THE LAST BALLAD | ナノ

#105 絶対不可侵的領域

 この三重の壁の島からいざ飛び出してみれば、自分達の置かれた立場とはあまりにも酷なものであった。
 自分達はエルディア人と言う巨人になれる遺伝子を持つ忌まわしき民族だった事。
 その自分達を取り巻く世界の現状を知る恐らく自分達と唯一の交流国となる東洋のヒィズル国の支配者であり、将軍家の一族として外交官を務めるキヨミ・アズマビト。
 そんな彼女と同じく、東洋の一族の血を持つことが判明した将軍家の末裔にあたるミカサの存在にキヨミは歓喜し、そしてもし何かあればいつでも逃げて来てと告げたのはやはり、この島はいずれは滅びの一途を辿ると言う事を示しているのだろう。
 自分達人類はこれまで巨人の脅威に怯えながら、それでも築かれた三重の壁に守られてその営みの中で暮らしてきた。
 しかし、その壁の中でただ暮らすだけでは意味が無いのだ。その壁の中で一生を終える事をよしとしなかった。だからこそ、自由の翼を背に壁の外を目指したのだ。
 そして、知ってしまった、知らなければこのまま終わりを迎えていたこの世界を。自分達がこれまで暮らしてきたこの世界はもっと大きな世界の中のほんの一部だったことを。
 この壁に覆われた世界があまりにも小さな島国だったと言う事実は壁内人類を震撼させ、そしてその世界は自分達の身体に流れるこの血を恐れていた。
 かつて古の対戦で自分達の祖先が犯した罪。かつて攻め滅ぼそうとした大国が近い未来逆に自分達を攻め滅ぼしにやってくる事。
 それが不可避な未来であること、壁の外で待っていたのは自由などではなかった。むしろ、いつかこの島は他国からの侵攻により攻め滅ぼされる未来だった。
 そうなれば文明の発展から何百年も遅れているこの島の兵器など何の役にも立たないまま真っ先に兵団の人間たちは殺され、いずれは何の罪もない多くに民間人もその犠牲になる、その中にはきっと、ウミも、自分たちの子供達も居て、家族を守ると言う新しい目的が出来たがそれはこれから迫る危機に巻き込まないために、この命を賭けても守る、それは自らの死を意味していた。

 多くの犠牲の果てに奪われた地平を取り戻し、そして島を我が物顔で闊歩しており、そしてかつて自分達と同じ存在であった巨人たちを掃討し、ようやくこの壁の向こうの海を見つめることが出来たあの日の感動は、キヨミ・アズマビトが持って来た現実によってすぐに消えた。

「リヴァイ! お帰りなさい……!」

 いつも王都があるミットラスからウミの暮らすシガンシナ区まで通うのはだいぶ骨が折れるが、ウミは今ようやく帰りたかった故郷でのんびり暮らしているのだ。
 一番危険な場所であるが、彼女の故郷で暮らしたいと願う気持ちも尊重したい。リヴァイは合間を見て足繁くシガンシナ区まで通い、生まれた娘や心を開き始めた息子との時間を大事にしていたが、これからはきっと、そう気軽に通えなくなるだろう。
 リヴァイは突きつけられた現実に呆然と立たされていた。

 今ウミが自分との間に授かった愛おしい娘の寝顔を見つめて迎えた場所はヒストリアが経営する孤児院だった。
 今日は調査兵団・兵士長の妻としてウミも王都に招待されていたのだ。答えの出ない重苦しい階段の後ははるばるパラディ島にやって来た初めての要人を出迎える為の歓迎式と言う名の夜会が行われるのだ。

 夜会の間まだまだ甘えたい盛り。今が一番かわいい盛りの娘のエヴァランサ、エヴァを預かってもらう為、ヒストリアの孤児院でヒィズル国との会談が終わるのをすっかり孤児たちにも懐かれてウミもいる第二の家になりつつあるこの孤児院で待っていたのだった。

 初めての外国との交流、どんな会談になるのだろうか、どうかいい会になればいいと笑顔で愛する最愛の夫を出迎えたウミだったが、リヴァイの表情は決して明るいものではなかった。その笑顔を通り抜け、リヴァイは子供たちが皆昼寝をしている時間だと知っているからこそ無言でウミを強く抱き寄せ、その腕に閉じ込めていた。

「リヴァイ? どうしたの?」

 もうこれ以上、彼女と離れるのは無理だ、かつて王に仕えたアッカーマン家として、強靭な肉体と精神力を持つリヴァイでさえもウミの前ではただの男になる。
 愛も知らなかった男は愛を与えてくれた女の前では無力で非力な赤子のようだった。
 甘えるように抱き締めるよりも抱き着くようなリヴァイの様子を察知し、ウミは無言で抱いて居た彼女の抱っこですやすやと穏やかに眠る娘ごとリヴァイを抱き締め、その胸いっぱいの愛で彼を受け止める。
 それはまるで、彼が幼い時に失った美しい母の存在を彷彿とさせた。
 いつの間にか、自分を頼り助けてと泣いていた少女は大きな愛を経て大きな包容力で自分を支えている。自分が守るつもりが彼女と言う存在に自分は守られていたのだ。

 調査兵団に入団してからというもの、地下街に居た時よりも栄養価の高い食事や鍛錬のお陰で彼の細身だった身体。
 今ではガッチリとした筋肉質の体型になり、ウミにとって最後の戦いだったシガンシナ区決戦においても身体がますます厚みを帯びた様な気がする。そんな彼の腕に守られていると思うと、結婚して夫婦となった今も珍しくこうして抱き合うと初めて彼に抱き締められた時のあの胸の高鳴りが蘇るように、改めて
 彼を愛しく思うし、守りたい、今までは兵士として共に戦地を駆け抜けていたが今は家庭を守る妻として、心からそう思う。

「……よしよし、」

 まるで馬にでも接するかのような手つきで。
 言葉が拙い彼はよくこうしてウミを無言で抱き締める事で簡単に口に出すことが難しい感情を昇華させていた。
 自分では考えても到底思いつかない言葉を探すよりもウミと抱き合うだけで満たされる気がした。
 互いに離れていた期間も含めればもう10年以上の付き合いになるのだ。夫婦となり、甘い恋人同士のような初々しさは消えたとしても、今はお互いがお互いを深く思い合っている。
 それだけで、一時は満たされる。こうして抱き合っても未来は変わらないことを、理解しながらも。リヴァイはどうしてもこの愛しい存在を手放すことは出来ないと思った。しかし、早く解決策を見出さなければウミも、ヒストリアも、多くの人間たちがこれからも平和を享受するためのこの島の生贄となってしまう。

「(もう二度と……、お前が犠牲になる道も、お前が居なくなる未来も……どうすればいい、どうすればお前を泣かせずに済む)」
「リヴァイ、大丈夫だよ」

 安心させるように、微笑む柔らかなウミの笑顔にリヴァイはどうにもならない未来の選択肢の中で、それでも癒され心満たされていくのだった。
 その笑顔はまるで覚悟を決めていたようにも見えた。ウミにはわかっていた、彼は自分の真実を知ってしまったのだと。自分がマーレの名家でありかつて巨人大戦でエルディア人をこの壁に追い込んだ一族の末裔であり、そして長きに渡り始祖ユミル・
 フリッツを調べその遺伝子を使って
 だが、ジオラルド家はもっとおぞましい歴史を隠していたことを、この時点では誰も知らない。そう、死人に口なし、今は亡き者達の過去の記憶を知る事は出来ない、過去の継承者の記憶を知るエレン・イェーガー。彼以外は誰も知らない。

 抱き合い見つめ合う、それだけで幸せな日々が終わる。2人が過ごせた穏やかな日々は、この世界ではあまりにも短く。一瞬で駆け抜けた時間だった。




 キヨミ・アズマビトは自分達エルディア人に対して非常に友好的だった。この壁に覆われた楽園・パラディ島が島外の者達との友好を図ることは難しいと顔をしかめる中で、内心、自分達には惜しまずこの島がこれからも変わらず繁栄することに協力的な友好的な笑みを浮かべていたが、その笑みの裏ではパラディ島に眠る莫大な資源を求めているという自分達への有効はあくまで上辺で内心パラディ島の資源を自分達の傾いた国を建て成す為だった。
 そんなヒィズル国の事情を知ってか、言葉巧みに其処に忍び寄るジーク・イェーガーの目的。その事実は誰にも見えない。
 そして、ジークがこちらに提示した三つの計画。その条件を呑む、乗るということは、ヒストリアとその子供が犠牲になるということだ。
 しかし、他の道を模索しても古の歴史より自分たちの祖先が犯した罪が消えることは無い。
 自分たちが巨人になれるからこそこれまでの歴史で世界中から恐れ忌み嫌われている、そして大国マーレで自分達はまるで人間以下とみなされ迫害を受けているエルディア人の現状。

 歴史はいつまでも延々と繰り返され、エルディア人に対する差別は未来永劫消えることは無い。
 しかし、その為ならばヒストリアを犠牲にすると言うのか。レイス家がこれまで引き継いできた歴史のように子が親を食いそして営まれてきたこの歴史は再び繰り返されることは避けられない。もちろんその未来は避けたいとハンジもエレンも、誰もがそう願った。
 そして、犠牲になるのはヒストリアだけでは無い。

 誰もが苦悩の中で簡単にすぐ出せる答えなど見つからなかった。後味が悪いまま会議は終了した。初めてこの島にやってきた客人、ヒィズル国が付きつけてきたこの島で暮らす自分達の身体に流れる血が後に迎えるその結末はあまりにも残酷な事実だった。

 エレンの激しい怒りを受け、感銘を受けたヒストリアが大きな目を潤ませていた。それが紛れもなくヒストリアの本音だった。
 言葉なく大粒の涙を流したこの選択の結末。自分達が生き長らえる手段だと、誰もが理解した。
 ジーク・イェーガーの提示した三つの条件は断固反対だと、激しい怒りを露わにしていた。
 あの勲章授与式から髪が伸び見た目も中身も、すっかり別人のようになったかつての死に急ぎ野郎はヒストリアが犠牲になる未来も、ウミが単身この島を捨て二度と戻れない覚悟でマーレに渡る未来も選ばない。
 犠牲を覚悟でそれで生き長らえる手段しか残されていないと言う事は認めたくない。誰も犠牲にならずに自分達がこの先の未来もずっと生きていける方法を模索することを望んだ。

 そして、ウミの身体に流れる血がこの国の人間ではない事、「進撃の巨人」の能力で過去の継承者を通じて知ったエレン以外の人間にも周知の事実となったことで会議に参加していた上層部たちに激震が走った。
 キヨミはまさかウミがその話を独り抱え墓場まで持って行くつもりだったのかと比喩し、そして自分達が生き残るためにウミがこの国を捨て大国マーレの権力者として生きていくことも、外で待機しているリヴァイには絶対に言えない。と、ハンジはそれ以外の会議に参加していた部下たちへ懇願した。

「簡単に答えを出せるような問題じゃない。何より、私もエレンの意見に賛成だ。誰も犠牲になんかさせない……。ウミも、ヒストリアも、誰も……もっと他の方法を探すんだ、無いとは言わせない、誰も犠牲にならない方法を見つけるんだ……期限はまだ残されている」

 盟友であるエルヴィン・スミスを自らの手で囚われていた夢から解放したリヴァイに待つ過酷な戦い、しかし、リヴァイのエルヴィンとの約束は果たされることは無い。ジークの寿命を待ちヒストリアに継承させるのなら、リヴァイの夢はここで潰える事となる。

 エルヴィンとの約束を果たす為。これからの未来を思って一度はお互いに別れる道を選択したウミとリヴァイ。だが、そんな二人を繋いだのは……二度と子供が出来ないと言われていたウミに宿った新しい子供の存在だった。
 離れていた期間を越えてようやく結ばれた二人。
 そして、結婚式を挙げて新婚旅行から戻って来たばかりのようやくあの本当の意味で「家族」になれたというのに。家族としてこれから幸せになろうって時に、着きつけられてしまった現実に誰もが愕然とした。

「もうこれ以上、あの二人の仲を引き裂く事が起こることは無い……ウミはリヴァイの子供を育てながらシガンシナ区であの店でいつまでも笑っていて欲しい。小さい頃からずっと巨人と戦い続けて輝かしい少女時代を巨人の返り血で過ごしてきたウミだからこそ、誰よりも……そして同じように地下街で私たちの想像を絶するような最悪の環境を生き抜き地上の居住権を手にしたリヴァイ、私は二人の「よき友人」として二人を見守ると決めたんだ。……ああ、分っているさ、これが仮初の幸せだとしても、だけど、私はあの二人を引き裂くものがどんなものでも、それが存在することを決して、許さないよ……。いつまでもどうか、幸せでいて欲しいんだ、例え、今だけの幸せだとしても、この島を悪魔の末裔と忌み嫌われようが根絶やしに何てさせやしない。だからと言って争う事もしたくない」
「ハンジさん……」
「頼んだよ。どうか……お願いだ、これは団長命令じゃない。私個人の、ハンジ・ゾエとして。私があの二人の友人代表で祝辞を述べた時から何も変わらない、あの二人を引き裂くものはもう、何も無いんだと、どうかこの島を取り巻く環境がどれだけ悪かろうと、それだけは絶対であって欲しい……。あの二人はいつまでも笑っていて欲しいんだ」
「もちろんです、」

 思わずその手に力が籠るほど。キヨミ・アズマビトがジークとの密会でまとめた資料はもう必要ないのだと、強くその握り締めた紙が皺になって使いものにならない位に力を込めると、そのままその場を後にした。
 一人、廊下を歩きながらハンジが思う事、今は亡きエルヴィンの存在だった。

「こんな時……もし君が生きていたら、君ならどんな選択をしたのか……教えてくれよ、エルヴィン」

 まだ正しい正解も、必要な答えも、何もかも見えない。
 そればかりかもうこの先どうすればいいのかわからない、思い悩むばかりだ。
 ハンジはエルヴィンの命令で死よりも重い自由の翼を纏いし「調査兵団・団長」として苦境に立たされていく。
 そしてこれからますます苦しい限られた選択肢の中を進むことになる。まるで、サネスが最後に言い残したあの言葉が事実だとして、その定められた運命、自らそれをなぞるかのように。



 息をするのも重苦しい状態から未だに答えのない会議が終わる。しかし、結局問題の根本的な解決には至らずに誰もが残された手段に憂いた。
 はるばる東洋のヒィズル国からやって来た初めてのパラディ島で迎えた異国の客を迎えキヨミ達をもてなすため、ミットラスでは貴族たちも交えた華やかな夜会が開かれていた。
 勿論、調査兵団もその式典の中心的な立ち位置だ。
 一同は兵団のロングコートを脱ぎ捨て、正装に身を纏いヒストリア女王の警護とこれからますます国交が盛んになるであろう自分達パラディ島の為のデモンストレーションのようだと見つめていた。
 華やかな会場では豪勢な料理や、きらびやかな空間に先程までの重い空気を振り払うかのようにマーレ産の酒が振舞われたりと、なるべく先ほどの話題には触れないようにというどこかその満たされていた。
 ヒストリアも白を基調とした
 見た事もないマーレの料理なども振舞われ、サシャは嬉しそうに本来の役割も忘れて次々とその料理に飛びつく始末。コニーとジャンがそんなサシャをすかさず止めに入るが、サシャは聞く耳を持たずに絶叫しながら外国の要人用に用意されたための食事だと言うのに気にせずに本来の調査兵団の目的も忘れて食らいついていた

「うまあああああい!!! うまいよぉおお〜!!」
「おい、サシャ、またお前はっ、いい加減にしろよてめぇ!!」
「料理ならニコロの所で作ってもらえばいいだろ、向こうもそれ喜んでんだから!!」
「そ、それとこれは別ですよ! これはニコロさん作ってる料理じゃないですし、う〜っ!! うますぎる〜〜!! やっぱ出来だちはおいしいですね!!」
「なぁ、その料理も俺が作ってんだけどな……」
「ああぁ!! やっぱニコロが作ってたんじゃねぇか!!」
「えええええっ!? ニコロさん!?」
「オイ、汚っ!! 吐き出してんじゃねぇよっ!!」

 テーブルには次々と並んだ豪華な料理たち。今までパラディ島の壁内人類たちの限られた質素な食事のイメージを全て塗り替えたのはマーレからやって来たニコロのお陰でもある。
 今まで壁で閉鎖された世界ではとても口には出来なかった新鮮な海の幸をふんだんに使った料理や華やかな彩のピザや肉料理や大好きなロブスターに食らいつく。

「オイ、もっときれいに食べろよな、せっかくのドレス姿が台無しだぞ」
「むぐぐ、す、すみません……」

 相変わらずの色気より食い気のサシャ、今夜の為に仕立てられたドレス姿も台無しだ。ニコロの登場に大変驚いているようだったがニコロに仕方ないなと世話を焼かれ、その様子と遠巻きにコニーとジャンは見つめていた。
 本当にサシャに取ってニコロは理想の相手だと特にいつも三人で過ごしてきたからこそ、二人は思う。

 元々ニコロはマーレからやってきたマーレに所属する軍の兵士だった。元々シェフではなく、兵士の中でもパラディ島と違い豊かな自然に恵まれた海鮮料理が主であるマーレ料理が上手いだけだった。
 調査船団の一員で先遣隊として最初にこのパラディ島に上陸したが、先に待ち伏せしていたリヴァイ達に捕まり、パラディ島の捕虜となる中で、ますますエルディア人への恨みを強いものにしていた。
 が、その後にやって来たイェレナ達の口添えもあって捕虜からレストランの従業員として働く事になったのだった。
 その中でサシャがパラディ島に来てから初めてニコロの料理を喜んでがっつく勢いで食べる姿を見てからニコロは自分の美味しい料理を笑顔で食べてくれるサシャの笑顔に忽ち心奪われていたのだった。
 すっかり彼に胃袋を掴まれたサシャはそれからはニコロの料理もだが、彼に会いに頻繁にレストランに通うようになった。
 二人は公にはしないが、周囲から見れば明らかなほど、二人はお互いを思い合っているようで、微笑ましい光景に尚更この平穏が続くようにと誰も犠牲にならない未来を模索し始めていた。

「ねぇ、リヴァイ兵長は?」

 そんな中、背後から聞こえた声にジャンとコニーが振り向くと、そこに居たのはスラリとした体躯に、気の強さが全面的に表れた釣り目の女性。シガンシナ区決戦後に調査兵団に入団した退団した[LN:ウミ]の代わりにリヴァイの副官となったアリシア・ヒースだった。

「アリシア、てめぇ。また懲りもせずにいきなりリヴァイ兵長に抱き着いたんだってな」
「そうよ、兵長ったら硬直してたわね、意外と迫られると対応できないみたいでそこがまた可愛いわよね…」
「お前な……リヴァイ兵長が女に手をあげないとしても調子に乗るのもいい加減にしとけよ、リヴァイ兵長は既婚者なんだぞ、あのリヴァイ兵長を射止めた奥さんがどれだけおっかないか……見た目は普通なのに怒らしたら顔の原形無くなるぞ、本当に知らねぇからな。この前も店でただ飯食おうとした奴をボコボコにして憲兵に突き出したんだからな」
「知ってるわよ、それくらい。元分隊長でリヴァイ兵長の副官も務めてた実力者。結婚式の時に見たもの。あの人類最強の男を落とした女、誰もが当時はどんな人か、知りたがったし、見たがったじゃない。でも……実際に姿を見れば、別に大したことない、普通の一般人でがっかりしたわぁ……絶世の美女でもなければ元調査兵団分隊長まで上り詰めた割には普通で……もっと早く私がリヴァイ兵長と知り合っていたら……」

 アリシアは自分の若さや美しさを誰よりも誇りに思っていたし、それに何よりもどうしてリヴァイが選んだ女性がいたって普通の平凡な家庭に育ったようなウミだったのか、二人の出会いからこれまでを知らないからこそずけずけと言い放ち、そしてにっこり微笑むのだった。

「でも、まだチャンスはあるわよね」
「は?? 正気かよ!!」
「お前、待て、絶対にあのことは言うなよ」
「ジオラルド家だってこと?」
「オイ!!」

 裾にスリットの入った艶やかなドレス姿に赤い紅を引いた女は口元に歪んだ笑みを浮かべていた。その目線の先。リヴァイにエスコートされて姿を見せた、先ほどの会談の中で話題の存在となった大国マーレの名家であり英雄・ジオラルド家の末裔だとキヨミに暴露された事も知らずに微笑むウミの姿だった。

「だぁいじょうぶよ、言わない言わない……私からはね、」

 ニタリ。人知れず歪んだ笑みを浮かべるアリシアたちの背後からウミを見つめるもう一つの深い闇があった。

「彼女が、英雄の末裔……ジークが探していた……。ようやく叶う、ずっと、あなたに会いたかった。ウミ」

2021.07.14
2022.01.30加筆修正
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