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「あんまりここに来るなよ」
たどり着いた車は客人用の駐車スペースに停められていた。しかしながら外車で目立つ上にその周りに黒塗りの車が2台ほど停まっているという現状。警察が警戒態勢を示すのも無理はない。
そんな高級車に乗り込んだところで言われた言葉に首を傾げる。
「なんで?仕事だったら仕方なく無い?」
「仕事減らせ」
「えーー」
そんな突然言われても困る。お金に困っている訳では無いから仕事を減らすことは簡単だ。嫌なのは暇な時間が増えること。仕事以外では基本的に護衛がつく。わざわざ彼らの仕事を増やすつもりはなく、阻止するためには俺が仕事に行く以外にない。
「あんまり護衛撒くな」
一瞬なんのことだか分からなかったが、もしかしなくても今日ここに来るまでの間、後をつけられていることに気づいて撒いたやつらのことだろうか。
「え、組の人間だったの?どっかのヤクザか情報屋狙う馬鹿かと思った」
「お前がちょこまか動くから距離を詰めなきゃ尾行が難しいんだと」
「…ふふ、頑張って?」
ニッコリと笑いながら告げる。暗に仕事を減らす気も護衛を気遣う気もないことを告げるとため息をつかれてしまったが。
「今月はクソ忙しいが来月からは多少は早く帰れる。だから家にいろ」
そう言って軽く投げて渡されたのは小さな箱。だがその大きさと見た目からわかる高級感に、思わず夏樹の顔を凝視してしまう。
「は!?え、うそ!ねぇ、え?」
「いいから開けろ」
僅かに苦笑されてその優しい顔に促されるように箱を開く。そして、予想通りそこに収まる小さなリングに開いた口が塞がらない。
「ソレやるから、あんまり他人に尻尾振るなよ?」
「ほんき?ほんとに??」
気付けば視界は歪み、何より声が馬鹿みたいに震える。ただの贈り物ならこれを選ぶ必要はない。ピアスでもブレスレットでもその他送れるものは沢山あったはずだ。そんな中でこのリングを選ぶ理由はひとつしかない。
「俺でいい??もう、これもらったら、絶対、逃がさないよ?」
「お前が言うのか」
ふはっと声を上げて笑う男に驚くことしか出来ない。だってこれじゃあ、誰がどう見ても完全にプロポーズだ。
「傍に居ろ。依存していい。面倒くせぇ所も泣き虫なところもちゃんと、全部まとめて愛してやる」
優しい表情と優しい声。大好きな腕にの中に抱き寄せられてしまえば、それ以上涙をこらえるのは無理だった。ボロボロと溢れた涙はすべて夏樹の服に吸い取られる。
坂部からの伝言とか、仕事はどうしたとか、こんな所でこのタイミングでするか?とか、言いたいことは山のようにあるがとりあえずそれは置いておこう。
「好き、超好き。浮気したら殺す」
「ねぇよ。お前こそ、誰にでも尻尾振るな。監禁するぞ」
「何それご褒美」
「馬鹿が」
下らない言い合いがこんなに幸せだなんて知らなかった。涙で夏樹の服が濡れてしまっているのも気にならない。ただ、言葉だけでなく形でも示してくれたことがどうしようもなく嬉しかった。
「…晴」
グイッと顔を上げられて目が合う。きっと酷く情けなくてだらしない顔をしているだろう。
「愛してる」
心地良い低い声と柔らかくも熱い視線。そして、触れた唇は柔らかく確かな熱を持っていた。
きっとこれからぶつかり合うことも沢山あるだろう。それでもこの男が居なきゃ俺は生きていけないことくらいとっくに理解している。そして、このなんでも出来る恋人が唯一愛してくれて、甘やかしているのが俺だということも理解しているのだ。
初めて愛を教えてくれた人。助けてくれて、守ってくれた人。愛しい気持ちは気づけば揺るぎない確かなものに変わっていた。
左手の薬指、夏樹から直々に嵌められた指輪はシンプルだが確かな存在感を放つ。
いつの間にか季節は移ろい、12月も半ばに差しかかっていた。初めて出会った頃の金木犀の香りはとっくに終わってしまったけれど、この関係だけは決して終わらないと信じている。そして、出来ることなら死が二人をを分かつまで隣に寄り添って居たい。
そんな願いを込めながら、光り輝く指輪にそっとキスを落とした。
Fin.
(2014/08/24〜2018/11/12)