内側から頑丈に二重ロックされた鍵をまさかただ指を鳴らしただけで…信じられない光景を目の当たりにしウミは何度も目をしばたかせ驚きを隠せない様だ。 「す、すごいっ…どうして…?」 「阿呆、テメェ、俺を誰だと思ってやがる。」 「あ、そっか…アルベルさんは…」 「あ、そっか…だぁ? テメェは阿呆か。今更何実感してやがる。試しに噛みつかれねぇとわかんねぇのか?」 「…っ、遠慮します! そうですね。 でも、アルベルさんは違う。 怖い吸血鬼なんかじゃない…」 意味深に呟かれたその言葉にアルベルは顔をしかめそんな筈などある訳が無いと口を噤む。 彼女の大きくて真っ直ぐな瞳を見つめる。 星に照らされより輝きを増すその二つの瞳。 反らせない自分が居た。 「だとしたら…私はさっきのハンター達の方が…怖い。 貴方はむやみやたらに人を襲わない気がします、だから。」 「…チィッ!クソ虫風情が分かった風な口を利くんじゃねぇ阿呆が!!」 「…っ!」 担いでいたウミを卸しテラスに腰掛けるとぴしゃりと彼女の言葉に即座に舌を鳴らしあの鋭い紅い瞳が盛大に睨みつける。 これには腰を抜かさない人間が果たしているか。否、覇気すら感じるその姿にウミは声を無くしそのままテラスからレースをあしらったロココ調で統一された部屋に逃げ込んだ。 しまったと気付いたときには時既に遅し。 自分は彼を勝手な想像で決めつけ怒らせてしまったのだから… 「アルベルさん、…すみませんでした。」 素直に、その広い背中、靡く漆黒と金色の髪に頭を下げればアルベルも落ち着きを取り戻しワビた。 「フン、俺も人間相手に言い過ぎた。その件はワビる。」 「あ、あの…っ」 「あ…?」 しかし、ウミは部屋に戻ろうとはせずにアルベルを見つめて何かを伝えようと歩み寄ってくる。 慌てて顔を上げれば月明かりが、オリオンがウミを淡く照らす。 月に照らされた笑み、出来るなら太陽の下でウミと共に同じ日射しを浴びてみたかった、太陽の明かりでは彼女の笑顔はより一層輝きを増すのだろう。 しかし、自分は呪われた忌まわしき存在。 月の下でしか彼女の存在を知ることが許され無いだなんて。 吸血鬼を醜い悪魔だと罵り首を狙う輩は多い、しかし、その輩を醜い魔物と称したウミ、アルベルはどう反応したらいいか困り顔を隠す事しかできなかった。 「また、アルベルさんに逢えますか…?」 「…!」 「ほら、その…ただもし迷惑じゃなければ」 「…ハッ、」 彼女なりに、必死に勇気を振り絞ったまた逢いたいの一言、それはアルベルは嘲笑しながらもその心を強く掴まれ目を離せなかった。 また逢いたいなど、そんな色めかしい事、この人生で未だ嘗て一度も無く、ましてや恋や愛など自分には一生無縁の感情だと思っていた。 自分より儚く弱い存在は見下しそして自分より強き権力者を妬み生きてきた。 父親の笑み、大きな手、そして己の何もかもを失い憎しみと怒りに形成された自分を慕う者が居るはずもなく 気付けば孤独の鬼神と化していた。 名の通りの鬼神、歪み。 その儘に 「…フン、っ…勝手にしやがれ。阿呆。」 思った通りだった。 まさか、自分と同じ事を思っていたなんて…不思議だ、どうしても彼女の目を反らせない情けない自分が居る。 これが人間の男なら抱き締めるのだろう。 しかし、理解している、自分は人間ではない。 こんなに小さくて儚い存在、こんな醜い腕で抱き締めてしまえば忽ち壊してしまいそうで。 言わずもがな自ら逢いに行き束の間の逢瀬を楽しむ事は叶わなくとも家も知ったし過去の記憶もちゃんとある。 彼女を1人にしたくない、してたまるか…アルベルは微かに残るウミの笑みを焼き付ける様に背を向けた。 俺が守るだなんて、阿呆が。 歯の浮く様な台詞だ。 「あ、アルベルさん…」 「テメェ…まだ何か俺に用か?日が昇る、さっさとしろ。」 「あの、これ…ほんの気持ちです。」 呼び止められ、震える小さなウミの手がアルベルの無骨で筋張った大きな手に渡したのは…小さな包みにラッピングされた可愛らしい鼻を突く甘い香り、直ぐに分かった。これはクッキーだ。 「テメェが焼いたのか?」 「いいえ、私の執事が、」 「フン、お前は作れねぇのか、」 「あ、作れますよ…執事よりは上手く出来ませんが…」 「…」 不意にアルベルの瞳が更に鋭く細められた様な気がしてウミはとっさに後ずさるもアルベルはその前に静かにウミの首筋に顔を埋めたのだ。 「…っ!ア、アルベルさ…っ」 急に首もとに感じた熱い温もりに胸の鼓動が早鐘を鳴らして。 蠢く心にアルベルに投げて寄越されたマントで素肌を隠せばアルベルは牙を向けるわけでもなく静かに彼女の髪を一房手に触れ距離を取ると低い男らしい声が明るみ出す空に、まるで耳元で甘く囁く様に。 「あばよ、次はお前が作った奴を食わせろ、そしたら…お前に逢ってやっても良いぜ。」 「アルベルさんは甘党なんですか…?」 「うるせぇクソ虫。」 それは果たして肯定と受け取っていいのか。 テメェからお前に呼び方が変わったことすら気付かないままウミはふわりと柔らかな笑みを浮かべた。 prev |next [読んだよ!|back to top] |