁の相手だった事、いきなり殺すなんて無理だ。怯えたような2人の顔を思い返しミカサは悔し気に歯を食いしばっていた。

「……ッ(次は無い……! 次はもう……無い!!)」

 この能力をエレンに守ることに、すべてを使え、リヴァイに託されたのに、自分は応えることが出来なかった。もしここにリヴァイが居れば…きっと迷わず躊躇わずにその首を跳ね飛ばしただろう。しかし、リヴァイは彼らと絆はない。躊躇わずに殺せて当たり前。自分は…自分は優先すべき命に限りがあると言うのに躊躇ってしまった。やつらは内側に潜んで破壊をもくろんでいたのに。
 超大型巨人となったベルトルトはろっ骨を壁上に固定した何とも中途半端で奇妙な状態で巨人化し、その姿を保っている。そのまま呆然とするアルミン達が居る壁の上にいる兵士達に向かって勢いよくその腕を振り上げた!

「全員!! 壁から跳べ!!」

 ハンジの声と同時に壁上のすべてをその蒸気を放ち続けるその腕で薙ぎ払う超大型巨人
 、立体機動装置を装備していないクリスタ達を抱えながら一斉にハンジ班のメンバーが飛んだ。

「ユミルが捕まった……!」
「な!? もう一人捕まったぞ!!」

 ニファの腕の中叫ぶクリスタの視線の先、そしてケイジの声にハンジが目をやればそこに居たのは…。ベルトルトの手の中に捕まえられたユミルとウミの姿だった。

「嘘でしょ……何で!?」

 そのまま超大型巨人はユミルと捕まえたウミをそのままその超高温の蒸気がたちこめる咥内へと放り込んでしまったのだ!!

「食った!?」
「そ、そんな」
「ベルトルト」

 変わり果てた同期の本当の姿に、ヒストリアが、蒼ざめた表情で見上げるアルミン達、ウミまでもがベルトルトの口の中に飲み込まれてしまう。ハンジはウミが食われた瞬間、しかし、知性巨人は人間を捕食しない。エレンをさらったアニもエレンを傷つけないように保護する目的で口の中に放り込んだのだ。ならば、今は早く二人の救出と共に、すべての諸悪の根源を。

「総員、戦闘用意!! 超大型巨人を仕留めよ!!」

 立体機動装置を展開、ハンジは素早く行動を開始し、呆然とする全員を奮い立たせるべく声を発した。

「人類の仇、そのものだ!! 一斉に掛かれ!!」

 分隊長として、感情を押し殺してハンジは今は自分が判断すべきだと、部下たちへ的確に指示を下して激戦へと動き出した。
 巨人化したエレンはかつて対人格闘技でアニに教わった技術を行使しながら鎧の巨人との肉弾戦へともつれ込み、そして高温の蒸気を発し続けて立体機動装置を完全に封じた超大型巨人に囚われたユミルとウミを取り戻す為に奮戦する中でついにエレンが裏切り者を引きずり出そうとしたその瞬間だった。

「上だぁ!! 避けろおおおお!!!!」

 ハンジの読み通り蒸気を放ち続け次第に消耗していくベルトルトが出て来る瞬間を待ち構えていた中で、突如エレンに首を絞められたまま今にも本体を引きずり出されそうになっていたライナーが突如としてズリズリとエレンに締め付けられた状態でゆっくりと移動しながら超大型巨人の真下に辿り着くと、断末魔の叫びにも似た鎧の巨人の咆哮が炸裂した。
 それは巨人を呼ぶ女型の巨人の叫びにも、自身の従えた巨人を操る獣の巨人の性質と全く似ていた、しかし、それは同期を呼ぶ声。
 察知した超大型巨人がろっ骨を壁上に打ち付け蒸気を放っていた状態からそのまま身体を傾けると取っ組み合うライナーとエレン目掛けて落下していくのを最後に地面に激突した瞬間、熱気が一瞬で蒸発させたかのように爆発し、そしてその膨大な爆発は戦いを見守っていた全員を凶暴な熱と風圧と共に巻き込んで、その勢いは壁上に居たメンバー達も巻き込んだ。
 真下でエレンVS鎧の巨人の支援をしていたアルミン達も思いきり吹き飛ばされ気を失う間際、アルミンは見た。鎧の巨人に敗北するエレンの姿を。
 そして、その爆発に耐えきれたのは鋼鉄のような鎧をまとった鎧の巨人だけだった。やがえてその白煙の中から姿を見せた鎧の巨人の手にはエレンとウミと超大型巨人からいつのまにか立体機動装置を装着したベルトルトの本体の姿に戻った彼の腕の中に抱きかかえられたユミルの姿があった。
 ウミから立体機動装置を奪ったベルトルトはそのまま大切な幼なじみの2人を連れてそのまま去って行ってしまった事に気付いた時にはもうすべてが終わった後だった。

To be continue…

2019.10.21
2021.02.03加筆修正
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