*国ちゃんがゲスい
*これの前の話のような違うような




人の目というものが小さい頃から好きだった。近距離で見つめると俺の姿が相手の瞳に写るのが楽しくて、人と会話をするときは必ず相手の瞳を見つめるほどには。自分が小さな黒の中に佇んでいるのを見るとどうにも滑稽で面白いのだ。その小さな像を捕まえてみたくて一度手を伸ばしたことがあるけど、相手に泣かれただけで小さな俺を捕らえることは出来なかった。








部活が終わってからの帰宅途中、部室に忘れ物をしたことに気が付いて取りに行ったら、影山がうずくまってひとりで静かに泣いていた。当たり前といえば当たり前の状況、だってこいつは部員に見捨てられたのだ。もちろん、この俺を含めて。面白半分に見ていたら彼がこちらを向いて、いつもつり上がっている彼の瞳がゾッとするほど美しく濡れていることに気付いた。思わず焦って帰ろうとした影山の腕を掴んで止めてしまう、ちょっと待って、と。




「なに、泣いてるの?」

「…うるせえ、放せ」

「嫌だ、ねえどうして泣くの?」

「ッうるせえな!!放せよ!!」

「……うるさい」

「何す、…っ!」



言うことを聞かない影山に苛々して、掴んでいた腕を引っ張って壁に打ちつけた。何が起こったか解らないみたいに、目が丸くなる。咳き込む影山の両手を押さえて無理やり口付ける。自分でも驚くほど、嫌悪感が無かった。



「、んぅっ!?」

「ん」

「ふ、やめっ、んむ」



咳き込んでいる時に口付けたからか、息を吸い込む度にヒュウと音がする。見るからに苦しそうで黒い瞳にはまた涙が溜まっていた。今まで経験したことがないくらいの近距離で見る瞳には、暗くて黒くて何も映らない。そこには深淵があった。



「っぐ、ごほっ…!何、しやが、る…っ」

「…いいな、これ」

「オイ国見、…今すぐ放せ」

「綺麗だし、好みだし」

「……国見…?」





目前の丸い闇に眩んだ。
欲しい、欲しい、欲しい、欲しい。


様子のおかしい俺を見る影山の怯える双眸が、たまらなく欲しい。



「おい、何固まってんだ…お前」

「…ねえ、影山」

影山の肩がびくりと震える。不安そうに揺れる瞳が愛しいとさえ思った。



「な、んだよ」

「俺がさ。いきなり俺が、影山のこと…好きだって言ったら、どうする?」

「……は?」




影山の戸惑いが目に見えて解った。自分を見捨てた仲間だった人間からの告白だし無理もない。

好意を忘れた孤独な王様は、裏切り者の愛に落ちるだろうか。




「好きっ…て、どういう…」

「そのままの意味だよ、俺は影山が好き」

「…は、下らねえ嘘つくなよ、お前は俺のこといらねえって言っただろうが!!」



涙が影山の頬を一筋伝うのを見て、背筋がゾクリと粟立った。ああもう駄目だ、歯止めが効かない。俺はどうしてもコイツが欲しい。俺に向かって今まで溜めてきた苛立ちと絶望を放つ影山を無視して、目元に溜まる涙を舐めた。




「…っ!?」

「好きじゃなきゃこんなことしない。さっきのキスだって、そうだけど」

「―――で、でもお前は…ッ!」

「部活の俺と普段の俺は別物だよ」

「…べつもの…?」




影山の手首を抑えていた両手を、今度は頬に添える。周りの空気は冷たいのに、そこだけは熱かった。寂しがり屋の王様には、1人でも家臣とその愛が必要なんだ。それがどんなに、別の目的目当てでも。自分に都合のいい言い訳を作って、それから影山が安心できるような笑顔を作る。




「俺ね、公私混同しない主義なんだ」
















『コート上の王様』は大嫌いだけど、『影山飛雄』は大好きだよ。







影山の瞳が揺れて、歪む。背中に手が回るのを感じて、口角が上がった。




溶けないチョコレート
(たとえ作り物だとしても)
(当分お菓子には困らない)