THE LAST BALLAD | ナノ

#133 壊れた夢の中に落ちて

 誰よりも不自由を嫌っていたエレンがそんな計画など賛同するはずがないと、今ならわかるのに。誰よりも苦しんで死ぬことをかつて敵対したライナーへ望んでいたじゃないか。

「子供が…生まれなくなる?」
「そうです。この世から巨人がいることで存在する苦しみが生じなくなるのです。ゆっくりと……安らかに」
「いや……待て。どれが安らかなもんかよ……。ユミルの民が消滅するまで人口が減り続けたら……国の晩年は僅わずかな老いぼれしか生き残らなくなるんだぞ? そんな状態でどう国を守る? 他の国が放っておくとでも?」
「そこに関しては従来通り「地鳴らし」の抑止力を行使できるよう「始祖」と「王家の継承維持」が不可欠なままです。幸いにしてヒストリア女王は世継ぎを授かっております。その子が天命を全うするまで、数名のユミルの民が「始祖の巨人」を継承すれば……」
「それですべては万全だと言うつもりか?」
「万全・絶対。そんなものどこの国にも存在しません。どこの国も様々な問題を抱えています。ただ一つ……確かなものは。巨大なる巨人の脅威・血と涙の歴史に、終止符を打つ者が存在したという真実です。「ジークとエレン」そして、ウミ。あの子の存在がこれからの大事な仲介になるのですよ。人類史があと何千年続くことかわかりませんが、これほどの偉業を成し遂げる者がこの先現れるのでしょうか? 彼(か)の兄弟とそして、その兄弟を繋ぐ大事な架け橋であるウミ。ジオラルド家の歴史を辿ると「始祖ユミル・フリッツ」の祖先に繋がり、そして長年の月日をかけ彼女をこの世に蘇らせるために女児として迎えられたウミがいるのです。「始祖ユミル・フリッツ」は女性の肉体に宿りますので。長年女児に恵まれなかったジオラルド家の先代のカイト・ジオラルドはその願いを果たしたのです。この島を救うために、彼らはこの先何千年も語り継がれる象徴となるのです。「始祖ユミル・フリッツ」がそうであったように、古代の神々がそうであるように、」

 イェレナはジークのその計画の尊さを皆に説き伏せるが、要は自分達エルディア人が静かに滅んでいく未来しかもう無いのだと。だが、壮大なジークの計画に心酔したイェレナにとってその計画を思いついた彼の考えに目に涙をためて賛同する程うっとりとした眼差しをしている。

「そしてウミは伝承の通りの我々を照らし導く女神となるのです。そして、二人は死後も救世主として人類を照らす太陽となり――……「くッ……!」

 その時、アルミンが何の前触れもなく異変に気付いたイェレナは驚き、突然俯き顔を手で覆い方を震わせているアルミンの方を見ている。

「ぐふぅ……ぐッ……」
「どうされましたか?」
「いえ……そのような……尊い、お考えがあったとは……感動……致し……ました……っ」
「それはよかった……」

 アルミンは歓喜のあまり震えていたのだ。大きな青い瞳からボロボロと涙を流して、愛らしかった少年の顔つきはだいぶ青年の顔つきになったが、泣いている彼は会の頃の何時も仲間に虐められていた少年時代のまま。
 そんなアルミンだが、ウソ泣きではなく、本当に泣いているようだった。イェレナも彼が泣いているのだとすぐわかった。
 自分の考えに賛同してくれたのだと、目の前のアルミンの泣く姿にイェレナもたまらずもらい泣きをし、彼女の大きな黒目がちの目からは涙が浮かんでいた。
 鼻から漏れる息、アルミンが震えているのには意味がある。
 誰よりも頭が切れるアルミンが意味もなくそんな涙を本気で流したりはしないと皆も理解していた。
 先ほどまで自分を徹底的に殴り飛ばし、そしてそんな自分を仲間が見放しても最後まで信じてくれていたミカサに対してもこれまで聞いたことが無いようなひどい言葉でまるで自分達を突き放すかのような別人のように振舞うエレンの変わり果てた態度。
 サシャが死んだときに笑ったとコニーが怒っていたが、彼は長年付き合いのあったハンネスが死んだときも自分の無力さのあまりに嘆き泣いていた事、それと同じ意味を持つのなら。エレンの心は何一つ変わってなどいなかったのだ。
 アルミンにはわかった、ウミとエレンが単独でありながら共謀して行動している意味が。どんなに自分達を遠ざけても、成しえなければならない思いの為に行動している事。

 エレンの本当の心に閉じ込めた思い。アルミンは彼が自分達に頼らずこれまで単独行動していたこと、自分達にも頼れずに自分達の為に敢えて自分達と敵対することを選んだ。
 そしてイェレナの明かした「エルディア人安楽死計画」の全貌を知る事によって、エレンの気持ちを理解するのだった。
 誰よりも不自由を嫌う長い間共に暮らしてきたエレンが、いずれ滅び行く為の「安楽死計画」に賛同するはずがないと。
 ヒストリアを誰よりも犠牲にする事を拒んでいたエレンは「地鳴らしを」起こしたいはずだ。だが、ヒストリアを犠牲にする前に王家の血を引くジークの存在と、そしてジオラルド家の遺産を手にした「始祖ユミル・フリッツ」の血を引く存在だったウミのマーレで持つ権力を。

 現状を正しく認識することに長けていると、かつてマルコはジャンへ告げたが、ジャンもエレンの思いを見抜いている。そのジャンの言葉があるようにアルミンはエレンの異変とイェレナ達やジークに従ってまで行動を続けるエレンの孤独、真意に近づいた気がした。
 だってエレンは話していたではないか。夕日に赤らんだ頬を誤魔化して、自分達が誰よりも大事だと、口にして、そして――……。

「嬉しいです。あなたにもわかっていただけて」
「イェレナ!!」
「すぐに来てください!! 侵入者が……!!」

 皆の思いが、一つになったとイェレナはその思いに胸を打たれたアルミンに自分も涙を浮かべているが、そんな自分達がいずれ滅んでいく未来を、子供が作れない身体になり繁栄できないことを誰も賛同するはずがない。

 それに、誰もがリヴァイとウミが家族を築き幸せそうな姿を見て来たからこそ、誰もがいつかは、そんな未来を思い描いただろうに。
 サシャの家族たちやエヴァたちは完全に行き過ぎたイェレナの計画の全容にただ茫然としたまま。
 その時、何やら騒がしい音を立ててイェーガー派の兵士がイェレナへマーレからの侵入者がこの兵団内に居た事を急ぎ伝えに来た。その侵入者は――。マガトからの命令を受け、自分達の持つ能力を使い、ここまで辿り着き、そして壁を登り難なく潜入した二人の人間、彼らがパラディ島奇襲作戦の最初にこの島にやって来て内側からの混乱を企てていたのだった。
 初めにこの街を襲撃したマーレの戦士たち、そして、レベリオの故郷を踏みにじられて、再びこの地へと、マーレからやって来たその2人とは――。
 それはすでにもう内部に潜入を果たしていた、あまりにも慣れた手つきで鮮やかな手口で、脊髄液入りのワインを飲まされ、イェーガー派が台頭し混乱に揺れる街の中を。

 ▼

 故郷を奪われた少年はやがて敵の国に上陸して敵の故郷を奪った。奪われたのなら奪い返すまで、マーレから飛行船に潜入して生き延びた少女は故郷を蹂躙した敵の国に乗り込んだ。
 しかし、それはまた終わらない憎しみの連鎖を繰り返すだけだというのに。
 ジークの脊髄液入りのワインがこれまでもたらしてきた悲劇。それを仲間であるファルコが口にしてしまったことで彼も兵団の上層部の人間と同じジークが叫べば巨人になる人間として黒い布を巻かれ、地下に隔離され離れ離れのまま再び別の塔に監禁されていたガビが膝を抱え座り込んでいた。

「……悪魔のくせに……何で……私。こんな……わからない」

 サシャに奪われた命たちへの報復として自分は何の躊躇いもなく今までそうしてきたように自分は弾丸を放った。訓練されてきたとおりに敵を排除した、それだけだった。しかし、この島に来てみれば彼女は皆から愛される普通の女性で、マーレ人でもエルディア人でも関係ない、淡い恋を築いていた。それを破壊した自分。一斉に自分へ向けられた憎しみの中で。
 膝を抱え己のしてきた事が正しいことな筈なのに、咎められる。そして少女は自分に刃を向け、泣いていた、サシャを殺した自分、そして奪われた家族たちの嘆きの中でガビは自分の正義が分からなくなっていた。

 そんな自分が娘を殺した元凶だと知ったこれまで逃げ込んだ自分達を詳しく聞かずに無条件で受け入れてくれた優しい夫婦はサシャの両親であり、自分は娘を殺した張本人なのに。
 自分へ復讐するための刃は振るわれずに、そして自分はまた隔離されたのだった。一体何が正義で何が悪なのか、自分がこれまで信じて戦い続けたものさえも崩壊しそうなガビの元に重厚な牢の扉が開かれた。

「よぉ、サシャを殺したガキ」
「な……エレン・イェーガー!? 何の用!?」
「ファルコを助けたかったらオレに協力しろ」
「……ッ!! 協……力!? 何を……!?(……まただ。身体が……動かない……!)」

 自分がいる独房に入ってきたのはエレンだった。エレンは相変わらず感情がわからない冷淡な目で閉じ込められてファルコとも引き離されて一人ぼっちになった彼女を名前で呼ばずに静かな声調で大事な仲間であるサシャを撃ち殺したガビへの惜しみない憎しみを込めた声で呼びかけるのだった。
 今までのガビなら脊髄反射で身体に叩き込まれた戦士候補生としての処世術でくぐり抜けたのに、この目の前の現況を殺す為に死を覚悟で飛行船に乗り込んだはずなのに、現実はいざ仇を目の前にしてあの惨劇の恐ろしさを思い出し恐怖に身体が硬直してしまい何も出来ない歯がゆい現実だった。

「無線で助けを呼んでもらう。壁内の侵入者が反応を示すようにな、」
「……あ」

 ふと、エレンの背後から一緒に入って来たイェーガー派の姿をガビは視界に認めた。その更に後ろから人知れず来た小柄な女性には見覚えがあった。
 その人間は気付いたガビに静かにするようにと人差し指を立てて、そして、目にも見えない速さでエレンの後からついて来たイェーガー派の一人の喉をいきなりナイフで突き刺し、喉を突かれた兵士は呼吸すら出来ぬまま息を詰まらせその場に血を流し座り込むように絶命させたのだ。

「動かないで。ガビも静かに」
「ピークさん!!」
「静かに」

 人知れずマーレからパラディ島内部へもぐりこんだ兵士はマーレが誇る戦士隊であり知性巨人「車力の巨人」として密偵もこなす潜入の達人のピーク・フィンガーであった。
 そして手にした銃をエレンの頭へ向けたのだ。エレンへ銃を向けるに至るまであまりにも流れるような彼女の洗練された流れるようにスムーズな動きは訓練で慣れたマーレの戦士の証だった。
 聡明で頭の切れる彼女はこれまで幾度もの戦火や危機をくぐり抜けてきた。潜入も何のその。見つかることなく、難なくピークは混乱を極めて至る兵団組織内部のイェーガー派の渦中に滑り込む用に潜入すると、兵団服を装備して兵団の人間になり済まし潜入を果たしたのだった。

 そっと、人差し指をガビに立て、この島がこれから世界勢力により戦火となる前に彼女を救出に駆け付けた。そのまま後ろ手にドアを閉め、誰にも聞かれぬようにそっとエレンに銃を突き付けたまま目の前のエレンを今度は人間の姿で対面する。

「君が、エレン・イェーガー……。で……合ってる……よね? ガビ。そのライフルをエレンに向けて」

 ピークの姿を確認したガビは安堵から涙を流しているようだった。硬直して動けないガビへピークがもう一度彼女を呼ぶ。

「ガビ」
「……了解!」
「エレン。ポケットから手を出して」
「従わなければどうなる?」
「引き金を引く。あなたの脳みそが床に散らばる。見たこと無い? 巨人になるヒマなんて無いよ」
「それで……? まだ撃たないのか? 今、引き金を引かないなら何しにここに来た? 手をポケットに入れたままだとどうなる?」
「どうなるか、君は知ることはできない。床に散らばった後じゃ」
「いや、わかる。あんたは撃たない。マーレから「始祖の巨人」を殺すことは許可されてない。命令は「必ず始祖を奪還せよ」だ。この期に及んでもあんたは一旦巨人になってからオレを生かしたまま食わなくちゃいけない。だろ?」

 セーフティーロックを解除した銃が今すぐ自分の頭を撃ち抜こうとしているというのに。エレンは銃を向けられてもピクリともしない。ポケットに手を突っ込んでいるのは彼の癖。そのままエレンは顔色一つ変えずにピークの構えている銃口に頭をつけて、自分よりも背が低く小柄で大人と少女くらいの体格差のあるピークを真上から睨みつけた。

「ピークさん!!」
「ガビ。……引き金から指を外して」
「重大な軍規違反のツケを払うのはあんただけじゃなくて収容区の家族も一緒だ」
「はい。撃てません。あなたを食べることも本当ほんと無理があると思うし。どうもね……」

 エレンに全て見抜かれていた、まるで自分が最初からここで撃たないと撃てないと分っていたかのように未来を見透かしていたエレンの言葉にピークも観念したかのように両手を上げて降参の意を示した。

「ピークさん?」
「私が侵入して来た時の巨人の足跡が見つかっちゃったんでしょ? 手を打たれる前に懐に潜り込んでやろうと思ってここまで来れたのはよかったんだけど。でも……撃てなかった理由は他にもある。あなたが「始祖の力」を使えたら。マーレを倒せるんじゃないかと思って……。勝算も無しに全世界を敵に回したわけじゃないんでしょ? でも。勝算って「始祖の力」以外に何かある?」
「ピークさん……? 何を……言って……」
「ガビ。もうライフルを下ろして」

 突然ライフルをエレンに向けて2人で彼を追い込むのかと思いきや今はエレンに従い幸福の意を示すピークの意図が分からずにガビは混乱を隠し切れず、奪ったライフルが手持ち無沙汰になる。

「……だとしたら……あんたは何が望みだ?」
「マーレ及び世界から支配されているエルディア人の解放。今すぐ……私の家族を収容所から出してあげたい。私はたった一人の家族である父にまともな医療を受けさせるために戦士になった。父の命は延びたけど私に「任期」が残されていないことを知った父は悲しみに暮れている。だから、死ぬ前に一人残される父に私の手でエルディアの明るい未来を見せたい。そのためには、マーレを叩き潰す必要がある。私は何でも協力する」

 まっすぐに、そう述べたピークの言葉の真意は見えなくても、彼女のエルディア人としてこれまで受けてきた差別の苦しみは感じている筈。お互い無言で互いの目を見ている。まるで腹の探り合いのように。

「マーレを襲撃した首謀者は……ジークさんだった……ピークさんもなの?」

 ガビの方に目をやるピークの言葉に、ガビの目には大粒の涙が溜まっている。あのレベリオが強襲された悲劇を引き起こしたのはこの島に亡命するためのジークの起こしたこと、だが、目の前の彼女も裏でジークに協力していたのだろうか。ピークの本心がわからないとガビは混乱したまま向けるべきライフルを今度は味方であるはずだが裏切り者かどうかの真意がわからないピークへと向ける。

「私達は何のために戦ってきたの……? 善良なエルディア人だと世界から認められたら……いつか……エルディアは解放されるんじゃなかったの?あなたもジークと同じ!! 裏切り者なの!?」
「ガビ。私達はマーレ人? エルディア人? 何だと思う?」
「私達は……名誉マーレ人」
「違う、私達は「ユミルの民」これだけが逃れようの無い事実、何人を名乗ろうと私達は巨人になることができる人種。スラバ要塞で見た通り巨人の力はいずれ通用しなくなる。つまり私達はマーレにも用済みとされていずれみんな殺されるの。ガビの言う「善良なエルディア人」であることを証明し続けても私達が解放される日は来ない。私達は私達の力で人権を勝ち取るしか無いの」

 ガビの手からライフルを奪う様にピークは真剣な目でガビへ語り掛ける。このままマーレに仕えても自分達のこの身体に流れる巨人になることが出来る血がある限り自分達は永遠に許されないと、それが現実なのだと付きつける。

「証明しろ。あんたがこっちに協力するってんなら、何か証拠を見せろ」

 ポケットに突っ込んでいた人差し指に恐らく自分の爪を喰い込ませていつのまにかエレンは右手の人差し指から血を垂れ流していた。巨人化する隙が出来た事でエレンはすぐに自分を傷つけ、ここでエレンが巨人化すれば間違いなく自分達は死ぬことを示唆する。エレンが巨人化した時に起きたあの惨劇を肌を持って知るガビは息を詰まらせた。

「ッ…」
「この街に潜む仲間の位置を教える」
「なッ?」
「どうやって?」

 だがピークはいたって平静に答えた。さらに警戒し、睨みを利かすエレンに臆することなく彼女は誰よりも戦士でそして頭の切れる女だった。

「この建物の屋上に行けばすぐに指を差せる」
「いいだろう」

 マーレから来た彼女が国を裏切り、自分達イェーガー派に本当に味方としてつく気なのか確かめるための脅しだったが、そのピークの言葉を完全に信じたわけではないがひとまずは彼女の敵を示すとの言葉に指の傷がすぐに修復させ彼女とガビを一緒に拘束した。

 ピークが潜入していた知らせはすぐにシガンシナ区支部に現在いるイェーガー派やワインを飲まされ拘束されている兵士達の耳に入る事になる。兵士たちは急ぎこの混乱に乗じて潜入したマーレの兵士に備え新型立体起動装置を装備し厳戒態勢に入る中、エレンが先頭を行き、その後ろをガビとピークが歩いて中央の階段を進んでいる。3人の横や後ろには完全武装した兵士たちが取り囲むように並んで歩いている。
 もし何か少しでもこの女が妙な真似をしたら殺せと、伝えて。

「私はあなた達の仲間になれたってことでいいの?」
「あんたが他の侵入者を差し出せばな。それまではマーレのガキと手枷で繋ぐ。下手に巨人すればその子は粉々だろう」

 ピークの右手首とガビの左手首は重い手枷でしっかり繋がれているようだった。

「安心して。この子もすぐにわかってくれるから」

 ピークはガビの肩に手を置いて警戒を解くような明るい朗らかな笑顔でエレンに微笑みかけるも、ガビの表情は真意を測りかねるピークの言葉に混乱しているようだった。

「あの小柄な女がマーレの兵か。味方だって?」
「よろしくねー」

 警戒する兵士達だが、その兵士たちの睨みをまるでものともせず、ピークは警戒心を解くような明るい笑顔で両手をあげて見せたのだ。一体何を考えているのかわからない、読めないピーク。だが、その守ってあげたくなるような小柄な体躯と明るい笑顔は別の意味でも兵士たちを魅了したようだった。そんなピークの腕に引っ張り上げられて左手だけ上げたガビの表情は暗い。

「なぁ、あの子、本当に兵士か?」
「ちょっと、いや、かなり可愛いよな」
「オイ、止せって、一応あれでも敵だぞ、巨人の力で潜入したらしい」
「勿体ねぇな、兵士にしては惜しいくらいだ」

 口々にピークの養子について離す兵士たちの群れの中で、すでにガビとファルコを救出するためにピークと共に潜入したもう一人の巨人、自身が持つ「顎の巨人」の力を用いてこの壁を登ってきた、ポルコの姿も交じっている事には兵団服を着て見事に溶け込んでおり誰も気づかない。
 イェーガー派の兵士達はエレンがこの島に帰還して急激に発足し動き出したので全員が全員の顔を把握しきれていないのだ。

「ねぇ……ファルコは…どこにいるの?」
「ファルコもここにいる……が、ジークの脊髄液を口にしちまっている」

 ジークの脊髄液というフレーズを耳にし、ガビとピークの表情がガラッと変わる。

「どういうこと?」
「さぁな。脊髄液入りのワインが口に入ったって話だ」
「あ……!! まさか「あの時!!」
「ガビ?」
「…私のせいで……また……」

 ガビの顔を見ながら何かを察したようなピークがさっきまでの明るい表情から押し黙る。彼女も知っている筈だ。ジークの脊髄液が混入したワインがもたらした惨劇を。

「なるほど……ジークの脊髄液で兵団を支配したのね。ジークにはなぜそんな特別な能力があるのか知ってる?」
「……さぁな。あんたは知ってるのか?」
「いいえ。誰も知らなかった。ジーク以外は出会った時からジークは常に嘘をつき続けているように見えてきたけど……。それが確信に変わったのが4年前のこの街での出来事。あなたを目の前にして初めて本音を話したから「信じてほしい」「俺はお前の理解者だ」「エレン。いつかお前を救い出してやるからな」彼があなたの前では嘘をつかないのなら特別な能力の秘密も話したんじゃないの? 例えばその秘密が……「始祖の巨人」の力を引き出すことと繋がっているとか」

 階段を登りながらピークはあの時エレンとジークの会話を聞いていた。事を振り返るようにエレンに尋ねると、どうやらピークの敵が示せる見晴らしのいい屋上の扉の前に着いたようだった。そこには一足先に居たイェレナたち義勇兵やイェーガー派の兵士らが勢ぞろいでピークとガビを取り囲んでいるようだった。
 ピークは正体が判明したイェレナと対面を果たした。

「あら……顎鬚は剃っちゃったの? とっても似合ってたのに」
「エレン……この女を信用するのはあまりにも危険です」
「あぁ……信用してないが。あの女も同じだ」

 両扉を開き、シガンシナ区全体を見渡せる広い屋上に出ると、真っ新な空が自分達を迎えていた。エレンはピークとガビを先に歩かせその後ろから二人の後を着いていくと、先を歩いていたピークが振り返りながらこう尋ねる。

「ところで……まだ「始祖の力」は使わないの? ジークはどこ?」
「すぐにわかることだ。あんたが示す仲間の位置が確認できればな。示せ。敵はどこにいる?」

 エレンは再びポケットに突っ込んでいた右手をポケットの中で傷を作り、正直に答えないとここで巨人化すると脅す中、でそれを見たイェレナが周囲を取り囲む兵士たちに合図を出し一斉に銃口がピークとガビへ向けられた。
 エレンの右手から迸る巨人化の光、そして、ガビはここで自分達は終わりなのだと、絶体絶命の追い込まれたこの状況に震え、自分は故郷には帰れずこの地で散るのだと覚悟を決める中で震えながらピークと繋がれた手を震わせていると、突然ギュッと力強く握り締められたことに気付く。
 不安げに彼女をよく見れば、ピークは大丈夫だと言わんばかりの満面の笑みでガビを安心させていたのだ。そして、ピークは冷静な顔で告げた。

「そこ」

 振り向きざま。ガビの手を握り締め、ピークはただ一言エレンへ静寂の中で一言だけ告げ、自分達を睨みつけるエレンの足元を指し示した。その瞬間――。

「ッ!!」

 彼女が指し示した瞬間、突如地面から煉瓦造りの建物を砕いて「顎の巨人」が強靭な顎で真下の瓦礫を突き破り飛び出して来たのだ!!煉瓦を突き抜け「顎の巨人」エレンの足を喰いちぎるのを目の当たりにし、ピークはそのままガビを抱いくと庇う様にその崩壊から逃れるべく横へそれるように思いきり飛んだ!

「な――……」

 真下から襲ってくるなど誰も予想だにしない事態に戸惑う中どうすることも出来ずに兵士たちは屋上の崩落に巻き込まれていく。両脚を一気に喰われたエレンの姿を見たイェレナも不意打ちを喰らって唖然としている。そのタイミングで元々ポケットの中に突っ込んでいた手を傷つけ準備していたエレンはまさかの不意打ちを喰らい怒りと共に巨人化した。やはりこの目の前の女は策士だった。アニやライナー達と同じ時のようには騙されない、ポルコはエレンの猛烈な巨人化の爆風からその硬質化の手でピークとガビの二人を守っていた。

「ガリア―ドさん!!」
「……やっぱり難しいよね」
「ピークさん!? 裏切ったんじゃなかったの!?」
「ガビ……! 私が仲間を売ると思ったの?」
「でも!! ……マーレに仕えても私達に未来は無いって!!」
「上を見て、」
「あ……」

 ガビはピークがエレンを出し抜くために嘘をついていたことに気付かず完全に彼女がマーレからエレンの勢力に味方したとすっかり勘違いして居たようだが、本心は違う。
 本心はいつだって彼女は誰よりも明るい未来ではなく今目の前に横たわるエルディア人の暗い未来と現実を考えていた。
 誰よりも巨人の中で自給力しか目立った能力のない彼女がこれまで生きて来たのはハンジやアルミンにも匹敵するその持ち前の聡明な頭脳にある。見た前は小柄で気だるげな雰囲気を持ちながら彼女はマーレでは相当頭の切れる人間として遊具されていた選りすぐりの精鋭だ。
 彼女とポルコがパラディ島奇襲作戦の筆頭としてこの島に上陸して早急に奪取すべき「始祖」の位置を知らせる計画だったのだ。
 ピークが示す上空にはマーレ勢力の飛行船5機が探り当てた「始祖」エレンの元へと向かっている。とうとう半年も待たずにレベリオの屈辱を晴らすべく、その飛行船はすぐにこのシガンシナ区を再び奇襲したのだ。
 エレンが巨人体となり咆哮をあげる。悔し気に見上げる空には恐らくライナーも居る筈だ。

「私はマーレを信じない。エルディア人の解放を願っている。ただ……私は……一緒に戦ってきた仲間を信じてる」

 エレンを罠に嵌め攻撃の糸口を、この島上空へマーレを誘い反撃の隙を用意したピークは現れた飛行船に乗る一緒に戦士隊として戦ってきた上官のマガトや候補生時代から一緒だったライナーやポルコやコルトが信じた通りに来たのだと、不安げに空を見上げたガビへとそう義理堅い彼女は自分達を捨て駒としか思っていないマーレではなく、仲間達を最後まで裏切る事はしないと、固い揺るぎない誓いを示すのだった。

「狼煙が上がっている。ピークとガリア―ドが奴の位置を暴いた。「始祖の巨人」だ。行くぞ、レベリオの雪辱を果たせ。奴を終わりにしてやるぞ」

 真下から見上げるエレンと、そして真上から見下ろすライナーの目線がぶつかり合う。今ここに、シガンシナ区を舞台に再びあの日の惨劇が始まろうとしていた。

「来いよ……ライナー……お前なんだろ? マーレ軍にこんな馬鹿な真似をさせたのは」

2021.10.16
2022.01.25加筆修正
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