THE LAST BALLAD | ナノ

#148 Far away

 そして、幾度目かの人類にとっての夜明けがやってきた。これが最後の朝日なのか、それとも違うのか。
 迫る槌音には目もくれずに必死に飛空艇を飛ばすために結集した者達が故郷を踏み抜かれる前に。そしてかつては彼の持つ「進撃の巨人」の力によって幾度も窮地に陥りながらもそれでも彼が最後に自分達を守るために起こした悲しい決断を止めるべくかつては敵対し、それぞれの思惑が錯綜する中で心通わせ愛ながらも終結した意思をひとつに。翼はさらに大きく飛翔し今度は島の壁ではなく大空を飛ぶのだ。

 顔を出した太陽が再び大地を温める。しかし、その太陽の光がこれからもたらす結末はまだ見えない。
 自分達は本当に止められるのだろうか、強大な敵を前に各々装備を確認し、戦闘準備に取り掛かるメンバー。
 まさか島を守るために戦っていた自分達が今度はその壁の島を飛び出し、世界を守ろうとしている。
 自分達が世界中からさらされている目がどんなものかも理解しながら、自分達の民族がかつて犯した古の罪に今も縛られ、虐げられている種族だとしても。

 こうしている間にも「地鳴らし」の行進は今か今かとこの地にも迫ってきている。大きな賭けでもある。巨人たちよりも先に向かわなければならないスラトア要塞。そこへ飛び立つための翼の準備に追われながら後一時間ほどで離陸できる状態、まで来ていた。
 誰もが「地鳴らし」の気配を薄々感じながらも、必死に急ピッチで作業を進めていたので
 間に合うと信じまだ聞こえない気配にどうかこのまま何事もなく船も飛行艇もこの地を離れられますように。と、ただ今は切に願う。

「リヴァイ……、」
「2本も指がありゃ十分だ。問題ねぇ」

 小柄で在りながらその背に多くの重圧を背負い、戦ってきたこの島の英雄の背中はこんなにも弱く今は頼りなく見えた。
 マトモに昨日まで歩けずに居たのに、今も数日寝込んだ代償で歩くのもようやく慣れて着た頃なのに、今から戦闘員に加わったとしても、もうその目は光を映さないだろう、指も無い、巧みな立体機動は不可能だ。かつてのように、戦えることは出来ないだろう。

 震える手でリヴァイは残された薬指と小指だけでブレードのグリップを握ろうとするが、その手つきはあまりにも危なっかしく、目も当てられない。
 正直、彼のこれまでの異常なほどすさまじいあの剣技を2度と見る事は、出来ないだろう。
 しかし、それでもリヴァイは指が二本あれば十分だと、強がりだろうと彼は行くと決めた。
 四肢がもげようとも、この男の歩みを、止める事は出来ない。
 彼はかつての「盟友」との誓いその信念に突き動かされ歩き続ける自らの戒めを解き放って。
 欠損した指も失明した目も、こんなものハンデでしかないと。
 二本の指では力が入らない様子だが、彼は包帯に無理やりブレードを巻き付けてでもそのグリップを使いこなすだろう。

 本心であれば仲間達は思った。彼も残してきた息子と共に船に残るべきだと。
 このまま、かつて生き別れた息子を置いて行かねばならない状況で、このままジークと万が一相討ちになって、ウミも、エレンに食われた時点でその肉体は。
 そんな中で唯一のまだ幼い子供たちの肉親である彼が死んでしまえば、彼らの子供達は幼少の彼と同じ親なしの子供になってしまう。

 準備の傍らで、一人戦いに参加しない事を決めたアニはライナーとピークに謝っていたが、そんなアニに対し、戦士候補生として共に過ごしてきた仲間でもあり、一緒に島に渡り、そして同じ罪を共有した共犯者でもあるライナーはアニへ、かつて同じ命令を下されともにパラディ島に上陸して生き残った者同士、自分が巻き込んだことへの謝罪したのだった。そして、アルミンに敗北し、その「超大型巨人」をアルミンに継承すべく捕食され、もうここには居ないベルトルトに対しても。

「ずっと謝りたかった。お前と……ベルトルトに。すべてはあの日俺が作戦を強行したことから始まった。あの日もし引き返してたら、お前もベルトルトも故郷に帰って家族に会えたのに……謝る事すらおこがましく思える」
「うん……。何度殺そうとして思いとどまったかわからない」
「……よく我慢できたな」

 と、ピークの冷静な突込みが入るほど、しかし、憎まれ口を言いながらもアニは自分よりも何倍も背丈のあるが、訓練兵団時代の頼れる兄貴分だったライナーではない、本来のお人好しで気の弱い彼を抱き締め、二人は仲間として、そしてお互いの罪を分かち合うかのように抱き合った。
 ガビとファルコ。そして、アヴェリアをアニに託し、アニは船に乗り込んでいく。去り際に見つめ合うアニとアルミン。2人は戦場でお互いの愛を確かめたが、結局は同じ道を選ばなかった。
 手を振りアニと別れるかつての同期達、リヴァイだけはアニを見ようとはしなかった。すでに託したからだろうか、寂し気にアニに手を振ったアルミンだが、アニはアルミンに手を振り返すことなくそっぽを向いた。

「アルミン、これでよかったの?」
「よかったよ、アニはアニのままでいいんだから……」
「正直アニには頼りにしてたからな」
「でも……アニはもう十分戦ったよ」

 そして、故郷はもう踏み抜かれているかもしれないと言うのに、それでも戦う事をハンジはピークたちへ確かめていた。

「君達もこっちでいいの?」
「悔しいけど……ハンジさん、あなたの言う通りマガト元帥は私達に最後の指令を残したんでしょう……「力を合わせて為すべきことを為せ」と」
「ピーク……ぜひ今度車力の巨人の背中に乗ってその体温を感じな「嫌です。何ですか急に、気持ち悪い。歯磨きはしないのかと聞いて来たり、失礼ですよ」

 しかし、ハンジの夢はかなわず、明らかに嫌悪感丸出しのピークにその申し出をぴしゃりと撥ね退けられてしまったのだった。
 しょんぼり気味のハンジに対し、それを見ていたリヴァイが軽口を叩いた。

「相変わらず巨人とは片思いのままだな、クソメガネ」
「……すぐに、仲良くなるさ。ねぇ……リヴァイ。みんな、見てるかな? 今の私達を、死んだ仲間に誇れるかな……」
「ヤツみてぇなこと言ってんじゃねぇよ」

 と、かつてのエルヴィンのような言葉を口にしたハンジに対し、リヴァイは不吉なものを感じたが、それを打ち消すように、そう返すのだった。
 これまで共に駆けて来たかつての仲間達は皆死に、とうとう自分達だけとなった中で二人協力しながらこれまで調査兵団をけん引してきた。そして、今、残された自分達は心臓を捧げた仲間達に報いるためにも突き進み、そして、この壁の国に自由をもたらそうとした少年へ逆らい自分達のエルディア人としての未来が今後失われるのかもしれないと予期しながらも、それでも、エレンの行った「地鳴らし」の正統性を認めず止める事を決めた。そんな自分達を仲間達は空から、見ているのだろうか。
 実際ユミルの民と呼ばれる自分達は成仏することなく半永久的に始祖ユミル・フリッツの道の螺旋の中に囚われ続けるのだろうが。

 地鳴らしが来る前に。急ぎ、飛行艇の準備を進め、後は燃料を注入するばかりとなった。基地内で、何と、オニャンコポンが動き出そうとした飛行艇の音に紛れ、そこに全身ずぶ濡れのフロックが隠し持っていた銃を手に突然姿を現したのだ。そして、次の瞬間、離陸準備にあたっていた無防備なヒィズル国の技術者と「地鳴らし」を止めるための確実な手段でもある飛空艇へ銃撃したのだ。
 弾丸に込められた弾全部を使って、フロックは一斉に飛空艇と九発。その銃撃音に即座に反応したミカサが目にも止まらぬ速さで駆け出し、動けないリヴァイの代わりに今このメンバーの中で一番の戦力となった彼女は、自身のアンカーを射出し、その鋭い先端をフロックの頸動脈の部分に突き刺した。

 フロックは急所をミカサのアンカーに一撃で貫かれると、首からは夥しい量の血が溢れ、彼はその血に身を染めながら絶命したのだった。
 かつての調査兵団の仲間だった彼へ、駆け寄るも彼は虫の息で、それでも瞼を震わせながらここまで犠牲になった友の為に、必死で自分達を止めに来たのだ。

「行く……な……行かないでくれ……島の……みんな……殺……される。俺……達の悪魔、それ…だけ……希……望」
「フロック、」
「死んだ……確かに、君の言う通りだよフロック……でも、諦められないんだ。今日はダメでも……いつの日か……って」

 最後の願い、それを口にしながら、フロックは短いその生涯に幕を下ろすのだった。
 共にかつては同じ訓練兵団で過ごしてきた仲間との悲しい別れ、悪人は誰も居ないのだと、それでも、行かねばならない、諦めたくないのだ。
 ハンジはわかっている、自分の考えが甘いと、どうして島を守ってくれたのに自分達の立場を追い詰めるような行動を起こしているのかと、島の人間からすれば自分達は島の滅亡を望んでいる壁の外の人間たちを、助けようとしているのだ。

 むしろ、自分達が島を裏切った、悪魔そのものだろう。
 だが、それでもこの島だけが長生きし後の人類や文明は滅んでもいい、そんな考えを肯定することなど神でも許されない。
 まして、多くの仲間達の死を見届けて来たハンジだからこそ、ハンジは虐殺を肯定することなどしたくはない、エレンにそんな道を歩ませてしまったからこそ、その償いを自分は行うと決めたのだ。
 ただ、この島を守りたいだけその思いで、戦ってきたフロックは最後まで島の平穏を願いながら、その命を散らしたのだった。

「ハンジさん!! 燃料タンクに穴が!! これじゃ……飛行できません!!」
「まだだ……塞げば何とかなる……」

 ガビに撃たれながらも執念で船にしがみついてここまで一緒についてきたフロックの弾丸は燃料タンクに穴をあけていた、そして、それはこれから投入しようとしていた燃料タンクを損傷し、穴をあけていた、だがまだあきらめたりはしないと、急ぎヒィズル国の技術者たちが急ピッチでブリキを用いて溶接しようとした瞬間、

「この、音は……」

 聞こえた槌音それは滅びの合図。そうだ、恐れていたその時が、ついに訪れてしまったのだ。
 大きくそびえる山の向こう――激しい槌音が耳を突き破り脳髄まで響く。リヴァイは察知したように木箱の上で待機しながら、自らが迎えに行く前に、向こうから愛に来てくれたと、知る。

「……チッ、来やがったか」

 迫る槌音と、その中心に見えた全貌を遠目からでも肉眼で確認することが出来る。外で待機していたリヴァイの声に同じくピークが状況を理解し青ざめた。そして慌てて外に出たライナーが見たのものは。

 実際、目の当たりにした地獄の行進はこの世の終わりと呼ぶにはふさわしい、圧巻、絶望、まさにそのものであった。
 リヴァイはあの中に自分が愛する女、そして誓いの為に討たねばならない因縁がいると思うと、寒くも無いのに膝から震えが駆け上ってくる。脳を信号が駆け巡る。それでも自分の身体はどれだけ傷ついてもその本能が導くままに、立ち向かわねばならないのだと。
 険しい山の斜面だろうが、深い海だろうと、彼らはどんなものも踏み抜いてくる。雄大な大地を滑り落ちるように。こちらに迫る幾千もの・超大型巨人の群れ。ついにここまで迫ってきてしまったのだ、飛行艇を飛ぶために肝心の燃料を注ぐタンクを壊されてこれから直しても一時間はかかるとが、直してこの大地を生きて離れる猶予など与えずに――。



「銃声音!? クソ……やっぱりあの赤毛のイェーガー派の男……生きてたんだ。生きて、船に忍び込んで、俺達が飛び立てない用にする為に……」

 聞こえた銃声音、そして、激しく大地を揺さぶる轟音にアヴェリアは嫌な予感を拭いきれずに急ぎ部屋を出ようとしたが、部屋のドアが外から鍵がかけられていることに気付いた時には、もうすべてが手遅れだった。
 そして、昨晩失意で寝込んでいた中で閉じ込められたこと。それを仕組んだのはこうなるように仕向けたのは間違いない。アヴェリアは叫んだ。その名を。

「父さん!!! オイ……まさか!! 嘘、だろ……オイ、っ〜〜!!! 何っでだよ!! バカが!! チクショウ!! 俺だって、役に立たせろよ!! 俺はリヴァイ・アッカーマンの息子んだよ!! ただのガキじゃねぇ!!」
「そんな、どうして!? 開けてよ!! ねぇ!! 誰かいないの!!」

 自分達がまるで戦力外とでも言わんばかりに、そんなことは無い、まだ未来ある若い身空の君たちには長生きしてほしい、先行く者達の願いだが、そんな思いは届くことは無い。悲し気なガビに、怒りに震えるアヴェリア。
 親が子を危険から守るのは当然のこと、しかし、だからと言って、子供は置き去りにされた意味を知らない、親の愛は、自らが親にならないと。
 真の意味での理解はできない。
 怒りのままに、置いて行かれた悲しみに、何も出来ない自分への不甲斐なさに、勢いよく鉄製のドアを蹴り飛ばした。
 しかしドアはへこんでも強靭な肉体を持つアッカーマン家の血の本能でも蹴破る事は出来ない。

「勝手なことしやがって!! 俺も連れて行ってくれよ!!! っ――そんな身体でどうすんだよ!! まともに歩けないくせに!! まともに、もう目も見えてねぇのに、指もねぇじゃねぇかよ!! てめぇのケツも拭けねぇ腑抜けになった馬鹿親父がよぉおっ!!!」

 アニによって施錠されたドア。アヴェリアが渾身の力で叩いても鉄でできたこの船の頑丈なドアなど蹴破れるはずがない。
 拳を叩きつけそれでも怒りに吠えるアヴェリアに同じく閉じ込められたガビとファルコも空けてと懇願するが、アニは苦し気に「うるさい!!」とぴしゃりと言い放つとそれきり三人を封じ込めてしまったのだった。
 その船内では残された仮にもヒィズル国の主要人物でもあるキヨミが自ら石炭をシャベルで運び船を動かす準備を進めているのだった。
 三人でドアを叩きながら、「地鳴らし」も迫る中どうして閉じ込めるのかと。

 切り捨てたのではない、リヴァイは息子をこれ以上戦いに巻き込みたくはなかった、それにボロボロに負傷した自分を世話させることもしたくなかった。
 父親として、戦地に赴き母親を取り戻す、どんな姿になっても、決してその背中が自分に振り替えることは無くて、親の心子知らず、しかし親も子供がどれだけ親を想っているか、親の存在が無いと、生きていけないか。お互いの思いは交差することなく、ただ船は出航までの時間を見送るだけだ。

 アニはドアを押さえながら、泣きたい気持ちをグッと堪えていた。アルミンとの別れ、しかしもう自分には戦う意味が無い、これまで再び父親と生きて再会する、それだけを求めてその為に戦い、そして、この場所で生きるために沈黙を守り通してでも眠りの中でアニはその望みが潰えた希望亡き未来の中託された命だけは守ると静かにあきらめにも似た目を伏せた。これ以上の現実を直視することは出来ない、自分の心は完全に、へし折れてしまったのだ。

「父さんが、死んじまう……っ」

 父親に会うためにこれまで堪えて押しつぶされそうな罪悪感、境遇の中で孤独に戦い続けてきたアニ、そして、父親を守りたいと、その一心でとうとう人を殺めたアヴェリア、二人の似通った思い、アニはアヴェリアの嘆きに耳をただ塞いだ。



 フロックは船にしがみついてここまで付いてきていた。彼も同じく島を守りたかった、エレンの元へ案内するのが自分で、イェレナと接触したことで知った事実、エレンを悪魔に仕立て上げ島以外の平穏を打ち壊すと決めた。

 迫る「地鳴らし」しかし、絶望を引き連れ共に迫るその轟音を止める手段はない。誰もが海を越えこちらの港に接近してくる「地鳴らし」へ戦慄していた。

「アルミン……何か……手は無いの?」
「もう……これしかない――。僕が残って足止めを……!!「お前はダメだ!! エレンを止める切り札はお前しかいない!! ここは俺が!!」
「ダメに決まってるだろ!! もうこれ以上君たちの巨人の力は一切消耗させるわけには、いかない!!」

 アルミン、そしてライナーが自らの巨人の力で旧知を切る抜けると、申し出る中どちらも駄目だとぴしゃりとはねのけたのは。
 今のままの。ありのまま。旧式の立体機動装置と雷槍で完全武装し、その顔には確固たる決意を秘めた凛とした顔の……14代目団長としてこれまで仲間達を導いてきたハンジ・ゾエだった。

「みんなをここまで率いてきたのは私だ。大勢の仲間を殺してまで進んだ。そのけじめをつける」

 これまで、自分が招いたことで兵団内を混乱に陥らせ、多くの者が犠牲となって行った中で、ハンジはいつか来るその時が今来たのだと。

――「こういう役には多分順番がある……役を降りても……誰かがすぐに代わりを演じ始める。どうりでこの世からなくならねぇわけだ……。がんばれよ……ハンジ」

 まだ溶接まで時間がかかる。「地鳴らし」に踏み抜かれてしまえばこれまでの全てが無に帰す。
 ここにいる、自分たちの命さえも。これまで多くの仲間達の犠牲や同士での殺し合いの上に突き進んで来たと言うのに。
 そして、これまで犠牲となってきた英霊たちへ恥じないその一心で。この島に自由をもたらしたい、しかし、この島以外の自由が侵されることなど許してはいけない、仲間達の死を幾度も目にしてきたからこそ、その命たちが無意味に蹂躙されることなど許されないと、これまで戦ってきた。

 捧げてきた心臓の数だけ犠牲になった者達の顔がハンジの脳裏にはいつも浮かんでいた。

 エルヴィン、モブリット、ミケ、ナナバ、ケイジ、アーベル、ニファ、ウミ……みんな、大勢の調査兵団の仲間達。

 自由の翼の名の元に集った彼らに、いつかまた会えるから、悲しむことは無いと、だから、再会できたその時、恥じないためにも。
 飛空挺が飛び立つまでの僅かな時間稼ぎのために自らここに残ること。ハンジは決意を秘めた表情で、14代目団長としての翼を背に立っていた。
 アルミンの元へと歩み寄ると、突如あることをアルミンに託すべく、こんなことを言い出したのだ。

「アルミン・アルレルト。君を15代・調査兵団団長に任命する。調査兵団・団長に求められる資質は理解することをあきらめない姿勢にある。君以上の適任は居ない。皆を、頼んだよ。と、言うわけだ。じゃあね、みんな。あー……。リヴァイは、君の下っ端だから、コキ使ってやってくれ」

 これまで新兵の時から自分達をいつも明るく、巨人が絡むと暴走しがちだが、それでも自分達の上官となったリヴァイが正直、言葉数も少なく表情も乏しく、まして「人類最強」と謳われる中で畏怖の念を抱いていた若き兵士たちに、ハンジは気さくに接してくれた。
 エレンに対しても理解を示し、ハンジの存在は誰にとっても慕われる存在だったからこそ、エルヴィンの命令を受けて団長となってからも皆が変わらぬ愛称で「ハンジさん」と呼んでくれた。

 自分達と共に駆け抜けてきた心臓を捧げ散って逝った仲間達へ、道を示し、そして。その死に報いるために。
 しかし、これではあまりにも突然の別れではないか……。ハンジの思い決断に誰もが硬直し、顔を引きつらせるが、ハンジは躊躇いが自分の中で芽生える前に驚き、悲しみ、しかし、誰かがやらねばこのままではみんな死ぬ。

 それに名乗りを上げたハンジを誰も止めることは出来なかった。
 そんな辛そうな顔をしないで欲しい、優しいハンジは皆の顔を見ないように、そのままくるりと、背中を向け、歩き出した。

 自ら歩み出した、しかし、その足取りは震えており、重くのしかかる。
 これから自分は死にに行く。だが、ただで死んでいくつもりはない、仲間達がそうしたように、今から自分も重大な責任ある役割を全うするのだ。

 そんなハンジに対して、その進行方向先で待っていた人物が声をかけできた。
 ハンジの存在なしに、ここに生きては立っていなかった。共にこれまで寄り添い支え合って、一緒に歩んできた、かつて恋した淡い感情を向けた少女をさらっていった、同じ女を愛した男が。

「……オイ、クソメガネ」
「わかるだろ、リヴァイ。ようやく来たって感じだ……私の番が。今、最高にかっこつけたい気分なんだよ。このまま、行かせてくれ……」

 リヴァイはハンジの決意を、止める事はしない。ただ、そっと目を閉じて、これまで口にはしなかった言葉を、これから死地に赴く仲間へ鼓舞するために、かけた。どうか、勇気を与えたまえと。心臓を捧げに行くもう一人の、かけがえのない盟友へ、言葉が不器用な男は今自分ができる精いっぱいの餞を、送る。

「心臓を、

 捧げよ」

 ――ドン、
 と、一回。リヴァイの力強い拳がハンジの心臓を叩き、まるで鼓舞するように打ち鳴らした。
 ハンジはそのリヴァイの言葉の重みを受け取ると、そっと噛み締めた。
 もうこれ以上語る言葉など、これまで歩んできた二人には何も、要らなかった。

「ハハッ、君が言ってんの初めて聞いたよ」

 と、まるで、普段の口調で、いつものように気心の知れた彼と挨拶するように、軽口を叩くように。

「あの子を、よろしくね、……頼んだよ、」

 目と目を交わすがいつものハンジのままだ。何も変わらない。ハンジは笑いながら長い間行動を共にし、お互いを理解し合い、ウミとはまた違う絆を結んだ男と見つめ合う。
 そして同じようにウミの笑顔が好きだった。そんな恋敵、いや。相棒へと別れのあいさつを交わさず、その背中に悲壮感など感じさせず、恐怖など無いとおくびにも口に出さずに。

「ハンジさん!!」

 ハンジは立体起動装置で飛び立つと、無数の巨人の群れへ、「地鳴らし」へ飛翔し、ガスを吹かして向かって行ったのだ。

「あぁ……。やっぱり巨人って、素晴らしいな」

 上空へと、高く、高く、飛翔しながら、その真下へ目線を向ければ。夥しい数の巨人達が同じ歩幅で規則的に進んでいる。誰もが、瞬きせずにハンジが一体、また一体と巨人を倒していくのを見つめていた。その間に急ピッチで燃料タンクを塞ぐべく溶接作業や、各々がハンジの覚悟を、犠牲を無駄にしない、必ずこの飛空艇を空へ飛ばせてみせるべく取り掛かる。
 ハンジの雷槍が巨人を見事一体倒したところで飛行艇の穴がようやく塞がった。しかし、まだだ、まだ数を減らすのが目的ではなく少しでも多くの時間を稼ぐために。
 ハンジは超大型巨人の熱風にさらされながらそれでも、数少ない装備を駆使して超大型巨人を倒し続ける手を止めない。

「塞がった!! 燃料を入れろ!!」

 これまで、どれだけの数の兵士達が、その命を、散らしてきたのだろう。多くの兵士達が心臓を、捧げて来たのだろう。
 誰もがその背に翼を背負い、強大な存在へ立ち向かってきた、その死が無意味なものだとしても、人類の為に、この島の未来の為に命を散らしたのだ、その仲間達の為に、自分が出来ること、残せることを。

「もう、そこまで来てる!!」
「燃料はここまでだ!!」
「エンジンをかけろ!! 機体を前に押すんだ!!」

 迫る超大型巨人から立ち上る熱風に晒されながら、ハンジは必死に刃を振りかざし使い切った雷槍の代わりの刃で未だに飛び立つ気配のない格納庫を横目に未だかと焦れていた。このままでは自分がもう持たない。

「熱ッ!? まだか……!?」

 ほぼ燃えているマントを燃やしながら、ハンジがありったけの声で叫び、格納庫に目前に迫った一体をまた屠る。
 離陸体制が整い、エンジン音を立てて飛空艇が飛び立とうとするのを急ぎジャン達が格納庫から飛空艇を押して引っ張り出し、ヒィズル国の技術者たちはキヨミが出港準備を終えた船へ急ぎ乗り込んでいく。ここで誰も犠牲にするわけにはいかない、ハンジの犠牲の意味が無くなる。何としても、飛び立たせて見せる。揺るぎない決意を誰もが持ち急いで船が港を離れ、そして、ハンジの視界の先には海を滑りながら離陸した飛行艇が見えた。

「ハンジさん!!!」
「離陸する!! 掴まれ!!」

 ハンジは力尽きまるで翼を奪われた鳥のように、蒸気に包まれながらその肉体が燃えるように落ちて行くのを涙を流しながら何も出来ずに仲間達が涙を流し縋り付くように窓に凭れ泣いていた。ハンジの犠牲で離陸した飛行艇内はハンジの死を悼む者達で溢れ、誰もが涙を流していた。

「……じゃあな。ハンジ。
 見ててくれ、」

 泣き崩れる一同の中、一人腰かけ、包帯で隠れた右目には抑えきれない悲しみ、歯がゆさ、全てが込められていた。リヴァイはハンジの最期を見届け、そして誓うのだった。必ず辿り着いて見せると、ハンジが繋いだこの思いを、忘れずに届ける。
 どうか見ていてくれと、先だった仲間達と共に、繋がれた道の上で。

 離陸した飛空艇。誰もがハンジの死を悲しみ、ハンジの犠牲でここまで辿り着いたが、その顔は失意に沈んでいる。
 ハンジの時間稼ぎによって、何とか翼は海を越えたが、肝心の燃料は半分しか入れることができなかった。しかし、操縦を任されたオニャンコポンは自分の肌の色も関係なく分け隔てなく、義勇兵としてパラディ島に上陸してから良き友人として親しくしてくれた優しかったハンジの笑顔を思い浮かばせ涙ぐみながらも力強く決意を述べる。

「スラトア要塞まで保つかな……」
「絶対に辿り着いて見せる!! ハンジさんが繋いでくれたこの飛行艇、最後の望み、俺が必ず基地まで届けてみせる!! 必ずだ!! だから……必ず「地鳴らし」を止めてくれ、何としてでも……」
「あぁ、頼んだよオニャンコポン」

 と、キース・シャーディス、エルヴィン・スミス、そして、ハンジ・ゾエから受け継がれてきた自由の翼、15代目調査兵団・団長としてこれからを託されたアルミンは意気込んでいた。必ずや繋いて見せる。エレンへ。肩を叩きアルミンは消沈する皆へ作戦会議を持ち出した。

「じゃあ……これからについて、作戦を話し合おう」

 悲しんでいる暇は決してない、自分達は託された、多くの犠牲を翼に飛び立ったこの飛空艇で必ずや止めて見せる、そして、またもう一度一緒に、夢を語ろう。
 どうかあの日の奪還作戦の前夜の話を思い出して欲しい。



「お〜随分派手に飛んでいったな」

 焼け焦げた身体、蒸気に包まれ、灼熱の温度でマントから燃え移った日が全身を覆い息ができなくなった、それが最後の記憶。そして、そんな自分に手を差し伸べた、声、聞き覚えがあった。間違いない、あのいつもウミの傍に居た、そしてウミが居なくなってから孤独の道を歩んでいたリヴァイを自分の元に連れて来たのは、

――「よぉ、ハンジ、飯食いに行くなら、こいつも連れて行こうぜ、奢ってくれるんだとよ、新兵が」

 自分の大切にしていた、あの少女をかっさらっていった男だった、しかし、彼女の幸せが見られるのなら、自分は身を引こうと、そう思っていた。
 構わなかった、悔しいとさえ思わせない程にあっという間にウミを自分達からさらっていく風は強かったから。

 その隻眼を閉じた次に飛び込んで来たのは一面澄み渡る青い空だった。
 おかしい、さっきまで見ていた景色と違う。ハンジは慌てて飛び起きた。

「飛行艇は!?」
「飛び立ったよ」
「え……?」

 上半身を起こしたハンジが見た景色は。思わず言葉が止まるが、その後姿たちには見覚えがある。
 そして、ひときわ目立つ赤い髪の男が自分を見つけるなり、嬉しそうに駆け寄って来た。間違いない、間違う筈が無いのだ、やはり自分をここまで連れて来たのは。

「よぉ、久しぶりだな、お疲れさん、」
「やっぱり、君だったんだね、クライス……」
「あぁ、そのうち来るんだうろな。と、思って待ってたんだ」

 そして、対薬を終えた自分に優しく微笑んだのは自分に重い役目を託した、盟友でもあるエルヴィンだった。
 あの日、自分達の前で眠るように最後は死んでいった彼の青白い顔を焼きつけながら、リヴァイと見つめていた記憶が鮮明にまだ残る中でこうしてエルヴィンの姿をまた目にすることが出来た喜びを言葉にする事は出来ない。

「ハンジ、お前は役目を果たした」

 大役を終えた自分を迎えてくれたのは歴戦の戦いで命を落としていったかけがえのない仲間たち、部下、同僚、自分の腹心の部下でどんな無茶にも付き合ってくれたモブリット・バーナーに手を引かれ立ち上がり、ミケが温かな笑みを浮かべている。

「エルヴィン……みんな、」

 これからは、もう悲しむことは無い、またいつか会える、そしてまた会えたのだ。ハンジは共に戦ってきた仲間達との再会を喜びながら話したいことは山ほどある、数えきれないくらいに色んなことがあったから、待ってくれていた仲間達の元へハンジの魂は導かれ辿り着いたのだった。
 青い空に、飛び去る自分達の希望、翼をもつものにしかたどり着けないその景色の中で、親しい仲間達と共にこの道の中で。どれだけの思いを語ろうか。

「まったく……団長になんか指名されたせいで大変だったよ……エレンのバカがさぁ……」
「あぁ……大変だったな、ゆっくり聞くよ」
「ウミがね、リヴァイと結婚したよ、」
「そうか、それを聞けて何よりだ、やっとか、手を出したわりにはずいぶん時間がかかったな」
「本当にね、リヴァイの奴、本当に、あの子を泣かしたら、承知しないって、化けて出てやるんだからね……」
「ウミが結婚なぁ、……まぁ、収まるところに収まってくれたなら何よりだな、」

 ここに、ウミが居ないことに安堵しながら。ハンジはようやく本当の意味の安息を得、そして仲間達との再会に話したいことは山ほどある。語り尽くせないだけの時間をここで過ごそう。

 リヴァイ、まだウミを取り戻すことは出来る。ここにあの子がいないことが何よりの答えだ。
 それをリヴァイに伝える事は出来ないが、まだ間に合うと。きっと。不器用な彼が精いっぱいの言葉で激励をくれた。
 自分に託してくれたように自分も彼に託したのだ。
 同じ秘密を分かち合い、同じ思いを共有した。ウミもきっと、いつかここに来た時、自分は精一杯の笑顔で迎えよう。

――ハンジ・ゾエ
「地鳴らし」の超大型巨人足止めの為、時間稼ぎの為一人残る。
 力尽き、後続の「地鳴らし」に踏み潰されて死亡。

――フロック・フォルスター
 船に潜伏し、飛行艇の燃料タンクを破壊。
 同期であるミカサ・アッカーマンの立体機動装置のアンカーで頸動脈を貫かれ、パラディ島の平穏を祈りながら死亡。

2021.12.08
2022.01.30加筆修正
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