好きなのは、





とある昼休みのことだった。

「僕は会長様ともう何回も…」
「そんなの僕だって!会長様は僕のことを大切に大切に抱いてくださるんだから…」
「ちょっと!会長様に一番愛されてるのはボクなんだから!」

食堂で可愛らしい生徒達が熱く語っていた時のことだった。
彼らは皆、生徒会長――笠原結斗(カサハラ ユイト)の親衛隊員だ。
食事処でありながら露骨なことを恥じらうような顔で主張し合う姿はいつもと同じだった。

「テキトーなこと言うなよ!!」

まさかそこに、あの転校生――愛川めぐむ(アイカワ メグム)が乱入するなんて誰が想像しただろうか。

「て、転校生…!」
「適当な事って何のこと!?」

明らかに動揺した様子で親衛隊員たちが立ち上がる。
可愛い顔を青くして慌てるその姿は、愛川の特徴である凄まじい声量に驚いたというより、どこか図星をさされたかのような印象を与える。

「結斗がお前らなんか相手にするわけない!!」
「い、言いがかりはやめてくれる!?僕は本当に会長様に抱いてもらったんだから!」
「うそだ!!」

何か確証でもあるのか、愛川は親衛隊たちの主張を真っ向から否定した。
常日頃から野暮ったい容姿に相反して大きな声が問題視され歩く公害とまで言われている愛川に対抗するためか、親衛隊員はかつてないほどの大声で言い返している。
そのせいで食堂中の注目を浴びているのだが、本人たち――主に愛川の方だが――は一切気にしていないようだ。
そんなに全力で反論しているのだから愛川には明確な理由があるのだろうが、親衛隊の反応は不可解だ。
まるでそれでは、愛川の糾弾が真実だと言っているようなものではないか。

「そんなこと言うなんて何か根拠があるの!?」
「あるに決まってる!だって結斗は…」

本人の許可なく名前呼びをする愛川に少々白い目が向けられるが、愛川にそれを気にするような繊細さはない。
普段ならそれだけで大ひんしゃくを買いバッシングの嵐になるのだが、今は愛川の言葉の続きが気になるのか周りの生徒たちは静かに話の流れを見守っている。

「結斗は俺のことが好きなんだから!」
「……は?」

そして続けられた言葉に今度こそバッシングとブーイングが堰を切ったように轟いた。

「……なにこいつただの馬鹿じゃん」
「何なの、焦って損した…」
「焦るって何に?僕は最初から本当のことしか言ってないんだから、焦る必要なんてないんだもん」
「そんなの僕だって同じだよ!」

怒声と罵声とそれに食って掛かる愛川の声で食堂は酷い騒音で包まれている。
愛川の意識が周りの大衆に向かうと、今度は親衛隊員の三人が互いに口論を始める。
誰がどう会話しているのかもわからないほど騒がしい食堂を静めたのはまた違う人物だった。

「おいおい、うるせぇなぁ。少しは静かにメシ食えねぇのかよお前らは」
「風紀委員長様!」

食堂の扉を開けて入ってきた風紀委員長こと和泉修誠(イズミ シュウセイ)だった。
背が高く、肉体派な印象を与える広い胸板に、この学園で一二を争うほどの端麗な顔立ちだが、風紀委員長というには制服は着崩しており口調もどこかやる気がなさそうに聞こえる。
けれど圧倒的な実力と風紀委員会を束ねる手腕は周知の事実であり、そこに立つだけでも類い稀なるカリスマ性を感じさせられるほどの存在感がある人物だ。
呆れた口調の和泉を見た生徒たちはすぐさま大人しくなり、親衛隊員と愛川のいる位置まで誘導するように人垣が割れていく。
その人垣の間から和泉を見た親衛隊と愛川の反応は全くの正反対だった。

「なんだ、愛川か…お前また問題起こしたのかよ。懲りねぇなぁ」
「修誠!俺のことはめぐむって呼べって言っただろ!それに俺は悪くないんだ!こいつらが嘘ついてるのがいけないんだ!!」
「わかったわかった、わかったからもうちょっと声押さえろ。耳が痛くなんだろーが」

しがみつこうと接近する愛川に、和泉はごく自然な仕種でそれを避ける。
面食いだと噂される愛川は日頃から和泉に対して積極的すぎるアプローチをしているのだが、全くと言っていいほど和泉に相手にされていない。

「で、今度は何だ?」
「こいつらが嘘吐いてるんだ!」
「う、嘘なんかじゃ…」

和泉の目の前で愛川に糾弾された親衛隊員が狼狽える。
和泉はそれをちらりと横目で見た後、続きを促すように愛川を見下ろした。

「結斗が好きなのは俺なのに、こいつら結斗に抱かれたなんて言うんだぜ!?俺がいるのに結斗がそんなことするわけないよな!?」

よく分からない理論で言い切った愛川の言葉に和泉は少し目を円くした後、「結斗……って、ああ、あいつか」と独り言のように呟いた。
笠原会長と和泉委員長が天敵同士であるということは全生徒が認識していることだ。
すれ違っても無視をして、視線が合っても無言で逸らす。
会議の際には容赦なく言い合う姿も目撃されている。

「ったく…いい加減めんどくせぇな」

同情の眼差しが和泉へと向けられる。
ただ食事をしに来ただけの委員長が、天敵である会長関係の揉め事の仲裁をさせられるなんて、と。

「おい、お前ら…」

――きゃあああ!!
和泉の言葉を遮るように、和泉の背後で大歓声が上がった。
この学園でそんな反応される人物は和泉以外には一人しかいない。

「…てめぇら、なに騒いでやがる」
「か、会長様…!」

和泉と双璧を成す学園のトップ、笠原会長がとうとう現れたのだ。
和泉と比べるとすらりとした体格で、学園最高と言われるほどとても整った顔立ちをしている。
疑うまでもなく学園で最も容姿の整った二人が並ぶと、周囲の至る所から感嘆の溜息が聞こえてきた。
しかし、普段なら顔を紅潮させて歓声を上げる親衛隊たちだが、今しがた愛川と揉めた三人の顔からは血の気が引いている。

「結斗!俺に会いに来て――…」
「ゆう」

感激の極みとばかりに叫ぼうとした愛川の言葉を遮ったのは、和泉だった。

「! おい、」
「いい加減カタ付けようぜ。俺ァもうこんなこと御免だ」
「…何があった」
「そこの転校生が、お前が好きなのは俺だ!…ってよ」

随分と不機嫌そうに言い放つ和泉の言葉を聞いて、笠原は目を円くした。
普段の俺様然とした態度や表情とはまた違う、どことなく幼い反応にも見える。

「こーいうことになるから俺は嫌だって言ったんだよ」
「…そうか」

ふう、と溜息を吐きながら笠原が前髪を掻き上げると、妙な色気が溢れ出て周りの生徒が頬を染めた。

「そろそろ手を打たないと、ってことか」

天敵であるはずの二人が平然と会話をしていることもさることながら、その会話の意味が分からないのは二人以外の全員に共通していることだった。

「しゅう」
「ん?」

すると、すたすたと笠原が和泉へと近付いていく。

「こうなったら、手放してやらねぇから覚悟しとけ」

ほんの少しだけ高い位置にある和泉のネクタイを笠原が掴むと、ぐ、と引き寄せた。
自然と和泉の顔は笠原へと近付いていき…




「…ん、」

唇と唇がぶつかった。




「…………………は?」

たっぷりと間を開けて、それから呆けた声を上げたのは誰か。
その直後には、食堂どころか学園全体にまで響き渡るような絶叫が鳴り響いた。

「なっ…なんで結斗が修誠にキスしてんだよ!!結斗が好きなのは俺だろ!?」
「馬鹿言うな。俺が好きなのはずっとこいつだけだ」
「ゆう…」

愛川が空気を読まずに叫ぶと、笠原は和泉のネクタイから手を放し、愛川の方へと体を向けると冷静かつ真顔で反論した。
照れた様子もなくさも当たり前のように好きだと告げられた和泉と言えば、嬉しそうに破顔して笠原を後ろから抱き締める。

「嘘吐くなよっ!!結斗は可愛い奴が好きだって言ってたじゃんか!修誠なんて全然可愛くないだろ!!」

どうやら愛川はその笠原の発言を受けて、笠原が好きなのは自分だと考えたらしい。
どう見ても黒マリモでしかないその容姿で自分を可愛い存在と疑ってもみない辺りが少々痛々しい。

「可愛い奴が好きなんじゃなくて、好きな奴は可愛い奴だって言っただろ。お前にはこいつの可愛さが理解できねぇのか」

抱き締めて肩に顎を乗せる和泉の頭をがしがしと撫でる笠原の目は本当に愛しいものを見るような目だ。
今までの険悪な雰囲気はどこに行ったのか、二人は一分の隙間もないほど密着している。

「そ、それでは、会長様が毎晩親衛隊を相手にしているという噂は…!」

人垣の中からインタビュアーよろしく手を挙げて質問を投げかけるのは新聞部のとある生徒だ。
空気を読めない愛川以外誰も声をかけられない中で誰もが気になっていることを口に出せるのは、ジャーナリズム精神の賜物だ。

「馬鹿言うな、毎晩こいつの部屋に行ってるってのに他の奴とヤるわけねぇだろ」
「っ、それでは、親衛隊の虚言を黙認していた理由はいったい…」

さらりと肉体関係も示唆されて、本人ではなくむしろ新聞部員の方が照れてしまっている。
それでも質問を続けていくのは、今すぐにでも解明したい疑問がいくつもあるからだ。

「黙認していたわけじゃねぇ。本当のことなんて、こいつだけが知ってりゃいいと思っただけだ」
「そのせいで俺は聞きたくもねぇお前のデマ聞かされてんだけどな」
「…悪ィ」
「デマだって分かってっから気にすんな」
「しゅう…」

笠原を抱き締める和泉の腕に力が入り、笠原が凭れるように体を預けている。
その状態を見るだけで二人がどれだけ想いあっているかがよく分かる。
するとまた二人が口付けた。

「、ん……ふ…」
「…ゆう」
「…ん、もうやめろ」
「恥ずかしいか?」
「違う。…早く二人になりてぇ」
「ゆう…」

互いに名前を呼ぶたびに互いが嬉しそうに顔を綻ばせるのだから、一瞬たりとも誰かが入り込む隙間がないことを物語っている。
愛川ですら二人のキスに当てられて瓶底眼鏡に隠れた頬を赤くして絶句している。

「ああもうどうしてくれんだよ…もうお前なしじゃ俺生きていけねぇよ」
「そりゃ俺のセリフだ。…お前のせいで俺、一生童貞確定なんだからな」
「大丈夫だ、ちゃんと責任はとってやる」
「なに当然なこと言ってんだ」

くく、と普段通りに笑う笠原の腰を引き寄せ顎に手を添えて、和泉がもう一度唇を重ねた。




翌日発刊された学園新聞は過去最大の発行数を記録したらしい。

(俺様会長受けアンソロ企画提出作品)



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