THE LAST BALLAD | ナノ

#97 サヨナラ世界

――「ハンジさ――ん!!!」
 かつて共にした同期として。同じ志を持ち寄り、助け合って様々な窮地を乗り越えた仲間たちとの決別。自分は「兵士」ではなく「戦士」なのだと。
 ベルトルトは別れを告げ飛び去った。自分達がやってきた最初の街。自分たちが作り上げた地獄。植え付けられた呪われた末裔をここで根絶やしにして悲しみを終わらせるのだ。
 上空で熱風に包まれ巨人化したベルトルトのその真下を飛んでいた鎧を仕留めて追いかけていたハンジとモブリットは太陽よりも眩い光に目をくらませた。
 そして、その光は一瞬にして広がり強烈な熱を孕んだ爆風が全てを灰燼に帰すその瞬間、最後に聞こえた長い間共に過ごした大切な部下の声が響いた。
 モブリットの声にハンジが気付いた時には、勢いよく背中を押され、目の前の遺棄された街の枯井戸が口を開けてハンジを飲み込む。
 振り返ったモブリットの残像が――………やがて灼熱の風にさらわれて消えたのと同時に飛んできた石の破片がハンジの右目を潰したのはほぼ同じだった。そのまま重力に従い落ちていく身体。

「誰か……いない、のか……」

 猛烈な爆風と熱風の暴力がシガンシナ区を蹂躙した。その衝撃に気を失っていたハンジがゆっくりベルトルトの爆発から免れた井戸の底から姿を見せると、井戸の周囲に積まれた煉瓦は崩れ落ち、周囲の建物も全て吹き飛ばされ、焼け野が原と化していた。

 そして、触れる瞳、立った時にバランスを崩してぐらつく視界、目に見える感覚がおかしいことに気付けば、ゴーグルを突き破って潰されたその左の瞳にはもう永遠の輝きは戻らず、真の深淵に閉ざされている事を、知ったのだった。

 超大型巨人の前になす術もなく、打ち破られ、超大型巨人の前に壁上へ吹っ飛ばされたまま伸びてるエレン。しかし、彼は石よりも固い硬質化の壁に激突した事で未だに起き上がる気配は無い。
 立体機動装置も、この時の為に開発された雷槍も意味を為さず超大型巨人の放つ蒸気に無力化され、重度の熱傷を負いボロボロの104期生達。そんな彼らの前に復活した鎧の巨人が迫る。
 今にもエレンに止めを刺し、マリア側にいる馬やエルヴィン達を獣の巨人と挟み撃ちにして一気に追い込まれている。もう逃げる術はない、肝心のアルミンだがその聡明な頭脳からは未だに何も生まれていない。
 これまでも幾多もの危機を多くの勇気と知恵で乗り越えて生き残ってきた104期生達は今はもう突破口を見出すことが出来ぬまま、これまでの仲間と、今両者の思いが激突する中、どうしようもなく絶望的な状況に崩れ落ち苦悶と悲痛な声を上げる超大型巨人の放った熱風を浴びて熱傷だらけの同期たちはかつての仲間たちが姿を変えた二体の知性巨人の前に為す術もなく絶望した。



 その一方、突破口を見出すために注意深く超大型巨人の様子を窺うアルミン。しかし、ベルトルトとの話し合いでも彼を引き留めることは出来ぬまま離別した。
 呆然と立ちつくす彼は己の無力さを嘆き、参謀は未だに言葉を発することは無い。ジャンは全ての望みを捨て、まずは巨人化能力者でありこの壁を塞ぐ役目を持ち、そして敵側の目的の存在であるエレンを壁内へ逃がす事、敗走の覚悟を固めていた。

「なぁ? アルミン……もう……エレンを逃がすことにすべてを懸けるしか……」

 アルミンは馬たちの居る壁上へ向かう超大型巨人を見上げたままジャンの話が耳に届いていないのか、呆然とその巨体を観察しているようだった。

「聞いてんのかよ、アルミン……」
「……痩せてる」
「え?」
「超大型巨人」が少し……細くなってる……!」

 膝を着くジャンに対し、立ったまま呆然とするアルミンがジャンへ呼びかけた。

「ハンジさんの言った通りだ!! やっぱり「超大型巨人」は消耗戦に弱い!! エレンの実験を思い出して! 続けて巨人化できるのは3回まで。全身を硬質化できるのは2回が限度。15mの巨人でそれなら60mの巨人はもっと燃料効率が悪いはずだ。ライナーとベルトルトが正体を明かした時は熱風を出し続けて攻撃したけど……あれは骨格以外のすべての肉を消費して熱を生み出していたんだ……!」
「……つまり――何だよ?」
「アルミン……」
「作戦がある。みんなでライナーを引きつけてくれ!! ベルトルトは僕とエレンで倒す!!」

 アルミンの告げた作戦に一同は驚きを隠せずにいる。しかし、作戦を思いついたアルミンは先ほどまでの頼りない姿から一転して兵士として、参謀としての本来の勇敢な彼の姿に立ち戻っていた。
 結局はベルトルトを説得することは出来ず、自分達と彼らの意志は完全に隔たれた。そして、巨人化を許し、ハンジ班は壊滅し、ベテラン兵士もいない、援軍も来ない中で追い詰められ、かつての仲間と戦う覚悟を問われたアルミンの曇っていた瞳に強い光が宿る。
 ミカサがアルミンの目を見て安堵したように、ゆっくり負傷した腕を抱えながら立ち上がった。

「僕達二人で……勝ってみせるから……」
「わかった。鎧(ライナー)は私達に任せて」
「遅ぇよバカ……本当にもうダメかと思ったぞ……!」

 アルミンがようやく閃いた作戦に一縷の希望を託して。力なく項垂れていた同期達もアルミンの作戦を受け、もう駄目だと項垂れ敗走を決意していたジャンが安心したように笑った。
 それぞれが立ち上がり、最後の捨て身の作戦へ向かう。兵力も、雷槍も、ガスも。全てが足りない。消耗戦へと突入する二つの戦局のうちの一つが、今最終局面へ向かう……!
 ジャンとミカサとコニーとサシャの四人はライナーの元へ飛び、そして、静かなる決意を決めたアルミンが一人、壁上で気を失ってのびたままのエレンの元へ向かった。
 かつては苦楽を共にした同期達がお互いの健闘を祈り、生還を願いそして踏み出す。アルミンはトロスト区奪還作戦でエレンを起こした時のことを今は懐かしみながら、この決戦前、エレンが自分に聞かせてくれた想い、夢、思い出し、そして改めて決意と夢をしっかりと離さないように抱き締めた。この先に見える、波の彼方に望む情景を目指して……。

――「何でか知らねぇけど、オレは自由を取り返すためなら……力が湧いてくるんだ」
「(……この作戦が上手くいけば……僕は……もう……海を見には行けないな)」

 壁上に背後から叩きつけられ気を失ったまま伸びているエレンの上で。超硬質スチールを付け替え、エレンを起こすべく突き立てる。雲の切れ間から射しこんだ朝日が見える。壁内の人類たちは待っている筈だ、希望の夜明けを。

「僕は……、なぜか外の世界のことを考えると勇気が湧いてくるんだ」

 手にしたアルミンのその刃は寒くもないのに、これから自らの手で起こす捨て身を覚悟した決死の、最後の作戦への未知なる恐怖に、迫る「死」の単語に震えている。この決戦の行く末。生と死の狭間に、今アルミンは立たされているのだ。

――「後頭部からうなじにかけて……縦1m横10cm……大丈夫、真ん中さえ避ければ……死にはしない、ただ、ほんのちょっと……痛いだけだ!!!」

 鈍色の刃を構えていたアルミンは幼少の頃より夢に描いていた憧れていた「外の世界」その夢がもうすぐ叶う未来を思い描くことで、その胸に迫る臆病な自分を飲み込もうとする恐怖を振り払い、震えを止めた。
 エレンの言う通りだった、自分もそう、夢を思い描く。一度抱いた夢、あの頃からずっと変わらない夢の先。気付けば突き立てた刃はもう震えては居なかった。

「エレン! 起きろ! 海を、見に行くよ!」

 背後にはベルトルトが動けないエレンに最後の止めを刺そうと今にも迫る。アルミンの声に、気を失っていた巨人の中で同じように眠っていた本体のエレンがゆっくりと意識を再び浮上させた。

「(もう一度だけでいい……立ってくれ……!)」

 アルミンはそして、ゆっくりとエレンにしか聞こえない声で思いついた作戦内容を語り掛けた。
 自分達の送り出し、そして帰還を待つヒストリア。共にクーデターを起こし偽りの王を打ち破った仲間達であるザックレー、ナイルやピクシスたち幹部達、そして共にトロスト区奪還作戦でエレンが穴を塞ぐべく地獄のような状況下で戦った駐屯兵団達。そして、一人、窓辺で佇むマルロと共に窮地に追いやられた調査兵団へ協力してくれたヒッチ。
 失墜していた調査兵団の立場を押し上げ、そして今声援を届けてくれた壁内の誰もがこの決戦の行く末に待つ勝利を信じて待っている。

「エレン……聞いてくれ。超大型巨人はあの高熱の風を放っている間は動けない……。そして、なによりも図体が大きい分、消耗戦にも弱いんだ。それを利用して、僕が囮になって正面から超大型巨人に飛び込んであの蒸気を最大限放出させる。僕が、死なない程度……ギリギリまで。肉体は消費するけど、骨は消費しない、だからあの剥き出しの歯にアンカーを突き刺せば弾き飛ばされない……僕が囮になって時間を稼ぐから……。その間に君は硬質化した巨人の体を囮に……エレン自身の立体機動装置でベルトルトのうなじ側に回るんだ。僕が、最大限まで放出させた能力を使わせる。ベルトルトが熱を放出し尽くしてその力を失った時、立体機動でうなじからベルトルトを引きずり出すんだよ。君が、君だからこそ、僕たちの街を破壊した超大型を討つんだ。作戦は以上だ。あとは全てを実行に移し、ベルトルトを騙すことさえできれば……この勝負……僕達の勝ちだ……!! 行くよ、エレン……」

 アルミンの言葉と突き立てられた刃に痛みを覚えたエレンがゆっくりとその吹き飛ばされた巨体を壁上へ起こし、どんどん自分に向かって近づいてきた超大型巨人を睨み付けた。
 対峙しあうエレン・アルミンと超大型巨人、その背後ではミカサ、ジャン、コニー、サシャの四人は分散してエレンたちの元へ向かう鎧の巨人を止めるべく向かっていく。

「いいか!? ベルトルトはアルミンとエレンで何とかすると信じろ! 俺達はライナーをアルミン達の方から遠ざければいい! 微妙な距離を飛び回って注意を引け!」
「「「了解!!」」」

 アルミンに鎧の巨人を託されたジャンが三人へ呼びかけた。一斉に大きな足音を立ててこっちに向かってきた鎧の巨人を真っ向から迎え撃とうとするが、突進攻撃を開始した鎧の巨人は、まるで自分達の事は眼中にないと言わんばかりに、そのまま4人の間を通り過ぎてエレンの居る壁上へそのまま風を巻き起こして四人を弾き飛ばして通り過ぎてしまったのだ。

「えっ!?」
「な!? 無視かよ!?」
「野郎!! エレンに狙いを絞る気か……!?」

 自分達など最初から視界に入っていないと言わんばかりに堂々と通過して家の角を曲がりそのまま走り去ろうとするライナーは大きな足音が遠ざかる中、狙われたエレンとアルミンの名前に反応したミカサの顔つきが恐ろしい者へと変化した。

「殺すしかない……!!」
「ミカサ!?」

 走り去る鎧の巨人を、ここで殺すしかもう奴を止める手立てはない、このまま逃げ切られてはガスも潰え、アルミンが思いついた作戦どころではなくなる。エレンが連れて行かれてしまう。
 残り僅かのガスを放出し、ミカサは単身身の丈以上もある重量の雷槍を手に、短期決戦に賭け倒すことを決意した。ジャンの静止も聞かずにバウンドしながらミカサはガスを放出して走り去ろうとする鎧の巨人へ猛追を開始した。雷槍を身構え、ユミルの巨人のように俊敏ではない鎧の巨人に一気に接近していく。
 残された雷槍はそれぞれが持つ物だけ。鎧の硬質化の皮膚を打ち破る為。走り去ろうとする鎧の巨人の左ひざの関節に狙い定め、叩きつけるような角度から一気に雷槍を打ち込むミカサ。一気にワイヤーを引き抜けば起爆スイッチが稼働した瞬間まばゆい閃光が落ち走り去ろうとしていた鎧の膝を打ち砕いたのだ。
 なんとか踏ん張ろうと支えを求めて家に手を着いたが、住居を破壊しながら踏ん張り切れず、エレンを狙う者はかつての同期でも全員敵だとみなしたミカサからの容赦ない一撃によりそのまま地面へ前のめりに滑り込み。そのまま動かなくなった。

「おおぃッ!?」
「ライナーの注意を引けないのなら……今ここで息の根を止めるしかない!! ここで! エレンとアルミンを守る!!」
「あぁ………分かった!!」

 ミカサの覚悟を決めたその目にジャンも促され、かつての仲間をここで仲間だったからこそ、討ち取る覚悟を決めた。

「雷槍は残り三本だぞ!? クソッ……でも!!」
「やるしかありません!! だって……戦わないと!! 勝てませんから!!」

 迷いを捨て残り僅かの雷槍を手に今が好機だと捨て身の覚悟で倒れ込んだ鎧の巨人へ立ち向かっていく。ミカサからの攻撃を喰らいノーマークだった新兵器の前に鎧の巨人の中でライナーは呆然と呟いていた。

「(何だ!? 今、何を食らった!? 一撃で鎧の膝が…あれから記憶が飛んでいる……ベルトルト……俺に一体……何があったんだ……? 状況がわからない……。力もあまり残ってない……だが、あそこに、エレンがいる……エレンを奪い去ることが俺達の勝利であることに変わりはないはずだ。そうだろベルトルト。早くこいつらにカタを付けて、そっちの加勢に行くからな……!)」

 倒れ込んだライナーを取り囲んでベルトルトの元にいかせないようにする。真っ向から対峙しながら動けない膝を抱える鎧の巨人を横目に歩みを止めない超大型巨人。本体のベルトルトもアルミン達が分散して作戦にあたろうとしていることに気付いたようだ。

「(向こうに行った四人はライナーの相手。奇しくも爆風から生き残ったのはエレンについてた104期生のみんなだけか……。正直言えば……みんなまとめて吹き飛んでほしかった……でも……こんな試練にも、もう慣れたよアルミン……。そんなボロボロになったエレンを起こして何ができるのか…僕に見せてくれ。君達が、最期に何を残すのか……。)」

 目の前に迫る超大型と対峙するアルミン達、アルミンは静かにエレン巨人の耳元でぽつりとエレンに自分の思いを託すように、その肩の上で静かに囁く。

「自分で考えた作戦だけど……成功は……僕がどれだけ耐えられるかで殆ど決まるなぁ」
「(アルミン……お前……まさか……!!)」

 エレンは気付いた。アルミンが本当は誰よりも力ではなく、知力や言葉で、本当の意味で勇気があり、強い事を知っている。だからこそこの作戦を打ち立てた。そして、自らの身体でハイリスクを覚悟で残された手段を今から果たそうとしている。迫る死と隣り合わせの成功するかどうかも博打の中の募る恐怖に目線を泳がせながらも、その恐怖を打ち消すようにエレンの動揺を誘わぬよう静かに話し出す。

「エレン……悪いけど僕は海を見るまでは死ねない。だから、大事には至らない辺りで切り上げるけど……後は任せたよ? ほっ、ほら……僕ってそんな…勇敢じゃないから」
「(いいや……違うぞ……オレが知ってるお前は……)」
「エレン…わかってるよね? 一緒に海に行くって約束しただろ? 僕がエレンにウソついたことあった? だから、何があっても……! 僕の作戦。守ってくれよ!?」

 超大型巨人と対峙するアルミンと壁上で立ち上がろうとしたエレンだったが、力を込めた先から抜けていく……。

「(ク……クソッ……)」

 気付いた時には、足を踏み外したエレンが壁上から滑り落ちるように獣の巨人が投石した岩に塞がれた内門へ真っ逆さまに滑落してしまったのだ。

「エレ――ンッ!!!」

 アルミンの悲痛な叫びが反響する。エレンはもう戦えない、そう判断し、ベルトルトは残されたアルミンへ目線を向けた。

「(やっぱり……勝負はもうついてたんだ。おそらくは重度の脳震盪。まだまともに立ち上がることもできないようだね。もう十分だ……、終わりにしよう……!)」

 残されたアルミンでは、調査兵団の立体機動装置では超大型巨人は殺せない、右腕を振り上げる超大型巨人にアルミンが覚悟を決めた。

「……う!! うあああああああ――!!!」

 超大型巨人の右腕が壁上の小さなアルミンに狙い定め振り払うようにそのまま殴りつける勢いで振りかぶってきたその瞬間、アルミンは大声を発して立体起動のアンカーを超大型巨人の先ほどよりも幾分も痩せた右腕に向かって射出し、そのまま顔面へと一気に接近し、そして対面で向かい合わせになった。

「(アルミン君は最期まで……よく戦ったよ)」

 勇敢なる者、だからこそ、この手で最後を。眼前に飛び込んできたアルミンに向かってベルトルトが最大出力で一気に全身から全てを燃やし尽くすような熱風を放出した!それは赤い軌跡となり鎧の巨人と対峙するミカサの目にも映る。



「エレン……アルミン……!」

 こちらにまで伝わる強烈な熱風を放つ超大型巨人の攻撃を見て心配そうに二人の安否を伺うミカサ、しかし、今は彼らの心配をしている場合ではないのだ。

「いや――……二人に任せた。私達はライナーを殺(や)る……!」
「(3本の雷槍でライナーを仕留める方法があるとすりゃあ…もうこれしかねぇ…奴が動けねぇうちに勝負を懸ける懸ける…。勝負は一度きり、どうなろうと、これが最後だ……!)」
「……来やがれ」

 心臓の鼓動がやけにうるさく鳴り響く中、ゆっくりとした時間が襲う。やけに静寂が響く。その中で覚悟を決める両者達。

「ラァアアアイナアアアアア――――!!」

 先行切って屋根を蹴り駆け出すはライナーの背後にいたジャン。彼の名を叫んで自らを「囮」として一気にアンカーを射出し、背後から刃で項を狙うと見せかけて襲うジャン。その左右にいたコニーとサシャもそれを見て雷槍を手に一気に飛びかかる…!
 ジャンが閃き、最後に残された雷槍を用いた決死の作戦。それは。

――「まず俺が囮になる!! コニーとサシャは雷槍を二本使って両側からライナーの……顎を狙え!」

 残された、たった3本の雷槍、背後から囮となり、ライナーのうなじへ狙い定めたジャンにライナーが気を取られている隙にコニーとサシャ、二人が横から鎧の巨人の顎を狙い撃ちにするのだ。
 ライナーの硬質化の鎧で出来た鎧の両顎に命中した雷槍の衝撃で口が開いた瞬間、真正面で睨みを利かせたミカサが一気に接近して残りの1本をぽっかり空いた口の中目掛けて放ち、うなじを狙って爆発させて本体をあの身体から引きずり出す。
 これが自分達の捨て身の作戦。ライナーは背後から切りかかって来たジャンに目線を送ると、すぐさま右側、サシャ側の民家の屋根で薙ぎ払うように一気に破壊してその破片の雨を浴びせる。
 鋭い破片が飛び散る中、両側からライナーの頬を狙うコニーとサシャしかし、ジャン目掛けて振り払った破片は雷槍を放とうとしたサシャにも容赦なく降り注ぎ、彼女の身体に痛々しくも破片が突き刺さったことでサシャの狙い定めていた雷槍は大きく軌道がずれて別の方向へと飛んでいき不発のまま終わってしまう。

「うおおおおおお!!!!」

 ライナーの攻撃を受けず左の顎に向かって雷槍を突き刺したコニーがそのまま一気に爆発させる。ライナーが気付いた時にはすでに爆発して顎に攻撃を喰らったところだった。しかし、命中したのはコニー側だけ。顎は開いていない。作戦は失敗だ。

「サシャ!?」

 見事命中させたコニー。しかし、喜ぶ暇も無くライナーの攻撃を受けた二人の仲間、そして屋根の破片に無残にも身体を貫かれ、顔面から血を流して重力に従い落ちていくサシャの元へとアンカーを放ち、急ぎ彼女を抱きかかえるコニー。背後から攻撃を喰らい、同じように破片を浴びたジャンの名を叫んだ。サシャもジャンも破片をもろに食らってかなりの量を出血している。もう二人は戦えない。これが本当に最後の攻撃だった。

「ジャン!?」

 鎧から食らった攻撃により屋根の破片が突き刺さっているジャンも自力でその場を離れるが、今か今かと最後の攻撃のタイミングを狙い、顎を破壊され、口が開く瞬間を待ち構えていたミカサはサシャが攻撃を受けて重傷を負い、雷槍を外したことで未だに堅く閉ざされた口の前に呆然と立ち尽くしていた…。

「(一本……外した……!)」
――「顎を吹っ飛ばされたなら鎧の口が開くはずだ……!! ミカサは残りの一本で、ライナーの口の中からうなじを狙え!!」
「(口は開いてない……それでも、やるしかない!!)」

 ギリッと唇を噛み締め、この身を懸けて、特攻を仕掛ける決意をしたミカサ。その一方、アルミンは超大型巨人が放ち続ける猛烈な熱風に晒されながら必死にエレンが硬質化でベルトルトを欺き背後に回るまでの時間をその身を犠牲にし、必死に稼いでいた。先ほど全員を吹っ飛ばしたあの熱風、しかし、不思議なことになぜか自分の身体に確かにアルミンが射しこんだアンカーが一向に抜けないのだ。

「(なぜだ……? アルミンを吹き飛ばせない……なぜアンカーが外れないんだ。近付くことはできないはずなのに……!!)」

 暴力のような激しい熱風に耐えるアルミン、そのアンカーの先は超大型巨人の筋組織で形成された肉体ではなく、骨格でもある歯に突き刺さっている。彼は気付いたのだ。

「(やっぱり!! 骨は消費しないんだ……!! 肉に刺さなければ……アンカーは抜けない……!! そして何より!! 熱風を放っている間は……筋肉を動かせない!!)」

 アルミンの読み通り、アルミンは吹っ飛ばされずにベルトルトの前で滞空したまま、諸にその熱を延々と浴びせら続けている…。しかし、これでは生身の捨て身で挑んだアルミンの身体が本当に持たない、全身に重度の熱傷を負わせるほどの超大型巨人の高温の風は容赦なく両腕を交差してそれでも吹き飛ばされないように必死に耐えるアルミンの力を確実に奪っている。このままでは、彼は。

「(けどアルミン……それが君の最期か? 君がその知恵を絞ってようやくできる抵抗は……そうやって……炙られ続けることなのか?)」
「(息が!! これ以上はもう………!! イヤ まだだ!! この程度じゃ足りない! もっと、時間を稼ぐんだぁああ!!)」
「(一体何がしたい? 陽動か? エレンならまだあそこでくたびれたままだぞ? ミカサ達もあっちでライナーに手一杯……本当に何も無いのか!? これで……本当におしまい……なら……わかったよ……。今、楽にしてやる……!)」

 その瞬間、超大型巨人は静かに息を吸うと、全ての知性巨人の力でその体に残る熱を一気に爆発させ、強烈な熱風に晒され続けるアルミンが断末魔にも似た苦悶の声を上げ、あまりの暴風にそのまま身体を仰け反らせたままの状態になる。もう無理だ、早く離れなければ本当に焼け死んでしまう。
 何百度もの熱線をまともに受け、アルミンの衣服は全て燃え尽き立体機動のアンカーでさえも溶かそうとする。
 彼の肉体は……もう……完全に人間だったアルミンの姿はない、何かを変えるため、この作戦の勝利のため、まだ見ぬ、夢の為に差し出せるのは己の命。アルミンはその全てでベルトルトを討つ覚悟で飛んだのだ。

「ッ!! くッ……ううッ……!!(……耐えろ……まだ、離すな……!! エレンに託すんだ!! 僕の夢、命、すべて……!! 僕が……捨てられる……物なんて……これしか、無いんだ……!! きっと、エレンなら……海に……たどり、着く……)」

 最後の、本当に己が命を懸け、力を振り絞り耐えるアルミン、アルミンの執念にも似た力を奮い立たせるのはやはり、あの日、幼いエレンに話した夢の先だった。

「(海を――……見てくれる!!!)」

 とうとうベルトルトから放たれる熱により、アルミンはついに力尽きてしまう…。手にした立体機動装置のアンカーもグリップも焼けて消失し、全身黒焦げとなったアルミンの身体は赤よりも熱い青みを帯びた灼熱の炎に包まれ、無残にもそのまま真っ逆さまに落ちていくのだった。
 その一方で、ミカサもこれが最後のチャンスだと、顎が開いていないがやるしかないと今にも手を伸ばして自分に襲いかかろうとしているライナーと対峙していた。

「ミカサっ!! 無茶だ!!」
「――イヤ……よくやった!!」

 コニーがミカサに無茶だと制止の言葉を投げたその瞬間、木を失ったサシャを抱きかかえたコニーの背後から聞こえた声がコニーを通り抜け、そのまま鎧の右顎に雷槍を突き刺すを、一気に起爆させ、不意を突かれた鎧の巨人は成す術も無く右顎も破壊された!!

「(んな!?)」
「ハンジさん!!」

 コニーの背後から姿を見せた、その人物は――……ハンジだった。なんと、その生存は絶望的だと思われたハンジは、生きていたのだ。
 超大型の真下にいた事で、変身した際の爆風をもろに受け、生存は絶望的だったハンジ班達。しかし、ハンジだけは、原信の部下であるモブリットが己の命を懸けで誰よりも大切な信頼する上官であるハンジを井戸に突き落とした事で、左目を失いながらもハンジはかろうじてあの地獄のような惨禍を生き伸びていたのだ。
 隻眼でありながらも見事、鎧の右顎い命中した雷槍。鋼鉄の顎を打ち砕くことに成功し、その場を飛び立ちながらハンジが今が好機だと、雷槍の爆発によりぽっかり開かれたその口に向かって呼びかける!

「今だ!! ミカサ!!」

 ハンジが作り出した好機。これが自分達の最後の攻撃だ。援護してくれた事で開かれた口に向かってミカサがガスを噴出し残り一本の雷槍を用いてライナーの攻撃を鮮やかなステップでかわしつつ、回転しながらとうとう鎧の無防備な口の中に着地した。

「(オイ……まさか……)」
「ライナー……出て!!」

 渾身の力で、ミカサはうなじに向かって雷槍をぶち込み、そして起爆させた。幾ら外側を高質化の鎧で覆ったとしても、所詮は人間と同じ構造をした肉体、内部までは硬質化は出来ない、そんな無防備な体内にぶち込まれた雷装の爆発の衝撃を受け、鎧の巨人のうなじの中からその作戦の意味を知ったライナーが驚愕の表情を浮かべたまま勢いよく飛び出したのだ――!

「(終わった……さぁ……次は……エレンと馬を――……)」

 アルミンを燃やし尽くし、落ちていったのを確かめたベルトルト。周囲は強烈な熱波により白煙が立ち込める中で。壁上から滑落して動けないままのエレンに止めを刺そうと視線を向けた、筈。だったが……。

「(これは……硬質化……?)」

 黒煙が風に流されて消えていく中、地面に膝を着いて気を失っていたエレン巨人、しかし、よく見ればその姿はなんと、いつの間にか内門を覆う様に硬質化したエレンの抜け殻に変わっていた−!それならば彼は何処へ?漂う沈黙の中でふと、ベルトルトの背後で聞こえたガスを噴出し、アンカーを巻き取る音に耳を済ませた瞬間。

「……え?」
「殺(と)った……!!!」

 ベルトルトがこの状況を理解し、アルミンが閃いた捨て身の作戦を知るときには既にエレン巨人から抜け出した本体のエレンが飛び上がり、今度こそ、あの時、壁上固定砲で止めを刺せなかった因縁の相手でもある壁内人類の全てを奪った象徴ともいえる元凶に向け、背後からうなじを狙い――そして……!!

「うおおおおおおおおおおおっ!!!」

 エレンはうなじの中から高熱を放出し尽くした事ですっかりやせ細り、熱も放つ前にうなじの中からベルトルトを引きずり出したのだ……!!

「(陽動作戦……?? 最初に、エレンは動けないと思わせたのも……アルミンの抵抗も……硬質化した巨人のカカシを造るための……時間稼ぎ……!? すべては…僕の周りに敵がいなくなったと思い込ませるため……僕の隙を……作るため……)」

 超大型巨人の本体からベルトルトを引きずり出したエレンによって超大型巨人は打倒された。宿主を失った肉体は朽ちるのみである。白煙を上げて崩れ落ちていく肉体を見つめながら四肢をもがれて引きずり出されたベルトルトを手に屋根の上を歩くエレンの瞳は大きく見開かれ、ある一点を見つめている……。その視線の先には……。

――「僕がエレンにウソついたことあった?」
「クソ……わかってたハズなのに……」

 エレンは屋根の縁を歩きながら幼少期、いじめられっ子にいじめられて水路の前でめそめそと女のように泣いていたアルミンとの出会いを思い返していた。
――「お前。何でやり返さないんだ?」
「え?」
「やり返さないから、舐められる、負けっぱなしでいいのかよ……?」
「僕は……負けてないよ……!」
「はぁ?」
「僕は……逃げてない……!」
「お前、名前は……?」
「……アルミン……」



「(わかってたよ……お前が誰よりも……勇敢なことぐらい……アルミン)」

 燃え尽きた消し炭となっても尚、アルミンは。彼のその瞳には確かに海が見えた。彼の目のように青々とした、美しく雄大な、波間。
 愕然と膝を着いたそのエレンの傍らには超大型巨人の熱風を受け黒焦げとなり見るも無残な、変わり果てた姿となったかつて「アルミン」であったのだろう肉体が、転がっていたのだった。

To be continue…

2020.06.25
2021.03.17加筆修正
そして名も無き兵士達のもうひとつの戦局が終わりを迎える。
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