THE LAST BALLAD | ナノ

/2 SEEYOU

 立ち込める蒸気の中リヴァイは思いがけぬ展開に静かに吐き捨てるようにまだ若き兵士たちへ呼びかける。そして、愛を誓い永遠の別れを噛み締め、それでも今も生きながらえているウミの眼を見る。

「ウミ……お前ら……自分たちが何をやっているのか……分かっているのか……?」

 その一方、状況は変わるどころか、むしろ悪化の一途を辿っていた。横たわるエルヴィン、アルミン。そして、その力を所有する味方に見捨てられ、今まさにその命を絶たれる事も知らずに静かに継承の時を待つベルトルト。
 超大型巨人の継承者である調査兵団現団長のエルヴィンに注射を使用すると決めたリヴァイに対し、アルミンを諦められないエレンとミカサ、そして、ウミが。尚も食い下がる。

「エルヴィンを……調査兵団団長を……見殺しにしろと言ってるんだぞ? 時間が無い、邪魔をするな」

 抑揚のない声で、そう口にしたリヴァイに尚もひるまずに力強い手でリヴァイが持つ注射器のケースを鷲し掴むエレン。まるで、無理やり彼から奪うかのように自らの方へ引き寄せようとする。そんなエレンに対し、リヴァイが再度厳しく三人へ諭す。

「エレン……私情を捨てろ」
「私情を捨てろ? さっき……注射をすぐに渡さなかったのは何なんですか?」
「…エルヴィンが生きている。その可能性が頭にあったからだ」
「フロックが瀕死の団長を運んで来るなんて……まったくの予想外だったはずです」
「その通りだが。ここにエルヴィンが現れた以上、エルヴィンに使う」

 納得がいかない、例え団長だとしても、目の前の今にも息絶えそうな彼が捨て身で挑んで掴んだ勝利を知っている、彼がシガンシナ区側の決戦の勝利をもたらした、いや、それだけではない、彼はこれまでにもその勇敢さと新兵とは思えない知識でこれまで幾多もの困難を潜り抜け、その度に自分達は救われてきたのだ。

「ウミ……これが、五年間大切に育ててきたお前のガキの結果か、何をしてる、早くこの二人を押さえつけろ」
「……っ、」

 ウミの脳裏には、アルミンを見つめ涙をうかべる彼の祖父が見えたのだ。いつもそうだ、死者は静かに自分たちを見つめている。この選択の、行く末を。

「私、アルミンのおじいさんと約束したの。彼を、彼らを守ると、それが、アルミンのおじいさんを助けられなかった私の務め……この子たちがアルミンを選ぶと言うのなら、エルヴィンも私にはかけがえのない大切な人、だけど、私には……何もないこの五年間、貴方と離れ、貴方の子供を失った人生に希望も何も見いだせず、このまま死んでしまえばどれだけ楽か、考えた事もあった……だけど、アルミン、ミカサ、エレンは私を必要としてくれたこんな、人間としても女としても兵士としても中途半端な欠落品を、この子たちは……」

 ウミは普段見せないで必死に堪えてきたその大粒の涙をこぼしながら、リヴァイへ謝罪するしかなかった。

「リヴァイ……フロック、ごめんなさい、ここまで運んできてくれて、それなのに、私は……エルヴィンなら、中央の医者に見せれば、助かると思ってしまっている……」
「……それが、お前の本心か、ウミ」

 静かに頷いたウミにリヴァイは深く息を吸い込み、黙り込んだ。言葉に出来なかった。今まで長く共にしてきた。お互いにエルヴィンのこれまでの活躍を見て来た。ウミは彼は治療すればいいとかなんともこの状況に似つかわしくないことを口走って、混乱でもしているのか、現実問題彼の導きが無くなること、彼の居ない調査兵団のこれからの未来など到底描けそうにない。

 判断は自分に委ねられた。だが、少なくともこの三人は自分の判断を受け入れていない。無言の返答に注射器のケースを引き寄せようとしたエレン、しかしその時。

――バキィッ!

「エレン!」

 それは審議所での出来事を彷彿とさせるような音がした、リヴァイの裏拳が放たれ、そのまま屋根のギリギリの淵まで吹っ飛ばされ、動かなくなるエレン。
 からからと音を立てて、エレンの歯がいくつか飛び散り、その威力を物語っている。それを目にしたミカサの脳内で何かが動いた。まるで電光石火のように。エレンがリヴァイに殴られたその瞬間、絶叫と共にそのままリヴァイへ飛び掛かった。

「ああああああああぁぁぁっ!!」

リヴァイをそのまま押し倒し、彼を押さえ込んだのだ。

「ッ!!」
「オイ!!」
「っ、くッ、うううっ!!」

 リヴァイの喉元へと刃を向けるミカサの鬼のような形相が迫る。まるで骨が折れる勢いでそのままリヴァイの手首を強く握りしめ、彼の手の中のそのケースを奪おうと手を伸ばす。

「ウミ……何してる……早く、取り押さえねぇか……!!」
「っ、っく……リヴァイ、ごめんなさい……私には、できない、っ」
「なっ、てめぇっ……何を考えてやがる……」
「ウミ! 早く奪って、ああっ、」
「ミカサ!!!」

 リヴァイの視界の隅でエルヴィン、アルミン、ベルトルトが横たわっている。
 しかし、今彼は動けない。背丈の割に重量のあるミカサに組み敷かれ、今にもその刃が彼の首に食い込もうとしている。
 そして、彼の手には注射薬が握られている。それに必死に手を伸ばすミカサ、ふと、その注射薬の箱を持っているリヴァイの手が震えていることに気付く。骨が軋み、そして今にもその手から零れ落ちそうなお目当ての物。今にも届きそうな距離で。

「(兵士長……力が……弱まってる!?)」
「……ッ!!」
「(力づくで……奪える……!!)」

 ミカサはギギギ……とリヴァイの手首諸共へし折る勢いで力を込めていた、無意識にこもる力はエレンを殴ったリヴァイへの警鐘と共に身体が勝手に動いていた。自分に仇なすものをエレンを、そして骨を軋むほどの力。リヴァイの手首の骨を砕く勢いで注射器を奪おうとしている。

「ウミ……」
「っ、くっ……」

 ウミもそんなミカサを支援しようとリヴァイの腕を掴んでそのまま大きく彼の腕の関節を極めたのだ。

「ウミ!! 止せ!! いつものお前は、こんなことをしねぇ、お前!! 気は確かか!!!」
「確かだよ!! アルミンは、死なせない……!! 私の命に代えて、守るのよ!! あの時の償いをするなら、今ここで……っ!!」

 最初のウォールマリア奪還作戦で自分はアルミンの祖父を救えぬどころか、アルミンの祖父にもう動けないと、だからと、アルミンを託され、自分は壁内まで逃げ延びたのだ。
 あの時、立体機動装置も無く、むざむざと捕食されるアルミンの祖父から流れる血を浴びながらウミは悔やむしかなかった。

「修復不可能な身体は、アルミン、……エルヴィンなら、腹の傷を、中央の医者にでも見せたら、治せる……エルヴィンの傷なら、治せばいい!!」
「(そんなの、間に合う分けねぇだろうが……今にも息絶えそうなじゃねぇか……)」

 リヴァイはまさかのウミの裏切りにショックを隠し切れない、ウミはいつも自分の意見を尊重してくれた、言わなくても、理解してくれていた、そう、思っていたのは自分だけ。だったのだろうか……。

「ウミ……お前、落ち着け、冷静に、なれ、今のお前は、兵士だ……!!」
「分かってる!! でも、だけど、理屈じゃない、私が、今まで。この子に、アルミンにどれだけ救われたのか、あなたにはわからない!!」

 リヴァイは彼女からの言葉にショックを隠し切れないようだった。当たり前だ、これまで誰よりも長く同じ時を過ごし、愛していた、誰よりも、そんな少女が今自分の手に握られている注射器を奪おうとしているのだから……。
 リヴァイは絶望した、そして、一度、目を伏せると再び冷静に思考を戻した。一瞬の隙をついてミカサをその足で蹴り飛ばし、振り払うと狙いをミカサからそのままウミへ定めた。
 エルヴィンをここで蘇らせないでどうして新兵のアルミンをよみがえらせると言う暴挙にも似た判断を自分より長い期間兵士で居た彼女が。
 リヴァイはウミの裏切り行為に酷く傷つき、悲し気にウミが自分を極めようとしていたその腕を反転させ、ウミを屋根の上へ押さえつけ、その腕を逆に自身の方へ引き寄せ、全体重でウミの上にのしかかった。

「ぐ、うっぐ……うぁああぁあ……!!」

 ボキボキボキ、とその時、ウミの全身をリヴァイの全体重がのしかかり、その激痛に苦悶の声を漏らし、あまりの痛みに一瞬意識が飛んだ。自分とウミにも、互いに流れるアッカーマンの力が彼の込めた力からそのまま抜けていくのを感じていた。
 のしかかるリヴァイの体重は思いが、彼の力が弱まっているのを肌でウミも感じた。
 だから全体重をかけて自分を屈服させようとしている。彼はアッカーマンの力を自分達以上に使いこなし、そして幼き頃からケニーに従事した事で自然の理のようにそれを会得し、そしてその力の限界を心得ている。
 その力を感じ取り、ミカサは吹っ飛ばされながらもなんとか屋根上で刃を返して踏ん張り、再び注射器を力づくで奪おうとリヴァイの腕に勢いよく野生動物の本能で掴みかかる。

「お前らもわかっているハズだ……!! エルヴィンの力無しに、人類は……巨人に勝てないと……!!」
「…そうだよ、ミカサ…ウミ。もうやめろ、三人がかりでこんな馬鹿なマネ…」

 馬鹿な真似、同期のフロックが止めに入るもその言葉に涙ぐんだ顔で凄み、ギロッ!睨み付けるミカサのその目は血走っている。その、目力だけで非力な動物さえ一発で射殺せそうな程に鋭い。
 ミカサの人間離れしたその普段とは違う目付きに思わず言葉を無くすフロック。もみ合うウミとリヴァイの間に割り込み注射器を奪おうとするミカサ、三人の男と女の押し問答が続く。

「んっ、ぐ、っ、ううっ、ぐううっ」

 ウミが苦し気に伸しかかるリヴァイの重みに息が出来ないと、彼の膝に腹を圧迫され、普段の彼女からは信じがたい苦悶の声が響き渡る。
 じたばたと手足を暴れさせ、ウミは酸素を求めて自分の押さえつけられた手を屋根にギギギ……と爪をたてる。このままではアバラが砕けそう。
 例え、幾ら獣の巨人との死闘で疲弊しているリヴァイでもウミは彼には勝てない。

「……ア…ッ…アルミンがいなくたって……無理だ…」

 その時、リヴァイの裏拳を喰らい、派手に殴り飛ばされ歯の左半分を失いながらも屋根の端に倒れ込むエレンがグググ、と全身の骨をきしませ、巨人化の痕の頬へ力を込めて立ち上がろうとする。

「エレン!!」
「アルミンがいなきゃ……っ!! 勝てない……だって……そうだったでしょ……? 駐屯兵団に囲まれていた俺達の為に危険を覚悟で、オレの戦術価値を、説いてくれた……! それに、調査兵団が居ない中トロスト区を岩で塞いで守ることができたのも……アニの正体を見抜いたのも……夜間に……進行することを思いついたのもアルミンだ。潜んでいたライナーを暴き出したのも……超大型(ベルトルト)を倒すことができたのも全部……アルミンの力だ!! 人類を救うのはオレでも団長でもない!!  アルミンだ……!! そうだろミカサ、ウミ!?」

 涙ながらに訴えるエレンに同意するように。ミカサとウミが、これまで歩んできた大切な幼馴染の今まさに消えかけている炎を絶やさぬために必死に懇願した。

「リヴァイ兵士長! ウミが死んでしまいます……早く、それを、渡して……ください!!」

 未だウミの上に伸しかかり彼女のあばら骨を砕きこのまま肘で気道を押し潰して肺を破裂させて、彼女を、このまま圧死させる勢いで体重を込めるリヴァイの手にある注射器を力づくで奪おうとするミカサ。
 ウミの顔はどんどん圧迫された事で全身の血管が顔に集まったかのように、瞬く間にじわじわと赤く変色し始めている。このままでは本当にウミは死ぬ。

「(ウミ……何故だ、俺達は、こんな末路の為に、今まで一緒になるために、歩んで来たのか!?)」
「ぐっ、っうううっ、は、っ、うぁっ、ああっ」
「(お前の首の骨を……俺に折れって、言うのか……!!)」

 リヴァイも恐らく本気では無い。殺さない程度に力は力加減もコントロールしているだろう、しかし、一瞬でも気を抜けばウミに即座にマウントを取られるに違いない。

「ウミを――……放してっ、ください!!!」

 ミカサが注射器を奪おうと力を籠める。本当に心底恐ろしい少女だ、こうしている間にも、リヴァイの膝を掴んでそのままこの形勢を逆転させる算段を立てている。獣の巨人の投石攻撃で負傷しているウミと、獣の巨人との死闘からの大型巨人との連戦、自分の力はもう限界だ。目に見えてわかる。

「ッ……!!」
「人類を救うのは エルヴィン団長だ!!」
「黙ってて!!」
「黙ってられるか……!!  お前らばっかりが、辛いと思うなよな!! まだ知らないだろうけど、あの壁の向こう側に生きてる兵士はもう誰もいねぇ……みんな、「獣の巨人」に 殺されたんだ……!!遠くから飛んでくる石つぶてに、みんなグチャグチャにされた」

 ミカサに睨まれながらも今度はフロックはひるまなかった。ここまで必死の思いであの惨劇を潜り抜けて、そして辿り着いたのだ、必死に自分より何倍も体格のあるエルヴィンを連れて、フロックの必死の訴えに耳を傾けるエレンとミカサ。

「あの投石を見てもう誰も助からないと思った……。でも、エルヴィン団長だけは違った。あの状況で獣の喉笛に食らいつく算段を立て……それを、実行した。恐ろしい作戦だよ、俺達新兵の……命を囮にして、すべては、そこのリヴァイ兵長が獣を奇襲するためだ!! みんな作戦通りバラバラに砕けたよ、ゴードンも、サンドラも、マルロも……みんな……自分の死が誇らしいとか思う暇も無かっただろうな。みんなが最後に感じたことは……きっと……恐怖だけだ……。その中で俺とウミは生き残った。まだ息のあるエルヴィン団長を見つけた時……ウミは必死に助けようと心肺蘇生をして、俺はそんな団長へとどめを刺そうとした」

 フロックの発言に目を見開いたリヴァイ、ミカサ、エレン。その隙にウミがリヴァイの膝を掴み、思いきり反転させ、深く息を吸いこみながら愛する彼からの重圧から逃れミカサに加担するように二人係でリヴァイを押さえ込んだ。

「でも……っ、殺して楽にするなんて、それじゃ生ぬるいと思った……この人には。まだ地獄が必要なんじゃないかって……そして、巨人を滅ぼすことができるのは、悪魔だ!! 悪魔を再び蘇らせる…それが俺の使命だったんだ!! ウミが、おめおめと生き残っちまった……俺に教えてくれた生かされた意味なんだよ!!  だから!!邪魔するなよおおおおお!!!!」

 と叫びながらリヴァイの注射薬を奪おうと躍起になっているウミとミカサに向かって一斉に襲い掛かろうとするフロックへ咄嗟にミカサがかつての同期へその剣を向けたのだ。まさか、しかし彼女ならやりかねない、これ以上無益な争いを仲間内で、リヴァイが叫び、それにはさすがのウミもフロックを庇うように身体を反転させ、そのままリヴァイの拘束を解き放ち、リヴァイの怒号にも似た静止の声が飛んだ。

「よせ!!」

 その瞬間、リヴァイの声に呼応するかのように、背後からミカサを抱え込み抑え込んだのはハンジだった。

「ハンジ!!」

 駆け付けたハンジの存在に安堵し、そしてハンジは引きずるように背の割に体重のあるミカサをリヴァイから引き離し、ジャンがウミをそのまま取り押さえようとしたが、ウミを捕らえる事は誰も出来ない。
 ウミの普段の優しい目から本能をむき出しにした恐ろしく鋭い目付きに睨みつけられたジャンは負傷しており、このまま彼女を拘束すれば容赦なくその弱点を狙われる中、ウミは即座に全員と距離を取り、静かに膝を着く。

「ぐっ、ふっ、うっ、おえ……っ、ぐっ、ううっ」
「ウミ……」
「いや、待って、アルミンを助けて、エルヴィンなら……」
「ウミ!!」
「約束したのよぉっ……お願い、助けてあげてぇ……アルミン、アルミン……こんなの、無いよ、無いよ……アルミン……ああ〜〜っ……!!」

 先程の訓練や戯れではないリヴァイとの激しいもみ合いで負傷したのか突如腹を押さえて何度か嗚咽をすると、その場に激しく吐血し這いつくばってブルブルと震えていた、ウミの元へ駆け寄るフロックに背中をさすられ、ウミは消えそうな意識の中でアルミンへ手を伸ばしていた。

「まだ……アルミンはたった、15歳なのよ……せめて夢だけは叶えてあげたかった……私のせいでこの子の人生はめちゃくちゃになったの……! 私が、あなたのおじいさんを助けていれば……こんな、事には……アルミン……ごめんね、ごめんねええっ!」
 サシャを背負ったコニーたちも急ぎ駆け付けるが、サシャは重傷を負い、アルミンやエルヴィン程の怪我ではないが、気を失っているのかぐったりしている。
 そして、屋根の上で繰り広げられていた光景を見て、先ほどお互いの無事を願い別れたアルミンのあまりにも変わり果てた姿を見て、ジャンとコニーが絶句する番だった。

「オイ……うそだろ……こんなの」
「そんな……アルミン、嘘だよな」

 金髪の、男子だが、最初はヒストリアの変装役に任命されたほど、女性に負け劣らず可愛らしい容姿をしたアルミンの面影を一切感じられない。
 見るも無残に真っ黒に焼け焦げた姿に変貌を遂げて弱々しい呼吸をしたまま今にも息絶えそうなアルミン。ベルトルト、そして重傷を負い、虫の息のエルヴィン。三人の変わり果てたその姿に今置かれた究極の選択を迫られている現状を把握するジャンとコニー。
 彼らの同期でもあり、そして調査兵団として同じ志を持ちこれまで苦難を潜り抜けてきたアルミンのあまりにもむごい変わり果てたその姿にショックを隠し切れない。その光景から今までに起きた事を理解したハンジが、絶句した。

「……何ってことだ……」

 ようやくウミとミカサの拘束から逃れ、息を乱しながらも注射器のケースを開き取り出すリヴァイにミカサが普段の平静さを忘れ、ハンジに羽交い絞めにされる中激しく泣き叫んだ。

「うわあああああああ!!」

 ありったけの声で、泣き叫んだミカサがリヴァイの動きを止めようとしたが、ハンジに抱えられ身動きが取れない。取り乱すミカサの姿に彼女の深い悲しみが分かる、しかし、目の前の光景を見ても

「ミカサ!! 私達にはエルヴィンがまだ必要なんだ!! 調査兵団は、ほぼ壊滅状態!! 団長まで死んだとなれば…!! 人類は象徴を失う!! あの壁の中で希望の灯火を絶やしてはならないんだよ!!」
「それはアルミンだってぇ……できる……っ」
「確かにアルミンは逸材だ……だが、我々の戦いは、これからもずっと続くんだ!! アルミンに君たちが救われたのも知ってる、ウミにとっても君たちがどれだけ大切な存在か、だけど、まだ……エルヴィンの経験と統率力が――っ、ぐっ、っ、ぅ!!」

 必死に抵抗しようともがくミカサのを押さえるハンジだが、ミカサは自分を拘束するハンジのその手首を強く握り潰そうと渾身の力を籠める、全身筋肉の鎧で覆われている、リヴァイの女版と言っても過言ではないミカサの圧倒的な力にハンジも苦悶の声を上げるが、ハンジは痛みをこらえ、彼女の想いを聞き、その言葉に同調するようにそっと背後からミカサを抱き締めていた。

「私にもっ……生き返らせたい人がいる……!! 何百人も……!! 調査兵団に入った時から、別れの日々だ……」
――「ハンジさ――ん!!!」
 ハンジの脳裏に浮かぶのは腹心の部下たちの死、そして、超大型巨人(ベルトルト)巨人化による爆発の瞬間、とっさに自分を井戸へ突き落としたのはモブリットだった。彼が自分をすっかり枯れあがった井戸へ突き落とした事で爆風から逃れ生き延びることが出来た。しかし、その代償に。

「でも……わかっているだろ? 誰にだっていつかは別れる日が来るって」

 大きな爆風と高熱の風に包まれたシガンシナ区。飛んできた石を左目に受けながらも井戸から這い出たハンジが見た景色は先ほどまで飛んでいた景色ではなかった。何もかも建物は超大型巨人の放つ高温の蒸気により焼け野が原と化した、街。もうそこには誰の息づかいも感じられない沈黙の荒野が広がって居た。モブリットは原形を残す事無く吹っ飛ばされ消滅したのだろう。最後まで、自分を気遣い。いつもどんな無茶にも突っ込みつつも突いてきてくれた。彼は本当に、おせっかいな部下だった。だけど、そんな彼の存在があったからこそ、自分は調査兵団解体の危機を迎えたあのクーデターの際も共に行動し、そして共に協力者を得る事に成功したのだ。

「とてもじゃないけど……。受け入れられないよ。正気を保つことさえままならない……辛い…辛いよ……わかってる」

 大切な人を失う喪失の苦しみは、誰もが知っている。ミカサを背後から抱き締め、ゆっくり、まるで子供をあやすように語り掛けるハンジ。そんなハンジの言葉に誰しもが耳を傾け、先ほどまでの喧騒を優しくハンジが包み込み、全員の思考が通常に戻るように。

「……それでも。私たちは、前に進まなきゃいけない……」

 ハンジの言葉に抱き締められながら、ミカサは静かに頬を伝う涙を流していた。ミカサの脳裏には、幼き頃のエレン、アルミン、ミカサ、そしてウミが浮かんでいた。ミカサが大人しくなったところへと、リヴァイが注射器に薬液を注入する姿を見て、そっと、瞼を閉じた。その時、再び、屋根下から這ってリヴァイの足元へと、登ってきたエレンがリヴァイの足首を掴んだ。

「……兵長。「海」って……知って……ますか?」

 注射器を手にしたまま、リヴァイは自分のブーツを掴んだエレンに視線を送る。

「いくら見渡しても……地平線の果てまで続く……巨大な……湖のことです。しかも……そのすべてが塩水でできているって……アルミンが言うんです」
「オイ! もう、やめろよ」
 これ以上はもう、エレンを引き離してゆくフロックに、エレンは引きずられながらもリヴァイへ呼んでいた。

「この壁の向こうにある海を……いつかみんなで、見に行こうって……でも、そんな…ガキの頃の夢は、オレはとっくに忘れてて……母さんの仇とか……巨人を殺すこととか……何かを憎むことしか頭になくて……でも、コイツは違うんです……アルミンは戦うだけじゃない。……夢を見ている!!」

 エレンの言葉を受け、リヴァイの顔には苦渋の選択を迫られた者の計り知れない責任と負担がのしかかった。エレンの言葉を断ち切るように、リヴァイは告げる。彼の決断は揺らがない。

「全員ここから離れろ!! ここで確実にベルトルトをエルヴィンに食わせる!!」
「さぁ、行こうミカサ……」

 ハンジの言葉を受け、力尽きたミカサがハンジに連れられ、その場を離れていく。

「クソ……クソ……ッ」
「アルミン……またな……」

 同期をみすみす死なせることしか出来ない、しかしもうどうすることも出来ず、やりきれない表情で悲し気にアルミンと最後の別れとし、その場を離れていくジャン、コニー、エレンはフロックに抱えられその場を離れる中で、ウミはリヴァイの足元で今も動けずに居た。
 エレンがフロックに連れられて、離れていく、最後にアルミンにその手を伸ばすが、その手が届くことはもう無い。



 リヴァイはゆっくりと四肢を切断され気を失ったままのベルトルトを引きずりながら、エルヴィンの元へと移動していた。屋根の上を歩きながら、決戦前の夜、エレンとミカサとウミの三人へ夢を語るアルミン、そして、自分へその夢の答え合わせがしたいと、幼い頃のままの眼差しを浮かべたエルヴィンの姿を回想する。
 涙ながらに自分へアルミンへの罪悪、思いを投げかけたウミは頬に涙の筋を幾多も浮かべて啼きながら力尽きていた。

――「だから、まずは海を見に行こうよ!! 地平線まで すべて塩水!! そこにしか住めない魚もいるんだ!! エレンは、まだ疑っているんだろ!? 絶対あるんだから! 見てろよ!」

――「エルヴィンよ。そのお前の夢ってのが叶ったら……その後はどうする?」
「わからない。叶えてみないことにはな」
「リヴァイ、俺は……このまま……地下室に行きたい……」

「(全く、どいつもこいつも……ガキみてぇに…わめき散らしやがって…)」

―― 「みんな何かに酔っ払ってねぇと、やってられなかったんだな……みんな、何かの奴隷だった」

 夢を語る異なる金髪の2人、そして、その二人の言葉からリヴァイはベルトルトを乱雑にエルヴィンの隣に転がし、ケニーの言葉を思い返していた。失われていない方のまだ温かいエルヴィンの左腕を手に取り、注射器の針をゆっくりと、刺そうと針先を向けた。
 その時、リヴァイはこちらに顔を向けたままうつ伏せで動かないウミと見る影もないアルミンにゆっくりと視線を向けた。

――「それだけじゃないよ、」

 ふと。ケニーとアルミンの言葉が過ったその瞬間――……まるでそのタイミングを見計らったかのように、エルヴィンがリヴァイが刺そうとした注射器を振り払うかのように腕を上げたのだ。驚くリヴァイにエルヴィンはうわ言のように呟いた。

「先生……に……いないって……やって調べたんですか?」

 眼は開かれていない、あまりのも突然の寝言のようにうわ言のように言葉を発したエルヴィンにリヴァイは思わず彼の声に耳を傾ける。

「……エルヴィン?」

 リヴァイは獣の巨人を仕留める前にエルヴィンと二人きりで交わしたやり取りを思い返していた。これまでいくつもの仲間の死を、家族の死を、見届けてきた。

――「夢を諦めて死んでくれ。新兵達を地獄に導け」
「みんな何かに酔っ払ってねぇと、やってられなかったんだな」
「「獣の巨人」は、俺が仕留める」
「リヴァイ……ありがとう」

 アルミンの笑顔と、自分へ叶わぬ夢となったそのケニーの夢の残骸でもある注射器を自分へ託したケニーの最期の安らかな死に顔がリヴァイを過ぎる。ケニーが抱いていた大きな野望、この世界を盤上からひっくり返すと、しかし、その夢が叶う事は無かった。自分がエレンと捕食しても自分がウーリが持つ「始祖の巨人」と同じような力を得ることは出来ないと知ってしまったから。
 幾つもの夢が、リヴァイの横を風となり吹き抜ける。沈まぬ太陽はまるで、幻想の世界のようだ。ふわりと、浮かんだ情景には夕暮れの美しい世界が広がって居た。アルミンの夢、エルヴィンの夢。二つの夢は夢だとしても、置かれている場所は異なっていた。
 アルミンの夢はこれからの未来を見ている。無垢な青い瞳を輝かせて。見果てぬ海を、見ている。この狭い壁の世界から飛び出し、まだ見ぬ世界を、冒険するのだと。兵団でなければ彼は未だ夢を語る15歳の少年なのだから。
 そして、エルヴィンの夢は自分のせいで死なせてしまった父親の知りたかった仮説の答え。それは言ってしまえば彼の終着点だった。
 海を目指すアルミンと、終着点である答えを探すエルヴィン。
 あの時、エルヴィンへ渡した引導。エルヴィンは自分へ感謝し、夢を諦め、死ぬ時、彼は穏やかな微笑みを浮かべて。
 そして、死んでいったのだ。彼の地獄はあの場所で終わりを迎えた、ウミは言った、悪魔を地獄から呼び戻すと、エルヴィンに注射薬を打ち、そして、それで彼の夢が果たされた時、その夢が違うものだとしたら、アルミンではなく、エルヴィンがここで、黄泉がえり巨人化能力者となった時、彼の夢は、どうなるのだろう。

リヴァイは、静かにウミを見つめていた。彼女にも、夢がある。それは、



 それから、どれだけの時間が流れたのか、長い暗闇の中、聞こえた破壊音からふ、と意識を浮上させたベルトルト。

「……え?」

 しかし、超大型巨人の能力を使い果たし、まだ完全ではない四肢。気が付くと目の前には自分へ迫る虚ろな目をした金髪の巨人の姿があった。一体何事だと、ベルトルトが反応するよりも先に、目の前の捕食対象を目にした巨人はその大きな手でベルトルトの体を掴み上げたのだ。

「ッ!!」

 無防備な自分は逃げることが出来ぬまま。そのままベルトルトは成す術もなく一気に目の前の巨人の口へと飲み込まれ、そして運ばれていく。

「うああああああああ!!!!」

 それは、あの日のトロスト区奪還作戦で自分達の正体を知ったマルコから立体機動装置を奪い、逃げられなくさせた後で自分達の手を汚さず一番姑息な手段でかつての同期の命を奪った時と全く同じ、泣き叫びながら絶叫し、捕食されたマルコ。今度はその立場が逆転しただけの事だ。

「み、みんなあああぁ……っ、助けてぇぇええええ……っ、あっ」
――「待ってくれ……何だよ……何で…そんなに……急ぐんだよ。まだ……ちゃんと……話し合ってないじゃないかぁあああ!!」

 マルコと同じように、マルコも何度も何度も叫んでいた、「何で、どうして、助けてくれ」必死に手を伸ばしていたのを自分達は無視をして、そのまま巨人に顔の半分を喰われるマルコを遠くから眺めているだけで。その時の記憶が蘇る。助けを求めて叫ぶ、自分を遠くにいるエレン、ミカサ、ジャン、コニー、サシャら同期が涙を流してみている。
 かつて仲間であり同期だった104期生の仲間達へ、救いを求めるが。かつて仲間だった同期達の表情を見て我に返るベルトルトはそのまま巨人化薬で巨人化したアルミンの咥内へそのまま吸い込まれるように頭からぱくりと、噛みつかれたのだった。

「ああああああああああ!!!! アニ! ライナァアア!!!!」

 巨人化したアルミンに頭部からバリバリと音を立てて粉々に噛み砕かれていくベルトルト。
 鮮血が飛び散り、ベルトルトの頭は粉々に砕け散った。それを離れた場所から見つめるエレンたち。かつて共に過ごした同期の死を嘆かないわけがない。例え、彼らが壁内人類の滅亡をもくろみウォール・マリアを破壊した敵だとしても、彼らとの思い出は永遠に変わらずあの日のままなのだ。
 その傍ら、横たわるエルヴィンを見守るリヴァイとハンジの姿があった。黙って見つめる兵長とハンジへどうして最後にエルヴィンに注射器を使う事を諦めて、突如アルミンへその巨人化薬の注射を打ったのか。フロックの問いかけにリヴァイは静かに先ほど自分の脳内で繰り返されたやり取り葛藤を思い返し、そっとフロックへその思いを語りかけた。そこには先ほどまで悪魔のように荒れ狂い、襲い来る巨人を次々と血まみれになりながら殺すリヴァイの面影は何処にも、無かった。

「兵長……どうして……ですか?」
「こいつを。許してやってくれないか? こいつは悪魔になるしかなかった。それを望んだのは俺達だ……その上……一度は地獄から解放されたこいつを……再び地獄に呼ぼ戻そうとした……お前と同じだ。だがもう……休ませてやらねぇと」

 さらりと、自分の立てた膝に横たわらせたウミがゆっくりとその重たい瞼を開けていた。ウミのその背後で、ベルトルトを捕食したアルミンが力尽きるように、そのまま地面へ倒れていく。
リヴァイはウミの髪をひと撫ですると、蘇生される事無く今まさにその生涯を終えたエルヴィンへ語り掛けていた。

「エルヴィン……獣を仕留める約束だが……まだ先になりそうだ」

 エルヴィンに寄り添い話しかけるリヴァイ、そして、その向こう側からハンジが両手を伸ばしてそっと、エルヴィンの瞳孔を確認してもう彼は既に息が無いことを、呼吸を止めた事を、リヴァイに伝えるのだった。

「リヴァイ……もう、死んだよ」

 夢半ば、しかし、地獄から解放された。エルヴィンの安らかな最期の死に顔はあまりにも穏やかだった。
 どれだけのものを彼はこれまで背負って生きて来たのだろうか。静かに共に過ごしてきた仲間を看取る。
 とうとう、調査兵団に残る古巣の仲間は自分達だけとなった。これまでも多くの仲間を看取って来たハンジとリヴァイ、そしてウミだが、残された兵士は104期生と、そして、そのベテラン勢は自分達だけがこの場に残された。

「……そうか……」

ハンジの言葉を受け、リヴァイは一瞬息を呑むと、静かに彼の死を、受け入れるのだった。

「リヴァイ、……あの、わ、たし」
「行って来い」
「ごめん、なさい」

 そして、目を覚ました、ウミは、視界に見えた巨人化したアルミンが倒れ込む姿と、リヴァイがエルヴィンではなく自分が必死に懇願したアルミンを選んだ事を知ると、自分達はアルミンの姿に冷静さを欠いて、愛する彼と本気でもみ合い、とんでもないことをしでかしたと悔やんでいた。
 しかし、リヴァイは彼女を責めることは無かった。彼女の背中をそっと押して、リヴァイはエルヴィンを無くした悲しみに暮れながらも、取り乱したウミを責める事はせず、ただ、見送る。
 彼女もエルヴィンを失った痛みを感じている、アルミンの変わり果てた姿ですっかり我を忘れる程に。
 真っ白の蒸気を立てて、消失する巨人のうなじから出て来た焼け焦げた肉体から巨人化能力者となったことで、本来の肉体を取り戻した上半身裸のアルミンが姿を現した。
 立機動装置を使い、蘇ったアルミンを同期であり仲間達であるエレン、ミカサ、ジャン、コニーがワイヤーを放ち飛んでいく。涙を流して彼を温かく再びこの世界へと迎え入れるのだった。
 調査兵団の意志はこれからも生き続けていくのだ。死者から今居る聖者へと託された。白む白夜は永遠に沈まない。真夜中のような暗闇の中でも輝きを放ち続けるのだ。調査兵団の「志」それは、生きている者が居る限り消えることなく、受け継がれていくのだ。

――「シガンシナ区決戦」終戦

・エルヴィン・スミス
調査兵団13代目団長。獣の巨人の投石攻撃を浮け、一時は意識を取り戻すも、注射薬で蘇生されることなく死亡。

・ベルトルト・フーバー
超大型巨人の能力を持つ壁外から来た人間。始祖の巨人奪還作戦に臨むが、祖国の地を踏むこと無く、巨人化アルミンに捕食され死亡。彼の持つ超大型巨人の力はそのままアルミンに継承された。

・モブリット・バーナー
ベルトルト(超大型巨人)の巨人化に巻き込まれハンジを庇い爆死。

・タヴァサ
ウミの愛馬。共に駆け抜けてきた。獣の投石攻撃を受け瀕死の重傷を負うも、ブロックとエルヴィンをシガンシナ区まで運び、役目を終え力尽きるように死亡。

――「交戦勢力」

・敵勢力
ジーク戦士長(獣の巨人 )
本名不明(四足歩行の巨人)
ライナー・ブラウン(鎧の巨人)

・調査兵団
ハンジ・ゾエ
リヴァイ・アッカーマン
ウミ・アッカーマン
エレン・イェーガー(始祖の巨人)
ミカサ・アッカーマン
アルミン・アルレルト(超大型巨人)
ジャン・キルシュタイン
フロック・フォルスター
コニー・スプリンガー
サシャ・ブラウス

僅か10名を残し調査兵団199名の死者。敵対勢力撤退、壁内人類の勝利で終戦。

To be continue…

2020.08.30
2021.03.17加筆修正
SEEYOUは別離の言葉、さよならよりも、また会えるよ。という気持ちを込めました。
SEE(見る)
YOU(あなた)的なニュアンスです。
原作ではウォール・マリア最終奪還作戦ですが、正史になぞらえ、公式ガイドブックにてシガンシナ区決戦となっているのでそのままそうさせて頂きました。
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