あたり一面が赤、赤、赤。

「……」

そこで小娘は呆然と立っていた。
怪我は…ないようだ。
おそらく、この2人が命懸けで守ったのであろう。

「…薩摩藩邸に来い、小娘」

この命、私が守らねばならぬ。

「とりあえず、ここは危険だ。来い」
「……はい」
小娘は小さな声で答えた。





 サボテン





「いい加減にしてください!」
「…いい加減にするのはお前の方だろう」

小娘が私の元で暮らすようになってしばらく経った。
些細なことがきっかけで、喧嘩になっていた。

「仕事の邪魔だ」

仕事疲れでいらだっていた私は小娘の方を見もせずに言い放った。

「……っ、分かりました、出て行きます…」
「……」

返事もせずに書類に目を通していると、小娘は背を向けて部屋を飛び出して行った。

…書類の文字は頭に入ってこなかった。







「……」

1人になり、ふぅっとため息をつく。

千夏が最近寂しそうな表情をしているのは気付いていた。
その原因が自分だということも。

仕事が忙しく、全く構ってやれなかったのが悪かったのだろう。

やるべきことは膨大で、手を抜けないのは事実。
しかし、不自由はさせていないはずだ。

…一体私にどうしろというのだ。

恐らく小娘は1人で外へ出たはず。
以前から小娘が外に出るときは見張りをつけているので心配はないだろうが…。

私は、追いかけるべきなのか。
だが、追いかけたところで何と声をかければいい?

あいつの欲しい言葉を言ってやることも出来ないのに。




ふと、傍にある花瓶に目がいく。

頼んでもいないのに勝手に小娘が用意しており、それ以来毎日花の世話をしているようだ。
おかげでいつもそこは華やかであり、仕事で疲れたときにそれを見ると、疲れが少し飛んでいくような気がした。

しかし、今はその花に影が差している。
その花に表情があるとすれば、悲しい表情をしているのだろうか。

窓の外を見ると、先程まで晴れていた空が、曇のせいで薄暗かった。




――――……
―――…
―…





気がつけば、遠くまで来てしまっていた。

「どうしよう、雨降ってきたよ」


早く戻らなきゃ…

そう思うのに、さっきの大久保さんの態度を思い出すとどうも帰る気になれない。

大久保さんが忙しいのはよく分かっている。

一緒に暮らし始めてしばらく経つけれど、四六時中仕事ばっかりで。

いつか過労死するんじゃないかと、心配になる。


もし、大久保さんがいなくなったら、私はどうすればいいの?

あの時、真っ赤な世界から救ってくれたのは大久保さん。

余計な言葉をかけず、ただ薩摩藩邸へ来いと言ってくれた。


気がつけば、大久保さんの不器用な優しさに惹かれていた。


好き。


だから、もっと体を大事にして。
体調が悪いのは目に見えていて、今にも倒れそう。

好きな人のそんな姿、見たくない。




――――……
―――…
―…





すぐに帰ってくるだろう。
…そう思っていたが。


雨も降りだし、さすがに不安を隠せなくなってきた私は、小娘を探しに行ってやる事にした。

しかしあいつの行きそうなところをまわってみたが、なかなか見つからない。

「何処まで行っているんだあの小娘は。…風邪をひくだろう」

自ら悟られないようにしているとはいえ、全く私の気持ちを分かっていない。

降り注ぐ雨に打たれ、体が冷えてきた。
元々体調が優れなかったのもあり、少しこたえる。



しかし、こうやって外に出るのもいいものだな。
最近は少しがんじがらめになりすぎていたかもしれない。

小娘の言うとおり、たまには休憩をとるとするか。
私が倒れたら元も子もない。




……。



『大久保さん、仕事しすぎです』

『ちょっと休憩して出かけましょう!』

『たまには…、構ってくださいよ』

『いつか倒れますよ』

『…もう、いい加減にしてください!』


頭の中で、今まで軽く流していた千夏の言葉が響いた。


――ああ、そうか。


「小娘のくせに…」


自分の愚かさに笑いが出る。
仕事でいらだっていたとはいえ、こんなことも分からかったとは。
小娘は寂しかったわけでなく、私の心配をしてくれていたのか。

…寂しかったのもあるだろうが。



河原の橋の下でしゃがみこむ小さな後姿を見つけ、私は再び走り出した。




――――……
―――…
―…





「小娘…何をしている」

振り向くと、雨に濡れ少し息の上がった大久保さんが立っていた。

「お、大久保さん…」
「まさか、水浴びとでも言うわけではないだろうな…」
「い、いえ……」

眉間にしわを寄せ、上から見下ろす大久保さんにたじろいでしまう。

「雨が降っているのに、何故帰らない」
「……」
「わざわざ手間をかけさせるとは生意気な小娘だな」
「…!」

冷たい言葉をかけられ、怒りよりも悲しみが溢れてきた。

顔も上げられず、濡れた地面を見つめる。

「すみません…」

「お前のせいで仕事も出来ん。



……だが」


視界に大久保さんの靴が入ってきて、そして頭を撫でられた。


「……感謝する」
「……へ!?」

口調が柔らかくなった気がした。
突然の変化についていけない。

「……お前のせいで、風邪をひいた」
「す、すみません…?」
「だから、仕事がはかどらん。しばらくは休みだ。
…もちろん、介抱してくれるんだろう?千夏」

はっとして顔を上げれば、大好きな大久保さんの微笑みがあって。
心が、温かくなった。

「…はい!!」

優しく微笑んでいたのはたったの一瞬で、もういつもの表情に戻っていたけれど。

「雨、止んできたな。……帰るぞ」

そう言う大久保さんの声は優しいままだった。





――――……
―――…
―…





それ以降、大久保は自分の体調管理に気を使うようになり、いつしか千夏との間に子どもを儲けた。

相変わらず仕事は忙しく、共に夕食をとることも少なかったが、それでも休める日には家族と仲良く過ごしていたそうだ。





【幕】



***

大久保さんです。
ポルノの「サボテン」って曲をイメージして書きました。
なのでタイトルが「サボテン」です。
話の内容には全く関わっていませんが^^

甘くなくてすみません。笑
大久保さんの甘いものも書きたいです!

ここまで読んでくださりありがとうございました。


2011.3.27


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