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前髪で見えないだろう中、口元に浮かぶのは三日月のように楽しげな笑み。
目の前の上履きはずたずたに切り裂かれていてそれがまた面白い。ちなみにその上履きは見知らぬ生徒のものと入れ替えていただけなので俺の上履きは傷一つなく無事だったりする。
名前も顔も知らぬ生徒よ、アーメン。
そうして広い廊下を歩けば突き刺さる視線とヒソヒソと話す声。ヒソヒソどころか大声で罵倒する生徒もいるものだからやはり笑ってしまう。こいつら、俺が莉芳だと分かったらどうするつもりなのだろう。別に今のところなにか仕返しをする予定はないけど。
その時、スマホが軽い通知音と共にメールが来たことを知らせる。
周りの視線を無視しながらそれを開けばメールは熾芳からだ。内容は言わずがな、制裁の件に対してだ。普通なら心配メールが来るのだろうけれど俺と似たような思考回路の弟がその点を心配するわけがない。内容は楽しんでるか?と、なんとも楽観視したものだった。
そんなメールに当然と返信して教室にたどり着けば俺の上に置かれていたのは花瓶。綺麗な花を添えてくれてどうもありがとう。赤い実のような花の花言葉は恋慕なんだけどな。見た目で嫌がらせなんかするからこんなことになるんだろ。
「俺かよ!?」
内心で嘲笑しながらあえてそれを隣の席、要するに橘の元に寄せればこちらの言動を見守っていた橘は大げさに驚く。
「ごめん、俺、お前からの恋慕なんていらないぞ」
もちろん橘は問答無用で蹴飛ばしておいた。昨日うるさいゴミに背負い投げを決めたから今更暴力は驚きもしないだろう。
「つーかお前大丈夫か?」
その言葉には頷いて、でもこれだけは伝えたかったのでシャーペンを取り出して傷つけられた机に一言書く。
"くっそ楽しんでる"
それを見た橘が1人で呼吸困難に陥りながら笑い倒れていたが知ったこっちやない。俺には関係ないと断言しておこう。
「お前あれだよな、見かけによらず愉快犯だろ」
うるさい、俺達は楽しいことが大好きなだけだ。