THE LAST BALLAD | ナノ

#06 あの日

 早速キースによる本格的な訓練が始まった。まずは適性検査ということでキースが広場に候補生たちを集める。まず最初に素質のない者とある者を篩にかけるようだ。頭はいいが体力に自信のない非力なアルミンはいったいどんな訓練をさせられるのかと内心怯えていた。眼前には立体機動装置を模した大きな柱にぶら下がるロープ。これにバランスを崩さずに体制を保てというのが今回の適性検査の内容になる。こんな簡単なことも出来なければおそらく立体機動装置は使えない。立体機動装置を使いこなせないものは巨人を倒すどころか巨人を翻弄する囮にもなりはしないだろう。

「ウミ、」
「どうしたの?アルミン」
「ちょっと時間あるかな?お願いがあるんだけど、エレンのことで手伝ってほしいことがあるんだ」
「エレン、が?もしかして誰かと喧嘩したの??」
「違うんだけど・・・また結構深刻なんだ。」
「ええっ!!」

 無事に試験を終えたその日の放課後、今日の作業を終えたウミがちょうど自分を探していたアルミンに声をかけられた。退いた身だが自分に手伝えることなら…経験者でもあるし三人ともここで離れずに留まってほしい。ウミはきっちり頭に頭巾をし、口元を隠すと、キースに見つからないように注意しつつアルミンの後に続いた。そしてついていくまま案内されたのはロープがぶら下がる立体機動装置を想定した器具が並ぶ広場。上から垂れ下がるロープにぶら下がりバランスをとるのが課題らしく、ミカサはもちろんそんなに運動神経の良くないアルミンですらクリアしているというのになんと、アルミンよりは体力も根性もあるエレンが真っ逆さまにひっくり返ったという。

「基本通りにやればできるはず。うまくやろうとか考えなくていい」
「そうそう、簡単なこと、難しく考えてはだめ、」

 このままでは開拓地に逆戻り。三人で何とかエレンが明日きちんとできるようにサポートしてあげなければ。隣で試しにやって見せるウミ。さすが元調査兵団、ミカサもアルミンも思わず感嘆の声を上げた。小柄で非力に見えてもやはり元調査兵団の分隊長まで登り詰めただけはある。その称号は譲らないと難なくやってのけて見せた。そう、頭で理論的に考えて難しく考えてやるのではない。これは感覚の問題なのだ。考えるな、感じろと言わんばかりのレベルの話である。自分にもできるかもとエレンに希望まで持たせるくらい至極朝飯前にやってのけるもの。エレンも夢中になっていた。

「上半身の筋肉は固く下半身は柔らかく、前後のバランスにだけ気を付けて腰巻と足裏のベルトにゆっくり体重を乗せる」
「落ち着いてやればできるよ。運動苦手な僕だってできたんだから」
「エレンならきっとできるよ、大丈夫。」
「い、いいって!!ガキ扱いすんなよっ!一人でできるって!!」

 ウミが笑みを浮かべながらエレンの腰に腕を回してベルトを着けてやるとエレンは少し気恥しそうにウミのほうを見やるとウミはまたにこりと微笑んでまっすぐ目を見つめてくるからエレンは頬を赤らめ動揺し、目をそらした。

「今度こそできる気がする。上げてくれアルミン!」
「いくよ」

 三人のアドバイスを受け根拠のない自信がエレンの背中を押す。そう、こんなところで自分は躓いてなどいられないのだ。キリキリキリと音を立ててだんだん地面から足が離れていく。今度こそ、両手を広げてバランスを取ろうと身構えた瞬間、

「あ!?」
「エレン!!!」

 なんと、持ち上がりバランスをとるまでもなくエレンはバランスを崩してそのままロープの重力に従って真っ逆さまにひっくり返り派手な音を立てて前のめりに地面に頭から激突したのだった。誰が見ても明らかなほど盲目なまでにエレンを強く思うミカサの悲痛な声が周囲に響き渡る。

「どいてください!!」
「エレン、エレン!!しっかりして!!」

 訓練所に響く涙目のアルミンの切羽詰まった声に周りがどよめきながら道を開ける。エレンは頭部を強打し、脳震盪を起こし白目をむいたまま額からはおびただしい量の出血。エレンの血に服を染めたミカサとアルミンに担がれそのまま医務室に運ばれたのだった。

 一人広場に残ったウミ。とある違和感を覚えてウミは機械をくまなく調べていた。腰まで浮かんだ状態で反転したとしてあんなに頭をぶつけるだろうか。誰かが意図的にエレンの装置だけいじっているのではないかという疑念を抱いたからだ。

「…何かが変だね」

 しかし、それならなぜエレンだけ?彼が何か誰かに恨まれたり意図的に仕組まれるようなことがあるだろうか。くまなく見てみたが残念ながら何が原因なのか技巧に明るくない自分にはこの装置の仕組みがよくわからなかった。ここに変わり者の親友のハンジか、またはやたらと手先が器用な自分のかつての部下が居てくれてら。どんなに良かったか。背の高い綺麗なワインレッドの髪をしたあの男が居てくれたなら。

「何をしている」

 いけない、背後に気が付かなかった。慌てて振り返るとそこにいたのは……。

「キース……教官。ど、どうされましたか?まだ食事の時間では……」
「逃げなくてもいい。まさか、こんなところで会うとは思わなかっただろう。お互い」
「……っ」
「お前は本当にわかりやすい。隠せば隠すほど余計目立つことを。お前も離れている間に随分鈍っていたんじゃないか。ウミ」

 ビルのようにそびえたつ長い影。鋭い目つき、頭髪はなくともその眼差しの先は昔と変わらない。そう、気づかないはずがない。ウミはもう隠せないと思って誤魔化しもせずあきらめたように頭巾を外し口元の布を取り払うと、任務中邪魔にならないようにいつもしていた腰まで伸びた髪をくるくるとギブソンタックで纏めていたピンを抜き、緩やかな後れ毛が風に揺れた。左腕を後ろに回し右腕を左胸の心臓に当て敬礼のポーズをとり、かつての上官と部下に一瞬でタイムスリップしたかのように戻ったのだった。

「やはりごまかせませんね。……ご無沙汰しております。キース団長」
「もう私は団長ではない。しかし、お前もあの惨劇からよく生き延びた。ただ、…お前の母は…気の毒だった」
「母は自分がどうなったのか、理解する間もなく死にました…まさか巨人が攻めてくるなんて…しかも調査兵団が壁外調査から戻ってきて人員も不足し疲労しきっているときに。単刀直入にお聞きしますが、どうしてあなたがこんなところで教官なんて…あなたのような経験豊富な人がどうしてですか?」

 すべての不幸を身に受け打ちひしがれ泣きながら懇願した、調査兵団を抜けたあの日に戻ったかのように2人は夕日を背に久方ぶりの再会となれば必然的に言葉数も多くなる。

「簡単なことだ、お前の父親も母親も随分調査兵団には貢献したはず。その間に生まれた特別なお前が自分の非凡さを嘆き調査兵団からいなくなったのとほぼ同じ、無能な頭を自ら有能なものにすげ替えただけだ」
「……確かに。私は父や母のように特別ではありません。分隊長だなんて私にはあまりにも身に余る程の名誉で……今までたくさん責められてきましたし、税金泥棒だって……幹部を多く死なせた重罪人と、たくさん罵倒されてきました。でも少なくとも兵団内であなたのことを尊敬して着いていこうと決めた人は多く居たんですよ?」
「……私のことは何と言われようが構わない。もう退いた身だ。お前こそなぜここにいる。兵団から離れた人間がまさかこうして訓練兵団に戻ってくるなどと……」
「私がここに来たのは……守りたい子たちがいるからです。私は、あの子たちの両親を救えませんでした……。だからこそ、せめて、あの子たちの夢を叶える力にはなってあげたいと思いここに居ます。エレン、ミカサ、アルミン。大切な幼馴染の三人を同じ場所で成長を見守るために、だから誰か一人でも開拓地に送り返されるのは困るんです……!!」

 エレンの名を口にした瞬間、キースの表情が変わる。二人は誰もいない広場で夕日を背に受けながらかつての上官と部下に戻り再会を確かめた。懐かしむよう苦楽を共にし語らい疑問に抱いていた思いを投げかけ、キースは真っ直ぐなウミの言葉に耳を傾けた。

「そうか…だが、いくらお前の頼みであっても知り合いの息子だとしてもあんな初歩的なことも出来ない人間をいつまでもここに置いておくわけにはいかない。基本的なことも出来ない奴は開拓地に帰ってもらう」
「気付いていたんですね。だからあの恫喝も……キース団長「私はもう団長ではない。後任は……調査兵団の行く先はすべてエルヴィンに任せた。」
「エルヴィン……が団長になったんですね」

 そうして出てきたエルヴィンという名の単語にウミは目を見開いた。エルヴィン・スミス。分隊長でありながら元々の素質があるのか素晴らしいリーダーシップを持ち統率者として申し分のない存在。彼の分隊に所属するものは命あって帰還できると次期団長候補として最有力候補の彼が実際に現役の団長によって選ばれたのだ。

 エルヴィンはそもそも自分をあの人の元に導いてくれた人。今となっては彼に感謝してもしきれない。その名前にウミは驚きはしなかった。
 彼ならきっと調査兵団の団長として引っ張っていくだろうと、そう思っていたから。確かに彼は何を考えているかよく分からない点もあるが、それでも絶対の存在として君臨している。決断力、そして人類のためならばどんな犠牲さえも厭わず突き進む非情さも持ち合わせて。
 その姿を自分はよく知っている。団長になるべくして生まれたような男だ。反発していたあの人が一生ついていくと決めただけの男ではある。

「エルヴィン分隊長が団長に…そう、ですか。やめた分際でおこがましいのはわかっています。他にも聞きたいことは山ほどあるんですが去年の奪還作戦ではあなたの姿も調査兵団の姿も見受けられませんでした。何の罪もない住民を食い扶持を減らすためにあの地獄に送り込み、殺した。危うく私もそうなりかけましたが。それは、何故ですか?」
「残念だが我々調査兵団は一切関与していない。奪還作戦など表向きはそういえば聞こえがいいが、実際はその通り食い扶持を減らすため王政が独断で考えたこと。みすみす精鋭を死なせるわけにはいかないからな」
「そう、……ですか。やはり王政が仕組んだことなんですね」
「今の調査兵団のことなら私に聞いても無駄だ。すべてエルヴィンに託した。私は何も知らん」

 夕日に背中を向けキースは去っていった。お互いに調査兵団を抜けた者同士が何を今更過去を振り返り楽しげに語る思い出なんてひとつもないからだ。しかし、ウミは自分から離れたくせに忙しさに誤魔化しながらも内心は未だに未練がましく調査兵団の事を思っていたのだと改めてキースと再会したことにより痛感したのだった。

「そう、エルヴィンが……団長に。そう、よね。エルヴィンならきっと人類の反撃の為になる」
「キース、私はもう戦えないけれど、うちの娘を、お任せするわ」
「キース……俺の娘だ。嫁入り前に変な作戦に突っ込ませて死なせないでくれよ?」


「十分特別な人間として愛されていた事も知らない…お前には分からないだろう」

 去っていったキースは振り返り立ち尽くすウミを見た。父親からも母親からも大切にされ、調査兵団でも誰からも好かれる優しい性格で、巨人には一切の容赦をしない非情さも持ち合わせていた彼女がどれだけ調査兵団の士気を高めてくれていたのか、どれだけ、あの男の心を癒したのか。調査兵団に、人類の救世主となるべく一騎当千のあの男を導いたのはそもそも彼女だった。
 そう、彼女を取り巻く世界はいつも優しかった筈。しかし、自ら心地の良い世界から離れてウミの取り巻く世界は全て変わり果ててしまった。キースはなぜウミが調査兵団から去らなければならなかったのか。敢えて理由も聞かずに送り出したのはもう過去の話。そもそもの、本当の理由は誰も知らない。

「う〜ん……姿勢制御のコツか……」
「頼む! 2人もすごくうまいって聞いたぞ、ベルトルト! ライナー!」

 夜になりウミも今度は男子部屋に連れていかれ皆に紹介してもらった。名目はエレンとアルミンとミカサの現保護者で知り合いということで。
 皆まだあどけない少年ばかりでウミはこんなにも若い子供たちが将来立派な兵士になると思うと自分が恥ずかしくなるほどに皆真っ直ぐな目をしていた。頭にぐるりと包帯を巻いたエレン。
 ジャンとコニーに恥を忍んで姿勢制御のコツを教えてくれと願い出たが元々の素質の話をされしかもバカにされてしまい、今にも喧嘩に発展しそうな雰囲気を制したマルコがベッドの上にいる背の高いあの金髪の少年を教えてくれた。
 ライナーとベルトルト。2人もあのキースの恫喝をスルーされていたなとウミは元々気になっていた少年との対面にドキドキしながら二段ベッドの上に顔を覗かせた。金髪の屈強な体格の少年と少し気弱そうな黒髪の長身細身の少年。
 しかし、2人に聞いてみてもエレンの望む答えは得られそうもなかった。皆言うことは同じだった。それよりもウミは2人が何処かで見かけたような気がしてその違和感がどうしても拭えずにいた。

「ねぇねぇ、2人はどこ出身なのかしら?」

 ウミが何となく問いかけると2人は一瞬、黙りこんだかのようにベルトルトはライナーへ目を配らせる。

「僕とライナーはウォール・マリア南東の山奥の村出身なんだ……」
「えっ!? そこは……」
「あぁ……川沿いの栄えた街とは違って壁が壊されてすぐには連絡が来なかった。何せ連絡より先に巨人が来たからね。明け方だった。やけに家畜が想像しくて。耳慣れない地響きが次第に大きくなり……それが足音だと気付いて急いで窓を開けたら――」

 そこからの経緯は自分達と同じで2人も2年間の開拓地生活を経てここに来たと言う。憲兵団の特権階級を狙い訓練兵へ。ここに来た訓練兵達は皆口を揃えて憲兵団へ志願している。もし駄目なら駐屯兵団から憲兵団。誰も進んで調査兵団を望む者の声は無かったことに落ち込みながらも、ウミはどこかで会ったのは避難所に居た時かもしれないと言われ、それで納得したはずなのに2人の故郷に帰るという絶対の揺るぎない言葉に共感を抱いた。

「いつか……帰れるといいね。お互いに」
「ああ、ありがとう。ウミ」

 本心だった。2人の故郷がどんな所か興味も抱いたし、どの子もみんな素直でいい子だなぁとウミは瞳を細めて微笑んで男子部屋でのひとときを楽しんでいた。あの日の惨劇の話には触れずに。

 
To be continue…

2019.06.23
2021.01.03加筆修正
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