THE LAST BALLAD | ナノ

#38 切なさよりも遠くへ

 ――今より2時間前。
 ウォール・ローゼの外れにある廃墟と化したウトガルド城。束の間の安息だと迫る脅威が静かに忍び寄る中、明るい月の光の中導かれた古城でしばしの安息をとる南班と西班のメンバーの姿。
 巨人といつ鉢合わせするかわからない以上下手に動くのは危険だと判断し、日中朝から休みなく走り回って疲弊した身体をミケ班の精鋭で見張りを交代で行いながら夜明け前まで仮眠を取ることにした。

「最近まで誰かが居たみたいだな……焚火の跡がある」
「ならず者が根城にしてたんだよ」
「ウォール・マリアの壁の近くだって言うのに……看板にはウトガルド城跡って書いてあった。こんな所に古城があるなんて……知らなかったよ」

 皆で焚火を囲んで暖を取る中でゲルガーが酒を見つけたらしく嬉しそうに酒瓶を手に倉庫から姿を見せた。

「オイ……見ろよ、こんなもんまであったぞ……」
「ゲルガーそれは酒かい?」
「ああ。ん……何て書いてんだ?」

 酒瓶を手に倉庫から姿を見せたゲルガーは任務中だと言うのにその酒の誘惑に乗せられそうになっている。しかし、その瓶のラベルは見たこともない文字で何と書いてあるのかわからない。
 かろうじてその瓶の色や形が酒なのだと言う事だけは認識できる。ここにクライスが居れば間違いなく二人でこっそり任務中なのも忘れて飲んでいただろう。しかし、未だにクライスとミケが戻ってくる気配はないその理由を誰も知らない。そしてその原因が、この城を根城にしていた主がいる事を。嬉しそうなゲルガーにリーネがすかさず指摘する。

「まさか……今飲むつもり!?」
「バカ言え、こんな時に」
「しかし、盗品のおかげで体を休めることができるのはな」
「これじゃあどっちが盗賊かわかんないけどね」

 先輩方の会話を横耳に挟みつつ焚火で暖をとるクリスタ、ユミル、ライナー、ベルトルト、コニーの104期生。装備も無い状態で情報拡散にあちこち走り回されへとへとに疲弊しておりその顔色はあまり良くない。そう言えばサシャの村のある北班は大丈夫だったのだろうか。

「お前達新兵はしっかり休んでおけよ…この時間ではもう動ける巨人はいないと思うが、我々が交代で見張りをする。出発は日の出の4時間前からだ」
「あの……もし……本当に壁が壊されていないとするなら巨人は…どこから侵入してきているのでしょうか……?」
「それを突き止めるのは、明日の仕事だ」

 膝を抱いたクリスタが不安そうに大きな青い瞳を輝かせながら問いかけると、見張り役になったゲルガーは、今は安めと促し、一人階段を登り塔の方に向かう。全員思うことはあれから一度も巨人を見ておらず、その後も巨人の姿が見当たらないことだった。クリスタの隣にいたユミルがコニーに故郷の村の様子を尋ねた。

「もしかしたら、当初想定したほどの事にはなってないんじゃないでしょうか……? 何というかその……」
「ああ、確かに巨人が少ないようだ、壁が本当に壊されにしちゃあな」
「私たちが巨人を見たのは最初に発見した時だけだ」
「コニー……、お前の村は?」
「壊滅した。巨人に…踏み潰された後だった……」
「……そうか……そりゃあ、「でも誰も食われてない。皆うまく逃げたみたいで。それだけは…良かったんだけど」
「村は壊滅したんだろ?」
「家とかが壊されたけど、村の人に被害はなかったんだもし食われてたら……その……血とか跡が残るもんだろ? それが無いってことは……つまりそういうことだろ。ただ……ずっと気になってるのが……俺の家にいた巨人だ。自力じゃ動けねぇ体で、なぜか俺の家で寝てやがった。そんで、そいつが何だか俺の母ちゃんに似てたんだ……。ありゃあ一体「コニー……まだ言ってんのか、お前はーー「バッカじゃねぇー!? ダハハハハハ!!!!! お前の母ちゃん巨人だったのかよ!? じゃあ、何でお前はチビなんだよ!? オイ!? えぇ? コニー!? お前バカだって知ってたけど……こりゃあ逆に天才なんじゃねぇか!? なぁ!? ダッハハハハハハ」
「あぁ……もう、うるせぇな…なんだかバカらしくなってきた」
「つまりその説が正しけりゃあ、お前の父ちゃんも巨人なんじゃねぇのか? じゃねぇと……ほら? アレ、デキねぇだろ?」
「うるっせぇぇぇ!! クソ女、もう寝ろ!!」

 未だにその話を持ち出すコニーに対してライナーが咎めようと遮る言葉は突然ゲラゲラと笑いだしたユミルの大きな笑い声に掻き消された。コニーの真剣な話を茶化すような笑い声にコニーは怒りを露わにしてその話を中断した。
 焚火のくべられた薪がパキンと音がして砕ける。屋上で見張りをしているリーネとヘニング。そして皆日中の溜まった疲れを癒すべく仮眠を取る中でライナーはまだ起きていた。ユミルの姿が無いことに気が付いたライナーは人目を気にしながら暗い倉庫の中でろうそくの頼りない灯りの中、木箱の中身の漁るユミルの後ろ姿を見つけた。

 ▼

「ユミル、何してるんだ?」
「何だよライナー……夜這いか? 驚いたな……女の方に興味があるようには見えなかったんだが」
「あぁ……お前も男の方に興味があるようには見えんな」
「ハッ、私はこうやって腹の足しになりそうなもんを漁ってんのさ。多分これが最後の晩餐になるぜ」
「……コニーの村の件だが……さっき、わざとはぐらかしたよな? 出来ればその調子で続けてほしい……あいつが家族のことで余計な心配をしねぇように……」

 それは純粋にコニーがこれ以上辛い現実を知り傷つかないように配慮する為か、それともコニーが抱いたあの巨人が母親によく似ているという疑惑を忘れたままでいてほしいという思いから来たものだからなのか。ライナーの言葉にユミルははぐらかしたように首を傾げた。

「何の話だ? お、こりゃいけそうだ。ニシンは好みじゃないが」
「他にもあるか? 見せてくれ」

 木箱の中をガサゴソと漁りながらユミルが見つけたのは「ニシンの缶詰」だった。この壁内の文字ではない見た事のない食べ物がたくさん詰まっている…。その缶詰を見てしばらくそれと見つめ何かを考え込むユミル。そしてライナーにその缶詰をそっと手渡した。

「ほらよ、」
「こりゃ缶詰か……!? ……何だ、この文字は? 俺には読めない「にしん」……って書いてあるのか……? お前……よく……この文字が読めたな……ユミル、お前」

 ユミルは一瞬にして恐ろしい顔つきへ変化した。そもそもこの壁の世界にはアルミンの言う「海」が存在しない。だから、そもそもこの世界では魚は食べられない……。そして、この壁の世界、野戦食糧はあっても「缶詰」と言うものは存在しない。
 しかし、それなのにライナーは缶詰という存在を知っている。そして、ユミルはライナーが読めないと言ったその缶詰の文字を読み取り缶詰の中身が海でとれる魚の種類であるニシンだと言った。
 静かに閉じたドアはこのやり取りを聞かれないがためか。
 つまりお互いは壁外を知っていることがそのやり取りの中で知ってしまった。
 ユミルは青ざめた険しい顔つきのまま、先ほどコニーを馬鹿にして笑っていた人間とは同一人物には思えないような恐ろしい表情でライナーを見つめている。
 ライナーは遠回しにユミル、お前は壁外から来た人間なのか?とでも言いたげだ。しかし、お互いその腹の内は、真相はつかめない。ただ、ライナーのその言葉にユミルの顔面は蒼白しており、その事実を知られた事がまずいのだと言うことがわかった。その気まずい空気は慌てたリーネの声により遮られた。

「全員起きろ!! 屋上に来てくれ!! すぐにだ!!」

 その言葉に仮眠を取り休んでいたミケ班のメンバーが、そしてライナーとユミルもバッと立ち上がりそびえたつ城の屋上へと急いだ。

「月明りが出てきて……気付いたら…!」
「何でだよ!? 何でまだ動いてんだ!? 日没からかなり時間が経ってるのに!?」
「どうなって……いるの……」
「オイ……! あれを見ろ!! でけぇ……何だ……あいつは」

 いつの間にか、ウトガルド城の周りは月夜だと言うのに活発に動き回る大小さまざまな巨人たちによって取り囲まれていた。コニーが指し示すその先では、獣のような体毛に覆われたそれは大きな巨人がこちらには目もくれずに優雅に月夜の光を浴び闊歩して歩いていた。

「巨人……? て言うか……何かありゃあ獣じゃねぇか! なぁ?」

 コニーがライナーとベルトルトに向き直るとふたりはまるでその巨人に対して無言で畏怖の表情を浮かべている。畏れ多くもと、なぜこんなところにあなたが……とでもと言わんばかりの驚愕の表情を浮かべている。
 その獣の体毛に覆われた「獣の巨人」巨人を引き連れて、そして操りここまで一緒に連れて来たように。
 月光を受けて輝く毛並みは王者の風格さえ感じられた。ライナーとベルトルトはその巨人を見て圧倒されたかのように無言で唖然としている。

「あ……あいつ……壁の方に……」

 獣の巨人は他の巨人と違い、城跡にいる捕食対象の自分達には興味を示さず、そのままウォール・マリアの壁の方に向かって歩いて行ってしまう。
 その時、ミケとクライスを捕食し終えた巨人たちが塔に体当たりをはじめ、激しく塔は大きく揺れた。
 ゲルガーが怒りに静止の生死の言葉を投げかけるが、もう退路も塞がれ逃げることも出来ない。
 そして、それよりも小さい巨人達は塔の扉から侵入しようとしており、夜は活動する時間帯じゃないはずの巨人たちが通常通りに行動しているのを見てゲルガーはつかの間の休息の終焉に剣を引き抜き怒りを露わにした。

「何……入って来てんだよ……!? ふざけんじゃ……ねぇ……ふざけんじゃねぇぞ!! 酒も飲めねぇじゃねぇか俺は!! てめぇらのためによぉ!!」

 怒りに口調を荒げて両方の鞘から剣を取り出したゲルガーに続くようにミケ班の残された4人は塔の淵に立った。

「新兵、下がっているんだよ。ここからはーー……立体起動装置の出番だ、」

 不安そうに顔を歪ませた104期生達を守るように月の光を受けて輝く鈍色の剣を取り出したナナバが美しい横顔に映える彼女のスリムな体躯に見合う勇ましくも優美なる姿で構え、一同に合図と共に果敢に挑んで行く。
 一斉に塔に群がる巨人共を殲滅してこの窮地から脱するための戦いが月明かりの輝く空の下、火蓋を切って落とされることとなった。

「行くぞ!!」

 その光景を横目に、器用に両手足を使い悠々と壁を掴み登っていく獣の巨人の姿がそこにはあった。スルスル登り、壁の上へ到達するとウトガルド城の方を見やり、月夜に優美に佇み、ウトガルド城に潜伏していた現・獣の巨人の本体は巨人に立ち向かうミケ班の残された精鋭たちが果敢に向かっていくその光景を振り向きざまに見ていたのだった。

 ▼

「オイ、何処に行く、勝手に歩き回るんじゃねぇよ」

 ウミへと伸ばしたリヴァイの手は地面に叩きつけられるように振り払われ、華奢な腕を掴もうとした手はするりと掴めずにすり抜けていく。頑なにリヴァイの弁解も聞かずにもやもやとした気持ちを抱いたまま小走りで駆けるが暗闇の中足場の悪い道に足を取られてそのままよろめいてしまう。
 その瞬間を男が見逃すはずも無く。リヴァイの伸ばした逞しい腕がグイッと華奢な腕を掴んで引き寄せ振り向かせれば、今にも泣きそうな顔で振り向いたウミの潤んだ瞳がリヴァイの視界に飛び込んできた。

「見ないで……!」

 そして、その潤んだ瞳からはらはらと涙を流す姿にようやく気が付いたのだった。
 ウミの泣き顔が激しくこの胸を締め付ける。自分にとってレイラとは本当に知り合い同士。
 そして、壁が破壊されたと知れば不安がるのは当たり前だし、知り合いなら心配くらいする。
 先ほどのは、単なる世間話だったのだが。
 その何気ないやりとりがウミにどれだけ不安な思いを抱かせ、そして傷つけさせてしまったのか。
 まして、再び訪れた悪夢の再来に、逃げ惑う避難民の姿にかつてのウォール・マリア陥落の恐怖を思い出していた彼女の不安、恐怖、トラウマ、それをヒシヒシと感じ取り、昨晩抱き締めて確かに腕の中に存在して居たはずのウミが不安がっていることを自分は気付いてやれなかった。
 そのことに対しても自分自身のどうにもならない怒りが沸き上がる。

「ああ。なんだよてめぇ……痛ぇじゃねぇか。まだ痛てぇのにさんざん歩かせやがって。これ以上悪化したらどう責任とってくれんだ?」

 それでも悲しみとリヴァイへの疑惑に唇をつぐみ、黙り込んでまた顔を反らそうとするウミにそんなに気の長くはない男はイラついたようにダンッ!!と大きな音を立ててウミを建物の壁に突き飛ばして押し付けると背中をぶつけて苦しそうに歪めたウミの顔のすぐ真横の壁にガンッ!!と勢いよく拳を叩き付けたのだ。勢い余ってひび割れた壁にめり込む拳から流れる血にひゅっと息を呑んだウミはようやく彼と壁の間に挟まれ動かなくなった。

「オイオイ、だんまりか? ゆっくり…俺の目を見ろ、さもねぇとこの場で犯すぞ」
「は、なっ……!」
「やっと見たな、そうだお前の顔をもっとゆっくり俺に見せろ」

 逃れようにも両手首をギリリと力強く掴まれて身動きが取れない。リヴァイの目は完全に据わっており、彼との付き合いの中でその言葉が決して脅しではないのだとその目が訴えていた。
 ウミが恐怖に硬直したのと同時に掴まれた腕が離れると、ウミの首筋にリヴァイの手が触れ、そのまま体をなぞる感覚に5年前のまだ青かった彼とはもう今は違うのだと感じた。
 5年間の離れている間にお互い精神的にも落ち着いた彼のひしひしと伝わる激情、自分と違い戦い続けてきた彼の並々ならぬ気迫にウミはひゅっと息を呑み黙り込んだ。

「ああ、やっと俺の目を見たな。それでいい、もう手間かけさせるんじゃねぇよ。まだ、分からねぇのか……? この石頭。言っただろ、もうお前しか、見えてねぇって。……イザベル、ファーラン…俺達のガキが死んで、お前が俺の前から姿を消してもお前を忘れたことはねぇよ、あいつは本当にただお前に似ていた、それだけだ。壁外調査に貴族への資金繰り報告書に会議に忙しくて気休めに他の女で紛らわす気力もなかった。もう昔みたいにお前の代わりに女を抱くマネはしねぇと誓ったからな…」
「でも、資金繰りの夜会は……? リヴァイと過ごしたい女性ならいっぱい居たんでしょう?」
「ああ? なぜか、俺はカマ掘る方が好きだとか有名だとか、社交界で余計な噂をとある変体マヌケ野郎が余計な噂を流したせいでそう言った趣味を持つ悪趣味な変態にばかり好かれるようになっちまった」
「えっ!?」
「そもそも俺は野郎と寝る趣味はねぇ。お前がいるのに女と寝る趣味もな、」

 リヴァイは少し躊躇いがちに、嗜好の貴族に付け回されたと迷惑そうにそう答えた。ウミはそこまで言わせたことに、対して申し訳なさを抱いた。なぜ、自分は彼の事をもっと信じてやれなかったのか、彼の口から放たれた言葉が嘘ではないのだと、その繊細な瞳がそう訴えていたのに。
 ウミは目の前の現実に迫る恐怖で竦んでいた中で我に返qり彼を疑心暗鬼の塊になり拒絶してしまっていた今までの行いを恥じ、そして、リヴァイの腕の中で涙を流した。

「最初に言ったよな? 口でなら何とでも言えるが……俺はあいにくまっとうな教育を受けてねぇ、女の扱いも、上手い言葉も……ロクに教わらねぇままお前と出会うまではロクな感情も抱かなかった。女はよく知らねぇ……。それでもお前は俺が好きなんだろ、こんな俺の事を」
「っ……そうよ……!! 私、あなただけ、あなたの事が今も好き、好きだよ……だから、不安になってしまったの、」
「それでも俺を信じられねぇのなら、お前が俺を信じられるまで、」

 不器用な二人は言葉ではうまくお互いの感情を伝える事が出来ない。出会いから今まで2人はただ愛し合いもどかしい距離を埋めてきたのだ。逃がさないように縫い付けていた手を離して、グイッとリヴァイの手がウミの後頭部を掴むとそのまま端麗なリヴァイの顔が近づいてきた。
 そのままウミを引き寄せ、そっと唇が触れて、また重なった。戸惑う唇を軽く食み、咥内へと舌を滑り込ませる。お互いがお互いを見つめ合い、今度はウミから応えるように背伸びをするとそのまま彼の薄い口唇へとウミから噛み付く様に唇をぶつけてきたのだ。

 想像すらしなかった。ウミ自らが唇を求めてくるなんて……。
 ガチッと突然重なる唇よりも先にぶつかったのは歯と歯だった。リヴァイは鈍い痛みに男らしい顔を歪め、間近で見る、深い隈の刻まれた鋭い双眼と長い睫毛をそっと伏せた。
 さぁ……と、柔らかな夜風が体温を奪う様にウミの思考も冷やしていく。
 さらりとしたウミの後頭部を掴み、自身の刈り上げたさらさらの黒髪を掴まれ、お互いの唇が潰れるように重なった。
 自分が重ねた唇。しかし、リヴァイに簡単に反転させられて。壁に押し付けられながらも唇は重なったまま。角度が変えられて、咥内をお互いの吐息が、熱い舌が絡まって。思わず感嘆のため息が漏れてしまう。

「っ、う……ん、」

 目を閉じ。ねっとりと深い場所で口付けを交わして。リヴァイのグレイの瞳は怒りと目の前のウミへの情欲に燃えるようだった。また離れ離れになる。こんな状況でお互いの溝を深めたまま離れていくのか。離れていく距離が恐ろしくて、彼を、彼女を、失いそうでたまらなくて、

「っ……、んっ」
「お前は……俺を、また1人にするのか、」
「(違う、)」
「ウミ、俺を信じられねぇのか」
「っ、んん……(違う、息が、出来ない)」

 否定の言葉さえも言わせないように。リヴァイは呼吸すら奪うようなキスをウミが落ち着くまで贈り続けた。抱き合い見つめあいながら、何度も何度も、拙い言葉しか持たない自分はただ行動でしかどれだけ自分が彼女を愛しているのかを伝えるしか手段を持たない。そうすることでしかウミを繋ぎ止めることしか出来ないのだ。

「ん、んっ、……つっ、」

 お互いの唇が何度も何度も重なり、はらはらと涙を流しながらリヴァイからのキスを受け止めるウミが涙で浮いた熱の中に彼から送られる息を漏らして後頭部を掴んで。しかし、どんなに激しく壊れそうなほど抱き合っても見つめ合い唇は触れ合うのに境界線は消えない。
 まるでこの世界のように酷く寒いのは何故だろう。

「ウミ、この先、例え俺の命がいつか果てるまで……俺がこうしたいと思うのはお前だけだ……とっくにお前しか見えてねぇと言っただろ」
「うん、うん……」
「なら、いちいち揺らいでんじゃねぇよ…馬鹿野郎が、お前はいつからそんなに腑抜けになっちまったんだ」

 彼の馬鹿野郎は色んな意味を持っていて。低い声が耳元で囁く。それは甘い声で、優しく何度も何度もウミの頑なだった心を溶かしていく。
 しかし、抱き合いながらも時間は待ってくれない。もう行かなければならない、お互いのそれぞれの為すべきことを為す為に。
 もうあの日には帰れない、だからこそ今を見つめ合って。調査兵団で一番怒らせてはいけないハンジに怒られるのを覚悟で2人は無言で唇を重ね、リヴァイの腕の中で確かめていた。

 ーー「(私だけが、彼をこんな風に愛せるの、私だけ、他の人じゃ……嫌。自分勝手なのはわかっている、だけど、どうしても)」
 彼のこんなにも泣きたくなるほどに愛おしげに自分を見つめる眼差しを独占できるのは自分だけなのだと。抱き合い、見つめ合い、泣きそうになり時に愛が見えなくて不安になったとしても迷うことはない、誓いの指輪に込めた永遠の思い。ここには2人だけの愛しか存在しないのだから。

 ▼

「ここの塔からなら壁が見渡せそうだ 南西の壁近くにある古城……ウトガルド城を目指そう」
「了解!」
「クライスとミケさんが居るからきっと大丈夫だよ」
「そうだといいね。とにかく急ぐよ、ウミ。頼む、」
「任せて、もう迷わないから……」

 激しく肌を重ねた後、また元の何食わぬ顔で兵士に戻る自分は一体どっちが本当の自分、なのだろうか。
 リヴァイと別れたウミは馬に跨りハンジ率いる調査兵団・主力部隊であるハンジ班とエレン、ミカサ、アルミン達。月夜の光の中で松明の灯りを頼りに小規模の陣形を組んで南へ向け森を駆け抜けていた。
 壁の破壊箇所を特定・周囲を一望するため、ウトガルド城を目指し小規模の索敵陣形を展開し突き進むウミは剣を抜き周囲へ眼を光らせながらいつでも闇夜に紛れて巨人が飛び出してきた瞬間そのうなじを削げるようにと神経をとがらせている。
 切なさよりも遠く、限りなく朝に近い夜、平野を駆け抜ける。迫る戦いの火蓋。現実の前に隔たれた二人の間に横たわる五年間の空白はあまりにも長かった。
 ウミはもう考えることを止めて戦いに身を投じることにした。自分にはもうこれ(調査兵団)しかないのだと。
 手綱を握り締めタヴァサではない馬を走らせる。見据えるその先に待ち受けるさらに過酷さを増す人間と巨人との戦い。
 しかし、その戦いはやがて熾烈な壁内と壁外の人間同士の戦いへと移ろいゆくことを誰も知らない。
 再び戦場へ導かれるように。嫌な胸騒ぎしかしないのは何故なのか。生還してリヴァイにもう一度抱き締めてほしいと望むのに、しかし、安らげる事はなく、血が騒いでたまらない。早くこの任務を終わらせたい、彼の元へ行きたいと願うのに、現実がそれを許してくれずにむしろどんどんリヴァイの手が届かぬ遠い場所へ引きずられて行くような気持ちになるのは。

 ▼

「ダメだ……二人とも即死だ」
「リーネ、ヘニング……」
「そんな……」

 急いで救援に向かうも、ウトガルド城までは馬を走らせても数時間はかかる。巨人に取り囲まれたウトガルド城。地形を生かして立体機動装置に有利な状況の中順調に巨人たちを討伐していたナナバ達だったがそれは突然の出来後だった。

「あいつだ! 一体だけ壁の方に歩いて行った。あの獣の巨人の仕業に……うぉっ!! 巨人多数接近!! さっきの倍以上の数だ!」
「何だと!?」
「巨人が作戦行動でもとってるみたいなタイミングだね……まるで、最初から遊ばれてるような気分だ」

 獣の巨人の投石を受けて即死状態のヘニングとリーネ、そして粗方討伐を終えたはずの巨人たちが獣の巨人の咆哮に導かれるように……また再びその醜悪な姿を現したのだ。次々とナナバ達に襲い掛かる巨人達。
 獣の巨人はひとしきり吠えた後、満足したようにそのまま壁を乗り越え、マリアの壁の向こうへと静かに消えていった。

「絶対に俺達の故郷に帰る」
 そう、ベルトルトと共に誓った。
 ライナーの強い意志が彼に戦士としての力を与え、立体機動装置も装着しないまま塔内に侵入してきた巨人たちを追い払うべく奮戦していた。コニーを庇いライナーが腕を負傷したりしながらも獣の巨人が連れてきた多くの巨人たちとの激しい戦いは月夜の戦いは消耗戦となっていた。
 巨人を駆逐するには欠かせない。残されたのはナナバとゲルガーのたった二人。多勢に無勢で、今まで経験したことのない数の次々と群がる巨人らを数えきれない程倒していくナナバとゲルガーだったが明らかに勝ち目のない戦いだとはわかっていた。

「もう塔が保たねぇな」
「私はガスが残りわずかだ……そっちは?」
「ガスもねぇし刃も使い切った。お前もそのなまくらが最後なんだろ?」
「……あぁ、」
「……俺達4人で何体殺ったんだろうな」
「さあ……数える余裕なんか無いからね」
「俺にしちゃあ、よくやった方だと思ってる……クライスの討伐数超えたかもな。ただ……最後に……何でもいいから酒が飲みてぇな」
「ゲルガー」

 クライスもミケも戻ってくる気配が無い。果てして2人は、そして、ナナバが振り向くとそこには頭から血を流すゲルガーの姿があった。

「すまねぇ……ナナバ。頭打っちまって……もう……力……はいんねぇ……」
「ゲルガー!!!!」

 壁のアンカーが外れ、そのまま重力に従いゲルガーは塔から落ちていく。その足を待ち構えていた巨人が捕らえ、今にもその口に放り込もうとしている姿に残りわずかのガスを蒸かしてナナバが飛ぶ。
 ゲルガーを捕食しようとしていた巨人のうなじに向かって巨人のうなじを叩きつけるようにぶつけたその拍子に最後の刃が砕け飛んでしまった。うなじを削がれ、そのまま倒れゆく巨人の手からそのまま零れ落ちるようにゲルガーは塔の中へと落ちていく。

「ゲルガー!! クソ……もうまったく無いのか……」

 ゲルガーを追いかけるが、もうガスが完全になくなり空虚な音が聞こえるだけ。感じた気配にナナバが振り向けば、そこには6体の巨人がナナバを囲んでいたのだった。とうとうナナバの立体機動装置もガス欠になり。そしてーー……。

 ナナバに救われ塔の中に落ちたゲルガーは落ちていた酒瓶を見つけ、涙ながらに最期となる酒を口へと運ぶ。

「神……様……」

 神が最後にもたらしたその最後の酒。これが最後だと覚悟してコルクを外し口を開けて瓶から飲もうとするが、それは先ほど巨人からコニーを庇い差し出した腕を骨折したライナーの腕の消毒にクリスタが使ってしまっていた酒瓶だった。数滴の雫が口元を微かに潤すだけの量にゲルガーはただ絶望し涙を流して叫んだ。

「……あぁ……ひでぇよ……あんまりじゃねぇか……誰だよ!! これ全部飲みやがった奴は!?」

 そして党の隙間からのぞき込んでいた巨人にゲルガーは捕えられ、そのまま再び外へと連れ去られ、最後の叫びは巨人に捕まれ引きずり出されそのまま空虚に空いた穴の部分に頭をぶつけてやがて気を失った。

「やられた……」
「ッ!!!」
「よせクリスタ。もう塔が崩れそうなんだ、落ちちまうぞ」
「で……でも……!! 私達の身代わりに……ナナバさんが……ゲルガーさんが……!!!」

 装備もなく、戦う術も奪われたクリスタ達104期生は巨人に囲まれ、四肢を無残にも食べられる二人の姿を所をただ見つめるしかなかった。ナナバの断末魔の叫びに誰もが言葉を無くしている。クリスタは瓦礫の破片を拾って寄与人に投げつけるもそんな打撃ではどうすることも出来ない…。親切にしてくれたナナバが…クリスタは無力な自分を呪うことしか出来ず、コニーは青い顔で悔し気に拳を壁に叩きつけていた。

「あぁ……クソが……!! なぁ……このままここで……塔が崩されて、ただ食われるのを待つしかねぇのか……? もう……何か!! やることはねぇのかよ!!! クソッ!! クソッ!! クソッ!!」

 ガン、ガン、と何度も拳を叩き付けるコニー。このまま自分達はあの巨人たちの腹の中に収められるのだろうか。

「こんな任務も中途半端なまんま……全滅なんて……!」
「私も……戦いたい。何か……武器があればいいのに……そしたら一緒に戦って死ねるのに……!!」
「クリスタ……お前まだそんなこと言ってんのかよ?」
「え……?」
「彼らの死を利用するな。あの上官達はお前の自殺の口実になるために死んだんじゃねぇよ」
「そんな……、そんなつもりは……」
「お前はコニーや上官方とは違うだろ! 本気で死にたくないって思ってない……いつも……どうやって死んだら褒めてもらえるかばっかり考えてただろ?」
「そ……そんなこと……」
「コニーさっきのナイフを貸してくれ」
「あ? ナイフ?」
「良いから貸せよ、」
「何だよ」
「ほら」
「ありがとよ……」

 ペチッと自分よりも小柄なコニーの頭を叩くユミルは静かにその刃を手に何かを考えこんでいる。

「……何に使うんだよ。それ……」
「ん? まぁ……そりゃ、これで戦うんだよ」
「ユミル? 何するつもりだ?」
「さぁな、自分でもよくわからん……」
「ユミル?」

 ユミルは何かを秘めた眼差しでクリスタに向き直った。生まれてきてはいけない存在、そう蔑まれそして死に場所を探す孤独な少女へ自分の境遇を重ねた。

「クリスタ……こんな話、もう忘れたかもしれねぇけど……多分これが最後になるから……。思い出してくれ、雪山の訓練の時にした、約束を。お前の生き方に口出しする権利は私に無い。だからこれはただの……私の願望なんだがな。お前……胸張って生きろよ、クリスタ」

 そう、小さな少女へとそう告げると、ユミルは朝日に輝く塔から身を投げ、その手のひらを一気にナイフで切り裂いたのだ。

To be continue…

2019.09.30
2021.02.01加筆修正
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