金木犀の香る夜 | ナノ
 10

「あー、あのクソガキ。あとで絶対殴る」

全身真っ黒な服に深くフードを被る男はコンビニの壁に寄りかかりながら、秕夏樹という裏の世界から見れば知らない奴なんて居ないような男の部下の車を待っていた。

その素顔はフードとサングラスによって全く見えないが、すらっとした細身に長身、それから異様なほど白い肌だけで注目を浴びるには十分だ。

黒いレザーグローブの上からスマホを弄って時間を潰し、思いつきで自作のウイルスをクソガキ、要するに晴に飛ばしてやる。

「うぇ....まじかよ」

数分もしないうちに倍以上のウイルスが返ってきてスマホの電源が落ちる。晴にやり返されたのだ。電源を入れれば簡単についてくれたが画面はロック画面ではなくヴェリテ特性のウイルス画面だ。

ど真ん中に表示される時間はどんどん減っている。解除できなければ恐らく二度と使えなくなる代物で、晴はこういったゲーム感覚のウイルスを作るのが好きだ。

「....ったく、」

ひたすらにスマホをいじって晴から送りつけられたウイルスを次々と解除していく。この程度のウイルスを解除できないわけが無い。これでもウイルスやPC関連の情報の専門は俺なのだ。

あっさりと解除すればそれは晴に伝わったのだろう。すぐに電話がかかってきた。

「何してくれんだてめぇは」

『うるさいよ、先に送り付けてきたのはそっちでしょ』

ため息混じりの言葉に苦笑する。全くもってそのとおりである。

『...で、どうよ?』

「まだ甘いな。つーかそろそろ電源落とさないでもウイルス回せるようにしろ。それからもう少し複雑にしても問題ない」

『分かった、努力はする』

それだけ告げて切れた通話に溜息を吐きながら先程から感じていた鋭い視線に顔を向ける。

「盗み聞きは趣味悪いぞ?廣瀬翔さん?」

「...情報屋、で間違いないようだな」

少しばかり驚いた声を出しながら表情は崩さない男に笑みを浮かべれば、廣瀬はただ後ろにあった車に乗れと指示を出した。

黒塗りの車は外国車であり確かグランクーペの4.4だったと思う。当然乗り心地はいい。

「...なんで俺の名前を知ってる?流石に下っ端だぞ?」

「愚問だな。調べられるところまで調べ尽くす、それが俺の教わったやり方だ」

「誰にだ?」

「....お前、俺が誰だか分かってねえだろ」

流石に呆れた声が出てしまう。ヴェリテの弟子と言われたら裏では俺もかなりの有名人だ。それを理解できていないこの男はほとんど情報をもらっていないのだろう。

「お前に電話したのは誰だ」

「組長....と、ヴェリテ」

「ヴェリテであるあいつが俺の迎えを頼んでんだ。もう分かるだろうが」

ほとんど答えを出してやった。これでわからないのはただの馬鹿者だ。

「ガニアン、か」

「分かるじゃねえか」

ガニアン、それが俺が情報屋として使う名前だ。晴と二人並ぶことで絶大な効果を発揮する。そのためだけに晴が付けてくれたのだ。

「....ヴェリテの弟子というのは事実だったか」

「残念ながらな」

おかげでこんなところまで堕ちてしまった。後悔は全くもってしていないが。

その後は無言のまま数十分程で目的のビルにたどり着く。廣瀬の後を追いビルのエレベーターに到着したところでそこに立っている人影を見つけた。

「廣瀬ご苦労さん。連れていくのは俺がするから」

「はいっ!お疲れ様です!!」

元気よく敬礼した廣瀬はちらりと俺を見てからすぐに立ち去っていった。残されたのは俺と、目の前の男。

「とりあえず、俺については?」

目が合った途端投げかけられた雑な質問。答える義理はないが追い返されても困る。

「…久野旭。プロボクサーの経歴を持ってんだろ。裏だけど」

ここの幹部はみんな異常な強さを誇っているのだ。その中でなんの経歴も持たない男、秕夏樹が一番の暴れ狼であり、一度狙ったらそれを殺すまではどんな非常な手を使っても追いかける。ここの組はそういう組だ。

「来い」

エレベーターに入り中程まで上がったところにそいつの部屋はあった。見た目はかなり普通だ。

「組長、久野です。例の男連れてきました」

「…入れ」

扉の奥から聞こえてきたのはだるそうな声だ。具合でも悪いのかと思うほどだるそうで機嫌の悪そうな声。

「失礼しま、す…」

言いながら入ったと思った久野が不自然な体勢で止まるから、思わず激突してしまったのは俺のせいじゃない。コイツが止まるのが悪い。ていうか、なんだ。固まる久野の視線を追って俺もようやくその意味に気づく。

「…晴、お前は本当に……」

あのくそガキはどうしてここまで馬鹿なのだろう。そこで寝ようと思った理由はなんだ。広い革張りのソファでくつろぎタバコをふかす秕夏樹の膝の上で気持ちよさそうに熟睡できる意味がわからない。膝枕だ、何故寝れる。

呆然としてしまった俺を見た夏樹は息を吐くと晴の頭を撫でた。それでも安心しきっているのか晴に起きる気配はない。

「…条件、覚えてるよなあ?」

「分かってるっつの。…ガニアンの東谷秋人だ、偽名だがな」

「偽名を名乗れとは言ってねえ」

ギラっと鋭い視線が俺を射抜き冷や汗が流れる。この男は本当に厄介だ。会いたくないのが本音。なぜ俺は来てしまったのだろうか…。

「分かんねえんだよ、親も戸籍も。俺は生まれて直ぐに捨てられてんだ。名前なんか知るか。全部晴がくれたんだ。名前も、生き方も、この仕事も」

こんな異形みたいな俺をきれいだと言って。化物みたいなこの俺を、だ。夕日の赤だね、綺麗な瞳だと笑いながらこの子供は、俺を救ってくれたのだ。

「取れ」

一瞬意味がわからなかったがすぐにフードとサングラスだと気づく。が、この明るさでは無理だ。眩しすぎる。

「電気消してくれんなら」

「久野」

「はい」

言いながら電気が消えた室内はそれでも顔はしっかりと分かる。この程度ならきっと問題ないだろう。

「これで満足か、組長さん?」

フードとサングラスを外した素顔、それを見てとなりに居た久野が息を呑む気配が伝わった。

「…目、深紅だなあ。アルビノか。しかも、ハーフかお前」

「ご名答、フランスとロシアのハーフらしい。そんなわけでサングラスは許してくんない?」

いくらサングラスをしてても、日が出てるうちに外へ出ていた事実は変わらない。それだけでかなり目が疲れているのだ。これ以上無駄な光は取り入れたくない。

「好きにしろ」

「…意外と寛大だな」

本音が出たのは仕方ない。アルビノは見た目だけで気持ち悪がられてしまう。ほかの人間とは全く作りが違うのだ。目は基本赤くなり、髪は白くなる。たまに紫や緑の瞳を持つ者もいるが基本は赤だ。日本人は赤になりにくいらしいが俺は残念ながら日本の血は混ざっていない。ハーフだ、フランスとロシアという白人コンビ。余計に肌が白くなってしまった。

サングラスをかけ直してからついでにフードも被る。なにか言われるかと思ったが別に興味はないようだった。

「どこで会った?」

「あ?…ああ、晴か。お前、もう少しまともな日本語話してよ」

主語ねえとか日本人じゃねえよ、あほか。文法を考えろ。

「俺はクソな施設育ちだから気味悪がられて化物扱いされて散々だった。んでグレて夜中に抜け出して喧嘩しまくってたらある日知らねえ奴らに刺された」

「死ねよ」

「生きるに決まってんだろ。親探したかったんだ、その時は」

だから刺されてもまだ死にたくなくてひたすら自分で止血して逃げようとして。

「その時、ヴェリテを名乗るクソガキにあった」

生きてる?なんて聞いて視線をあげた俺にただ肩を貸して家に連れて帰って。綺麗に手当してからしばらくの間、部屋からでない約束で滞在させてくれたのだ。おかげで晴の母親が娼婦だとすぐに分かったし、晴が心身共にボロボロになりながら必死に俺を隠し通してるのも分かった。

俺を匿うということは晴は家から出られない。そのせいで余計に晴は襲われていた。その事実に気付きながらも俺は何もすることができなかったのだ。まだ子供だった晴にすべてを押し付けて。

俺の怪我がほとんど完治した頃になってから、晴はまた動き出し俺に新しい場所をくれた。戸籍から住むマンションまですべてを手配してからそれを俺に託したのだ。家賃も全て晴持ちで。

「こいつは馬鹿だ。見ず知らずだった俺にそこまでして、毎日通って家事も掃除も全部俺に叩き込んで普通の生活させようと必死だったぞ」

そこまで必死になる姿を見ながら、血の気のないフラフラな足取りで部屋に来るのを見ることも多々あった。襲われていたのは一目瞭然で、その度に晴は困ったような顔をしながら泣くのを堪えていた。全部覚えている。必死に崩れ落ちないように体を支えながら、自然に振舞おうと努力する子供の姿を。

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