金木犀の香る夜 | ナノ
 15

右側のソファーに腰掛けた篤が手を軽く振る。それだけで裏の二人はラグの上に直接座った。ソファーは二つしか無いから仕方ない。詰めれば座れるのだが立場的にアウトだと思われるのでそこは放置することにした。

「とりあえず寝起きですしホットミルクにしておきました」

渡されたカップに礼を言いながら先ほどの言葉を反芻する。

「篤も情報操作できるの?」

「いえ、あの時は破損データが山ほどありましたからそちらの修正を担当したんです。あなたたちみたいな高レベルの情報操作なんて滅多にできる人間は居ないと思いますよ」

「・・・ごめん?」

「いえ、仕事ですから」

個人的に大喜びしていたが篤が言うならかなりのデータがやられたのではないだろうか。正直、藤宮晴自身の情報は一般よりも少し強い位のセキュリティだが、ヴェリテに関しての情報を探るのは敵しかいない。だからこそ面白半分でかなりえげつない撃退システムを作った覚えはある。

「え、平気だった?」

「・・・重要データがいくつか修正できなかったので二度とやらないでほしいです」

「あ、うん、ごめん」

本気で嫌そうな顔をされたので面白半分でも探りを入れるのはやめよう思う。



「で、すごく今更だけど、ここどこ?」

カップに口づけながらの問い掛けはあっさりと答えられる。

「新居だ」

「・・・引っ越すの?」

「もう終わった」

ということはだ、もしかしなくてもここに夏樹と俺の荷物が運び込まれているのだろうか。今日一日で?いやでも、ここの人間ならやりかねない。

「あ、もしかして二人とも引っ越し作業駆り出されてた感じ?ごめんね、ありがとう」

裏の人間である二人にお礼を言えば一瞬きょとんとしてから二人とも揃って苦笑を漏らす。

「俺、お礼とか言われるの久しぶりなんですけどー。晴さんは常識ありますねぇ。俺の周り、鬼と人でなしと化け物と飼い主しか居ないですもん」

「・・・飼い主」

「あぁ、俺自他共に認める犬なんですよー。簡単には撒かせませんからね」

にっこり笑いながら宣戦布告されたので、今度本気で撒いてみようと思う。怒られそうだが知ったことではない。そもそも、ここまで堂々と言われて撒かないという選択肢はあり得ない。

「ふふ、いいね。でもしつこい犬は嫌われるよ?」

笑いながら返した言葉の明確な意志は伝わったのか、西野は緩い雰囲気を裏切るように、凶悪に笑ったのだった。これは、なかなかに強敵かもしれない。

「おい、あんまり遊ぶなよ」

「ん、気をつける」

正直言って仕事柄追われることは多く、つけられたら撒いてしまおうとするのは癖だ。だから俺に撒かせたくなかったら完全に気配を絶つことが最重要だと思う。

「ていうか、新居ってことはもう会社で暮らさないの?」

「ああ」

「元々会社を立ち上げたときに忙しすぎてまともに帰れなかったので、会議室だったスペースを勝手に改造して部屋を作ったんです。会社が落ち着いてからも住めるなら、という理由で生活していた場所ですからあんまりセキュリティは良くないんです。それに裏関係で無関係な社員に害があっても困りますから移動していただきました」

頷いただけの夏樹の代わりに捕捉説明した篤は珈琲を飲みながら意味ありげな視線を俺に向ける。

「何より、貴方の存在も大きかったと思いますよ?」

「え?俺?」

引っ越しに俺が関係していたのだろうか。それだったら少しだけ申し訳なさを感じる。例の一件で組全体は未だバタバタしていて忙しいのに、余計な仕事を増やしてしまったかもしれない。

視線を夏樹に向けてみるが、本人は至ってどうでも良さげだったのでこの件はもうおしまいでいいだろう。そんな雰囲気を察知したのか篤が一気にカップを飲み干すと立ち上がる。

「それでは、私も荷解きしないといけないので帰ります。明日は昼からで結構ですが、会社に行く準備はしておいてください」

「それでは、俺らも失礼します。西野行くぞ」

立ち上がった彼らに倣い俺も立ち上がる。夏樹が視線を投げかけて来たのを無視しながら歩き出した彼らについて行く。

「わざわざそんな事しなくてもいいんですよ」

「いや、礼儀と常識はなくしちゃいけないと思う」

靴を履き終えた篤に言い返せばそれもそうだと同意される。正直、夏樹だって社長の立場にいるんだから多少の礼儀は必要だと思う。あいつは俺を見習うべきだ。

「それでは、ゆっくり休んでください」

ガチャと会いた扉から彼らが出ていくのを見送る。やがて無情にも閉まった扉のあとには静寂しか訪れない。どうやらこの家自体が防音のようだ。そんなことよりも。

「マンションだったんだ…」

それもかなり綺麗だ。もしかしたら億ションかもしれない。夏樹のことだ、むしろそれしかない気がする。

「お金の使い方、覚えさせた方がいいか…?」

そんな感想を抱いた俺を誰も咎める人間などいないだろう。

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