SHORT | ナノ



「be there」
SHORTSTORY

不変なんて、変わらない物なんて無い、永遠だと信じていた愛はいずれ季節みたいに簡単に移ろい変わってしまうものなの?それでも私は今でも思い出す…エミリオの最期の涙が焼き付いて離れないの…。

社会人になり毎日慌ただしい仕事を終えて帰路に立つ、そんな日々の繰り返しに身体は疲弊だけが蓄積されてゆく。いつもため息混じりに思い出す、幾度も頭の中で繰り返す…今も、もう会えないと知りながらも変わらずに愛している人。

『エミリオへ…元気、ですか…?
私もお父さんも、友達もお母さんもおばさんもみんな元気です。3月になりました、あの旅が終わってから、早いものでもう4年が経ちました。私も、すっかり大人になってしまった……

貴方の住む天国はどうですか、ヒューゴさんやお母さんのクリスさん、シャルティエさんも元気でしょうか。

もう、今も忘れることはないよ。ずっと、貴方は私の全てだった…貴方と離れて、最初はずっと泣いていたことを覚えています。

貴方に会いたい、優しく抱き締めてあの低い声で愛してる、そう囁いて欲しい…貴方と過ごした部屋に帰る度に涙が溢れて止まらくなってしまう時もあった。貴方と一枚だけ撮った写真が今も色褪せずにこの胸の穴を埋めてくれています。

いつか、もし願いが叶うなら貴方に会いたいです。
今日で私はまた歳をとってしまいました。弱くてとろくて泣いてばかりだったけど…もう、涙はでません。

強くなれたよ。色んな意味であの旅で私は変われたの、ずっとあの頃から何も変わらなかった自分に気持ちばかり焦っていたけれど、ありのまま私らしく、エミリオが好きなこんな私、だけれど、おばあちゃんになっても、私、貴方をずっと好きでいる気がするんだ…

お前は馬鹿か、って
笑っても、いいよ。

離れても貴方を愛しています。

また、手紙書くね……

海』


届くはずのない手紙を心の中で綴っては持ちきれない手紙たちに私はただ楽しくもないのにまた静かに笑みを浮かべて制服を脱いで更衣室にあるロッカーを閉めた。職場の人に挨拶をして隣にいた、…寂しさを紛らわすために私はいつも夜の繁華街をさまよう様にいろんな考え事…つまり、一人になってエミリオと過ごしたあの夏の日々のきらきらと眩しかった思い出に耽りたくて。

エミリオと離れてから月日は早いもので昔の私からは想像もつかなかった、大人として私は今日も忙しい日々を生きている。エミリオと過ごした思い出を抱き締める様に歩いている…

そして、今日は私の誕生日…でも、私は何をすることもなく祝ってもらう恋人もいない。もう、誰もいらない、の。足取りは軽く自然にエミリオがあのとき倒れていた思い出の浜辺に向かっていた。

「…懐かしいなぁ…ふふっ。此処も変わらない、ね。」

今も変わらない青くて沁みる様に繊細な潮騒の音、胸の奥が切なく痛むときもあった、だけどここで私は貴方に巡り会うことが出来た、貴方と初めてキスをした、貴方と結ばれた、この海の向こうに深く眠るエミリオはもう私の隣にはいないけれど、でもー瞳を閉じると波の音が海の香りが一気に立ちこめて心地よく眠気がわいてくる…夜も深日、私は未練を刻みつける様に何度も振り返りながら浜辺を後に1人行きつけのバーへ向かった。

お酒を飲むのはわりと好きで、煙草も周囲の瞳を避けながらもそれなりに嗜む様になり私は貴方と離れたくない一心でいつも泣いてばかり居た貴方を失う恐怖で立ちすくんでいる四年前の自分からは気が遠くなる様な店内に足を踏み入れ笑顔を浮かべた酔っぱらいの男性を横目に一番奥のカウンターのスツールに腰を下ろしきちんと膝をくっつけた。女性は私くらいしか居ない、男性客の多い店内、入るなりむせかえる香水に隠しきれない男の人の臭いに瞳を細めながらも私は慣れた口調で次々とカクテルをホスト風のバーテンダーに注文し、グラスを傾けウォッカを呷った。
頬杖を付いてのんびりウォッカを呷りながら物思いに耽る時間が好き。喉を焼き尽くす激情はまるで今にもあふれ出しそうな孤独の涙を引き寄せてきた。

「お姉さん飲むね〜大丈夫?キツくない??」
「平気、です…これくらい飲めるから。」
「ははっ、可愛い顔して言うね!お姉さん可愛いね、どこの店?」
「ほっといてよ。」

ぼんやりしながら適当にあしらう昔の私だったらすぐにむっとなって蹴りのひとつでもお見舞いしていたかもしれない、何てもう子供じゃない…成人にもなればこんな男、どうということはない、から。

「一緒に飲もうよ、」
「私に…構わないで、」
「なんだよ、つれねぇおばさんだな」
「…っ…!…悪いけれど、ここはガキの溜まり場じゃないのよ?」

隣からピンク色の可愛らしい泡立つカクテルが横流しに私の持っていたウォッカのグラスにかちんとぶつかった。気安く肩を抱かれて…不快感に眉を寄せたけれどそれを無視して他のカクテルを注文する。

「お姉さんいつも1人で飲んでるね、一緒に「すみません、ウイスキーロックで」

振り払う様に目線を下に傾けて瞳を伏せる、チャラそうな男性のしつこい会話を遮りウイスキーを受け取るとそのまま一気に呷り飲み干せばアルコールが空きっ腹を刺激し、じわじわと胃に染み込む様だった。

「次、魔王。」
「はい、かしこまりました。」

そしてまた次々と誘いを無視してお酒を飲み干して行く、普段よりピッチが上がりすぎているかもしれない、だけど、お酒は、仮初めでも束の間の幻想や幸せを私に運んでくれた。現実を忘れさせてくれた…何の恥じらいもなく昔の私が聞いたら飛び上がるくらいに過激なカクテルの名前を口にすると隣の男性も意味深に欲望を隠しきれない瞳で私を見つめてくる、愛する人の欲に火のついた眼差しなら構わない、好きな人に求められる眼差しを見つめ返すのは凄く幸せだから…、だけど、それとは対照的に好きでもない男の欲望でたぎる眼差しほど嫌悪で反吐が出る物はない。酔いとはまた違う吐き気に胸が詰まりそうになった。差し出されたオレンジ色に輝き香るウォッカ。不意に夜の浜辺で夜の闇に紛れて交わした彼との抱擁が…忘れようとしたはずの記憶がふつふつと呼び起こされてゆく。

エミリオ…

エミリオ…

「海、愛している…」
「お前が、好きだ」
「行くな、傍に、いてくれ…」
「僕のことはもう、忘れて良いから。お前の前に他の良い男が現れたら、その幸せを手放さないでくれ。お前に涙は似合わない…見たくないのに、もう僕はお前を泣かせることしかできないようだ」



その言葉を口にしたエミリオのあの涙混じりの笑みが、その言葉が私を金縛りにしたんだ…。別れ際の抱擁が、惜しまなく交わしたキスが激しく点滅しフラッシュバックする、愛は季節みたいに移ろうものじゃない、愛は変わらない、一途にエミリオを愛していこう、結婚も恋人も要らないエミリオとの想い出だけで…私はそう思う、瞳を閉じればいつだって…エミリオを感じることが出来る。甘くて儚くて切ない幸せな記憶。

忘れられるわけなんかないんだよ、無理だよ、あれから4年間、確かにたくさんの出会いがあったけれど友達が次々に結婚をして幸せを掴んで行く姿を私とエミリオに重ねて泣いたりもした…エミリオが恋しくて人恋しくて…過ちとはいえ寂しさからエミリオ以外の男性に抱かれそうになった自分が愚かで浅はかに見えて後悔して涙した日もあった。それからますますエミリオしか見えなくて、酷い焦燥感に苛まれても私はエミリオだけを思い出の中に閉じこめて。

「お客様、」
「っ…」

どうしよう、今日は酔いがいつもより早く回っている様な気がする…いけない、少し度の強い酒を飲み過ぎたのかもしれない…もう日付も変わる、私の誕生日も終わる、ね…早く帰らないと、そう思うのに疲労からかとっても眠たくて、焦点が定まらない。1人の家に帰るのがたまらなく辛くなってくる…隣の席の若い風貌をした今時の男性が何かを話しているけれど分からない、不意に肩を抱き寄せられてどさくさに紛れて頬にキスをされて酷く目眩がした…怒りでアルコールで火照る身体が戦慄く…でも、きっとここで騒ぎを起こしたらもうこの店でお酒を飲みながらのんびり1人で考え事なんか出来なくなる。それに私は子供じゃない、大人にならなきゃ、怒りは無謀で始まり後悔で終わる、つまり怒りは後悔しか残らない…

うまく、切り抜けなくちゃ…
そう思う意志と裏腹に立ち上がろうとしたら足がふらつきそのまま腕に抱き抱えられた。
思考がまるで蜃気楼に揺らいで熱くて、もう今置かれている状況さえも朧気で何も考えられない。あぁ、今年も何の変化もない誕生日だったなぁ、変わったのは年齢だけ。いっそもうこのまま寝てしまおうかな…そんな考えと共に寄せては返す波の穏やかな春の海に身を委ねそのまますやすやと静かに眠ってしまった。最後に聞いた懐かしい、少し低い貴方の声を焼き付けて…

「…、…?」
「つけておきますよ、」
「………、………、」

眠る私は何も知らない。小さな私の身体を軽々と抱えて私の代わりに代金をつけといてくれたバーテンダーと意味深に笑みを交わすさらりとした黒髪のスーツを着た男性に優しく慈しむ様に膝を抱えられていたことも。

「何だよ、」

スーツ姿の男性は私の肩を抱いていた男を見るなりいきなり一発を喰らわせ睨みつけるとその鋭い瞳からはただならぬ怒りが溢れ、彼は男を威圧したまま一瞥した。

「こいつを持ち帰ろうとして骨が折れなかっただけありがたく思うんだな、」

男の怒気に触れて何も言わずに私を軽々と抱き抱えたスーツ越しに分かる鍛えられた腕に太刀打ちが出来ないと分かると男は殴られて痛む頬を噛みしめ諦めた様に周囲の冷ややかな目から逃れる様にその場を後にし二度と其処に来ることはなかった。

私の為のお酒がそんな甘ったるいピーチリキュール、そんな甘いお酒じゃエミリオとの思い出が余計に思い出させなくなりそうだから。微睡みながら暖かな腕の中で眠る、そんな幸せな夢を見た。まだエミリオの温もりを覚えているよ、そう、あれから4年たった今でも、変わらずに…私は貴方だけを、愛しているの。

「…おい、…」
「う…ん……」

だんだん朧気だった思考が揺り起こされて、頭の奥がズクンと鈍く痛む。聞こえた声に耳を澄ましてみる、うん、間違いない、少し声調が低いけれど甘く私を呼ぶエミリオの声が優しく響いて私は真っ白な世界でそっと瞳を開けてみた。今にも浮かび上がる思考、肢体が気になってずっと瞼越しに透けて感じた光に不意に瞳を開けると大きな手が飛び込んできた。

その手のあまりの懐かしさに私はただ息を呑んで、職場で発したら確実に指摘を受けるだろう声でまるでドラマのヒロインの様なリアクションをしてしまった。

「…え!?」

見間違いだよ、うん、分かっているのに。瞬きをしまた瞳をこする、夢で逢えたら、何度も願ってエミリオの優しい温もりと甘いキスの感触を描いて瞳を閉じたか、それでも現実はあまりにも意地悪で、私が夢の中でエミリオに出会えたのは、本当に指で数える位なのに、今目の前には成長して男性に近づいたエミリオの風貌をした素敵な大人の男の人が居る。なんて、


周囲をきょろきょろと懸命に見渡すと其処は白一面で覆われた世界、身につけていたスーツとナチュラルでいてホストとはまた違う黒髪…私を見つめる切れ長の二重の眼差しスッとした鼻筋に薄い唇シャープな…その紫根の瞳があまりにも懐かしすぎて、ただ過ぎゆく時間すら感覚がなくなる様な永遠に感じられて慌てて戸惑った様に身じろぐとエミリオ…まだ酔っているのかもしれない、だんだん覚めて行く意識の中で目の前にいたのはエミリオとは少し違う様な、でも、数年間想い焦がれた彼を見間違うなんて無くて、ましてや夢でも成長した彼に巡り会えた喜びは想像以上で瞬く間に視界が儚く滲んで行く…

「エミリオ、…?」
「どうした、」
「ほ、んもの…なの…っ?」

たった少しの沈黙さえじれったいくらいに恋しくて…この4年間よりも長い長い永遠にも感じる様な沈黙の後、エミリオが柔らかく微笑んで私は涙を漸く流した。

嫌いになって別れたらどれだけ楽になれたのかな?でも嫌いになんかなれる訳なんかない…私たちは嫌いだから別れたんじゃない、私たちはお互いの居る場所に帰るために涙を堪えてさよならをしたの…2人はお互いのことを分かりすぎてしまった。こうなる結末も理解していた、貴方を嫌いになれたら…出来るわけ無かった。エミリオのキスが痛くて貴方をこのまま壊してしまいそうになる。

「エミリオ、エミリオ…っ、うぅっ…あ、あ…っ」
「…相変わらず、よく泣く、」

大人になっても大人になんてなりきれない、子供みたいに泣きじゃくる私をエミリオの腕がしっかり支えてくれた。其処にいたのは紛れもなく、私と同じ、年を重ねすっかり成長した大好きな、ずっと焦がれて逢いたくてきりがなかった慌てて身を起こすとくらりと視界が大きく回り私はそのまま済し崩しに落ちてしまった。アルコール濃度の強いお酒に仕事で蓄積されている疲弊した身体が悲鳴を上げていたらしい、足下が覚束無くサイドテーブルに側頭部を強打しかけた私をエミリオの力強い腕がしっかり支えて抱き寄せ見つめ合ったまま私たちはそのままホテルの絨毯の敷かれた床に転がり込んだ。

「海」
「エミ、リオ…ごめんなさ、い…上手く立てないみたい…」
「海」
「エミリオ…」

ぼんやり照らされたオレンジの輝きの向こうに…紛れもない貴方が居た。

「「逢いたかった…」」

交わした言葉はたったそれきりでもう十分だった。紫紺の瞳と瞳が結ぶ先、私たちの願う未来が確かに祝福の鐘を鳴らした。終末の時計はもう時を刻むことはない。

「誕生日おめでとう、海」
「エミリオも、すっかり男の人、だね…なんだか、寂しい・・・」

成長したのはエミリオだけだと思っていた、でも、ほんの少しでも信じていた気持ち…。またエミリオに再び巡り逢えた時に新しい少しでも綺麗になった私を見せたくて、化粧も昔に比べたらうんと上手くなったし髪型も変えてみたり。

「私、お仕事がんばってるよ。」
「そうか…毎日がんばっていたのか…偉いな」
「ふふふ…」

見つめ合うお互いの気持ちは同じだった、時計を見れば私の誕生日も後数時間でお終いになる。エミリオ、抱き締めて、後一秒も惜しいの…貴方の腕の中で、眠りたい。夢でも幻でも酔いに現れた幻想よりもエミリオの姿も形も肉眼ではっきりと確かめることが出来るから。エミリオの胸元でチェーンを繋がれて光る指輪が彼だと知らしめていた。成長した彼に指輪のサイズは到底追いつけない、でもそれでも指輪を肌身離さず付けてくれていた事実が嬉しくて、これが夢ならどうか一生覚めないで下さい…ずっとこの甘く気だるい時間が続けばいい…。

そう願いを込めてエミリオの鎖骨あたりに鼻を押しつけてくんくんとその大好きな変わらないエミリオの匂いを刻みつけた。

「海」

エミリオに涙を優しく拭いて貰いながらただこの4年間の空白を埋めたくて私はエミリオの奄美大島の様に綺麗な海の様に深く澄んだ夕日に染まるアメジストの瞳を見つめるとエミリオも恥ずかしくなるくらいに情熱的な眼差しで私を見下ろしてそのまま吐息が近くなる距離で甘く囁いた。

「エミリオ、なの…っ?」
「僕以外に誰がお前の酔っぱらいをフォローする…この指輪の裏に刻んだ文字が示しているだろう?」

今度は私が馬乗りになるかたちでエミリオを質問責めにする。此処は何処?そんな野暮な疑問はふわりと泡になって消えてしまった。ただエミリオとこうして見つめ合うだけで満たされた。

「なんか、男の人みたいで…どうしちゃったの…?」
「4年も経てば僕も歳を取る、」
「20歳…だね、それにエミリオの場合は成長、って言うん、だよ…」
「あぁ、鏡を見ていないからどう成長したか分からないが…ずっと願っていたお前をこうして包み込むことが出来る…それよりもお前は…馬鹿のひとつ覚えみたいに酒をあんなに飲んで…しかもあのまま僕が助けに行かなかったら持ち帰りされていたかもしれないんだぞ…!」
「ご、ごめ、んなさいっ」

エミリオに軽く頭を小突かれ、そのまま瞳を閉じると小さな笑い声がしてあどけなく笑んで無事で良かったとエミリオも優しく微笑んでくれた…

「海」
「エミリオ、夢でも、会いに来てくれたの…凄く嬉しい…」
「これは必ず現実になる…だが、まだお前の前に現れることは出来ない、待っていてくれなくて良い、お前には他のもっと相応しい男がお前を幸せにしてくれる、そう信じてお前を見送る、そう決めた筈だったのに…」

拙いけれどたどたどしい言葉で今の思いの丈をすべてエミリオに伝える、だけど、もうエミリオとの距離はゼロ、見つめ合うだけじゃ足りなくて…エミリオの瞳に静かな灯が僅かに灯ればそれが私たちの奇跡の様な甘くて優しい時間だった。唇を重ねたのが最後、エミリオは床から立ち上がると私の身体がふわりとまた重力を無くしエミリオの腕の中、まるで箱船の様に…簡単に持ち上がった。

そのままの流れで私はエミリオに姫抱きにされベッドに優しく押し倒された、合図は要らない。緩やかにシーツの波間に髪の毛が広がる、約束なんて果ても無い刹那の時間に瞳が緩やかに微睡み始めた。アルコールに火照らされた身体がまた熱く高鳴りエミリオを見上げればエミリオが今にも泣きそうなくらいに甘くて優しい表情を浮かべているから…また切なくて、私までつられて泣けてくる…もっと、エミリオに近づきたくて、私はそっとエミリオに唇を重ねた、舌を絡めるキスじゃなくて、そしてエミリオの手が私の頬を包み啄む様な甘い口づけを何度も交わす。

口付けを交わしながらお互いの着ていた服を肌蹴てゆく、オレンジ色の間接照明が綺麗に肌を縁取る。お酒で桜色に染まった私の肌に手のひらが滑る様に触れて、羞恥に頬を染める余裕さえもなく甘い吐息がまた零れた。

「っ…熱いの。すごく、」
「あぁ、焼けてしまいそうだ…飲み過ぎだな、程々にしろ、辛いのはお前なんだからな」
「ん…」
「白いな、お前の肌…桜色に火照って、綺麗だ。」

思考はない、何も考えなくてもいい、ただ感じるままにエミリオに身を委ねて僅かな刹那にただ瞳を細める。こみ上げてきた羞恥もエミリオの前では要らない、こんな私を包み込んでくれる温もりが愛おしくて、広い背中、厚い胸、筋肉質の男の人の身体に胸の奥がまた締め付けられた。

「エミリオ、エミリオ、行かないで…離さないで…!」
「海!」

貴方の居ない世界がこんなに色褪せて見えていたなんて…私に極彩色の光を与えてくれたエミリオ、夢じゃなければいいのに、貴方の温もりを離さないまま深く眠りに落ちたい…そんなことを今切に願いながら涙を流し続ける私をエミリオは優しく包んでくれた。やがて柔らかな朝日が射し込むまで私は夜景が見渡せる立派な部屋で簡易プラネタリウムの下エミリオの温もりを必死に焼き付けた。

「いやっ、行かないで、エミリオ、愛してるっ!!」
「海、お前を縛り付けることを許してくれ…お前が他の誰かの者になる日が来るまでお前が好きだ、愛している…!だから、幸せになってくれ、海…」

その言葉を最後に私は意識を完全に白に染め涙で滲む瞳を閉ざしたのだった。

ーーーーーーーーーーー


翌朝、いつもの携帯のバイブの振動でいつもの時間に目が覚めると其処は夜景が見渡せる高級なホテルではない、見慣れた私の部屋のエミリオと肩を並べ寄り添いあって眠ったベッドの上だった。力尽きていつのまにか眠ってしまっていた、あれは、夢だったのかな…でも、身体はまだ熱く火照っていて、耳を塞げばエミリオの悲痛な祈りが脳裏に焼き付き鮮明に輝く様だった。

「う…んっ…!」

鐘が鳴り響く様な鈍器で頭を殴られる様な鈍く深い酷い頭痛にたまらなく自己嫌悪になる。確かに昨夜は飲み過ぎた。胃が焼ける様に痛く疼いてたまらず立ち上がるとふらつく頼りない足取りで冷蔵庫に凭れ掛かるとペットボトルを取り出しキャップを必死にこじ開けミネラルウォーターを飲み干し無理矢理二日酔いを振り払った。

汗ばんだ肌が気持ち悪くてシャワーを浴びてすっきりしようとした時、私は薬指にエミリオから貰った7月の誕生石のルビーを埋め込んだシルバーリングとは違う、ティファニーのかわいらしい小振りなダイヤをあしらった指輪が輝いていたのだ。

「エミリオ…!!」

指輪の裏に刻まれていた約束の言葉にまた涙が浮かぶとまた新たな確信が生まれ溢れる涙を今度こそ抑えることが出来なくなってしまった。

…you are always beside me.
…僕がいつもお前の傍にいる、その笑みが絶えない未来を歩いていこう

誕生日、おめでとう―…。

それは、貴方ともう一度巡り会える約束の環。貴方は同じこの世界で生きている、昨日の出来事は夢じゃなかった、誕生日の私の為に高価なこれを届けに会いに来てくれた…―その事実が嬉しくて愛おしくて…私は指輪を抱き締め声が枯れるまで泣き続けた。どうか待っていて…貴方を見つけるから、だから、今だけは…貴方のことを思い出になんて出来ない私をどうか許して下さい、そして次は笑って貴方に、お帰りなさいと、言わせて、ね。

エミリオ、ありがとう…素敵な誕生日を、ありがとう。私は貴方だけをこれからも愛し続ける、他の人に目移りなんか出来る筈なんて無い、貴方は私の色、そして空気よりも澄んだ穏やかな、


Fin.
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