THE LAST BALLAD | ナノ

名もなき英霊たちへ、

 名も無き兵士たちの名前は刻まれずにここで散る。

「ウミさん、私たちはどうなってしまうのでしょうか……」
「そうだね……まだこればかりは私には。とりあえず、上官の指示に従うまでよ。全員集まって話はそれから聞きましょう。はっきり言えなくて、ごめんね……」
「その、何かエルヴィン団長には考えがあるんですか?」
「私もエルヴィン団長とリヴァイ兵長の指示を受けただけだから……どんな作戦をこれからするのかはわからなくて……でも、ちゃんと兵士としての責務を果たす為にはあなた達の協力が必要なの。無理言ってごめんなさい、でも、私も、怖いのは同じだよ」

 不安げに自分に縋り付いてきた新兵の手を握りながら、ウミは寒くも無いのに震えが止まらないその手を重ね、握って不安がる新兵たちを安心させるような笑顔で、暗い表情を誤魔化し通す事しかできなかった。

「フロック……」

 果たして自分は上手く笑えていただろうか、本当な怖くてたまらない、それは自分の方なのに。今も尋常じゃない程震えが止まらない。そんな歴戦の生き残りでもあるウミでさえも未知なる獣の巨人から繰り出されるあの投石攻撃を目の当たりにして、今まで対面したことのない巨人との対峙に震え上がっているのに。
 こんな状況下でもう残された作戦など、この身を捧げることしか出来ないと言うのに。
 膝を抱えたままガチガチと歯を震わせているフロックにそっと歩み寄るウミ。エレン達と同じ訓練兵団で苦楽を共にした彼もかつて友との対峙に戸惑っているだろう。自分を見るなり怯えた目で見つめていた。

「ウミ………あんたも、馬鹿だよな………よりにもよって調査兵団に戻ってきてさ……。訓練兵団で手伝いでもしてれば、今頃はこんな思いしなくて済んだのにな……」
「うん……、そうだね、フロックの言う通り、そう、かも……。ね。でも、どんなに現場を離れても、やっぱり私の心は、兵士だから」
「そうかよ……。訓練兵団の時からエレンやミカサやアルミンについていたのに、今は兵団の人間で、優秀な兵士だったウミでもこの現状、どうすることも出来ないんだもんな」
「そう、だね、ごめんね……」
 そう、自分は特別ではない、いたって普通の人間だ。それに、あの投石を前にしても人間離れした強さを持つリヴァイですらどうすることも出来ないのに自分には何が出来るだろうか。
 彼は理解しているのだろう、自分のこの運命の果てに待つ現実を。
「とりあえず……まだ、希望は最後の瞬間までは、捨てないよ。立ちなさい、最後の時まで私たちは、兵士だから……泣いてもわめいても、投石は止まない。この世界を、救わなきゃ……」
「……結婚相手が人類最強のリヴァイ兵長で、壁内に居れば、ずっと、傍で守ってもらえて、幸せに歩んでいけたかもしれねぇのに、怖くねぇのか……」
「私が怖くないと思う? こんなに、震えが止まらないのは初めてよ……。でも、尚更私はここにいてよかったと思ってる。あの人が私の居ないところで死ぬ……その方が耐えられない。離れ離れだったからこそ、尚更そう思うよ。それに、もしどんな選択をしたとしても、私はここに居たと思う。私の意志がここまで導いてくれたから……。人は生まれてから死ぬまでに決まってるから」
「何がだよ……?」
「人は、生まれた時から宿命が決まってるって、ね。この運命を変えることは出来るけど、生まれた時に与えられたこの宿命を変えることは出来ないって。これも、きっと最初から定められていたんだと思う……」

 遠くの方を見つめながら、ウミはフロックにそう語り掛けていた。その間にも投石の雨が降り注ぎ、兵士たちは絶望に暮れていた。
 その目線が向けた先、遠くの家の傍らでは話し込むリヴァイとエルヴィンがいた。会話の内容に自分は関われない。だから自分は離れて新兵達を呼び掛ける。
 理解している。あの二人の間には誰も割り込むことは出来ないのだから。
 自分が彼と離れていた時から、分かっていたことがある。この五年間の日々は嘘じゃなかった。そもそも彼が調査兵団に入団したきっかけはエルヴィンへの復讐だったから。それから自分が居なくなり、彼はその間に兵団内でのポジションを築き上げてきた。その傍らには、エルヴィンへの信頼があったのだろう、自分以上に、彼にとってエルヴィンの存在はあまりにも大きい、自分では埋められない、彼の代わりなど誰にも出来ないのだ。

 目の前の現状を見て。ウミも理解していた。もう、残された手段は思いつく限りでは一つしかない。
 それはリヴァイにしか出来ない、自分達にできる事。それは、自分達が囮になり、リヴァイが獣を討ち取る、それが最後の作戦だ。
 その為には、まず誰が先陣を切ると言うのか。間近に迫る死。しかし、今まで振り返ればいつだって自分は死ぬことは常に頭の中にあって、考えていた。どんな状況の時も、今までもこれからも、生きている限り誰にも等しく死は訪れるのだ。次は誰が死ぬのか。「死」この先、どうせ死ぬ未来があるのなら。

 どうやら、自分はこの五年間会いたくて会いたくてたまらなかった母親に会えないまま死ぬらしい。
「(ずいぶんと…あっけないんだなぁ……いつかは死ぬと思っていたけど、でも、本当に)」
 随分、あっけないものだ。常に隣り合わせの死の中で自分は一つ一つの作戦が終わるたびにまた生きていることに感謝して、そうしてその生を焼きつけて。
 彼に触れられなくなる、この身体だけを冷たい土のベッドに残し、全てのしがらみから解き放たれた自分の魂は肉体を離れ、そして楽園へ向かうのだろう。
 そうだ、どうせもうあの壁の向こうにあるのは母親の抜け殻となった肉体で、それに、よくよく考えれば母親の遺体はもう巨人に食い尽くされているかもしれないし、どうなっているのかわからない。
 肉体だけなのだ、母の魂はもう父親と共に在るのだから。

「(これで……最後だよ……)」

 死ぬことは怖くはない。怖くない、怖く、ない……。と、そう言い聞かせながら、ウミは覚悟を決め、懐から一枚の紙切れを取り出した。

「これより最終作戦を告げる!! 総員整列!!」
 リヴァイと話を終えたエルヴィンのある決意を込めた声はいつになく大きく聞こえた。投石の音も聞こえない静寂の中、彼も大きな決断をこれからする事になる。
 ウミもリヴァイの隣でこれから始まる作戦に耳を傾けた。
「作戦はこうだ。総員による騎馬突撃を目標「獣の巨人」に仕掛ける!! 当然!!! 目標にとっては格好の的だ!! 我々は目標の投石のタイミングを見て、一斉に信煙弾を放ち!! 投石の命中率を少しでも下げる!! 我々が囮になる間に、リヴァイ兵士長が「獣の巨人」を討ち取る!! 以上が作戦だ!!」
 自分達が出来る最善はこれだけだ。調査兵団の団長でありトップの人間の言う事は絶対である。敵前逃亡は死罪だと教えられてきた彼らも理解しただろう、その作戦が、どんな意味を持つのか。を。
 エルヴィンが告げた作戦の内容を聞いたサンドラがその場に崩れ落ち、思わず咳き込みながら迫る死の文字に恐怖と絶望に駆られ、そのまま地面に嘔吐した。誰もその姿を汚いとは思わなかった。
 その姿にウミも思わずつられて戻しそうになる。恐らく新兵の誰もが思っていたに違いない、エルヴィンの剣幕に飲み込まれているが、ここで死ぬことになるなんて。まだ若き兵士たちはここで命を散らす事になる。屍で道を作れと悪魔は言う。人類最強が獣を討ち取る瞬間を、見ることも出来ぬままここで朽ちるのだ。

「ここに突っ立っていても、じきに飛んでくる岩を浴びるだけだ……!! すぐさま準備に取りかかれ!!」

 彼の驚愕の作戦、それは玉砕覚悟で死地へ飛び込めと言う、あまりにも無謀で、自ら死にに行けと言う捨て身の作戦だった。
 我々は兵士である。誰も叫ぶことも無く呆然と突っ立っていた。兵士であれば私情を捨て、人類の為に既に心臓を捧げた兵士として振舞えと、死んでいけと告げた。
 今まで生き延びてきたのは非情な選択をいくつもしてきた、そんなエルヴィンだからこそ、その言葉には重みがある、ウミはふと、彼の背後でこっちを見ている兵士たちの姿を見た。
「(みんな……
――クライス、
――ネス、
――シス、
――ペトラ、
――オルオ、
――グンタ、
――エルド
――ミケさん、
――ナナバさん、
――ニファ
――ケイジ、
――アーベル
――お父さん、お母さん……)」

 今まで命を散らした、調査兵団に配属された時から共に過ごしてきた兵士達、しかし、もう顔なじみの見知った兵士たちはもうだれ一人として残されていない。
 全員が死んだ。別れは突然だった。誰もが自分が死んだことも分からないまま殺されたのだ。
 死んだ調査兵たちがこちらを虚ろな目で見ている。これは幻だろうか、幽霊のように浮かぶ彼らの顔にはまるで命の芽吹きを、覇気を感じられない。
 もうすぐそちら側に自分達も行く。ペトラが確かに自分に向かって微笑んでいる。クライスは仕方ねぇ奴だなと笑っている。
 死んでいった兵士たちの思いに報いることが出来るのも、また自分達なのだ。最後の作戦、自分達の命を犠牲に捧げ、人類最強の男は決意した。
 恐怖の表情を浮かべ立ちすくむ新兵たち。真っ青な顔をしたフロックが震える声で団長であり採取作戦発案者のエルヴィンに問いかけていた。彼は悪魔だ、フロックは目の前に実在する悪魔に畏怖の念を抱いていた。

「……俺達は……今から……死ぬんですか?」
「そうだ」
「…どうせ死ぬなら、最後に戦って……死ねということですか?」
「そうだ」
「いや…どうせ死ぬなら……どうやって死のうと、命令に背いて死のうと……意味なんか無いですよね……?」
「まったくその通りだ。まったくもって無意味だ。どんなに夢や希望を持っていても、幸福な人生を送ることができたとしても。岩で体を砕かれても、身体に大病を患っていても同じだ。人はいずれ死ぬ。ならば人生には意味が無いのか? そもそも、生まれてきたことに意味は無かったのか? 死んだ仲間もそうなのか? あの兵士たちも……無意味だったのか? いや違う!! あの兵士達に意味を与えるのは我々だ!! あの勇敢な死者を!! 哀れな死者を!! 想うことができるのは!!  生者である我々だ!! 我々はここで死に!! 次の生者に意味を託す!! それこそ唯一!! この残酷な世界に抗う術なのだ!!」

 その事を否定することが出来るのは自分達だと、エルヴィンの怒気迫る迫真の言葉を受けた新兵達は彼が放つその剣幕にすっかり圧倒されている。時間は待ってはくれない。全員早足で行動を開始した。どうせ死ぬのなら、何者にもなれずに死んでいく名も無き兵士達。何かを残して叫んでこの地に生きた唯一の証を。
 馬に乗り信煙弾の確認をする兵士たちの合間を抜け、ウミはリヴァイの元に向かった。あくまで、平静を、装いながら。
「リヴァイ、」
 最後に彼の名前を呼んだ自分は上手く笑えていただろうか。彼の胸の中で生き続けられればとは思わない、彼がどうか獣の巨人を討ち取ること、それだけを願っていた。
「リヴァイ、ガスの補充は大丈夫? 替え刃が私のがまだあるから、補充してね」
 そうして、ウミがもう使わないであろう立体機動装置の装備を解き、替え刃をリヴァイにボックスごと渡そうとした時、リヴァイの手がウミの手首をつかみ、そして、引き寄せていた。
「ウミ。俺は大丈夫だ」
「そっ、か……」

 彼が獣を討ち取るその瞬間、この目に焼き付けてみたかった。人類最強と呼ばれる彼はいつのまにか地下のゴロツキの頃から気の遠くなるような場所にいる。人類の救世主として、今この世界の地下の片隅で戸籍にも残らない彼の名。しかし、今彼の名を、「リヴァイ・アッカーマン」の名を知らぬ者はいない。
 獣を討ち取った英雄として、彼はこれから多くの輝かしい栄冠が、待っているのだ。
 しかし、残念ながら彼の栄光の瞬間、人間が巨人を討ち滅ぼす。その瞬間を見届けたい、その願いは叶いそうにもない。
 自分達は最後まで一緒だと愛し合い、確かめた中で離れた場所で死ぬのだ。

 だが、もし……彼があの獣の巨人を討ち取るより前に死ねば抜け殻となった魂で見届けることが、出来るのかもしれない。
「リヴァイ……これ、受け取って」
 そうして、あの日言えなかったサヨナラをここでしよう。五年前につづった手紙と共に、どうか彼に持っていて欲しい。そしてウミは彼に遺書を渡すのだった。
 しかし、どうしたことか、リヴァイはそれを受け取ろうとはせず、無言で俯いたまま、悔し気に、いつも真一文字を結んでいる口唇が、大きくゆがみ、そして、その鋭い双眼は真っすぐにウミを見ていた。

「リヴァ、……――んんっ!!」

 彼に引きずり込まれるように、獣の巨人の投石から自分達を守り続けて今にも崩壊しそうなとっくに廃屋と化した片隅の場所、確かに家族としての温もりのあったその場所で、リヴァイは狂人のような顔つきで貪るように激しくウミに噛みつく様に口づけて来たのだ。
 突然の噛みつくようなキスに思考が追い付かない、つい彼の唇を噛んでしまい、二人はそのまま離れた。
 リヴァイはあろうことかウミが認めていた、出来れば一番に読んで欲しい彼に綴った届かないと思っていた遺言書を、滅茶苦茶に切り裂いて破り捨てた。
 ウミは突然殺されるのではなく、彼に直接遺書を渡して死ねるのだと。そう思って言い聞かせていたのに。これから待つ死に向かい歩み出した足が震える中で恐怖を拭おうとしたのに、これでは、死ぬに、死ねなくなる……。

「ウミ……! 一言で良いから……言えよ……死ぬなんて言うな、遺言なんか残して、俺を……置いてくんじゃねぇよ!」
「リヴァイ……」

 彼の切実な言葉、漏れた本音に彼も兵士と男としてウミの夫として葛藤していた。そして、こんな時に、彼は希望を植え付けて、どうにか彼女の恐怖を振り払おうとしていた。

「ウミ……俺達の、ガキが、生きてると言ったらどうする」
「え……!?」
「ヒストリアの孤児院に集められた孤児だ……俺と同じ道を辿り、そして地上に行きついた。確実化はどうかは検査して見ないことには分からねぇが…ウミ……生きてたんだ。俺達のガキが……お前の母親は、俺達の目を欺きながらも、本当は、初めての孫、で、そのガキなんぞ殺したくはなかったらしい、俺達のガキ…男なら…」

 ウミが口にした名前、二人で考え、夢を見たあの頃。

「あの子の名前は決めていたの、そうよ……アヴェリア……!」

 孤児院でヒストリアが名前を尋ねた時、そいつは言った、「俺を産み捨てた母親が名付けた忌々しい、名前だ」と。

「ガキには……親が必要だ、俺が、得られなかったものを…束の間与えられたものを俺達が一生を賭けて注ぎ続けよう……俺はまだお前に話していないことがある……だから、死ぬな……! ウミ!!」
「あ、ああ……ああああああああ―――!」

 ウミは言葉にならない叫びをあげ、その場に崩れ落ちた。まさか、生きていたのだ、腹を痛め奪われた命が、まさか、こうして今も生きながらえているなんて……。

「どうして、今になって……このまま、死ぬ覚悟で、そう決意していたのに……どうしてよぉっ……!!」
「この戦いが終わったら、迎えに行こう……もう、血とかどうとか、関係ない、魂で、自分のガキだと、お前が見定めて決めろ、お前はもう戦わなくていい、俺が……お前が一生笑って暮らせるような世界にしてやる……」

 リヴァイの力強い言葉、これから待つ未来への幸せの扉、彼が持っていた、その鍵を。ウミは、これでもう迷いは消えた。ウミの遺書を地面に放ち、二人は片時も離れずリヴァイの前でその白い紙の花弁が散る。それは、せめて死にゆく者の願いの花。
 墓前に供えて欲しいと清廉な雰囲気を纏うウミは願うだろうから。

「リヴァイ……あの日、あの時、私を見つけてくれて本当に感謝してる……」

 別れの言葉は、要らない。これは、さようならをする為に、出会った二人じゃない。見果てぬ楽園でいつかまた、会える。その日まで。どうか、せめて終わり行くこの世界に、どうか。名もなき葬宴を。



 投石攻撃で粗方消し飛んだマリア側の壁。シガンシナ区の壁に向かって投石攻撃を休まず続けていた獣の巨人はもうすぐ更地になる建物に隠れている恐怖に震えているであろう兵士たちを、せめて楽にしてやろうと、そう思い待機していた中、聞こえた土煙の音、馬のひづめが大地を揺らして駆け抜ける壮絶な音が聞こえた方向へ眼を向ければそこには……。

「ん?」
「おおぉおおおぉぉおぉぉ!!!!!!」
「突撃―――――おおおおおおおお!!」

 獣の巨人に向かって信煙弾を構え、土煙をあげて決死の表情で駆けていくエルヴィンと新兵たちの姿があったのだ。しかし、何ともつまらなそうな、想定通りの彼らの捨て身の作戦を見た獣の巨人は呪われた悪魔の末裔を憂いて、そして、彼もまた、激しい憤りを抱いていた。

『まぁ……このまま終わるとは思ってなかったけど……特攻か……。もうちょっと何かあると思ったんだけど』
「今だ!!撃て!!」

 エルヴィンの声を合図に名もなき兵士達がすかさず信煙弾を上空へ掲げた、エルヴィンの隣を駆ける白馬。そして一斉に信煙弾を撃ち上げ、暗雲立ち込める空には緑の軌跡が次々と描かれていく。その光景は、最後に見る光景にしては、やけに綺麗で、曇天の空に緑の軌跡が綺麗で、思わず涙が溢れる……この煙の空の向こうで、リヴァイは必ず獣を討ち取ってくれるだろう、そう、信じている。
 放射線状に放たれた信煙弾の煙に獣の巨人はゆっくりと岩を砕きそしてフォームを取ると、投球大勢に入った。

『煙………? あぁ、信号を送るってやつか………』

 と言いながら、勢いよく手にした岩石を手に、上空へと持ち上げた腕、そして、大きく振りかぶる獣の巨人。

「来るぞ!! 動け!!!」

 飛んでくる。兵士たちの命を散らした岩石の雨が、来る、ひとたまりもなく届く、死にたくない、誰もがそう思っただろう、これは悪い夢だ、そう、自分たちは……!!エルヴィンの言葉に半泣きの兵士たちが一斉に散開した。ウミもその声を合図にエルヴィンの背中に続いた。
 自らが動く、愛馬のタヴァサも自分達が死ぬことを理解しているのだろう。彼女も理解し、乗り主に従い懸命に走らせていた。

「(タヴァサ……大丈夫、怖くない、怖くないよ……!!)
 一緒に、行こう……ここまで導いてくれたあなたと一緒に行けるなら、もう、いいの」

 私は幸せな人生だったと胸を張って言える。最愛の人とめぐり逢い、そして彼との間に産み落とした子供が生きていると知り、この世界は、残酷だけどとてもやさしいから、その事に、気づけた。
 悲しい終わりではないのだから。ここまで自分を導いてくれた大切な愛馬にウミはそっと感謝と別れのキスをした。負傷した自分を妊娠していた母親を壁内まで連れ帰ってきてくれた、だから自分は今こうして命がある。
 そして、死んだ父親を引き連れ遺体を巨人に食わせる事無く連れて来て、そして、イザベルとファーランを失った失意に暮れたリヴァイを助けてくれた。
 自分が兵団を離れた間、リヴァイを見守り、そして、彼女は血まみれになりながらもクライスを壁内まで連れて来てくれた。だからミケが死んだことを知ることが、彼の最期を知る事が出来た。
 そしてエレンと共にさらわれた自分を、壁内へ戻るときも迷わず自分を助けに迎えに来てくれた大切な、彼女と、共に。行こう。

「おおおおおお!!!!!」

 馬を走らせながら自ら上官として、先陣を切るエルヴィンの叫びが馬のひづめの音にかき消されながらも響く。

「兵士よ怒れ!!

 兵士よ叫べ!!

 兵士よ戦ええええ!!」

 エルヴィンは団長としての役割を果たしたのだ。彼は、最期の瞬間まで勇敢だった。彼も、おそらく目の前に迫る死に、投石に震えていたのかもしれない、しかし、彼はそんな態度など見せずに臆せず獣の巨人へ果敢に飛び込んでいく。

 次の瞬間、緑の信煙弾などお構いなしに飛んできた投石がエルヴィンの脇腹に命中したのだ。彼は馬諸共落馬し、そして、投石は同じく。彼女の元に飛んだ。

 その瞬間、確かに見えた。リヴァイが、周囲の巨人をなぎ倒しながら、突き進む姿を。

To be continue…

2020.07.14
2021.03.17加筆修正
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