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「っぅ?」
何も見えず感覚すら頼りにならない暗闇。痛みも苦しみも何も感じない安息の地から、突然全身に走った痛みで引き戻された。
「おいコラ、誰が寝ていいなんて言ったんだ?」
「ぐぁ!!」
混乱した意識のまま血と痣で全身を汚した俺の腹に勢いよく拳が入る。衝撃で転がってから、そこでようやく自分が全身びしょ濡れになっていることに気づいた。
どうやら氷水をぶっかけられて目を覚ましたらしい。殴られたのにも関わらずやけに冷静なのは脳が現実を拒否しているからなのだろう。
もはや痛みもあまり感じなくなった体は、さんざん抵抗してぶち切れた和成に右の太ももを撃たれた為に使い物にならなくなった。歩けなくなった俺をいたぶるのは赤子の手を捻るように簡単であっと言う間にこのざまだ。
多分肋骨も折れているし左肩は脱臼している。これは嵌めてもそのうちまた外れるだろうから放置だ。重点的に殴られ蹴られた腹は本来の肌の色を失っている。
壁に叩きつけられた時に額も切れて血塗れだった気がするのだがこれは先ほどの氷水で洗われた。血のせいで目も開けていられなかったからこれは素直に嬉しい。
「聞いてんのかァ?」
「……死、ね」
吐き捨てた言葉は掠れ、息を吸う事にヒュっと情けない音が出る。喉が使い物にならなくなるのも時間の問題だろう。これも今はどうでもいい。
問題はそろそろ止血しないと本当に死ぬというこの現実である。人間は丈夫だと誰かが言っていたがたかが暴行で死ぬのに本当に丈夫だと言うのだろうか。
「っ、ぁ」
グッと髪をつかまれて壁に叩きつけられる。最早立つことも出来ない俺の全体重は壁と和也の乱暴な腕に支えられているようなものだ。意識が飛ぶ前に首を締められて思わずその手を引っ掻く。
「痛ェな。暴れてんじゃねえよ、死ぬぞ」
「…、ぅ、ぁぐ、」
息ができない。やばいな、本当に死ぬかもしれない。冗談じゃなく殺されるかもしれない。力の入らない体で引っ掻いたって、じゃれつかれているようなものなのだろう。痛いとは言いつつも引きはがす素振りは全く見せなかった。
「っ、っ…!!」
意識が揺れて全身の感覚が消える。視界が急に真っ暗になって和也を引掻いていた腕が力なく落ちた。
あ、やばい。
そう感じる前に、思考は暗い沼のそこに沈んでいった。
「…あ?なに、死んだ?」
ベッドから退屈そうに傍観していた秋田が煙草の煙を吐き出しながら問う。
「んーー、…あ、まだ生きてる。しぶといな」
締めていた首から手を退ければすぐに崩れ落ちる身体を床に転がしてから生死を確認すれば弱々しく始まった呼吸。
「でもそろそろ止血してやんないと死ぬと思うよ?遊ばないの?」
「あー、遊ぶ。適当にやっとけ」
それだけ告げ鉄の扉から出ていった秋田を尻目に和也は小さく息を吐いた。
「めんどくせぇなあ…」
未だ多量に出血している子供を見下ろしながらその襟元を引き上げると予想よりもはるかに軽い体を引き摺るようにしてシャワールームへと消えていった。