金木犀の香る夜 | ナノ
 9

仮眠室というベッドの溜まり場があるというのにそんなところに自ら入る許可を下ろすほどこの子供は気に入られているのか。

「早くしろ、前野に連絡するから」

「あ、はい」

スタスタと自室に歩き出した夏樹のあとを追って俺たちも歩き出す。組長の部屋は高級マンションだと言われても納得できるほどの広さをしている。それはこのビルに住む奴らも一緒である。俺たちに与えられた部屋は二人部屋だがそれでも広く感じることもあるのだ。

このビルの上半分はこうした比良手組の連中の家として成り立っている。おかげで仕事はしやすいし要するにかなり楽だと思う。

奥の部屋のベッドルームに晴を寝かせれば微かに身じろぎするが起きる気配はない。ただひたすら魘されているのが分かり、それでも疲弊し普段寝ていないであろうこの子供を起こすのもはばかられた。

「....すげえ汗」

荒い呼吸を繰り返し小さく唸る晴の頭を撫でてから、組長はその頬を軽く叩く。これだけ弱っている子供をたたき起こすのは組長ぐらいだと思う。

「おら起きろ、晴、はーる」

「....ぅ、ん」

小さな声をあげて目を開いた晴はすぐにその目を伏せた。

「眩し....」

かすれきった声が聞こえた途端に影ができる。夏樹が移動して影を作ってくれたとかそんなこと考える余裕も晴にはなかった。

「医者呼んだからその前に風呂入るぞ。汗気持ち悪いだろ」

額に張り付いた前髪をかきあげてくれた夏樹を視界に収めながら小さく頷く。それでも俺が動けないことは把握済みなのか、そっと体を起こしてくれた。

ぐったりと寄りかかってしまうのはもう仕方ない。諦めてもらいたいところだ。

「行くぞ」

ふわっと軽く体が浮いて自分が横抱きにされていることがわかった。所謂あれだ、お姫様抱っこと言う奴だ。男が男にされるのはあれだけど多分ここに俺を運ぶときも同じように運ばれたのだろうからもう今更だ。

「....どこ?」

辺りを見回してから入ったことない部屋だと気づく。どうせ昨日と同じ仮眠室にでもいるのだと思っていたがどうやら違うらしい。

「俺の部屋」

「....」

俺なんか入れていいのか、なんて考えがよぎったけどもう言葉を発することすら億劫で黙っていることにした。そのまま脱衣所まで運ばれそっと降ろされるが、震える足では立っていることすら苦痛で仕方がない。それを堪え無理やり足に力を入れれば支えるように背中に手が回された。

「無理すんな、脱がすぞ」

優しい言葉に頷きそうになったが慌ててその手を掴む。

「....何」

「............」

邪魔、と言われたが流石に離すわけにはいかない。服を脱がされたら何をされたのか一目瞭然だ。そんなことがばれたら、何されるかわからない。

脅されるのはまだいいがそれで行為を強いられたら元も子もない。俺はまだこいつらを完全に信用しているわけではないし、それはこいつらだって同じだろう。

「一人じゃ風呂は入れねえだろ。見られたくねえのわかったから退けろ」

「....やだ」

「ッチ、面倒くせえな」

舌打ちをし苛ついたようにつぶやいた男は、ぐっと俺の手を押さえるとまともに動けないのをいいことにあっさりと俺の服を脱がしていった。あっという間に素肌が晒され、思わずぐっと唇を噛む。

汚らわしい身体だ。傷だらけで行為の痕もしっかりと残っている。こんな姿を見られたなんて本当に最悪だ。

けれど。


「俺、男娼だからね?こんなの当たり前でしょ」

「...無理矢理が好きなのか?」

じっと俺の体を見つめていた男のハッ、と嘲笑するような声が聞こえた途端一気に血の気が下がる気がした。相手は腐っても極道だ、気を緩めたら何されるか分からない。

「さあね、お前に関係ないだろ」

「...あっそう」

スッと伸びてきた手を見て一瞬で体が強張るがそれを無視して強気に笑う。今までだってそうやってあいつらを挑発しては、痛めつけられた。それでも、これはもう癖だ。そうやって男娼だって考えないと本当にレイプだって思えてしまう。レイプには変わりないのだけれど、要は心の持ちようだ。

「....っ」

射抜くような視線と共に指先が頬に触れた瞬間、一瞬であの男たちの仕打ちが思い出された。びくっと怯えたように体が跳ねたのが、支えている男にバレないわけが無い。それでも尚視線を逸らさなかったのはもはや意地だった。

「....馬鹿だなお前は。触られるのだって怖いくせに、そんな泣きそうな顔で嘘ついたって無意味だろうが」

苦笑混じりの声はかなり甘く、優しい声だった。強張っている体の力を抜かせるように俺を抱きしめた夏樹は、何度も俺の頭を撫でていった。





バスルームに入ればひんやりとした空気が伝わり、
軽く震えた俺に気づいた男は無言で自分の膝の上に座らせた。それからシャワーの温度を調節してからそっと足元に向ける。

「熱いか?」

丁度いい温度のお湯に首を振りそれから未だ服を着たままの夏樹を見上げれば、何とでもいうように首を傾げられた。

「...濡れるよ」

「後で着替えるからいい。それよりさ、お前何人に襲われたわけ?」

「...四人」

「暴力込みのセックスなんか辞めろ。お前そういう性癖なわけじゃねえんだろ」

「抵抗しまくった結果なんだけど」

「どこの組?」

決定的な一言に思わず目を見開いて夏樹を見つめてしまう。こんな痣だらけの体を見ただけでどうして組とわかるのか。複数で襲われたと分かっていたら一般人という可能性だって否定できないはずはないのに。

「お前だって武道はそれなりにできんだろ。大人が襲ったって返り討ちにできんのにそれができなかった訳だろ?しかも相手はたったの四人。必然的に残るのは組だけだ」

...なるほど、そんなことに気付かないほど俺はいま頭が回っていないらしい。まあ、熱があるから仕方ないといえばそれまでだけど。

「その怪我でここら近辺なら秋田組か西蔵組のどっちかか」

明確な答えを出してきた夏樹にただもう見つめることしかできない。無言を肯定と捉えたのだろう男はため息をつくとそっと俺の頭を撫でた。

「図星か」

「...俺の問題だ」

「そうだな、お前の問題だ」

断言した夏樹は片腕で俺の頭を支えるとそのままシャンプーで頭を洗ってくれた。不自由な体勢ではやりにくいだろうが男はそんな事なんでもないとでもいうふうに丁寧に洗う。

「寝ててもいいぞ」

「....ん、ごめん」

意識を保っているのも限界だと気付いたのだろう。夏樹は少し苦笑してそれでも最後まで優しかった。

「....潰すか」

意識の無くした晴にそんな物騒な言葉は届くはずもなかった。




次に目が覚めた時には俺が拾われてから丸四日は経っていた。案の定、高熱はそう簡単には収まらず今もまだ微熱が出ているほどだった。

「あまり無理しちゃダメですよ」

俺を看病しながらがそう言う篤に俺は苦笑を返しただけだった。無理しないで何をしろというのだ。…仕事すればいいのか。

時刻は丁度四時を過ぎた頃だろうか。窓から差し込む夕日が綺麗に見えた。今までは忙しくて景色なんて見てこなかったからまともに見るのは久しぶりかもしれない。

ベッドの横に置いてあった二つの携帯を弄ればどちらも驚くほど連絡が来ていた。とりあえずとプライベートの方を確認すれば学校連中の心配メールと電話で埋め尽くされている。

「…あ」

その中に学友以外の連絡を見つけ苦笑を漏らす。多方、俺の居場所を探ったら極道の本拠地にいて慌てて連絡したのだろう。連絡くらいしといてやるか。

そう思ったところで部屋の扉が開いた。入ってきた夏樹は俺が起きているのに少し驚いてからソファーに腰かけた。

「起きて平気か?」

「…まだだるいけど動けなくはない」

「もう少し寝とけよ」

「寝すぎだろ。てか、ちょっと電話するから 」

「…いて良いわけ?」

携帯を弄っているのを見て仕事かと遠慮したのか、それともただのポイント稼ぎかは知らない。でも、この男が優しいのはちゃんと分かっているからきっと前者だ。

「…聞く?」

面白いかも、なんて好奇心で重い身体を引きずるようにしながら夏樹の隣に座り、仕事仲間である男に電話をかける。もちろん、スピーカーだ。

『晴っ、てめえ何してやがる殺すぞ?!なんつー場所にいんだよてめえは!!!!!』

つながった途端に叫ばれてすぐさま電話を体から離す。スピーカーなのだ、叫ぶなうるさい。

「…うるさいよ」

『あぁ?てめえ自分がどれだけ危険な所に居るのか分かってんのか?』

危険、それは否定できない。それでも俺にとってはかなり優遇されているほうだと思う。

「危険じゃないよ、寝心地いいもん」

『...待った、お前何してんの?仕事じゃねえだろ』

「怪我してんの拾われた」

『またお前はそういう…!なんでもっとうまく逃げねえんだよ』

「あいつら」

俺が電話に向かってつぶやいた途端、盛大なため息をつかれた。俺がつきたいよ、くそ。

『今から行くから』

「....は?」

『話したいことあるしお前が安心してるんだからマトモそうなところだし』

…良いのだろうか、仮にもコイツも情報屋なのに適当だ。隣に居る夏樹に視線を向ければ好きにしろと返ってきた。

「聞こえた?」

『...誰といんだよ』

「夏樹」

『あ?...また厄介なのに目付けられやがって。助けねえぞ』

「夏樹は優しいし。何かあったら俺のすべてを使って逃げるし」

『お前の全てなんてたかが知れてんだろ』

....こいつ。言ったな、言いやがったな。

「てめえに情報収集の仕方やら生活の仕方やら教えてやったのは誰だと思ってんだ殺すぞ。俺の全てって言ったらてめえも入ってんだよ他人面してんじゃねえぞ」

驚くほど低い声に電話越しの男が軽く怯えたのが分かった。いや、まあ仕方ないか。ヤーさん相手にしてきたのだから、それくらいの力はある。

『関わらなきゃよかった...』

「生かしてくれてありがとうございます、だろ」

『とにかく、行くから』

「駄目だ」

話を変えた相手に一言告げれば男は直ぐに噤んだ。うん、意外と従順に育ってくれているようだ。

「まだ日が出てる。せめて太陽消えてからにしろ」

『別にもうすぐ沈むだろ。完全防備するし』

「自分の体質考えろ。辛いのはお前だろうが」

『あ?だったら迎えよこせ』

「........」

男の理不尽な言葉に隣の夏樹を見れば思いっきり溜息をつかれた。いや、うん。ごめん。

「借せ」

差し出された手の上に携帯を乗っければ夏樹はスピーカーを解除して耳元に当てる。持ち主に聞かせる気はないらしい。

「てめえの個人情報と引換だな。じゃなきゃここには入れねえし、晴にも会わせない」

...すごい条件を出していた。

「...ああ、分かった。場所は?」

しかもあのアホもOKを出したらしい。アホだ。

「分かった。30分後には着くからおとなしくしてろ」

それだけ告げると夏樹は一方的に通話を切った。そしてそのまま俺の携帯で誰かしらに電話をかける。

「...俺だけど。お前ちょっと迎え行って来い」

電話越しにえ、は?組長?なんて間抜けな声が聞こえたが、それを無視した男は場所だけ告げるとあっさりと電話を切った。

返された携帯を眺めていたらすぐに電話がかかってくる。絶対今一方的に切った相手からだろうなと思いながらも夏樹は我関せずを徹底しているので仕方なく電話に出てみた。

『組長すんません、せめて誰迎えいくか教えてもらわないとわからないって言うか、その...』

「夏樹じゃなくてごめんね」

『...誰だてめえ』

一瞬の間の後、底冷えするような低い声が返ってきた。極道怖いね。

「この携帯の持ち主なんだけど。俺が夏樹に迎え頼んだんだ、忙しいかもしれないのにごめんなさい」

『...は?』

「とりあえず、さっき言われた場所に黒ずくめのグラサンかけた柄の悪い男居ると思うから拾ってきて欲しいんだ。あー、ただし見た目に関しては驚かないで欲しいな。本人もだいぶ気にしてるし」

当たり前のように会話をしだした俺に電話越しの男が少し慌てているのがわかるが知ったことではない。

「あとこれ、俺のプライベートの携帯だから登録しないでね。するなら仕事用の後で教えるからさ」

『は、え?待った、お前何?なんなの?』

「じゃあお迎え宜しくね、以上ヴェリテでした」

それだけ告げてぶちっと、夏樹と同じように通話を切れば隣で男が微かに笑っていた。

……笑うな馬鹿。まあ、電話越しにワタワタする気配が感じられるのはかなり楽しいから好きなんだけどね。

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