SHORT | ナノ



「朝の情景に」
SHORTSTORY

冬の柔らかな日差しの差し込む優しい朝が来た。
いつもの様に目が覚めて、
ふと瞼を震わせて顔を上げれば其処に居たのは優しい彼の微笑だった。

「ほら、早く起きろ。
遅刻したいのか?」
「…ん…っ……」
「据え膳食わぬは男の恥か……キス、するぞ…」
「…きゃー!もう7時…!?」

彼―…リオンは似合わないエプロン姿に凍てついた眼差しはもう其処には居ない。ゆさゆさと柔らかく温かな身体を揺さぶるとまた今にも寝息を立てて眠ってしまいそうな彼女の意識を強制的に深い眠りから浅い眠りへと目覚めさせたのだ。しかし、衣服は寝相で肌蹴たままで、目のやり場に困ると視線を反らした。

「!
おっ、おい、寝間着ぐらいちゃんと正せ。」
「きゃあああ…どうしよう…遅刻だなんて、」

時計を指させば慌てて飛び起きた彼女の髪は此方から見てもボサボサで、しかも、寝相が悪い所為でパジャマは乱れている。
正直目のやり場に困るとリオンは柳眉を歪めるが彼女はそんなのお構いなしだとぴょんっとベッドから飛び降りどたどたと走り出すは洗面所。ふと枕を見れば彼女の長い髪から抜けた毛が幾つか枕やシーツに残っている。

普段の働く彼女はしっかりしているのに、本来の自分だけに見せたそんな無防備な姿さえ愛しくて。
普段は大人びている横顔も愛くるしい表情で眠る素顔を知れば知るほどリオンは更にその愛しさを募らせるのだった。

「早く食べないと遅刻する」
「うっ、うん…、いただきます!」

2人で仲良く朝食を囲んで彼女は新聞片手に蜂蜜たっぷりのフレンチトーストを頬張りブラックコーヒーを飲み干すも正直、甘くまだ可憐な少女の様な風貌の彼女には似合わない光景だ。

「美味いか?」
「うんっ、みんな、おいしい、ね…」
「そうか、」

そんなあわてる彼女とは対照的に上品な振る舞いで朝食にありつくリオンの手にはプリンとスプーンがしっかりと握られている。
秋の終わり。そして冬の始まり。
彼がこの世界にやって来てから早いもので3ヶ月が経過した。
出会ったばかりだったあの頃はいつも喧嘩ばかりで度々衝突していた。
しかし、互いに喧嘩をしながらもゆっくりゆっくり、その絆を深めて…

お互いがお互いを好きになるのに理由なんて要らなかった。
2人が出会えたのはきっと奇跡、
そしてそんな奇跡と必然が重なり合って…

2人は晴れて思いを共有する事ができた。
それから始まったのは甘い甘い…毒舌の彼があまり甘い言葉を吐くことはないが、時折見せるその優美な笑みに当てられて…始まったのは2人だけの生活。

「全く…まだ終わらないのか?」
「っ…上手く巻けないっ…どうしよう…」

ただでさえ早起きが苦手なその所為で尚更時間はないと言うのにしかし、それでも身なりはちゃんとしたいのが女という生き物の性。
鏡に立ちあっと言う間に化粧を終わらせると時計はもう出勤時間を指していた。しかし、其処からが彼女のこだわりの時間。
カールスプレーをなじませ温めていたコテを小さな手で器用に髪に巻き付け長い髪を緩やかに巻き付けて行くが…。

「あ〜もううう!どうしよう、どうしよう!」

時間がない為にやけに焦ってしまい、普段出来ることも思い通りに出来なくて、上手に巻けずに気ばかりが焦って手元は狂うばかり…そんな彼女に対し彼女の愛妻…夫弁当をお菓子や化粧品や要らない美容品のサンプルやサプリでパンパンのバッグに無理矢理詰め終えたリオンは時間がないと言いながらも身なりを整えるのはやたらとのんびりでこせつかない彼女に叱咤しそっと近づいた。

「全く、面倒くさい女だな。
…貸せ」
「わっ…リオン、危ないよっ、やけどしちゃう!」
「僕はお前とは違う、」

コテだなんて男の子の彼にはましてや異世界の彼には全く無縁の電化製品なのに…
火傷するからと慌てて振り向いて止めさせようとするが、お前よりは大丈夫だとリオンの鏡越しの凍てついた眼差しに射抜かれ少女はぎゅっと瞳を閉じた。


それから出勤時間から約5分を過ぎた頃、
しかし、どうしたことか。
リオンは慣れた手つきで見慣れた彼女の柔らかな髪を器用にいつもの通りに巻き上げて見せたのだ。

「出来たぞ、」
「…あ…」

そしてぎゅっと閉じていた瞳をパチパチと瞬かせると其処には綺麗に髪をセットされた自分が居た。

「わぁ…すごく可愛い…ありがとうリオン。」
「フン、これで十分だろう。
ほら、さっさと仕事に行け。」
「…うんっ!じゃあ行ってくるね!」

そしていそいそとブーサンを履く彼女の後ろ姿を見守る。
口にはしないがまた笑って無事に帰ってくるように。
離れ難いが、彼女が働いているからこそ此の生活は成り立って居る訳で…我が儘ばかりは言ってられないのも理解している。
ふと、そんな事をぼんやり考えていたリオンに振り向いた彼女は何やら企んだ様な笑顔で…

「がんばって早く帰ってくるから、いい子で待っててね…!」

きょとんとしたリオンには一瞬、何が起こったのか全く分からなかった。
ただ感じたのは…

「っ…」

そっと唇に触れたほろ苦くて柔らかなキスの感触にただ見る見るうちに染まった真っ赤な顔をどうすることも出来ずにしゃがみ込んだのだった。

Fin.
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