THE LAST BALLAD | ナノ

#101 Dark Side Of The Moon

 ――今も覚えている。鮮明に。ウォールマリアを奪還し、壁外の巨人を掃討してようやく本来の壁の外へ飛び出し、調査兵団が初めて海を見たあの日。
 マーレから船でこの島に渡って来た調査団員を捕獲し、マーレの情報を聞き出す作戦を行った。
 しかし、その調査団員は仲間であるマーレ人を撃ち殺して自ら名乗り出たのだ。

 ――「ハンジさん、お招きいただき光栄です。お茶、しましょう」

 イェレナと名乗った形の良い金髪のショートカットに大きな黒目がちの目をした高身長の女は「ジーク・イェーガーの命を受け上官を撃ったと、反マーレ派の義勇兵」だと、低い声で自ら正体を明かした。
 イェレナ達がこの島にやって来たその目的は、悪魔の末裔達が暮らし繁栄してきたこの島を大国マーレからやってきた自分達が掌握するためではない。
 イェレナ達は世界中から敵意の目を向けられているこの島へある条件を突き付けたのだ。
「ジーク・イェーガーに残された時間以内に彼をパラディ島に受け入れ、「始祖の巨人」を有する自身の腹違いの弟であるエレン・イェーガーと引き合わせること」を提示してきたのだ。
 もちろん、かつてシガンシナ区決戦と言う名の、自分達とジーク・イェーガーが率いた大国マーレの巨人たちとの熾烈なあの戦いを忘れたわけではない。
 彼の投石攻撃によりエルヴィンを始めとする多くの兵士達が犠牲になったのもまた事実である。そんなかつて対峙した敵とまたこうして誰もがその提案に反対意見を申したのは言うまでもない。
 だが、彼を引き入れるリスクを誰もが口にする中でハンジは自分達がかつて対峙した敵であるジーク・イェーガーをこの島に受け入れる事でそう遠くない未来、他国からの侵攻により滅び行くこの島がこれからも平和に繁栄していくには不可欠な条件だった。
 ジークが提示した条件、こちらにとってそのただ甘んじて受け入れるだけではない。もちろんそのリスクを受け入れるのだからそれなりの見返りが必要である。
 その見返りとは、

――「パラディ島の安全を保障」
――「武器をはじめとする最新技術の提供」
――「友好国との橋渡し」
――「マーレに対する情報工作等々の支援」だった。

 この島国は今の今までずっと壁で覆われていた。
 その事実は、100年もの間島の限られた人間しか知らずに今日までこの壁の国は偽りの平和の中で安寧をもたらしていた。
 そして、その事実に手を伸ばした者は皆粛清された。
 それがこの島が今まで静かに長い間繁栄してこれた真実である。
 だから、実際に他国の人間がこの島が今どれだけ危険な状況にいるのか、教えてくれるまでわからなかったのだ。
 この国はあまりにも弱く、巨人化出来る血を持つ民族「エルディア人」の自分達は他国から憎悪や敵意の目を向けられていること、そして、存続すら危ぶまれていることも。
 だからこそ。

「ジークいわく、エルディア人の問題を一挙に解決する「秘策」が残されているのだと。その「秘策」を行う条件として必要なものが、「始祖の巨人」と「王家の血を引く巨人」その二つが揃えば世界は救われる。ただし、その「秘策」を明かすことができるのはまず、その条件が揃ってからだと」

 自分達に残されたのは、無条件でその提案を受け入れるしかないんだと告げたハンジに対して軍の上層部の人間たちは苦い顔をする。そんな確信もない中でかつて対峙した敵をこの島に受け入れても大丈夫なのかと。その言葉にエレンが立ち上がり発言する。

「それは……本当です。思い出したんです。オレが一度だけ「始祖の巨人」の力を発動させる事ができたのは、「王家の血を引く巨人」と接触した瞬間でした。その巨人の顔は父の残した写真と同じ人物、ダイナ・フリッツに違いありません。偶然にもオレはあの日あの瞬間に無垢の巨人として彷徨うダイナ・フリッツと接触し、窮地を脱したのです。つまり、ダイナの息子であるジークは解明したのでしょう。「不戦の契り」を出し抜く術を、我々エルディア人に残された唯一の希望を。壁に潜む幾千万もの巨人で世界を踏み潰す「「地鳴らし」の発動条件を」

 その事実を今まで誰にも話さずにエレンはずっとその痛みを抱えていたのだ。すっかり落ち着いた青年へと成長しつつあるエレンの変化。アルミンは心配そうにエレンを見つめる中で、そんな重大な事実を今まで伏せていたエレンへリヴァイは非難の目を向けるのだった。

「お前……どうして今までそんなこと黙っていやがった?」
「ヒストリアの身を案じたからです。オレの不確かな情報で巨人にさせるわけにはいかないと…そう、思っていました。軽率な判断であったことを認めます」

 思えば、あの時点からエレンが何かを隠しているのは分かっていた。調査兵団に入団する際もエレンの目から感じた巨人への憎悪、しかし、エレンはあの日を境にまるで別人のようになっていた。エレンとアルミンと一緒に居ても彼の心はここにあらず、常にいつもどこか遠くを見つめていた。
 孤独の中でエレンは自分達とはもう違う次元に居たのだ。
 引き金となったのは自分達がヒストリアから勲章を授与されたあの日。あの日、一体何がエレンを変えたと言うのだろう。

 エレンの事実が本当だとすればジークが提案した「秘策」にも筋が通るが、他の者達はジーク・イェーガーを信頼することには断固反対だった。
 かつて対峙した人間をこの島に受け入れる。それ以上のリスクが自分達の島を覆うのではないか、そんな脅威を受け入れるくらいなら不安の芽は摘んでおくべきだとイェレナ達を全員縛り首にすべきだとまくしたてるが、ハンジはそれは出来ないのだと、彼女たちが持っているあるものが自分達には今後も必要だからと答える。

「これからやってくるマーレの調査船からこの島を守るためには、義勇兵の力が必要なのです。彼女らの所持する「「無線通信」がなければ……」

 ハンジの言葉の通り、それから32隻ものマーレ軍の船がこのパラディ島にやってきたが、イェレナ達の無線のお陰で迎え撃つことが出来、この島は三年間もの間マーレの侵攻から逃れることが出来たのだ。

「穢れた悪魔の汚らわしい島へようこそ。もてなしてやるよ。豚のションベンでよろしければな、」

 マーレ、そしてかつての、同期だったベルトルトから奪った「超大型巨人」に成す術もなく海に飛び込み、必死の思いで泳ぎながらパラディ島に上陸したマーレ兵を取り囲んで。

「穢れた悪魔の汚らわしい島へようこそ。もてなしてやるよ。豚のションベンでよろしければな、」

 リヴァイは、マーレから奪った「超大型巨人」に成す術もなく海に飛び込み、必死の思いで泳ぎながらパラディ島に上陸したマーレ兵を取り囲んで。そう、吐き捨てるように彼なりの不器用なもてなしの言葉を述べた。
 調査船でマーレからパラディに向かった彼らを待ち構えていたのはパラディ島の悪魔の中でも紛れもなくこの島で現在知らない者はいないであろう「人類最強」の称号を持つ小柄な男。
 誰もが思いもしないだろう。
 それからの三年間、マーレの調査船団がパラディ島の人間達と交流を深める中で、リヴァイは結婚式を挙げると言う噂は彼らの耳にも届いた。
 現在では二児の父親で、そして彼が唯一笑顔を見せた、最愛の女性が暮らすシガンシナ区に頻繁に通いながら愛を深めていることなど知りもせずにいるのだろう。
 彼の笑顔を偶然見かけたマーレ兵は信じられないものでも見たかのような目をしていた。吐き捨てるように彼なりの不器用なもてなしの言葉を述べた。
 調査船でマーレからパラディに向かった彼らを待ち構えていたのはパラディ島の悪魔の中でも紛れもなくこの島で現在知らない者はいないであろう「人類最強」の称号を持つ小柄な男。
 
 マーレの調査船団がパラディ島の人間達と交流を深める中で、リヴァイが再会を果たした元調査兵団に所属していた女性と結婚式を挙げると言う噂は彼らの耳にも届いた。
 
――それから一年が経ち、時は、852年。
 二人の出会いも、はるか遠くの昔の出来事のようにさえ感じられた。
 パラディ島に港が完成した同年。港完成に活気づくパラディ島の壁内人類。
 自分たちの世界はこの大きな大陸の小さな島の一部だという衝撃的な事実はこれまで抱いてきた多くの価値観を根底から覆した。

 そして本日。また新たな記念すべき式典が執り行われる事となった。
 その華やかな舞台に相応しい場所はウォール・シーナ王都・ミットラスに位置するウォール教の教会。
 荘厳な空気の中、白を基調とした華美な花弁をあしらった花が飾られ、とうてい一般市民では口に出来ないような豪華な食事たちが振る舞われ、酒を酌み交わし、今日の日の式典へ思いを馳せ、活気に満ちていた。
 貴族から兵団関係者、中には特別招待された一般招待客。教会の庭は立食式となっており、思い思いに今日この場に姿を見せる主役を射止めたその相手の話でもちきりだった。

――リヴァイ兵士長の奥様についてなにかご存知ですか?

――「壁の英雄でもある「人類最強」の花嫁のお姿がこの目で見られるとはいったいどのような美しい女性なのか、大変興味深いですな」
――「噂によりますと元調査兵団に所属しており、ウォールマリア奪還作戦で二度も生還された英雄の一人だとの事で」
――「きっと「人類最強」の名にふさわしいあのリヴァイ兵長のお眼鏡にかなった女性だ。見目麗しい才女に違いありませんな」
――「リヴァイ兵士長の妻には私がぜひその座にと思っていましたのに。まさか地下街にいらした頃から既にご結婚されていたなんて……知りませんでしたわよ」
――「一度、ストヘス区でお見かけしたことがありますが、特に何も秀でた取り柄もなさそうな普通の一般市民でしたわよ」
――「トロスト区が巨人に占拠された時も刃を手に自由を取り戻した剛腕の女傑と聞きます」

 ほら、また聞こえる。ウミとは誰だと。神妙そうに眉を寄せて。人類最強の名にふさわしい女なのかどうか。品定めするように。見向きもされなかった麗しい女性達が納得出来るような女性、なのかどうか。

「ウミさん、」
 自らを形成する、親が最初に与えてくれた最初の愛の証である「名前」を呼ばれ、ここに至るまでに起きた数々の出来事を思い返していた女性は、そっと伏せていた目をゆっくりと開いた。普段よりも長く濃い睫毛が視界に映る。
 鏡に映る目の前の人間は紛れもなく自分なのに、そこには調査兵団を退団して念願の故郷への帰還が許され、家を改装して店を切り盛りする多忙な日々。そんな喧騒に追われていつの間にか自分を磨くことも顧みなくなり、すっかり所帯じみたような、日増しに野暮ったくなっていく普段の自分とはまるで違う別人の自分が居た。
 まぁ……本当によく、お似合いです。とても、綺麗です。ウミさん、本当に」
 ヒストリア女王陛下専属のお抱え美容師たちが嬉しそうにウミの見違えるような美しい姿に満足そうに微笑みながらそっと肩に手を置いた。
 850年のエレン奪還作戦時に焼け焦げてしまったのをリヴァイ自らの手で切り落とされた髪は今はすっかり伸びて、一つにまとめ上げられている。
 鏡に映る自分はまるで別人だ。そして、架空の童話に出て来るお姫様のようだと、感じた。
「この度はリヴァイ兵士長様との婚礼の日と言う大事な日にお支度に携わることが出来大変光栄です」
 人形の様に綺麗に粉をはたき、風に揺れる腰まで伸びた彼女の長い髪は普段リヴァイしか知らなその肌の白さを引き立たせる額を出したアップヘアで纏められている。
 真っ白な純白の花弁が幾重にも折り重なり編みこまれた花冠が頭上で揺れる。そしてその美しい白の華を添える総レースの丁寧に取り扱わないと今にも破れてしまいそうな花嫁のヴェール。
 これはヒストリアの孤児院で元気いっぱいに成長を遂げている子供たちが自分の為に一生懸命に編んでくれた花冠だそうだ。
 ジークの配下である義勇兵たちがパラディ島に来たことで、この島は今最新技術の提供を受け、飛躍的に発展を遂げていた。文化や食事や制度まで何もかもこの時代は他の国から遅れているのだと知らされた時は相当なショックを受けたのだろう。
 流行りのファッションにまで、新しい風が取り入れられていた。
 技術の向上は壁内人類の兵団ではない一般市民にも無償で提供され魚介類を中心とした料理なども普及され、生活は飛躍的に利便性を増し、豊かになっていた。
 亡きディモ・リーブス。彼と最後に交わしたやり取りの通り、フレーゲルがこの日の為に何とか間に合わせた純白のロングスリーブで露出の少ない上品なウェディングドレスは清楚な雰囲気を纏うウミによく似合っている。
 公の場で愛する花嫁であり妻のウミに大胆で派手な露出は必要ないと、指示を出したのはリヴァイだろうが。
 彼は最後までこの式典に対して難色を示していた。
 密やかに育んできた愛を大衆の前で公開するというのは好ましくないのだろう。
 しかし、今目の前の着飾った自分を見たら、彼も少しは普段見せない笑みを浮かべてくれるだろうか。
 甘い言葉をかけてくれるだろうか。
 ウミの身に纏うドレスに相応しいヘアメイクを施された普段育児や家事で追われてすっかりくたびれた印象だった自分、こんな自分、知らないとウミはリヴァイに今すぐこの姿を見せたいと、そう思った。
「ウミ、そろそろ時間になる……準備は出来た?」
 そろそろ時間だ。控えめなノックの音に花嫁の控室に姿を見せたのは。すっかり髪も伸び、数年前よりもまた一回り成長し、ますます美しさに磨きのかかるミカサの姿だった。
 普段着ている団服も今日の日に相応しい装いで純白を纏う花嫁を邪魔しない彼女の黒髪に映える漆黒の上品なレースをあしらったドレスを着ている。
「ミカサ……ごめん、お待たせ」
「綺麗、」
 言葉数の少ないミカサでも、純粋に口から零れた言葉は残念な言語力を持つミカサからでもとてもシンプルで分かりやすい褒め言葉。
 昔なじみのお姉さん的存在だったウミの見違える様な今日の晴れの日の舞台の為に着飾ったドレス姿は、普段のウミからは別人のよう。
 見慣れないのもあり、ミカサにはまるで後光すら射して女神のように神々しい存在にさえ見えた。
「ありがとう、ミカサも、とても綺麗だよ」
「これを着ろと言われたから着ただけ。私の事より。今日の主役はウミ」
 母親から引き継いだ東洋の血と、恵まれた長い脚、スラリとしてしなやかな体躯、人目を惹く容姿をしていても、自分の装いや美容には変わらず無頓着なミカサ。しかし、やはり素材の良さが分かる彼女の佇まいはいつにも増してぐんと大人びて見えた。
 そっと後ろから床に届くまで伸びたウミのウェディングドレスのベールを手に、今日のブライズメイドは与えられた役割をそつなく、淡々とこなしていた。
「転ばないように気を付けて。ウミは見ててとても危ないから」
「ごめんね。ありがとう。本当にミカサにはたくさん助けてもらっているね」
「そんなことはない。ウミには本当にこれまでたくさん助けてもらった。だから今日は本当に嬉しい。その相手はさておき、私はウミの幸せがとても嬉しい」
「ミカサ……」
 かつて幼かった彼女。自分の目線より下を並んで歩いていた記憶が今も懐かしく思うのに、成長期真っただ中である104期生達との身長差はどんどん広がるばかり。
 成長を終えた自分はもうこの先歳を重ねてゆっくりと着実に死に向かって老いて行くのに、今ではミカサの方がはるかに上背がある。
 10代の若者の成長は本当にあっという間だ。自分より小柄だったはずのコニーにもあっという間に追い越されてしまった。
 エスコートをするようにヘアメイク達に見送られながら控室を後にし、黒真珠のように澄んだミカサの眼差しはウミの晴れ姿を焼き付けているようだった。
「二人がこうして結婚式をする事はとても嬉しい事だ。でも、私は、それでもウミを幸せにするのがリヴァイ兵士長とは今もこれからも、認めない」
「ミカサ、ふふ、ミカサはそうでないとね。審議所の件、未だ許せない?」
「それとこれと話は別。私は未だしかるべき報いについて考えている。前に二人の養子にはならないと話した通り。エレンとアルミンもそう、私たちはもう何もできない子供じゃない。自分達の力で生きていける」
 前にエレンとアルミンと共に既に親を亡くし、後見人の居ない三人を引き取りたいとリヴァイに提案し、愛するウミの申し出ならと受け入れたリヴァイ。
 しかし、その提案は親と故郷を無くして不安におびえる彼らから今は立派な兵士として成長を遂げている三人にきっぱりと断られたのだ。
 そう、自分達は守られるだけの子供ではない、幼い頃からその成長を身近で見守り続けてきたウミはその成長が嬉しくもあり寂しくもあった。
「これからはウミはウミの為に生きて。そして、ウミとリヴァイ兵士長の子供たちの為にも」
 その時、向こうの方から明るい声が聞こえて顔を上げれば、見慣れた金色が見えた。忘れるはずがない、この数年で同じように背が伸び、すっかり壁内人類の女王陛下として君臨するヒストリアの姿だった。
「ウミ!! おめでとう!! うわぁ、本当に誰か分からないくらい別人みたい、とっても綺麗!!」
「ヒストリア、久しぶり、本当に。やっと新聞以外でも会えたね」
「うん、本当に」
 ドレスが皺になるとミカサが心配しながらも思わず抱き合う2人を見つめながらミカサは再会を噛み締める二人を見つめていた。
 ヒストリアもすっかりこの数年で見違えた。
 女王として、この壁内人類の重要人物として、これからは港が出来た事で他国との外交も増えるだろう。訓練兵団以上に過酷な経験を通して見違えた少女は女性となった。異母姉のフリーダにその容姿はますます似てきている。
 彼女も亡き姉を意識しているのだろうか、髪の分け目を変えてみては、と。提案したとおり、髪型の変化は彼女の心境にも大きな変化をもたらすのだった。
「早く早く、リヴァイ兵長もバージンロードの先で待ってるよ!! リヴァイ兵長もすっごく決まっててね」
「ヒストリア。ウミの楽しみを奪ったらダメ」
「あっ、ごめん!! そうだね、とにかく行きましょうっ」
 女王陛下として凛とした佇まいからやはり同期の前になると年相応の無邪気さが残るあどけない顔に戻る。
 ミットラスに位置するウォール教の教会は今日の日の晴れやかな婚礼式典の為に貸し切られ、兵団関係者を始め、彼女と親交のあるヒストリア女王も忙しい合間を縫って警備付きの厳戒態勢で参加となる。
 なぜそもそも秘めやかに愛を紡いできた二人が周囲に巻き込まれる形でこのような結構な大規模の式典を行うまでに至ったのか。それは14代目団長からの提案だった。
 ウォール・マリア奪還作戦成功後、別れた筈の2人は離れ離れの人生を今度こそ歩む事になった。
 そしてひとりになった壁の英雄であり、人類最強の彼を周囲の女性が放っておくはずもなく。それでも身持ちの堅い彼は頑なだったが。
 そして彼の子供を極秘で産んでいた二人は彼の誕生日でもある降誕祭の祈りの日に再会を果たし、そして家族としてまた歩むことを誓ったのだった。
 彼には愛する家族がいた事は忽ちニュースとなり壁内人類を駆け巡りその相手は一体誰だという論争が巻き起こり、それを鎮めるためにもこうして2人の仲を大々的に公表することを決めたのだった。
「ウミ、大丈夫? 急に手の震えが……」
「ダ、ダイジョブ……スコシキンチョウシテルダケ」
「でも、手足が一緒に動いてるし言葉も片言でいつもより変だよ? 水でも飲んで少し落ち着いたら?」
「ウ、ウン……そうする……」
 かつては税金泥棒として忌み嫌われ、恨まれてすらいた調査兵団。だが今は壁内人類にとって壁の中に自由以上に壁内を蹂躙し人を捕食する恐ろしい巨人さえもすべてこの島から滅ぼしてくれた、壁内人類にとっては自由を齎した英雄そのものだった。
 水を一気に飲み干し、ウミはぼんやりと祭壇の先に待つリヴァイの事を思った。
 地下街のゴロツキだった彼が今では壁の英雄として、周知の事実。
 一般市民にも特別公開とされる形での今回の式典。かつてリヴァイとウミは人目を忍んで森の中、今は亡き友であるエルヴィンやハンジの影ながらの尽力でひそやかに見守られながら行ったあの結婚式ではなく、今度は公的な場で荘厳な空気の支配する中もう一度愛の誓いを行うのだ。緊張しない筈が無い。
 これは、自分が人類最強の彼との関係を大々的に公表すべく必要な物である。
 かつては彼の栄えある未来の為にその関係を隠すべく彼から身を引いたのが今となっては酷く懐かしい記憶だ。
 元々、目立つが内面は特段控えめな性格の二人。お互いにそんなに表立って互いの関係を堂々と公表するような性格ではないのに。
 壁の英雄として名を馳せる、見た目は人相の悪い人間に見えるかもしれないが、これまでの調査兵団の活躍で彼の人間離れした圧倒的な戦いを見ていた人間は多く、老若男女問わず彼を慕うファンはとても多いのだ。
 よく見れば綺麗な顔立ちをした眉目秀麗のリヴァイと願わくばお近づきになりたいと付きまとう女性も多い。
 そんな上辺は完全無欠の英雄でもある彼が所帯持ちであるという事を、孤独の英雄にも守るべき存在が居る事を世間にも知らしめるべく、もう一度結婚式を挙げる必要性を迫り、そして周囲から半ば言いくるめられる形で今回この式典の運びとなった。
「リヴァイ、最後まで嫌だって言ってたのに……こんなすごい事になって怒ってないかな?」
「文句を言いながら。それでもあの人はウミの花嫁姿を見せたくないと呟きながら。でも、これで兵士長に付きまとっていた女性たちもおとなしくなるはず。ウミと一緒になれたこと、あの人は後悔はしていないと思う」
「ミカサ、」

 そもそもリヴァイと自分の関係を知った時のミカサのショックは相当なものだった。審議所で自分の生きる意味でもあるエレンをボコった後なのもあり無理もないが。
 尚の事結婚を誰よりも反対していたミカサ。まだ未だに彼女の脳裏には審議所でエレンを容赦なく蹴り飛ばしたリヴァイの演技とはいえ、過激なパフォーマンスが忘れられないのだろう。
 そんな男がまさか姉と慕うウミの別れた男で、しかも既に子供まで居た事。
 しかし、子供には親が必要なことは二度も親を亡くし、寂しい少女時代を過ごした自分が良く理解している。
 二人の間に生まれた子供もすくすくと大きくなり、ハンジの腕に抱かれながら祭壇で待っている。
「顔色が悪い、体調が悪いの?」
「うん……実はね、……まだ、リヴァイにも話していないんだけど」
 そっとヒストリアとミカサの手を取り、兵団を退団してからは今は一般市民として暮らし、すっかり立体機動装置やブレードとは無縁の生活で彼女の柔らかな手はまるで懐かしい母の記憶をミカサに思い起こさせる。
 そっと二人の手を腹部に当てて。ウミは微笑みながらこれ以上にない幸せな笑顔で笑っていた。
 まだ式は始まっていないのに感極まって潤んだ瞳に浮かぶ雫が溢れ落ちてしまいそうだ。
「まだ本当に初期なんだけれどね……最近遅れてるなって、また再発したのかなって病院に行ったの。そうしたら。ね、また、お腹にこの子が、来てくれたの」
 脳裏に浮かぶ、自分が支払った先行きの長くない人生の中、13年の代償が重くのしかかる。この真実を知るのはごく一部の人間。
 それは、いつかこの代償は、得た今の自分にはあまりにも強大過ぎるこの力の借りは必ず払わねばならないものだとしても、今は。どうか、今だけは。
 まだこの楽園の中で息をしていたい。
 ウミの三人目の命が芽吹いた事を二人は驚きはしたが、何よりも今回の式典で彼女を世間は否が応でも認めるに違いない。ウミも正当なアッカーマン家の血が流れている事。それ以上にアッカーマン家の復興は大きなカギとなるのだ。
 まだ初期の段階で報告することに躊躇いもあったが、きっと今この身体なら大丈夫だと、ウミには確信があった。何としても産んで見せる。この過酷な時代にそれでも生きる強さを持つ愛すべき命を。守り抜くのだと。



 幸せそうな笑顔で晴れやかな舞台へ向かう2人の目線の先には昔の面影から遠ざかりつつある正装をした104期のメンバーが待機していた。
「ウミ!? 本当に!! ウミですか!? 一瞬どこの誰か別の女神様のような、方かと思いましたよ!! とってもきれいです!!」
「本当だ!! ウミ!! 別人みたいになったな!! 兵士辞めてからどんどん体型も顔も丸くなってたし、いっそそのままで居ればいいんじゃないか!?」
「オイ、一言余計だぞコニー。でも確かにそうだな。普段もそうして微笑んでいればまるで」
「まるで? なぁに? ジャン?」
「いや、何でもないデス……」
「いいからお前らもちゃんとしろよ。祭りじゃないんだからな」

 冷静に皆をたしなめるフロックはあの決戦以降すっかり変わってしまったように感じる。どこか陰りを帯びた表情は今もこの地獄を生き残った重みを感じているのだろうか。
 ぼそぼそと呟きながら、ジャンはせっかく女神のように荘厳で綺麗なドレスに身を包んでいるにもかかわらず、いざ自分が余計な事を呟けば元兵士らしく即座に胸ぐらを掴んできそうな勢いのウミの微笑みに青ざめながら、その先で立っていたのはすっかり昔の情熱的なまでな熱血さと若さで溢れていた死に急ぎ野郎の面影も消え、髪も身長も伸びてクールで大人びた雰囲気のエレンと、耳を出した金髪のショートボブへと髪型を変えたアルミンが待っている。
 新兵だった彼らも今は兵団の大事な戦力と知識の要。
「ウミ、すごく綺麗だ。結婚、おめでとう」
「ありがとう、エレン」
 そっと差し伸べられたエレンの手にウミが触れた。かつて幼い頃から思いを寄せていた少女は大人となり、そして自分ではない誰かとその手を結ぶ時を迎えた。若さだけが全てだった頃はそんな彼女を酷い言葉で責め、強行手段に及ぼうとした過ちもある。
 だが、それさえももう過ぎ去った過去の話なのだ。
 触れた手と手が絡んだその時、確かに二人だけの間に電気が走ったかのような痺れが起き、一瞬にしてエレンとウミはその手を離した。
「ちょっと、どうしたの!? 二人とも」
 ヒストリアと実験で記憶を思い出す為によく手を繋いで接触した記憶が今も残る中、エレンは明らかに今の一瞬流れた景色にウミに違和感を抱く。
「(ウミ……???)」
 ――1800年前、エルディア帝国から大国マーレに勝利をもたらした女神の末裔ジオラルド家。その末裔が遺した遺産はウミの父親から子へと引き継がれた。
 しかし、それは間違った方向へと。向かう。
 婚礼の式典の前の違和感をウミはごまかすように、エレンの腕に自分の腕を絡ませ、もう片方の腕にアルミンが、そしてベールをミカサが持ち、その後ろをかつて苦楽を共にした104期の面々が並ぶ。
 先導を切るのはクリスタとして訓練兵団で共に過ごし今は壁内人類の最高権威でもあるヒストリア女王が。
 幼さと若さだけで夢に溢れていた子供の彼らはもうどこにも居ない、これから待つ大きな戦いの渦へ飲み込まれていくのだろう。戦いの為に、子供ではなく、兵士としてこれからも自由の翼はますます過酷な戦いを強いられ、苦闘を続けていく。
 戦う意味をもう一度、確かめるために。



 開け放たれた教会。三人の女神が映る美しいステンドグラスから射しこむ陽光が眩しい。開かれた重厚な扉の向こう、幻想的に煌めく光の中で式典用の兵団の正装に身を包んだいつも垂れ下がっている黒髪が式典の為に整えられ、前髪をあげたリヴァイが相変わらずの無表情で姿を見せた自分を驚いたように見つめて居た。
「え、ええっ!! ウミ!? 本当に!? 見てよエヴァ!! 君のお母さんまるで女神様みたいだよ!!」
「うるせぇな団長、静かにしろよっ」
 来賓席では自分達の愛娘を抱いたハンジが興奮したように騒いでいるのを自分達のむすこでもあるアヴェリアも恥ずかしそうに、だが、嬉しそうに見つめていた。
 自分達の愛の誓いを沢山の人が見つめていることが恥ずかしくもあるが、ウミは俯くことなくリヴァイの待つこの白いバージンロードをゆっくりと進む。
 途中、ドレスの裾を踏んでつんのめりそうになったが、以前よりも鍛えて体格の良くなったエレンとアルミンがしっかりサポートし、背後では重量のあるミカサがベールを持っているのですっかり幼馴染三人に追い越されたウミを支えることなど朝飯前である。
「(母さん……泣くなよ……まだ泣くには早いぞ)」
 祭壇前に辿り着く前に既に感極まって泣きそうになるウミを見つめ、リヴァイはそれでも無表情を貫いた。
 無理矢理髪型をセットされ服装も式典用の礼服でまさに軍人である彼に相応しい出で立ちにハンジはアヴェリアが静かにしろ恥ずかしいと顔を赤らめるのも無視して「よっ!! リヴァイ!! 男前!!」はやし立てる。
 かつてエルヴィンとアルミン、どちらを生かすか、、わかり切った押問答の末にアルミンへ未来を託した選択をしたリヴァイと反発したウミへ理性的なハンジでさえもウミとの仲を拒絶した記憶の中、月日がエルヴィンの死を癒し、そして二人はまた元の親友同士の関係に戻り、今は良き友人としてリヴァイとウミの晴れ姿を見届ける。
 人類最強の彼に相応しい女性が現われた。誰もが食い入るようにウミを見つめる。
「リヴァイ、……あんまり見ないで」
「まるで別人だな」
「おかしくないかな、へ、ん……じゃない?」
「どこもおかしい所なんかねぇ、正直ここに居る全員に見せたくねぇよ、お前のこんな姿」
 祝福の鐘の音に包まれ、荘厳な空気の中、式は執り行われた。文句を言いながらもリヴァイはそっと愛する者の小さな手を取り、そして誓いの言葉を述べる。

「リヴァイ兵士長。貴方はウミを妻として迎えます。幸せな時も、困難な時も、富める時も、貧しき時も、病める時も、健やかなる時も、死がふたりを分かつまで愛し、慈しみ、その命ある限り真心を尽くす事をここに誓いますか?」
「誓います」
 そしてウォール教の司祭は今度はウミへ同じ誓いを問いかけてきた。ぼんやりとしている気がしてリヴァイに周囲から見えない手の平をつねられ、何処か夢心地にリヴァイを見つめていたウミの意識はまた現実に戻ってきて、そして司祭の言葉に耳を傾ける。
「それでは、ウミ。貴方はリヴァイ兵士長を夫として迎え、貴方は兵団で人類の為に戦う彼の妻となります。幸せな時も、困難な時も、富める時も、貧しき時も、病める時も、健やかなる時も、死がふたりを分かつまで愛し、慈しみ、その命ある限り真心を尽くす事をここに誓いますか?」
「は、はいっ……誓い、ます」
 一字一句。すらすらと、見た目より少し高い声で。返事をしたリヴァイに対し緊張から上ずった声になってしまったが、ウミも満面の笑みでそう答えた。
「それでは、新郎新婦の二人は手を取り合い誓いの言葉を復唱してください」
 婚礼の最大の山場となる誓いの言葉の復唱の順番が回って来た。ウミは緊張にますます喉が渇き今にも倒れそうになる。しかし、リヴァイはそれを支えるようにウミの肩を抱きその手にそっと頭を垂れて、愛し気に口づけを落としたのだ。らしくもないような彼の慣れた立ち振る舞いは、普段の彼を知る者達からすればびっくりするような光景だった。
 しかし、愛する者の前でも人類最強の彼はこんなにも、違うのだと、改めてこの小さなウミだけ、彼女だけがこんなにも彼の心を永遠に抱き締めて離さないのだと、感じていた。
「私、リヴァイはウミを生涯の妻とし、健やかなるときも病める時も、老いても、もし死が二人を分かつとしても、あなただけを一生愛し続ける事を誓います」
「私……ウミは……あなたを、リヴァイを生涯の夫とし、健やかなるときも病める時も、老いても、死がふたりを分かち、それでも、一生貴方だけを信じ、あなたについて行きます……」
――たとえこの先に待つ未来が、地獄だとしても?
 これは単なる口約束ではない、三人の女神が見守る中で交わした誓約である。ウミの顔を覆っていたベールをそっと上げるタイミングでウミが身を屈めて彼に頭を下げる。お互いにまっすぐにお互いの目を見つめる。
 地下街で過ごしていたあの時からは、到底気の長くなるような長い年月の果て、そしてここに辿り着いた。
 ずっと、彼が好きで、彼の口から永遠にきくことは無いと思っていた言葉が溢れて、ウミの涙腺を刺激する。リヴァイのまっすぐな言葉が、想いが、嘘偽りなんかじゃないと伝える。
 ウミの胸の奥深くまでそっと浸透していくようだった。自分の余命が幾ばくもないと聞かされたあの時から永遠に叶わない夢がついに叶えられていく……。
 自分の言葉を聞いたリヴァイは無言で、だが穏やかな眼差しでウミの手を握り返した。
「破産する。もう二度と無くすなよ」

 そして、二人の指輪が並んだ台座を大事そうに持ってきたのは、ふたりの間に宿った最初の命。悲劇の果てにめぐり逢い、今は家族として共にあるリヴァイの顔立ちに酷似したアヴェリアの姿だった。
「(ありがとう、アヴェリア)」
「(大したことねーよ、親のラブシーン見せられるのも恥ずかしいけどな)」
 彼がリヴァイの息子だと知るなり、女性たちはまた別の希望を抱くようになり、そして彼の成長を今度は待つようになるだろう。
 リヴァイは何度目かの指輪、本物の宝石をはめ込んだ指輪をそっと自分の元もとしていた指輪の上に重ねるように嵌めたその瞬間、ウミの両眼から一気に崩落した涙がどんどん溢れ出していく。

 その光景を見て今度はさっきまではやし立てていたハンジが泣きだす始末だ。これまでの2人の道筋を思えば泣かずにはいられない。2人の歩みを知るかつての仲間達は全員殉職し、今はもう残された幹部組の生き残りはハンジとリヴァイだけ、二人の仲を古くから知るハンジだけがその涙を受け止めきれずに泣いていた。
「本当によかった……ウミ。リヴァイ。(エルヴィン……君も、そして皆も……見てるかい?」
 涙を流しながら同じようにリヴァイの武骨な指へと指輪をはめるウミの止めどなく溢れる涙をリヴァイがそっと拭う。いつも触れ合う指先、こうして改めて見つめると、戦いを続ける男の手の温もりに、この手に守られているのだと安心したくなる。二人ここで確かに信じた永遠。交わした誓い、今も覚えている。
 女神の前で、本当に二人はお互いのものになれたのだと感じながら、二人は司祭に促され、そっと皆の前で誓いの口づけを交わした。
 そっとリヴァイの逞しい腕がウミの背中に回れば、ウミもリヴァイの首へ腕を回し、粗暴な彼の言動からは信じがたい温かな口づけがまるで雨のように、優しく染み入り深く浸透した。
 何度も交わしてきたキスが、今までで一番忘れられないキスとなった。
 お互いにこの日を永遠に忘れない。
 抱き合う2人を温かな拍手が包み込んでいつまでも色とりどりの花が舞っていた。
 手を取り合い、二人は式場からまた過去も未来もない新しい世界へ羽ばたいていく。自由の翼を背に。何処までも見果てぬ明日へと。

2021.01.18
2021.05.05加筆修正

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