THE LAST BALLAD | ナノ

/Part 2

 マーレ兵達は飛行船から噴き出される蒸気に視界を奪われながらも銃で応戦していた。

「逃がすな!! 一人でも多く撃ち落とせ!!」

 しかし、自由自在に背中に羽が生えたかのように飛び回る彼らを遠距離過ぎる銃火器では弾の一つだって掠りはしない。

「急いで乗り込め!! 飛行船を撃ち落とせる火器は無いようだと伝えろ!!」
「ジャン、お前も行け!! 殿は俺がやる!!」
「任せましたよ! ロボフ師団長!!」
「俺は新兵だと言っただろ!! もう駐屯兵は必要ねぇ……!! 高給取りの、老いぼれもなぁっ!!」

 ジャンを先に行かせた元オルブド区の駐屯兵団の団長だったロボフが乱射しながらそのまま地面ギリギリまで下りてマーレの生き残りの兵士達を撃ちぬいていく。
 なぜ彼が最上位の立場を捨てて調査兵団に入団し、こうして激戦の地で戦う道を選んだのか……。
 四年前、かつて巨人化薬で巨人化したロッド・レイス巨人がロボフの故郷でもあるオルブド区に出現した時。
 彼は調査兵団の手によって故郷を救われた事に感銘を受け、そして街を巨人の脅威から救ってくれたその恩義を調査兵団に感じ、彼が今の最上位の立場を捨てて調査兵団の新兵として黒装束を纏ったのは必然であった。

「ジャン!!」
「掴まれ!!」
「おう、」

 四年前、104期の中で今一番身長が伸び、そしてこれまでの歴戦の戦いで幾度も生き延びて来て髪も伸びすっかりとたくましい兵士へと成長を遂げたジャンへ見知った大切な同期の2人の呼びかけに答え、ガッチリと手を握り合い無事に帰還した。

「点呼は!?」
「ライナ班がまだだ」
「現状は、把握した限り死者6名です」
「……そうか、クソッ」

 飛行船に帰還したジャンを待っていたのは絶対に一人も出したくは無かった兵士の犠牲だった。悔し気に顔をゆがめるジャンに歩み寄る影。

「敵に与えた損害と比べて見ろよ!! 大勝利だ!!! 我ら新生エルディア帝国の初陣は、大勝利だぞおぉぉぉ!!!」

 犠牲の数よりもそれ以上に敵に与えた損害が大きいから今回の作戦は大勝利だとフロックがあらん限りの力で拳を上空へ突きあげると、それに便乗するように兵士達も大声で
 その勝利を噛み締め、無事に帰還できることを喜び、さっきまで静かだった飛行船内が騒々しく活気づく。

「さぁ!! 喜べ!! これが六人の英霊への弔いだ――!!」

 その声は先端に居るリヴァイ達にも聞こえているだろう。
 シガンシナ区決戦で生き残ってからすっかり変わってしまったフロックの声に浮足立ちまるで祭りのように騒々しく喜ぶ兵士達とは対照的にジャンは浮かない顔で終わらない戦いの果てに繰り返される犠牲を数え。愁いを帯びた表情を浮かべている。

「……初陣か。一体いつまでやりゃあ終わるんだ。あと、何人殺せば……」

 と悔し気に今回エレンを守らねばならない為に危険を承知で敵地に乗り込みそれによって出てしまった犠牲者たちを想って胸を痛めているジャンにコニーが歩み寄ると、コニーはすっかり背が伸び逞しくなった腕でサシャとジャンを抱き寄せていた。

「とりあえず、俺達はまた生き残った。他の仲間にはわりぃけど……やっぱりお前らは特別だよ、俺は」

 抱き寄せられ、サシャもジャンもまんざらではないのかコニーの小声で自分達にしか聞こえない声でこれまで幾多もの危機を乗り越えてきた104期の生き残りとしても、仲間としても、三人で歩んできた、大切な存在であることを噛み締めていた。

「いてぇよバーカ。鉄の塊着て抱き着くんじゃねぇよ」
「オイ、何だとジャン。バカは生えたての髭を整えたりするような、つまりお前の事だバカ」
「はぁ?」
「そうですよ、髭なんか育てても食べられないのに」
「はぁああ?」
「とりあえず、ご飯はまだですか? 私、お肉が食べたいです」
「知らねぇよ、島に着くまで我慢しろ」
「使えませんねぇ、この指揮官は」

 三人で無事を確かめ合う様に、恥を隠すジャンに対しサシャは肉が食べたいと申し出るが、それは島に帰還してからのお楽しみになりそうだ。



「どういう事……?」

 ガビとファルコは目の前で起きた出来事に信じられないと言わんばかりの表情でその後姿を見つめていた。
 島の悪魔であり、マーレが一番警戒しており恐れている巨人科学の副産物により生まれた一族である「アッカーマン家」の正統な末裔であるリヴァイ。
 そんな彼をアヴェリアは聞き間違いではなく、確かに「親父」と、恐怖に陥れ自分達の上官を仕留めた男に向かって懐かしむように、そう、呼んだのだ。

 そんな彼に連れられて、島の悪魔たちが載って来たあの飛行船へ姿を消したアヴェリアの姿を目に焼き付けたガビとファルコは信じられないものでも見たかのように呆然とその真上を飛ぶ飛行船へと次々乗り込んでいく黒い悪魔達を見上げていた。

「下の敵から飛行船を守れ!! 弾薬は全て敵にくれてやれ!!」

 次々に調査兵団達が立体機動装置で飛行船へ退却していくのを見届けながら。ガビは
 その光景を見て手にした銃を何のために握り締めてここまで来たのかを思い出したようにまたその顔つきを抑えきれない憎悪で爆発させた。

「逃げる?」
「ガビ!! 何する気だ!?」
「エレン……イェーガァァアアアアア!!!!!」

 とファルコの制止も効かず、ガビの目は怒りに燃えていた。

「ウミは私達を裏切った!! あいつは、島の悪魔側の人間で、スパイだった……!! 許さない、あいつらのせいで私の故郷は、ウドもゾフィアも!! 露店商のおじさんもおばさんも、みんなみんな殺された!!! 許さない、あいつらに、エレン・イェーガーに、おじさんの鉛玉ぶち込んでやる!! このまま逃がさない、必ず殺す!!」

 と飛行船を目指してガビはどうやって追い付けるかもわからないままに怒りに身を任せ、その怒りはまるで紅蓮の炎となり燃え尽くすようにその日を燃料にして自ら死地へと走っていく。
 ガビの怒りに燃えるその形相は全て島の悪魔たちへと向けられた。ガビが構えたその銃は飾りではない。確実に人の命を奪う事が出来る道具であるのだ。
 射撃の腕に関してはトータル的に身体能力で上回るアヴェリアよりもずば抜けているガビ。
 故郷を蹂躙された激しい怒りに燃える彼女はまるであの日「超大型巨人」の出現とともに故郷を失い、そして憎むべき巨人への怒りを募らせるあの日の少年だった……。
――エレンそのものだった。
 今彼女の怒り悲しみと共に放たれた弾丸はこの先に待つより予期せぬ別れ、悲しい幕引きと共にヴィリー・タイバーの舞台は終焉を迎える――……。

「ガビ!! ガビ!! 待て!!」

 乗り込める手段もないのにそんな銃で飛行船が撃ち落とせることも出来ないと言うのにそれでもガビの走る足は止まらない。
 ファルコは必死に敵地へ単独で無茶を覚悟で乗り込もうとしているガビがこのままでは自分の命さえ顧みずに島の悪魔だと忌む集団に容赦なく殺されてしまうと恐怖し、必死にガビを引き留めその肩を掴んで振り向かせたとき、ガビはその愛らしい瞳に大粒の涙を浮かべて、悲しみと怒りに震えていたのだ。

「もう、やめよう……。敵は飛んでいるのに走ったって無駄だ。もう、わかってるだろ……!!」
「ゾフィアは……ゾフィアは飛んできたガレキに上半身を潰された。すぐ隣で喋ってたのに……。ウドは、そんなゾフィアを助けようとして逃げ惑う人々に踏みつけられた。何度も何度も、頭が割れるまで、踏み続けられた。門兵の二人のおじさんは、私を叱った。私がまた広場に行こうとしたから。エルディア人の私に、危ないからやめろって必死に……なって。そしたら、屋上の女に撃たれて死んだ……!! 私はこの収容区で生まれたエルディア人だから、塀の外や街を歩けばツバを吐かれるし、惨めな思いも散々してきたけど、だからこそ私が頑張ってエルディア人は良い人だと世界に証明したかったし、いつか……このエルディア人の腕章が必要なくなる時が来ると、そう信じていたから頑張ってこれたのにすべて壊された。こんな収容区でも……私の大切な人達がいる私の家だから……!! それを踏みにじられることは許せないの!! それでもあんたは私に走るなって言うの? 目の前でジークさんが殺されて、何もできないまま、何でこんなことをされたのかわからないまま!!」

 張り裂けそうな胸を抑えきれずに、左腕に物心つく前から腕章を身に着けたガビが悲し気にはらはらと涙を見せてこの街の現状に、静寂に包まれる情景に涙を流して泣いていた。
 ファルコはそんな彼女の許せない気持ちや抑えきれない悲しみに言葉を無くす。彼女の思いが今は痛い位に分かる。

――「あの日、壁が破られ、俺の故郷は巨人に蹂躙され、目の前で母親が食われた。あの日から……どうして何もしてない人たちがあんな目に遭って……大勢の人が食い殺されてしまったのか……オレにはわからなかったんだ。何故だろう、ライナー。なぜだ? 何で母さんはあの日、巨人に食われた?」

 だが、それ以上にファルコは先ほどエレン・クルーガーがエレン・イェーガーとして島で受けた同じ苦しみに今も苦しみ続けていることが、そして、支配されている声が響いていた。

 ガビの問いかけに対してファルコはエレンが受けた悲惨な出来事が今この現状なのだと、理解しながらも呟いた。

「踏みにじられたからだ」と。
「敵も、マーレの戦士から攻撃されて、大勢殺されたから……その報復で……」
「あんたはそれを見たの?」
「いいや、見てない……けど」
「私も見てない。そもそも敵は、世界の平和を脅かす島の悪魔でしょ? ちゃんと習ったでしょ? 奴らは今も昔も殺されて当然の残虐な悪魔。私達とは違う!」
 ――「ライナー。お前と同じだよ、海の外も、壁の中も……同じなんだ。だがお前たちは壁の中に居る奴らは自分達とは違うもの、「悪魔」だと教えられた。悪魔だとお前ら大陸のエルディア人や世界中の人々を脅かす悪魔があの壁の中に居ると……まだ何も知らない子供が……何も知らない大人からそう叩き込まれた。一体何が出来たよ、子供だったお前に。その環境と歴史を相手に。なぁ……? ライナー……お前、ずっと、苦しかっただろ? 今のオレには、それが分かると思う……」

 自分達マーレのエルディア人、そしてパラディ島のエルディア人には見た目も何もかもが同じだ。ただ生まれた場所や境遇が違うだけで、この身体に流れる無垢の巨人になれると言う呪いを持つ民族だと言う事。
 この国もあの島も、自分達は何一つ変わらないとファルコは洗脳教育を受けてはいたが、だがエレンとの交流でマーレの徹底的なパラディ島への価値観の植え付けは全て間違いだと、気付かされたのだ。
 あの日お互いに故郷を失い、そして異なる国でそれぞれが肩身の狭い思いをして生きているのだ。流れる血は同じだと言うのに、ファルコは走り去っていくガビを追いかける事が出来ないまま、先ほどエレンがライナーへ話した会話を思い返しただその思いに浸るのだった。



「ライマ班か。これで全員船に向かったな。操縦室に伝えろ!! 上昇してマーレから離脱だ!!」
「了解!!」

 他の調査兵団達も無事に飛行船に乗り込んだことを確認したロボフも確認するように周囲を見渡していると、突然建物の隙間から這うように飛び出してきたガビを発見し、すかさず手にした小銃を向けた。

「……ん……子供……?」

 敵兵の生き残りがいたのかと、ロボフが背中を向けたままのガビを撃ちぬこうとした瞬間ガビがライフルを手に振り返り際に見せた大きな目とかち合った。見るからに小さな身体そして兵士ではない一般人の服装からしてまだ幼い少女だとロボフの銃を向けた手が止まったその時、地面を滑るように低い体勢で躊躇いもなくガビはライフルを構えてそのまま立体機動のワイヤーで飛行船と繋がっていたロボフを撃ちぬき、ロボフは一瞬にして絶命しそのまま地面へ叩きつけられたのだ。

「当たった……」

 地面に座り込んでいたガビは自分が放った弾丸は見事敵を撃ちぬいていたことを確かめてそっと歩み寄った。
 恐る恐る身動き一つしないロボフから伸びるワイヤーがそのままダイレクトに飛行船に繋がっていることを目線で辿り、そして気付いた。

「まだ……繋がってる……」
「ガビ!!」

 大きなガビの目が上空をぼんやり見つめているのを見つけたファルコがすかさず彼女の名前を呼んだ。

「何するつもりだ!?」
「この……引き金だ……強く押せば……」

 仕組みも分からないまま立体機動装置と連結されている小銃を調べ、引き金を引けばワイヤーは巻き取りの要領でガビの腕を上空の飛行船へと導びいているようだった。

「ガビ……お前まさか!? 乗り込む気じゃ……」
「島の悪魔を皆殺しにする……!!」
「お前が殺されるだけだ、バカ!!!」
「お父さんとお母さんとライナーやみんなに伝えて、私は最後まで戦ったって。今は勝てなくても、みんなが私の思いを継いでくれるでしょ?」

 憎しみに駆られたガビはこの先に居る敵の人沈自らの命を賭けて報復しようとしていた。誰よりも純真で、まっすぐなガビだからこそ、その思いが芽生えた。このレベリオの地を穢された事、その怒りに燃えるガビの決意を誰に止める事が出来るだろうか。
 その時、背後から足音と共に生き延びていたファルコの実の兄でもあるコルトが二人がこんな危険な場所で何をしているのかと慌てて追いかけてくる。

「ファルコ!! ガビ!! 何やってるんだ、お前ら!!」
「兄さん……」
「じゃあね、ファルコ。あんたは良い奴だったよ……」
 ――「お前が、ガビを救い出すんだ。この真っ暗な俺達の未来から……」

 ガビがロボフの遺体ごとそのまま上空へ導かれるように登っていったその時、ファルコの脳内で、戦地からレベリオに帰還する夜の列車の中でライナーと交わした約束の言葉が駆け巡り、それはファルコを突き動かした。立体機動装置のワイヤーを手繰り寄せ飛行船に乗り込もうとするガビへ手を伸ばし、コルトが見ているその前で、ファルコは胸から血を流して絶命しているロボフにしがみついたのだ。

「ファルコ!?」

 コルトが手を伸ばすも、二人は立体機動装置が放つ強烈なガスに宙を舞う様にそのまま飛行船へその身体は自分達の思いを乗せて真っすぐに向かう。
 自らの命を賭けて、ガビは復讐為に単身島の悪魔の元へ乗り込もうとしたが、ファルコが意を決したかのようについてきたのだ。
 別れの言葉を告げたにもかかわらずついてくる気でしがみついたファルコに対してガビは何故だと問いかける。

「ファルコ、何で!?」
「「鎧の巨人」を継承するのは……オレだ!!!」
「はぁ!?」

 ファルコは自分が抱く、淡い思いをひたむきに向ける少女をこのままたった一人得体の知れない状態のまま死なせてたまるかと、彼女のいとこであるライナーと交わした誓いを果たすべく彼女に何処までもついていく事を、彼女を守る事を改めて決意し、そして同じく危険を承知で乗り込み、二人は勢い余って大きな音を立てて甲板にしがみついた。

 未だにフロックが仲間達を煽り、勝利の余韻に酔いしれ祭りのように騒がしい船内で、山育ちで狩猟を生業としてこれまで生きて来たことで人より聴覚の優れているサシャはだけが、その音を聞きつけていた。

「ん? 何か、音がしましたよ?」
「オイ、いい加減静かにしろぉ!!」

 しかし、フロックはよほど敵地で乗り込みあの時の恐怖をもたらした大国相手に勝利した余韻が冷めやらぬのかジャンの声をかき消すようにまた更に陽動しているようだった。

「声を上げろ――!! 大勝利だぁあああ!!」

「そういやぁ、ロボフさんはまだか?」
「いや、もう登ってくるはずだが……」

 とコニーへそう返答したその時、船室を転がり込むようにガビが乗り込み、そして彼女の怒りに燃えた眼差しが輪になり戦果をあげて喜ぶ黒尽くめの悪魔たちへ向かってすかさずガビが門兵から拝借したライフルを放ったその瞬間、その怒りの弾丸の行く先は煙を上げて真っすぐ向かい、柔らかな皮膚を突き抜け、その放たれた弾丸はなんとサシャ装備で覆われていない腹部に命中してしまったのだ。
 弾丸が皮膚を貫いた瞬間、サシャの苦し気に呻く声がした。熱い。火薬を纏った弾丸が皮膚を貫く痛みに、先ほどまで肉を食べたいと空腹を訴えていたサシャがぐらりと傾いた。

 まるでスローモーションのように。ばたりと仰向けに倒れたサシャ。ガビも威嚇射撃が敵に当たるとは思わなかったのか、ライフルからは煙が立ち上り呆然としている。
 倒れ込んだサシャから溢れる血がゆっくりと広がっていく……。

「サシャ……!!」

 消え入りそうな声で、コニーが自身の半身へ呼びかけた。
 しかし、ガビもすぐに気持ちを切り替えてもう一度弾丸を放つべくボルトアクション式ライフルへ弾丸を装填する。
 それに気付いたジャンが怒りのままに彼女に向かって銃弾を放ち、ガビもお互いに銃を向けるが、飛び込んで来たファルコが急ぎ彼女と共になだれ込みジャンも紙一重でその弾丸をすり抜け彼の耳の横を嫌な音が響き、どちらの弾も外れていく。

「この、外道ぉおお!!!

 ファルコとガビが顔を上げた時、さっきまで勝利を喜んでいた集団たちはサシャが撃たれた事でその元凶で乗り込んできたまだ幼い子供であるガビたちを取り囲み、小さな身体は殴る蹴るの一方的で容赦ない悪魔たちからの壮絶な集団暴力の雨に晒された。

「サシャ!! オイ!!! しっかりしろぉっ……!! おおぃ!!!」
「……うるさいなぁ……もう……ご飯は……まだ、ですか……?」
「止血だぁ!! 早く、穴を塞ぐんだ、急げ!!」
「サシャ!! 島まで耐えろ!!! 帰ったらニコロに何か飯作ってもらおう!! もう少しだから……」
「に……く……」

 慌ただしくなる船内でサシャの身体は横向きにされて包帯で腹部を固定されていくもじわじわと溢れ出す血は止まらず包帯まで染み込み、彼女の口元からも血が溢れている。正直もう彼女が助からないのは明確だった。しかし、それでも……先ほどまでやり取りしていた彼女が突然乗り込んできた敵、しかも幼い少女の手によってその命を……彼女は大好物でありどんな時も求め、それが原因で仲間達と時には叱られながらもいかにも彼女らしい最期の言葉を残してそのい命は祖国の地を踏むことなく、この場で、その命は途絶えてしまった。
 サシャの顔はどんどん青ざめていき、唇が震えている。
 思いもよらぬ凶弾に倒れた同期の姿に頭を抱えるジャン、呆然とするコニー。

「ジャン、こいつらロボフさんの立体機動装置で飛び移ってきやがった。外に投げる、それでいいな?」
「子供を空から投げ捨てれば……この殺し合いが終わるのかよぉ……」

 傷だらけのガビをファルコを抱えてフロックがそう問いかける。しかし、そんなことをしてもサシャは帰ってこない。ジャンは悔し気に壁に両手を着くと、低く絞り出すような声でサシャの突然の死に受け入れきれそうもない悲しみの中で、そう、フロックに問い返すのだった……。



 リヴァイはエレンを拘束しながらその目線の先で顎髭を触るやたら背の高い女へ訪ねた。

「オイ、てめぇはいつまでそれをつけてるつもりだ」
「え? 評判、よかったんですけどね……」

 ドンドン、をドアの向こうから聞こえる声にリヴァイが反応する。

「あいつら、まだ騒いでいやがるのか……」

 今回の作戦とても手放しで喜べはしないと言うのに。いい加減バカ騒ぎをやめさせようとドアの向こうへ眼を向けた時、ジャンが縄で拘束され鼻血を垂らし傷だらけの幼い子供を引き連れドアから姿を現した。

「触るな!! 悪魔ぁ!!! 私達は負けてない!!! ジーク戦士長が遺した意志は同胞が引き継ぐ!!! お前を呪い殺すのは真のエルディア人だ!! 私を殺した後首謀者に伝えろ!!」
「今から会わせてやるよ。そいつに同じこと……言ってやれよ」

 そして、ガビとファルコの目線が泳ぐと、拘束されているエレンの隣で顎をさするジークの腹心の部下である女兵士、イェレナ。そして、

「ガビ、ファルコ、なぜここにいる?」
「なぜって、ジークさんがなぜ??」
「生きてたんだね!? でも、こいつらに捕まっていたなんて……」
「このガキ共は何だ」
「ロボフさんを殺し、立体機動で乗り込んできました。そして、この子にサシャは撃たれて……。もう、助かりそうに……ありません……!」

 重い沈黙の中でジャンが告げた言葉は船内を駆け巡り同じ同期でもあるアルミンと104期の中で生き残った唯一のかけがえのない同性でもあり仲間でもあるミカサは慌てて部屋を飛び出していく。

「あとは頼んだよ、オニャンコポン」
「了解です、ハンジさん!!」
「それで? すべては計画通りってわけですか。ジーク・イェーガー」

 そこでガビとファルコは自分達が知らない場所で行われていたジークの陰謀を、知るのだった。

「え……??」
「大筋は良かったが、誤算は多々あった……」
「ジーク、さん……??」
「え? 何、この子たち……」
「誤算だ」

 低い声で、ジークがぼそりと呟くと、ジャンはこれまでの怒りをぶつけるようにイェレナに詰め寄った。

「イェレナぁあああ!!!!「顎」と「車力」はお前が拘束するんじゃなかったのかよ!? お前のせいで仲間が余計に死んだんだぞ!?」
「すみません。確かに二人を穴に落としたんですが……脱出されてしまった。私の失態です」

 ジャンの言葉に謝罪の言葉を述べるイェレナだが、その黒目がちな目は本当に心の底から謝っているのかは謎が残る。
 リヴァイは忌々し気に自分が先ほど殺したくても作戦の為に殺せなかった憎き因縁の相手を睨みつけていた。

「その余波で「獣」が予定より多めに石つぶてを俺達にくれてやったわけか。道化にしては、大した即興劇だった。なぁ? 髭面ぁ」
「そう睨むなよリヴァイ。小便ちびったらどうしてくれんだ? お前こそ大した役者じゃないか。俺を殺したくてしょうがなかっただろうになぁ……」
「イェレナと結託して俺の妻にまでこそこそ手を出しやがるとはな……」
「誤解しないでくれよ。俺との接触を望んだのは人妻ウミちゃん、いや、ジオラルド家のご令嬢。まさか、自分の怒りに任せてあの子を酷い目に遭わせたりしていないだろうね?」
「安心しろ、俺は……一番喰いてぇもんを最後まで取っておくタイプだ。よぁく味わってから食いてぇからな」

 リヴァイとジークの間に流れる重たい空気はウミが加わったことでより一層その憎しみの深さは重みを増した。
 手引きをしたのはイェレナ、そして導かれるように彼女はジークの元へ渡ったのだ。島を守るため、家族を、自分を守る為とは言えリヴァイはどうしてシガンシナ区決戦で自分達追い込み仲間を殺した因縁の相手と彼女が繋がっていたのか、はらわたが煮えくり返りそうな怒りに満ちていた。
 エレンはその犠牲の上でもこうして自分達が暴れた事によって得たものは多いと告げる。

「マーレ軍幹部を殺し、主力艦隊と軍港を壊滅させた。これで時間は稼げたはずです」「世界がパラディ島に総攻撃を仕掛けてくるまでの時間かい? 私達は君が敵に捕まる度に命懸けで君を取り返した。どれだけ仲間が死のうとね。それをわかっておいて、自らを人質にする強硬策をとるとは……。お望み通りこちらは選択の余地無しだよ。君は我々を信頼し、我々は君への信頼を失った」
「だがこうして「始祖の巨人」と「王家の血」を引く巨人が揃った。そして、ジオラルド家の遺産を手にした始祖ユミル・フリッツがなったとされる「原始の巨人」の力を手に入れたウミ。すべての尊い犠牲が、エルディアに自由をもたらし、必ず報われる」

 と告げた。
 その時、再び扉が重厚な音を立てて開かれていく。そこにいたのは、真っ青な表情で立ち尽くすコニーだった。
 開いた口がふさがらないのか、コニーの口がわななき、そして、彼の左目からつう……と堪え切れない涙が溢れた。
 自分の半身のような存在の死に、コニーの半身が悲しむように。





「サシャが……死んだ……」




 と、涙を流し、コニーはそうエレン達へ仲間の死を告げる。この作戦でかけがえのない同期が命を落としたのだ。全ての元凶となったエレン、コニーの報せを受けて静かに問いかける。

「コニー、サシャは……最期、何か言ったか?」
「「肉」って言ってた」

 と答えるコニーに、エレンは突如気でも狂ったと思われかねない奇行に走り、彼は肩を震わせながらくっくっくっ、と狂ったかのように笑い出したのだ。
 この時見せたエレンのその笑いに、同じ空間に居た全員はエレンを信じられないものでも見るかのように見つめていた。

「エレン……お前とウミが調査兵団を巻き込んだからサシャは死んだんだぞ?」

 ジャンは同期でもあり仲間の死を、サシャの死をあざ笑ったかのようなふるまいを見せるエレンを信じられないものを見るかのような目で見た。
 ハンネスがカルラを捕食した巨人に食われた時、エレンはあまりの悲しみに、そして自分の無力さにただ笑うしかなかった。
 あの時と同じように、エレンは己の無力さを笑ったのか。
 それとも、最期までサシャらしい言葉に力が抜けたのか。
 真意は分からないを誰にも見られないように無造作に伸ばした髪は俯けばエレンの顔を隠してしまったからだ。
 かつて、暮れなずむ夕日の下で、お前らが大切だと、そう告げたエレンの顔は夕日のように赤く染まっていて。
 あの時確かに口にした言葉が、今のエレンからは遠く感じた。サシャの死を機にますます、104期が築いてきた絆は溝を深め、エレンは仲間達から、調査兵団からも孤立してゆくのだった。



「母さん……サシャが……死んだって」
「そぅ、」
「母さん? サシャは、母さんが訓練兵で仕事してた時からの……」
「いいの……。アヴェリア。今の私には、あの子に会う資格も、泣く資格も……無いの」

 エレンは昔のサシャを思い出しながら悲痛の表情を浮かべていた。

――「ふかした芋です。調理場に丁度ころあいの物があったので、つい! 冷めてしまっては、元も子も無いので。今、食べるべきだと判断しました」
――「えっへっへっへ……あの、上官の食糧庫から、お肉、取ってきました。大丈夫ですよ、土地を奪還すれば、また……牛も羊も増えますから」
――「やりましょうよ、皆さん! さあ、立って! みんなが力を合わせれば、きっと成功しますよ! 私が先陣を引き受けますから」
――「やるしかありません! だって戦わないと、勝てませんから!!」

――サシャ・ブラウス
 訓練兵団同期104期生であり、マーレの戦士ライナー・ブラウンの従兄妹である戦士候補生ガビ・ブラウンのライフル射撃を腹部に受け出血多量により死亡。

 
FINAL SEASON.1
【海の果てに眠りを与えて】Fin.
 NEXT FINAL SEASON.2

 2021.04.19
 ここまで読んで頂き本当にありがとうございました。
 年明けから始まった「BALLAD」の正当な続編にあたる「TLB」こと「THE LAST BALLAD」ですが、ここに至るまでに自分の力不足により、読み手の皆様におかれましては色々とご迷惑や不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした。
 まだまだ明かされていない部分が多い「TLB」ですが、物語も舞台はパラディ島に移り、大きく物語も動いていきますので、本誌は完結しましたが、思い描いたゴールにたどり着けるように今後もどうぞお付き合い頂ければと思います。

2021.01.30加筆修正
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