(こがな夜更けに女子の部屋を訪れるなんて…不躾かのう)
龍馬はある物を手に、冷えた廊下を歩いていた。
(けんど大切なもんじゃろうし、返すんは早い方がいいじゃろう)
1
今日の昼間。
ちょっとした好奇心でこの「けいたい」の使い方を教えてもらっていた。
そしてそれが龍馬の部屋に置いたままだったことに、今の今まで気がつかなかったのだ。
「千夏?」
龍馬は襖の向こうに向かって声をかけた。
しかし、返事はない。
「…仕方ないきに。明日にするか」
そう呟いて踵をかえしたとき、後ろからきぬ擦れの音と共に小さな声が聞こえた。
「…龍馬さん?」
「千夏、起きとったがか。入っても構わんかの」
「はい。どうぞ」
部屋の真ん中には1つの布団が敷かれており、千夏はその上に正座して龍馬を迎え入れた。
「どうしたんですか?」
「これ、忘れちょったじゃろう」
携帯を持った右手を差し出したら、千夏は目を丸くして小さく叫んだ。
「ほんとだ!すみません、わざわざ…」
「わしが忘れてただけやき、気にしのうてもいいぜよ」
「ありがとうございます」
千夏はそうにっこり笑って携帯を受け取ろうとこちらに手を伸ばしてきた。
(………)
しかし、龍馬の手はなかなか携帯から離れない。
「…龍馬さん?」
不思議に思って首を傾げた。
「…泣いとったがか?」
「………え、」
「目、赤くなっちゅう」
「………」
携帯を千夏の手の平にそっと乗せ、少し俯いてしまった顔を覗き込んだ。
一瞬視線が交わり、そしてすぐにそらされてしまった。
「こーら、そらすがやないよ」
「わっ」
頬を両手で沿え、力いれて自分の方に向けさせた。
「なにがあった?」
「……」
「おんしはいっつも無理しすぎじゃき。たまには息抜きぜよ。ワシに甘えてみ」
な?
とにっこり微笑む。
千夏はそのまましばらく沈黙していたが徐々に目が潤みはじめ、ぽつりと呟いた。
「…さみしくなって…。こんな私に龍馬さん達がよくしてくれて、本当に感謝してます。…でも……」
やがてポロポロと涙が落ち、自身の膝を濡らしていった。
「いきなりこの時代にとばされて周りは知らない人とか…知らない物ばっかり…」
「……ん」
「それで、私は1人だなぁって…孤独に感じちゃって。…もうわけわかんなくなって」
「……」
「こんなの…皆さんに失礼なこと…言ってますよね…。すみません…っ」
「…千夏、」
龍馬は震える小さな体に腕を回し、ぐいっと力をいれた。
千夏はバランスを崩し、龍馬の胸の中に飛び込むように引き寄せられた。
「えっ」
「わしは……、正直言うておまんの寂しさをぜーんぶ分かっちゃることはできん。けんど、わしはここにおるき。」
「龍馬…さん?」
「わしは、おまんの傍におる。安心し」
右手でそっと髪を撫でてやる。
「わしばあかやないき。みんなあも、おまんの事が大好きじゃ。おまんは孤独なんかがやないぜよ」
龍馬の不器用ながらも温かい言葉に、千夏の心は少し癒されていく感じがした。
今まで育ててきてくれた家族や友達に会えないのはつらいのに変わりないが、この世界でも新しい大切なものができた。
こんなにも自分のことを考えてくれる龍馬さんもいる。
「ありがとう、龍馬さん」
「ん。気にせんでよか」
「また…助けられちゃいましたね」
「惚れた女子を助けるんは本望ぜよ」
「………え?」
「…」
「惚れ…?」
「…………もうちくっと…こがなままで」
抱きしめた状態のまま、腕にぎゅっと力を入れる。
(みんなあより、1番おまんに惚れちょるんは…わしじゃ)
自分を抱きしめる龍馬の力を体で感じる千夏。
「りょ、龍馬さん…っ」
「…わしは、おまんが好きじゃ。ほんに、惚れちょる。もう己の気持ちを隠すんは無理じゃ」
後頭部に手がまわされ龍馬の胸に顔を押し付けられていると、速い鼓動が伝わってきた。
「龍馬さん……ドキドキしてる」
「!!…しゃ、しゃあないじゃろ。こがに近付いちょるんやき」
先程までの落ち着いた態度から一変、焦った様子の龍馬にくすくす笑いがこぼれる千夏。
「龍馬さん……」
「…なんじゃ」
顔を赤らめて拗ねた顔をした龍馬を見上げる。
「私もです」
「……?」
「龍馬さんが、好きです」
「!!」
龍馬は千夏から体を離し顔をじっと見つめると、もう一度抱きしめた。
「誠か…」
「はい」
「ほんに、嬉しいぜよ」
千夏の手が龍馬の背中にまわされる。
そして真夜中の肌寒い部屋で2人しばらく抱きしめ合っていた。
「……ねぇ龍馬さん」
「ん?」
「さっきよりドキドキしてますね」
「……おまんのせいじゃき」
龍馬は自分と同じ様に頬を赤く染める千夏に、そっと口づけた。
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